二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.492 )
- 日時: 2014/03/06 21:50
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
『御舟屋』からの帰った後、自室でなにをするでもなく、夕陽はただただ、ベッドの上で寝転んでいた。
思い出すのは、澪の語った、澪と汐の過去。
「……重すぎるって、いくらなんでも……」
兄妹で二人暮らしと知ってから、なにかはあるのだろうと思ってはいた。夕陽も両親との確執だったり、親の離婚だったり、もしくは死別だったりと、色々予想したものだが、その予想は概ね当たっていた。ただし、大きく斜め上を行っていたが。
「澪さんは知っておいてくれればいいとは言ってたけど……これは、流石に……」
今までと同じように汐を見ることはできない。あんな話を聞かされては、今までと同じ汐を見ることはできない。夕陽はそんなに器用ではないのだ。
「それに……」
あの話は、汐の中学以前の過去だ。今回の件とはなんら関係がない。
さらに澪自身も言っていたが、汐にはまだ謎が残っているのだ。
「中学一年生の一年間……それが今回の件に噛んでるとは思わないけど……」
やはり気になるところではある。本人が言いたくないというのであれば話は別だが、それも彼女の抱える闇の一つなのだとすれば
「いや、そうでもないか……? なんか、中学の頃は楽しかった、みたいなこと言ってたし……」
同時に、凄い先輩がいた、とも言っていた。
その時の先輩のニュアンスが、夕陽たちに対するものと少々違っていたような気もするが、それはそれで、今の先輩として気になるところではある。
「今日だけで色んなことが分かったけど、なんだかんだ言って知らないことはまだ多い……肝心な部分は、全然見えてこないな……」
やはりそこは、汐本人にしか分からないところだろう。
「さて、どうしたものか——」
「お兄ちゃん」
突然、部屋の扉が開かれ、何者かが侵入してくる。
ただ単に、妹が入って来ただけだが。
「……勝手に入るなというかノックぐらいしろよ。なんだよ」
「お客さん。お兄ちゃん、いつの間にあんな可愛い子と仲良くなったの? しかも二人も」
「……? 二人……ああ」
ピンと来た。どうやら、あの二人が来たようだ。
「思ったより早かったな、もうできたのか……うん、今行く」
部屋を出て、階段を降り、玄関に向かう。扉を開けると、そこにはほとんど同じ顔の、二人の少女。
ささみとうさみだった。
「あ、あのっ、その、かいちょーさんから、です……」
「例の物よ、受け取りなさい」
二人は一つの小箱を、夕陽に手渡す。夕陽はまず、その中身にパッと目を通した。
「……うん、まあ、これなら僕でも使えるかな……ありがとう」
「別に構わないけど、ここまでしたんだから、戦いに行って負けました、って言うのは勘弁ね」
「が、頑張って、ください……応援してます……」
と言うと、二人はさっさと帰ってしまった。用事はこれだけだったようだ。あの二人も忙しいようなので、夕陽に構っている暇はないのだろう。
「それはそれとして……確か澪さんは、今夜に帰って来るって言ってたかな……」
家に入り、時計に目を向ける。今の時刻は六時前、外は暗いが、まだ夕方と言っても通じる時間帯だ。
「……早い方が、いいよね」
そして夕陽は、再び自室へと戻っていく。
二月二十七日と二十八日の狭間の夜。
東鷲宮中学校のグランドにて、二つの人影が、闇に溶け込もうとしていた。
「実家から帰ってすぐ、こんな時間、しかもこんな場所に呼び出すとは、たった一日見ない間に、先輩も随分と非常識になられたようですね」
グランドの中央まで歩を進め、立ち止まると、汐は目の前の少年——自分の先輩である彼に、言葉をかける。
その言葉はやはり、どこか刺々しく、敵意剥き出しであったが、夕陽はもう、その程度では怯んだりしない。
「非常識な世界で戦ってるもんでね、大目に見てくれ」
このような軽口で返す程度には、汐の辛辣な言葉にも慣れた。
いや、慣れではなく、純然たる気持ちの、決意の違いかもしれないが。
「……まあ、それはそれとして、です」
夕陽の返しが意外だったのか、汐はそこからさらに切り返すことなく、夕陽をジトッとした眼で見遣る。
正確には彼の衣装——制服を、だ。
「なんなんです、それは」
「これ? 見ての通り、制服だよ。君も毎日のように見てるだろう?」
「それはそうですが……その服は、もう先輩が着るべきものではないですよ」
夕陽が纏っているのは制服——ただし、雀宮の黒いブレザーではなく、東鷲宮の詰襟だった。
「まだ着れるかちょっと心配だったけど、普通に大丈夫だったよ。中三で背が伸びた時に買い替えて正解だった。約一年振り、久々の母校だし、やっぱその時の制服で来たいよね」
「……女子じゃないんですから」
呆れたように呟く汐。その様子を見て、夕陽は内心ほっとする。
今までは汐の辛辣な言葉とその雰囲気に気圧され、汐のペースで話が進んでいたが、今はそうではない。無理して中学の制服を引っ張ってきてきた甲斐があった。
「ま、それはどうでもいいんだけど……来てくれたんだね。君が言ったようにこんな時間と場所だし、もう会ってくれないかもしれない、とも思ってたけど」
「……こう見えても移動の疲れが残っているのですよ。用があるなら、手短にしてください」
一瞬、汐からなにかを感じたような気がした。今まで闇夜のように閉ざされていたその表層に、小さくも淡い光が漏れだしたような、そんな感覚。
淡い期待であったが、汐はまだ、夕陽を完全に見限ってはいない。少なくとも、こうして呼び出して、話ができる程度には。
先に見える光が少しだけ明るくなったところで、夕陽も気を引き締める。
「単刀直入に言うとね、アポロンを返して欲しいんだ」
「……それだけですか」
「いや、君にも戻ってきて欲しい。だけどこれだっばかりは、僕もどうしたらいいか分からないんだ」
『神話カード』を取り返すだけなら、“ゲーム”のルールに則ればいいだけ。しかし、汐の求める答えというものは、夕陽にはとうとう分からなかった。
「君は僕に襲われたと言うけど、僕はそんなことをした覚えはない」
「だったらあの人は誰なのですか。先輩の姿で、先輩の声で、先輩の口調で、先輩のデッキで、先輩の戦い方で——私を打ちのめしていたではないですか」
非難するような汐の言葉に、夕陽は首を縦にも横にも振れない。
汐の証言そのものを否定するつもりは、夕陽にはない。だがそれでも、汐を襲った人物が夕陽ではないと主張する。ならばその人物は誰なんだと問われても、それを夕陽が答えることはできない。そして答えを導き出せない夕陽に疑念と不満を募らせた汐は、その答えを夕陽にする。しかし夕陽はまたそれを否定。
つまり夕陽と汐の諍いは、いたちごっこなのだ。お互いに同じことしか言わないのなら、解決するはずがない。
とはいえ夕陽には、自身の主張を変える言葉を持ち合わせていない。汐が襲われた相手が見間違いだとは、どうしたって言えない。かといって自分が汐を襲ったかと言われても、首を縦に振るわけにはいかない。
夕陽の言葉では、その堂々巡りを断ち切ることはできない。
ならば、言葉以外で、断ち切るしかない。
「……そうだね。君がそう言うのなら、君の中ではそうなんだろう。でも僕の中では違う。だから、はっきりさせようか」
「なにをですか」
「君の中の僕と、僕の中の僕、どちらが正しいのかを、だ」
夕陽が取り出すのは、一つのデッキ。
口で言って分からないのなら、やはりこれしかない。このデュエルの結果でどうこう言うつもりはないが、この対戦そのもので、夕陽は自分自身というものが出せると思っている。
デッキこそ変わっているが、空城夕陽という少年の根本は変わっていない。このデュエルを通すことで、汐の中にある夕陽と、夕陽の中にあり自分と、その齟齬に、汐が気づいてくれると信じる。
「……やはりそうなるのですか。分かったです。では——」
そう言って汐はデッキを取り出し——さらに、《アポロン》のカードも取り出した。
そしてデッキからカードを一枚抜くと、その《アポロン》をデッキの中に入れようとする。
「ちょ、ちょっと! なにしてんのよ!」
突如アルテミスが飛び出し、慌てて汐を止めようとするが、彼女は止まらない。そのままデッキに《アポロン》を入れてしまった。
「お兄様は火文明でファイアー・バードよ! 闇文明ばっかでアウトレイジやらオラクルやらデスパペットやらしかいないあなたのデッキで出せるわけないでしょう!?」
「そんなことは分かっているです。だからこれは、先輩へのハンデです。使いようのないカードを一枚だけ入れてあげるですよ」
はっきりとそうのたまう汐。夕陽も、舐められたものだ、内心で嘆息する。
だが汐も、ただハンデを与えるだけの意味で、《アポロン》を入れたわけではなかった。
「それに、私に勝てば先輩は《アポロン》を手に入れられる。目標を達する手法を明確にした方が先輩は本気を出すでしょう。手を抜いた手温い先輩など相手にしても無意味です。全力で来てください」
「言われなくても、そのつもりだ」
夕陽だって手を抜くつもりは毛頭ない。《アポロン》関係なしで、全力でぶつかるつもりだ。
「……まあいいわ。どの道、勝てば関係ない。頼むから、そのハンデが仇となって負けるのだけは、勘弁ね」
そしてアルテミスも、不承不承といった風ではあったが、汐のハンデを許諾した。アポロンを失う可能性のある彼女としては許しがたいことのようだが、汐の実力を認めている、さらに言えば汐が夕陽より強いという確信があるのだろう。もしくは、夕陽の実力を低く見られているか。
「じゃあ、始めよう。御舟」
「……いえ」
汐は首を横に振った。
まさかこの期に及んで戦わないつもりか、などと思ったが、そうではない。汐が否定したのは戦うことではなく、自身の名であった。
「私はもう、御舟汐ではないです」
御舟汐ではない、という言葉を聞き、夕陽も思い出す。
(そう言えば、澪さんは苗字が変わるって言ってたな……)
手続き上はどうか知らないが、少なくとも汐の中では、彼女の姓はもう御舟ではない。
「今の私は——」
汐は、自分は今までの自分ではないと主張するように、夕陽たちの知る自分ではないと突き放すように、そしてどこか寂しそうに、その名を告げる。
彼女の、もう一つの名を。
「——月夜野汐、です」
彼女の名が、闇夜に溶けていく。
同時に、空城夕陽と月夜野汐は、神話空間へと溶け込んでいった——