二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.507 )
日時: 2014/03/09 12:02
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

「遅かったな」
 汐を背負って人気のない夜道を進んでいく夕陽。もうすぐ『御舟屋』に到着しようとする時、陰の中から声をかけられた。
「れ、澪さん……」
「兄さん……」
 ぬっと現れた澪。その登場にも驚いたが、なにより焦るのはこの状況だ。
 現時刻夜中、もうすぐ日付が変わろうかという時間だ。半ば放任されている夕陽ならともかく、まだ中学生の汐がこんな時間に一人での外出を許可されるはずもないだろう。汐の方からそう申し出るとは思えないので、恐らくこっそり抜け出してきたはずだ。
 そしてそんな時間に、夕陽が汐を背負っている。そこを汐の兄である澪に目撃された。
 夕陽はかつてないほど焦りながら、かつてないスピードで脳をフル回転させ、上手い言い訳を考える。
「あ、いやですね、これは……」
「いいんだよ、なにがあったかは知らないが、お前らに限って間違いはないだろ」
 考える、が。澪は信用しているのかなんなのか、特にどうと言うでもなく、そんなことを言った。少しの間呆ける夕陽だが、少しずつ安心してくる。
「そんなことより、ほら汐。さっさと帰るぞ。この時期の夜は寒い」
「は、はい……先輩、もう大丈夫です。下ろしてください」
 まだ少し足取りは危なっかしいが、汐は一人で立ち歩ける程度には回復していた。
 澪に先に戻ってろと促され、汐はおやすみなさいと夕陽に頭を下げてから、先に『御舟屋』へと入っていった。
 残されたのは、夕陽と澪の二人。
「……ありがとな」
「え?」
「汐のことだ」
 急に礼を言われて呆気に取られる夕陽に、澪はさらなる言葉をかける。
「正直な話、俺はあいつのことはほとんど知らない。知ってるのは昔の——中学以前のことだけだ。だがお前は、俺の知らない汐も知ってるだろ」
 澪は自分の妹にはあまり干渉しない。両親絡みのことに関してはその限りではないようだが、それ以外のことに関しては冷淡とさえ思われるほどに不干渉だ。
 たとえば今回起こった夕陽と汐の不和。澪は汐の態度、夕陽たちの来訪からもそれは察していたはずだが、あえて踏み込まなかった。今夜の無断外出も、分かっていながら止めなかった節がある。
「あまり俺を見くびるなよ。お前ら、俺の妹巻き込んでなんか色々やらかしてるだろ。必死に隠してはいるが、あいつたまに怪我して帰って来るからな」
「あ、いや、それは……」
 たじろぐ夕陽。どうやら夕陽たちに、なにかある、というところまでは感づかれてしまっているようだ。しかし、かと言って“ゲーム”のことを話すわけにもいかないので、口ごもっていると、
「言う気がないのなら、俺も無理には聞かない。今んとこ大きな怪我もないしな。あいつが自分でそうしてるのか、それともお前たちが気を配ってるのかは知らないが……そこんとこもよろしく頼むぞ、夕陽」
「…………」
「おい、どうした」
「え? あ、僕のこと、呼びました?」
「お前の名前出したろ。この空間に夕陽なんてけったいな名前の野郎が何人いると思ってんだ」
 けったいな名前なんて酷い、と思う前に、困惑が込み上げてくる。
「澪さん、僕を名前で呼ぶことなかったから……今までだって主人公だのなんのって……」
「あれはお前のハーレムを茶化してるだけだ。俺の妹に加え、幼馴染にクラスメイト? お前はどこのライトノベルの主人公だよ」
「そういう言い方やめてくださいよ。何度も言ってますけど、このみは腐れ縁で光ヶ丘は友達で、御舟は——」
 自然と出て来る彼女の呼称。実際、その呼称を使うことは間違っているのだが、これは彼女が望んだことだ。その望みに、応えているだけだ。そして、彼女の望みには応えたいのだ。
 なぜなら彼女は、夕陽にとって唯一の——
「——後輩ですよ。僕の、たった一人の、大切な後輩です」
「……そうか」
 澪は短く言うと、それ以上は茶化すことはなかった。
「まあいい。お前たちについては、俺が口を挟むことでもないしな。俺の役目は売れないカードショップの店番と、遊び場の提供ぐらいだ」
 だから、と言って、澪は夕陽の肩に手を置く。優しい手つきではないが、荒々しさもない。それだけに、彼の純粋で真摯な思いが、伝わってくるようだった。
 そして、

「汐のことは任せたぞ、先輩」

「……はい、任されました」



「今回は、あなたたちにも迷惑をかけてしまったですね……私の身勝手な行いに付き合わせてしまい、申し訳ないです」
 家に帰った汐は、机に向かって、自身のデッキの中身を広げていた。彼女の視線の先にあるのは、無数のカード、その中でも唯一にして無二になる無法の存在《豚魔槍 ブータン》。
「私の記憶が戻っても、あなたが戻ることはない……それは私が一度記憶を失ったことが関係しているのか、それともあの時の先輩たちと離れたことにあるのか定かではないですが……やっぱり、ちょっと寂しいですね」
 《ブータン》のカードを手に取り、無表情ながらも、彼女は精一杯の優しさで語りかける。
「しかし、それでもあなたが失われたわけでもないですし、これからもよろしくお願い——」
 と、その時。
 ガタガタと、部屋の窓が揺れる。風ではない。もっと人為的な揺れ方だった。
 泥棒か、などと思ったが、明かりについた部屋に侵入する空き巣はいない。ならば強盗か、と思うと、それはまずい、と警報機の場所へ駆け出しそうになる。
 だが、実際はそのどちらでもなかった。
「アタシよ」
「アルテミス……」
 窓を揺らしていた張本人は、カードと化したアルテミスだった。その姿でどうやって揺らしたのかが謎ではある。
「なんの用でしょうか。先輩からの話だと、《アポロン》に追われているようですが。私も、文字通りあなたに身体を乗っ取られた身なので、少なからず恨んではいるのです。匿うつもりはないですよ」
「違うわよ! その、お兄様にはもう捕まえられて、怒られて……えっと……とりあえず、入れてくれるかしら……? ちゃんと、話するから……」
 いつも強気な態度の彼女にしては、弱気だった。その様子を見て、害はなさそうだと判断した汐は、窓を開ける。同時に、冬の夜特有の、刺すような冷たい風が汐の髪を揺らす。
 部屋に入ったアルテミスはデフォルメされた状態で実体化した。
「で、話とはなんですか」
「いや、その、えっと……」
 どこか鋭く感じられる汐の視線と声に、アルテミスは委縮して口ごもる。いや、汐がどうこうではなく、単純に今から口にすること自体が言い難いことなのかもしれない。
 アルテミスはしばらくごにょごにょと口ごもっていたが、やがてぼそぼそと、その言葉を口にする。
「……ごめんなさい」
 謝罪だった。
「あなたの身体を乗っ取ったことは、謝るわ……それであなたの身体に負担をかけてしまったことも……」
 しゅん、とアルテミスは頭を垂れる。
「……いいですよ、別に。もう過ぎたことですし、同盟を組んだという点に関しては、私にも落ち度はあったのです。お互い様ですよ」
 まさかいきなり謝って来るとは思わなかったが、アルテミスに悪いと思う気持ちがあると分かるだけで、汐の中の怒りや恨みといった感情は引いていった。
 それよりも、気になることがある。
「しかし、まさか謝罪をされるとは思わなかったですよ。あなたと共に行動したのは、たったの三日間ですが、それでもあなたの性格は概ね把握しているつもりです。どういう風の吹き回しですか」
「う……アタシだって、好き好んで人間に頭を下げたくなんてないわよ……でも、お兄様が言うから……」
 どうやら《アポロン》が一枚噛んでいるらしい。まあそうだとは思った。このブラザーコンプレックスな妹なら、兄の言うことは大体聞き入れる。今回は対立していたが、結果的に《アポロン》が勝利して、元々兄妹間で権力を持っていたであろう《アポロン》に逆らうことなどますますできない。加えて《アポロン》はかなりお怒りだったので、この帰結はある意味当然と言えた。
 要するにアルテミスは、《アポロン》に怒られたから汐に謝罪しているのだ。誠意のこもっていない謝罪だが、アルテミス自身も悪いことをしたという自覚はあるようなので、汐も寛容になる。
「それと……お願いが、あるんだけど……」
「なんですか」
 これは本当に意外だった。アルテミスから汐になんのお願いがあるというのだろうか。
 同盟締結の時は、お願いというより交渉だった。しかし今のアルテミスは、どこか切実で、命令に従事するようなところがあり、しかし興味のようなものも窺えた。様々な感情が入り乱れた眼をしている。
 そして、彼女は告げるのだった。

「アタシを……仲間に、して……!」

「…………」
 汐は、黙っていた。その間にも、アルテミスは言葉を紡ぎだす。
「お兄様から、人間について色々と教えられたわ……でもアタシにとって、人間は愚鈍で惰弱な存在。その認識だけは覆らない」
 過去アルテミスは《月影神話 ミッドナイト・アルテミス》として、様々な“ゲーム”参加者の手を渡った。最近だと【師団】が所有していたらしい。
 アルテミスは今まで、多くの人間を見てきた。しかしどの人間も、欲望にまみれ、醜く、愚かで弱い生き物であった。見方はそれぞれだが、少なくともアルテミスにはそう見えた。
 だからアルテミスは人間が嫌いなのだ。こんな醜悪な者たちに、自分が束縛され使役されていることが許せなかった。それだけに神話空間以外で実体化できるようになった時は嬉しかった。
「それで、《アポロン》を先輩から取り返す、などと言っていたんですね」
「お兄様は特別だから。人間に限らず、誰かに縛られていいお方ではないわ」
 アルテミスらしい論だった。しかし一つだけ、汐は訂正する。
「同盟を結ぶ際はあえて言わなかったですが、別に《アポロン》は先輩に縛られていないですし、先輩も《アポロン》を縛りつけているということはないですよ」
「ええ……お兄様も、何度もそう言っていたわ。アタシはあの人間が洗脳でもしているのかと思ったけど、いくら確認してもお兄様は正常、アタシのお兄様だった」
 どう確認したのかが気になるところではあるが、それを問う前にアルテミスは続けた。
「その時お兄様は、人間の素晴らしさについて語っていたわ。お兄様だけじゃなくて、プロセルピナ、ヴィーナス、ネプトゥーヌス、マルス——他の十二神話たちが、人間と共存していることを」
 アルテミスの人間に対する評価は変わらなかったが、しかし《アポロン》の熱弁は無意味ではなかった。その熱は、アルテミスに変化をもたらしたのだ。
「それを聞いて、アタシも少しだけ興味が出て来たって言うか、もう少し人間のことを知るのも、いいかなって……思ったのよ。それに、アタシもお兄様みたいになりたいって、ずっと思ってた。だから、もしかしたら、今のお兄様と同じように人間と共にあることで、アタシはお兄様に近づけるかもしれないって、思ったの……」
 そこでアルテミスが目を付けたのが、汐だった。
「あなたは他の人間とは違う……ような気がする。それもお兄様や他の十二神話から見たのと違って、アタシから見たあなたは特別なものに感じるの。そしてその特別は、たぶん間違っていない」
 汐の身体にアルテミスが憑依した時も、彼女はそれを感じていた。普通の人間なら完全にシンクロするなんてほとんどありえないが、汐に憑依した時は、ほぼ完璧に同調していた。
「所有者が神話を選ぶのか、神話が所有者を選ぶのかは分からないけど……もし前者なら、身勝手ながら、アタシはあなたに選ばれたと思ってる。後者だとしても、アタシはあなたを選ぶわ。運命、なんて陳腐な言葉だと思うけど、たぶんそれが正しい……」
 『神話カード』と所有者の関係についてなら、汐も考えていた。
 《アポロン》と夕陽、《プロセルピナ》とこのみ、《ヴィーナス》と姫乃、《ネプトゥーヌス》と流——汐の知る先輩たちと『神話カード』の関係は、それこそ唯一無二にのものに感じられた。
 アルテミスは、それを伝えようとしている。
 ならば、汐の答えは一つしかなかった。

「いいですよ」

 淡々としているが、しかしその内には歓喜にも似た感情がどっと溢れていた。
「実を言うと、私も、私だけの『神話カード』——パートナーというものが、欲しかったんです」
 相棒と共に戦う先輩たちの姿を、汐は一人で見ていた。その中で、ずっと抱いていた強い感情がある。
 それが、憧憬。
「つまりは憧れですね……私は『神話カード』を手に戦う先輩たちに憧れていたんです。パートナーと力を合わせて、戦い、困難を切り抜けていく先輩の姿は、私の憧れでした。後輩の性とでも言うのでしょうか、私も、先輩みたいになりたいと、心のどこかで思っていたんです」
 あなたがお兄様のようになりたいのと同じですね、と続けた。
 そう考えれば、汐とアルテミスも似た者どうしかもしれない。相棒となるには、この上ないほどに。
 だから、
「むしろこちらからお願いしたいくらいですよ、アルテミス。私も、あなたと共にありたいです」
 それが、自分の憧れた世界に繋がるのだから。


 その日は星も見えない真っ暗な闇が覆う夜空が広がっていたが、その闇の中には、淡くも美しい輝きを放つ月が悠然と浮いていた。
 その月の下で、御舟汐——いやさ月夜野汐は《月影神話》の所有者となったのだった。