二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.491 )
- 日時: 2014/03/07 12:45
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
十二月二十七日。
少し遅い冬休みに入ったこの日も、夕陽は『御舟屋』へと向かっていた。ただし今日は、《アポロン》はいないが。
このまま争っていてはいけない。汐はほぼ完全に夕陽のことを見限ったようだが、夕陽はまだ諦めていない。
これが本当に夕陽の責任で、汐に軽蔑されているのだとすれば、夕陽だってとうの昔に諦めている。それは自分が悪いのだから、そこで出張ってもお門違いというものである。
だがこれはそうではない。汐は気付いているのかどうか分からないが、夕陽と汐の言い分は噛み合わない、どこか齟齬がある。夕陽には、それが分かっていた。その齟齬をどうしようもなかったから、今の夕陽と汐の関係が構築されてしまったのだ。
汐は夕陽の襲われたと言っている。そして、その理由を尋ねたい。しかし夕陽にはそんな覚えはない。動機もないし、ほぼ確立されたアリバイもある。何よりそんなことをしていないと証明できる、自分自身がいる。
この間の誤解を解くことは非常に困難だろう。尋ねていると言っも、汐は今、夕陽の言うことをまともに聞いてはくれないだろう。かといって、昨日と同じ轍を踏んで、神話空間に引きずり込まれるのも解決策にはならない。
結局のところ、夕陽は無策だった。なにも考えず、とにかく汐から話を聞こうと思っているだけだ。
こちらの話は聞いてもらえなくとも。
向こうの話は聞くことができる。
そして、そこからなにか分かるかもしれない。
そんな淡い希望を胸に、『御舟屋』の扉を押し開ける。
「よぅ、主人公」
いつものポーカーフェイスとポーカーボイスで出迎えるのは、汐の兄、澪だった。
「澪さん……あの、御舟、いますか?」
少し控えめに尋ねる夕日。汐が夕陽との諍いを澪に話しているとは思わないが、彼も鈍くはない。夕陽たちですら一目でわかった汐の激変した空気や態度に気付いていないはずがない。
そしてその原因が、夕陽たちにあるだろうと推理することも、彼にならできるはずだ。日にちも経っている、考える時間は十分にあった。
もしかしたら怒っているかもしれないと思いながら控えめになったのだが、実際のところ、それは杞憂だった。
「あいつは今いねえよ。明日の朝くらいに帰って来るんじゃねえか」
「明日の、朝……え? どこに行ったんですか?」
言ってから気付いたが、これは簡単に尋ねていいものなのだろうか。今の汐の状況なども鑑みるて、日を跨いでの外出となれば、かなりの大事と推測できる。
実際、澪も少し口を噤んだが、やがてゆっくりとその口を開いた。
「……まあ、お前になら話してもいいかもな。つーか、そのうち話すべきかもしれないとは思っていた。汐が自分から話すとは思えねえし、ま、これは俺の役目だろ」
だがその前に、と澪は一つこのことを尋ねた。
夕陽の予想していたことだ。
「聞きたいんだが、お前ら、汐となんかあったのか?」
やはり気づいていた。だがこの台詞自体は、一昨日と変わらない。いや、台詞だけでなく、トーンも同じだ。
だからと言って、夕陽の気が楽になるわけではないが。
「それは……」
「ま、言えないならそれでいいけどな。汐もそうだったし。だが、あんなにブチ切れた汐は初めて見たからよ」
夕陽が口ごもると、澪は本心の読めない、変わらぬトーンで繋げた。
「あんなに辛そうなあいつも、な」
「……すみません」
「本当にお前が悪いのなら、土下座でもなんでもさせて、賠償金なり慰謝料なり請求したいところではあるがな」
お前が悪いのならな、と澪は念を押すように言う。
「この話はもういい。お前たちがなにかしら噛んでいることは、はっきりした。後はお前らでなんとか解決してくれ」
話を戻すが、と言って、澪は本題に入る。
「汐は今、実家——母親の家にいる」
「母親……?」
普段あまり意識していないが、汐は兄、澪と二人暮らしだ。父親も母親もいない。
「話すと長くなる。なにせ、俺たちの家庭の事情をすべて曝け出すからな……覚悟して聞け」
覚悟ができていなくても聞かせるつもりのようだが、澪はそんな前置きから始め、語り始める。
自分たちが、どのような処遇であったかを。
——さて、ああは言ったもののどこから説明するべきか。
そうだな……とりあえず、俺や汐が生まれた頃の話からするか。
まず、俺たち兄妹は、祝福されて生まれた子供ではない。
高校生にもなれば、この言葉の意味は理解できるよな?
いわゆる、できちゃった婚、ってやつだな。俺たちの両親が結婚した切っ掛けは、母親が俺たちを——つーか俺を、身籠ったからだ。
つっても両親は、その結婚を完全に望んでいなかったわけでもないようだがな。まあ、俺を孕むくらいだ、当然と言えば当然か。
だが、お前も家庭科で習ったろ、子育てってのは面倒だし苦痛だし鬱陶しいし、手のかかる難しいことだ。
それを懸念してか、俺の父親も母親も、子供を産むつもりはなかったらしい。ま、こうして生まれちまったがな。
結婚は望んでいても、子供は望んでいなかったのが俺の両親だ。だが生まれたものは仕方ない。仕方なく、育てることにしたらしい。
祝福されなかったにしろ、その心意気は立派だと思うぜ。俺を捨てず殺さず育児放棄もせずポストに突っ込むこともなかったんだ。そこだけは評価してやらんでもない。
ま、評価するのは心意気だけだけどな。
そんな仕方なくで子供が育てられると思うか? 俺も、子育てとは少し違うが、ちっさいガキの世話をしたことはあるから、多少なりとも分かる。
まあそのガキっていうのは、お前の大親友のチビ助だけどな。
あ? 初耳だって? そうか、あいつも言ってないのか。
まあそれはどうでもいい。話が逸れたな。
で、だ。俺の両親は仕方なく俺を育てようとしたらしいが、すぐに壁にぶち当たったんだ。
俺を育てることに疲れた両親の間には、不和が生じていた。その頃の記憶は、はっきりはしていないが、あの二人の間にあった、ギスギスとした空気は今でも覚えてる。
そんな状態は長くは続かなかった。二人は離婚し、俺は父親に引き取られた。
だがそれも、近いうちに元に戻ったがな。
いや、戻ったとは言えないな。
これも変化だ。変わったんだ。
俺が小学に上がるかどうかくらいの頃だ。
両親は再婚した。これが最初の再婚だったな。
初めは俺も、多少なりとも喜んださ、ガキの感性で。離れ離れになった母親が戻って来たんだからな。
だが母親だけじゃなかった。
それからまたしばらく経って、俺には妹ができた。
言うまでもないな、汐だ。
険悪になって離婚したと思ったら、すぐにこれだ。今にして思うと呆れるな。汐には悪いが。
とまあこれでめでたしめでたしかというと、そうでもない。
結局、あの二人はなんも変わっちゃいないんだ。仕方なく俺を生んで、仕方なく育てて、仕方なく別れた。
それは俺だけじゃなく、汐に対しても同じだった。
汐を生んだのも、あの二人にとっちゃ、不幸な偶然だったんだろう。
酷い生活だった。
機嫌の悪い父親は当たるし、母親も飯をくれない時があった。毎日そうだったってわけじゃないが、そのせいで逆に公にならなかったと思えば、タチが悪い。
ま、意図してたとは思わないけどな。擁護する気はないが、あの二人の切羽詰って、いっぱいいっぱいだったんだろうぜ。
それに、害しながらではあっても、育てていたのは紛れもない事実だしな。
だがそこに愛は存在しない。あの二人が育てていたのは、あくまで仕方なくだ。
そんな家庭だったもんだから、俺もこんな風に捻くれちまったしな。親の顔色を窺って、表情一つにも気を配ったもんだ。
そして汐も、すぐに自分の親が信用ならないことは気付いたのか、俺の真似をし出す始末だ。ま、あいつはポーカーフェイスじゃなく、ただ無表情なだけだが。
それに、俺の真似だけじゃなく、親からの冷たい対応も、あいつの表情がなくなる一因だったんだろうな。お前らも知ってるだろうが、あいつは顔に出ないだけで、わりと感情豊かだからな。
今の汐の人格は、表も裏も、昔の生活に起因するものだと、俺は思っている。
その後も離婚と再婚を続けた両親を見限って、俺は高校に入学する時、半ば家出するようにこっちの町に来たんだ。
その時に世話になったのが木葉だ。チビ助との交流も、その時だな。
意外そうな顔すんなよ。俺とあいつの関係は、お前とチビ助みたいなもんだ。まあ、お前らは幼馴染で、木葉は俺の恩人だけどな。
流石に高校生のバイト程度じゃあ、稼げる額はたかが知れてるしな。一時期あの喫茶店、一人だけ男をバイトに入れていたことがあるが、それは俺だったりするんだ。興味があれば木葉に聞いてみろ。
ああ、あと海の家の店長、覚えてるか? あいつにも世話になったな。
夏季休暇はあいつの実家——海の家だが——で、バイトしてたな。
また話が逸れたな。俺のことなんてどうでもいいな、この際。
なに、気になる? だったら本人たちに直接聞け。とにかく俺は、高校三年間は両親に縛られることなく、生活は苦しかったが、それなりに楽しく生活できた。勿論、大学は行ってない。そんな金ないからな。
小学校の頃にやってたデュエマ復帰したのも、ちょうどこの頃だ。
さて、なんだか俺の話ばかりになってきたが、汐の話に戻すぞ。
あいつも中学に上がる時、俺に影響されてか、両親が嫌になったのかは知らないが、家を出て一人暮らしを始めたみたいだ。
その時に通ってたのが、いわゆるデュエリストの養成学校なんだが……俺も詳しくは知らない。あいつからはほとんど話さねえし、そもそもあいつ自体、そのことを話せるのかが疑問だ。
どういう意味かって? 俺だって知るか。なんにせよ、あいつの中学一年生の一年間は、俺たちの知る由もない、謎の一年間だったってわけだ。
ちなみに、あいつが中学に上がる時にも両親は離婚してな。中学一年の時は御舟姓じゃなかった。母親の姓は月夜野っていうんだ。
そんで中学二年、俺が汐を引き取り、この町に来て、ちょうどお前らに出会った頃が、今の御舟汐だ——いや、もう今じゃないのか。
なんだかんだで長くなったが、俺たちの両親、また離婚したんだ。
そんで汐が母親に引き取られ、苗字も変わるんだろうな。
今はその手続き関係と、母親が汐の顔が見たいとか抜かすんだ。
汐そこまで悪いように思っていないみたいだが、はっきり言って、俺は俺の親が嫌いだ。
俺と汐はあの二人に散々振り回されてきた。人生を壊されたとまでは言わないが、その基盤に亀裂を入れたことは間違いない。
あの二人が離婚と再婚を繰り返すせいで、地元では俺は嫌われ者だったしな。汐はまだマシだったが……俺譲りの無表情と、加減を知らないデュエマで、自然と向こうから離れて行ったな。
俺が汐を引き取ったのは、そういう理由だ。ま、俺も親にはほとんど見放されてるから、汐を引き取れば、まだ汐には甘い親から生活費が貰えるだろうっていう魂胆もあったがな。
……と、まあ、そういうことだ。
これですべて語り尽くした。俺とあいつはそんな歪みの中で育ってきたんだ。
だからせめて、お前らだけは、あいつの支えになってほしいと思ってる。
俺に手が出せる範囲も限られてるしな。あいつにとって空白の中学一年も大事なものだろうが、お前らとの一年、そしてもうすぐ二年。
その時間も、あいつにとっては大切なものだと思ってる。
まあ、無理強いはしない。こんな話をした後にいうのもなんだが、そんなに気を張らなくてもいい。
同情するなと言っても、お前の性格じゃ無理だろうな。だが、同情しても、あいつへの接し方は変えないでほしい。あいつだってそんなことは望んでないはずだ。
ただお前には、知ってほしかっただけだからな。
俺たちの抱える、闇を——