二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology オリキャラ募集 ( No.49 )
日時: 2013/07/16 00:49
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: PNtUB9fS)

 デュエル後、女は服の袖口や裾を焦がしながら逃げるように去っていった。
「……まさか、こんなに早く襲われるなんてね」
 ふぅ、と一息吐きながらデッキを仕舞う夕陽。まだ昼前だというのに、とんだ迷惑だ。
「にしても、思ったより大したことなかったな。それなりの力はあるっぽかったけど、あの『炎上孤軍アーミーズ』と比べたら全然だ。感覚としては、まるで——」
 ——一般人と戦っているようだ。
 と呟いてから、夕陽は再び歩を進める。
 歩くうちに、自宅が近付いてくる。夏へと近付く季節の陽光が夕陽に降り注ぎ、額に汗を滲ませる。今すぐクーラーが欲しいとは言わないが、早く太陽光線の当たらないところに行きたいとは思う。
 そんな時だった。空城家の近くにある小さな十字路の塀に人影が見えた。
 今度はなんだと身構えそうになるが、すぐにその人影が不自然な形をしている——というか、直立していないことが分かる。
 塀に背中を預け、足を投げ出して座り込んでおり、顔は俯いている。そして——
「!」
 ——横向きに、倒れ込んだ。
「大丈夫ですか!?」
 夕陽は慌てて駆け出し、とりあえず楽な姿勢でその体を起こす。服装と体つきからして少女だ。華奢でかなり痩せており、非常に軽い。
(この暑さだし、熱中症か? 見たところかなり汗かいてるし、脈が遅い。意識もなさ気だ)
 先日習ったばかりの保健体育の内容を思い出しながら、少女の症状を確認する。
 なにはともあれ、ずっとここにいるわけにもいかない。幸いなことに家はすぐ近く。すぐに運んで適切な処置をすれば問題はないはずだ。と、夕陽が少女を抱え上げると、
「あれ? この子……」
 少女の顔が露わになる。このみや汐に負けず劣らず、幼さを残した顔。肌は白く、見る者に可憐な印象を持たせる。
 夕陽はその顔を知っていた。知っていた、と言うには少々曖昧な記憶ではあるが、見覚えがある、と言える程度には記憶にとどまっている。特別会話するようなこともなく、同じ空間にいた時に何気なく視線を動かせば、他の者と一緒に偶然視界に入る。そんな程度の認識しか持っていないが、それでも夕陽は彼女の存在を、そしてその名を知っている。
「光ヶ丘……!」

 それは、雀宮高校一年四組に在籍している者。即ち少女は——夕陽やこのみのクラスメイト、光ヶ丘姫乃だった。



 クラスメイトが家の近くで倒れていることに驚き戸惑いつつも、夕陽は姫乃を家へと運び込み、リビングのソファに寝かせて処置を施した。高校生が授業で聞いた知識だけで行う処置なのでお世辞にも手際が良いとは言えないが、それなりに適切ではあった。
 横で夕陽が団扇を仰いでいると、ほどなくして姫乃は目を覚ました。
「……ん……あ、れ……ここは……?」
「あ、起きた?」
 姫乃はゆっくりと体を起こし、寝ぼけたような眼を擦る。しばらくの間、状況を認識するために何も反応を示さなかったが、ややあって目を見開く。そして赤面する。
「え? えぇ!? な、なんで空城くんが……!? っていうか、ここどこ!? え? え!?」
 ただ、認識できたのは自分の目の前に夕陽がいるということだけで、それ以外のことを認識できず、完全に混乱しているようだった。
 きちんと彼女に状況を認識させるのも重要だが、それ以上に大切なことをしなければならないので、夕陽はテーブルの上に置かれた二つのペットボトルを掴む。
「事情というか、何があったかは後でちゃんと説明するから。とりあえずはこれ、飲みなよ」
「え……?」
「喉、渇いてるんじゃないの? 脱水症状っていうほど大袈裟じゃないとは思うけど、こういう時って純粋なミネラルウォーターか吸収しやすいスポーツドリンクか、どっちを飲ませればいいのか分かんないからさ。とりあえず好きな方を飲んで」
「えっと……」
 とりあえずは落ち着いたようだが、姫乃はまだ状況を理解できていない様子だ。しかし自分の喉が渇いているということは理解したようで、おずおずとミネラルウォーターを受け取った。キンキンに冷えた冷水ではなく、姫乃の体調を考慮してのことだろう、少し温い水だ。
 キャップを外し、姫乃は喉の渇きを潤す。半分くらいほど飲むと、一度ペットボトルを口から離し、再びキャップを付けてテーブルに置く。
「あ、ありがとう……えっと」
「ああ、説明ならちゃんとするよ。実はさ……」
 夕陽は帰宅途中、家の近くに姫乃が倒れていたことを説明する。気を失う前後で人の記憶は飛ぶと言うが、姫乃は倒れた時のことをよく覚えていないようだった。
「……と、いうわけなんだ」
「そっか……ごめんね、迷惑かけちゃって」
 心底申し訳なさそうに俯く姫乃。そんな顔をされたら、逆にこちらが申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「い、いや、確かに倒れたところを見た時は驚いたけど、まあ無事でなによりだよ。体は、もう大丈夫?」
 その言い方はあらぬ誤解を受けそうだと、自分で言って思ったが、姫乃は特に気にすることなく、
「うん、だいじょうぶだよ。ありがとう」
 やや子供っぽい笑みを浮かべ、感謝の言葉を口にする。
「とにかく、熱中症には気をつけた方が良いよ、この時期特に。こまめに水分補給するとか」
 そんな定型文を言いながら、夕陽はふと思い出したように横に置いておいたものを掴む。
「そうだ、これ。光ヶ丘の持ち物。これで全部?」
 それは二つの鞄だ。一つはポシェットのような小さいものだが、もう一つはそれなりの大きさがあり、容量は多そうだ。
「うん、ありがとう」
「誰かに盗られてなくて良かったね。どこか出かけてたの?」
「出かけてたっていうか、行く途中かな? お昼の食材を買いに行こうとして……あそこのスーパー、今日は値引きセールやってるらしいから」
「ああ、そう言えば妹がそんなこと言ってたような」
 ちなみにその妹は、今日は友人と遊びに行っており、夕方まで帰ってこない。両親も今日は帰らないそうなので、夕飯の買い出しを頼まれていたのだが、完全に忘れていた。
「じ、じゃあ、わたしはもう行くね。空城くん、ありがとう」
「え? 行くって、まさか買い物に?」
 夕陽が問うと、姫乃はコクリと頷く。
「まだおとなしくしてた方が良いと思うよ……ああ、そうか。確かに男一人しかいない家にいるのは不安だよね」
「そ、そんなんじゃないよっ!?」
 思春期の女子高生にありそうな理由を提示したのだが、姫乃は慌ててそれを否定した。
「まあなんにしても、ゆっくり休むなら自分の家の方が休みやすいよね。送って行くよ」
「え……い、いや。そんな、いいよ。空城くんにも悪いし……それに——」
 と言ったところで、姫乃の言葉はかき消される。
 かき消した元凶は——姫乃の腹だった。
「…………」
「…………」
「……う、うぅ」
「泣かないで!?」
 一瞬で赤面した姫乃は、恥ずかしさのあまりか、涙を浮かべている。この状況で泣かれると構図的に夕陽としても困る。
「ま、まあもう昼時だし、空腹でもおかしくはないよ。僕もお腹減ってきたところだし。えーっと、折角だしなにか食べていきなよ」
 と言いながらリビングと繋がっているキッチンへと歩いていき、冷蔵庫を開けるが、
「うわ……なにもないし……」
 冷蔵庫の中に、そのまま食べられるようなものはなに一つとしてなかった。あるのは液体のみ。
「作り置きもないとは……今日は外食しろとでも言いいたいのか」
 他の棚なども漁ってみるが、カップ麺すら見つからない。
(流石に光ヶ丘と二人で店に入るのはなぁ……仕方ない)
 夕陽は最終手段を取ることを決心した。幸いなことに食パンだけは置いてあったので、あとはこれに何かあれば、それなりのものはできるだろう。
 問題はその“何か”が何もないのだが、しかし何もなければ作ればいい、というのが先人の知恵。そのまま食せるものはないが、そのままでなければ何もないわけではない。
 ぐだぐだと述べたが、それは要するに、
「なにか作るか……」
 ということだった。