二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.490 )
- 日時: 2014/03/05 23:18
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
「お母さん、ですか……」
澪の電話の相手が誰かを知り、彼が不機嫌であることに納得する汐。
同時に、なぜその人物から、今頃電話がかかって来たのかも、謎である。
いや、その謎自体は容易に想像できる。そしてその想像は、当たっていた。
「正確には、母さんと父さんからだな。あの二人、また離婚したらしい……ったく、離れたりくっ付いたり、磁石かっつーの、あの二人」
少し言葉遣いが乱雑になりつつある澪。それだけ、彼は機嫌が悪い——いや、怒っていると言ってもいいだろう。
今の、夕陽に対する汐のように。
「離婚ですか……では、私は……」
「また母さんが引き取ることになった。だから、お前の苗字も変わることになる」
実際のところ、親の離婚では子供の姓は影響を受けないのだが、しかし離婚後、子供が引き取った親と別姓ではいろいろと面倒なことも多い。なので、大抵の場合は子供と親は同性になる。
「だが、こう何度もコロコロ変えられたら、逆に鬱陶しく面倒だ。お前だって、今の学校では御舟汐だ。今更苗字が変わったらややこしいだろ」
「…………」
否定はしなかった。確かに面倒だし、クラスメイトからも詮索されるだろう。だが、それでもそこまで面倒だとも思っていない。
億劫ではあるが、そうなってしまっては仕方ないと、割り切れる程度のことだ。
「あっちはお前のためだとか思ってんのかもしれないが、ありがた迷惑にしか思えねえ……実際のところ、どうなんだ。お前も15だ、苗字変更の手続き自体は可能ではある。まあそこまでしなくとも、お前が拒否すれば向こうも無理強いはしない、だろ。たぶん」
「……私はどちらでも構わないですよ。御舟でもなんでも」
自分の名前、ましてや苗字に、そこまでのこだわりは汐にはない。
何度もこの苗字が変わっているからかもしれないが……と、そこでふと思った。
「これで、何回でしたか」
「もう数えるのも嫌になるが……お前が生まれてからは、小学二年生の時に一回、四年生の時に一回、お前が中学に上がる時にも一回離婚してる。離婚するたんびにすぐ再婚しやがるがな……仏の顔も三度までってやつだ、お前が生まれる前もカウントすれば、三度じゃ済まないがな。ま、流石の俺もそれには見かねて、お前をこうして引き取ったわけだが」
「…………」
そう考えると、とんでもない両親だ。別の相手と再婚するのではなく、何度も何度も同じ相手と別れてはくっ付き、別れてはくっ付く。
まあ、必ず母親に引き取られる汐としては、誰が父親であるのかはっきりするので、悪いことばかりではないが。
とはいえ、それが良いことだとも思っていない。
「それで、苗字が変わるのはいいですが……それだけですか」
「いいや。俺が無理やりお前を引き取ったせいか、あの二人、特に母さんは、お前の顔が見たいとかぬかしやがった。だから一度、帰ってきてくれだとよ」
なお、澪も父親から同じ申し出を受けたらしいが、
「行くかんなもん。俺はもうガキじゃねえし、あんな連中と好き好んで関わりたくはない。これ以上振り回されてたまるかってんだ」
ということらしい。
妹としても、同じ境遇にあったために澪の気持ちはよく分かる。汐も、程度差はあれど似たようなことを感じている。
いつもの彼女なら、澪同様に行かなかったかもしれない。しかし自分のもう一つの姓が関わってくることだ。それは、自分の中に抜け落ちた記憶に、関わってくるはずなのだ。
先輩である彼の問題は解決しそうにないが、しかしもう一つの問題。一昨日から汐の頭を悩ませている、欠けたた記憶の一部はどうにかしたい。
鴨が葱を背負ってきたような申し出、と言うほど楽観的にもなれないが、自分が月夜野汐であったはずの中学一年生の一年間は、再び月夜野汐となることで、戻ってくるかもしれない。
これが希望的観測、淡すぎる希望を抱いていることは百も承知だ。
だがそんな淡い希望に縋りたくなるほど、今の彼女にはなにもなかったのも、また事実だ。
「で、どうする? 無理して行くことはない、急なことらしいから、明日来いとかふざけたことも言ってた。お前も明日は学校だろ。それに一応受験生だ。向こうから来ればいいものを横着しやがったような連中のとこに行く必要なんてない」
「……いえ」
一応、行くですよ。
と、汐は告げた。
「ふぅ……」
自室へと戻り、汐はまず、明日のことを考える。
汐の実家、母親たちが住んでいるだろう家は、この町、というかこの県からはさほど離れていない。かなり田舎で山の方ではあるのだが、デュエル・マスターズという娯楽が普及している程度には発展したところだ。
本当に急な話で、汐も少々焦るが、しかしすぐに順序立てて明日の予定を組み立てる。後で母親にも電話しておかなければならない。とりあえず、明日持って行くもの——日帰りは厳しそうだ、なら恐らく一泊することになるので、着替えも持って行かなくてはならない。
と、その時。汐のデッキケースから一つの影が飛び出す。
「アルテミス……なんの用ですか」
「あなたにはなんの用もないわ。それより、お兄様は」
アルテミスに言われ、汐は《アポロン》のカードを取り出す。四連続の《トンギヌスの槍》を受け、相当なダメージを受けているのか、カードから出てくる気配がない。
「先輩に対してはともかく、アポロンには少々やりすぎた感はあったですよ。すみませんでした」
「……その点に関しては、アタシも少しあなたに恨みを抱いていなくもないけど、お兄様は強いから、あのくらいはやらないと逃げられそうだし、仕方ないってことにしておくわ。それより、まずはあの人間にかけられた洗脳を解かないと」
「…………」
汐も夕陽がアポロンを洗脳していたとは微塵も思っていないが、アルテミスは本気のようだ。どうやってその洗脳を解くのか気になるところではあるが、どうせ無意味だろうと思う。
だが止める理由もないので、とりあえず勝手にやらせておく。止めても無駄だろう、という思いもある。
「そうだ……あなた、ちょっと気になることがあるんだけど」
「気になること……なんですか」
アルテミスは、基本的にアポロンのことしか頭にない。なので、そのアポロン以外のところに意識を向けるということに、汐もほんの少しの興味をそそられる。
「やっぱりあなたは他の人間とは違う……アタシが人間に対して初めて抱いた興味よ。誇りなさい」
だが、前置きで語られたのはそんな言葉。褒められているのか貶されているのかよく分からない言い分ではあったが、とりあえず黙って聞いておく。
「昨日の夜、あなたと同盟を締結して、あなたが寝静まった時にあなたの中に入ったんだけど」
「ちょっと待ってください。なにか奇妙なワードが聞こえた気がするのですが」
中に入った、という一文を聞き逃す汐ではなかった。まだ本題ではないようだが、そこは真っ先にはっきりさせておかなくてはならないことだろう。
「ま、中に入ったと言っても、ちょっと憑依したようなものよ。今日はアタシは戦わなかったけど、一応、同盟を結んで共に戦う相手だし、どんな人間なのかを知っておく必要があると思ったのよ。大丈夫、体に害はないわ。寝てる間だから、昨日アタシが憑依してた男みたいにもならないし」
「あんなゾンビさんと同じにされたくはないのですが……まあ、とりあえず納得したですよ。それで、なんですか」
知らぬ間に得体の知れない(とも言えないか)存在に体を乗っ取られていたと思うとぞっとしない。しかし特に異常はないようなので、とりあえず飲み込んでおく。
「あなた、記憶の一部が欠落してるわね。記憶喪失、っていうんだっけ? 小さな範囲の記憶だけど、一定の期間の記憶が抜け落ちているわ」
「……そうですか」
それは既知のことだ。いや、欠けている部分は未知の領域だが、欠けている、ということについては既知だった。
「まあ、だからどうしたってわけでもないけど、その傷がちょっと特殊なのよね……あなた、クリーチャーにやられたことって、ある?」
「クリーチャー、ですか……いいえ、クリーチャーには、ないです」
青崎記や、先輩と呼ぶ彼との対戦では惨敗だったものの、クリーチャーとの戦いで負けたことはない。
「そう……じゃあ、その記憶ごと失くしてるのかしら……」
「どういうことですか」
汐が問うと、アルテミスは普通に語り出した。もったいぶる気もないようだ。
「あなたの記憶を欠落させている傷は、アタシの見立てではクリーチャーによるものよ。たぶんあなたは、どこかでクリーチャーに負けたか……もしくはなにかの拍子に大きな傷を受けて、その時の記憶を失っていのだと思う」
「クリーチャーによる、傷……」
汐の欠けている記憶は、中学一年生に上がってから、東鷲宮中学に転校するまでの一年間。ちょうど、この町ではなく、別の地で生活していた時のことだ。
一人で、生きていた時のことだ。
(その時の記憶はまったくないです……中学一年生の時点で覚えていることと言えば、お母さんやお父さんの反対を押し切ってどこかのデュエマの専門学校に通って、凄い先輩たちがいて……それで、お母さんとお父さんも再婚して、私が実家に戻されそうになったのを、兄さんが引き止めて、兄さんと一緒に暮らすようになって……この町へ来て——)
いや、ちょっと待て。
この町へは、どうやって来たのだ。
電車か、新幹線か、飛行機か、船舶か——思い出せない。
学校の名前も、先輩たちの姿も、なにも。
ただ、ぼんやりと、靄とノイズとスクリーンが同時にかかったような映像が浮かんでくる。そこに浮かぶのは、自分と似ているような気がする人影と、姿のはっきりしない異形の怪物たち。しかしその怪物たちに、抵抗感や嫌悪感はない。むしろ、共に戦ってきた仲間のようにすら感じる。
まるで、デッキの中にいる、クリーチャーたちのような。
「……前々から、変だとは思っていたのです」
クリーチャーが実体化したり、変な空間でデュエルが行われたり、“ゲーム”に巻き込まれた当初、現実離れした現象に驚きを禁じ得なかった——はずなのだが。
普通の感性なら驚くだろう。夕陽は珍しくその場の勢いに乗ったようだが、このみでもない限り、クリーチャーが実体化したり、ダメージがフィードバックしたり、そんな現象を目の当たりにして、戸惑わないわけがない。それこそ、姫乃のように事前の覚悟があったのなら話は別だが。
だが、もし、その覚悟が、無意識のうちに汐にあったとしたら。こうして“ゲーム”に関わる前から、似たような状況に置かれ、同じ覚悟を決めていたとしたら。
もっと言えば、汐はそれらの現象に対して、驚くほど驚きがなかった。どこか慣れているような——言い換えれば、それらの現象を知っているような。
そんな感覚に、囚われていた。
「まあ、あなたの記憶については、正直どうでもいいんだけど、そこらのクリーチャー程度に負けるような弱者は必要ないって言いたかったのよ。ま、でも、今日の戦いは悪くなかったわ。あなたの身体の適合具合もいい感じだし……まあ、要らぬ心配だとは思うけど」
自分で振った話を、自分で切り上げるアルテミス。
汐もその記憶を辿るのを、そこで止めた。