二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.508 )
- 日時: 2014/03/09 15:28
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
「——んだよ、結局失敗かよ」
某国に存在する【神聖帝国師団】の拠点、その最奥部にて、ジークフリートは吐き捨てるように言う。
その先にいるのは、空城夕陽——の姿をした、誰か。
「みたいですね。タイミング的には最高の瞬間を狙ったはずですが、人間関係、とりわけあの年代の子供は、なにが起こるか分かったもんじゃないです」
その誰かは、夕陽の声、夕陽の口調、夕陽の仕草で、言葉を発する。それは誰がどう見ても、空城夕陽という少年だが、
「ちっ、だったらとりあえず、今回の作戦におけるお前の役目は終わりだ——ニャルラトホテプ」
「まあ、そうですよね。分かりましたよ」
夕陽——否、ニャルラトホテプは、やはり夕陽の声で、答えた。
『無貌混沌』——彼と呼ぶか彼女と呼ぶかすら曖昧なその存在は、もはや人であるかどうかすら疑わしい。
現在ニャルラトホテプの身体は空城夕陽、なので便宜的に彼と呼称するとして、彼の特異な点、性質、もしくは身も蓋もない言い方になるが、特技と言えば、変装だった。
いや、そんな言葉は生温い。体つきや頭髪、目の色、骨格、声帯、口調や性格や気性にいたるまで、彼は他人という存在をコピーできる。もはやそれは変身と言えるような所業だった。
ゆえに彼の異名は『無貌混沌』なのだ。如何なる姿にも変貌する、混沌なる存在。そしてそれは、自己という容貌が無であることを示す。正に邪神のニャルラトホテプだった。
ジークフリートがひまりを倒し、亡き者にして以来、【師団】はあらゆる組織から狙われている。あらゆる組織というより、【ミス・ラボラトリ】と繋がりを持つ組織、とりわけ戦闘狂の多い【神格社界】の者から襲撃を受けることが多くなった。
それは【ラボ】の所長、ラトリ・ホワイトロックの仕業であると、ジークフリートは踏んでいる。いや、十中八九そうであろう。彼女の考えはジークフリートの知るところではないが、恐らく彼女は、【師団】が、ひいてはジークフリートが『昇天太陽』たちに手出ししないよう、威嚇しているのだ。【ラボ】という組織の性質を考えれば、威嚇というより牽制だが。
要するに【師団】は今、各国に存在する拠点が襲撃を受けており、人手不足に陥っている。今ジークフリートがいるこの拠点さえ無事ならそれでいいのだが、せっかく広域に広げた陣地をみすみす手放すのも惜しい。それにそこを無視したところで、ラトリはまた違う手を打ってくるはずだ。もしかしたらじわじわと追い詰めていくつもりなのかもしれない。
ラトリの思惑に乗るのは癪だが、現在【師団】は、自由に動ける状態ではないのだ。
だが、かといってそのまま黙って指をくわえている組織でもない。
ジークフリートは、直接的に『昇天太陽』たちに手出しができないのなら、間接的に内部分裂を起こそうと考えた。
その考えに至ったのは、『昇天太陽』たちは個々の強さではなく、互いの存在そのものが、彼らの強さに繋がっていると思ったからだ。普段なら非科学的、そんな漫画染みたことはありえないと一蹴するのだが、ジークフリートは『太陽一閃』、朝比奈ひまりと直に戦っている。その時に、彼女の強さの根源について考えた。そして辿り着いた結論、というわけだ。戦略的な話にするとしても、組織内で不和を生じさせ、心理的に個々を分断させるという作戦は、戦略としても有効だ。
話を戻すが、そういうわけで、次にその強さを弱化させるためにはどうすればいいかを考えた。考えた結果、仲違いさせることにした。
とはいえ、相手の組織に対して人為的に不和を起こすのは簡単ではない。だが相手は感性豊かで揺らぎやすい学生だ。偽物を介入させて誰かを襲わせれば、それなりの効果があると思った。
そして実際、効果覿面だった。あの時の汐は精神的に不安定だったということもあり、夕陽の姿をしたニャルラトホテプを送り込んで戦っただけで、予想以上の効果があった。
あとは時間が経ち人間関係が崩れる様子を見る。たまに干渉できる時にニャルラトホテプを使って干渉し、完全に崩壊するのを待つだけだ。
だけ、だったのだが。
最後の最後で、失敗した。
感受性が豊かなあの年代ゆえに起こった不測の事態、と言えるだろう。
偽夕陽となったニャルラトホテプのお陰で、とりあえず『昇天太陽』と汐の関係はかなり崩れた。人間関係を瓦解させるという長期的な作戦としては、いいスタートを切れたはずだ。
だが、一度崩れたはずのその関係も修復してしまった。崩れやすい関係は、同時に戻りやすい関係でもあった、ということだ。
感受性が豊かだったからこそ、これほど急激に修復した。
それはつまり、【師団】の目論みは完全に失敗した、ということだった。
夕陽の姿をしたニャルラトホテプは、夕陽の顔で、どこか名残惜しそうな表情を浮かべていた。
「個人的にはこの身体もいい感じなんですけどね……やっぱりオリジナルと比べたら力は劣りますけど、結構シンクロしてますし。この身体に合ったデッキを使えば、それなりに——」
「ねえ」
そんなニャルラトホテプの言葉を遮るのは、少女の声。その声を聴くだけで、ニャルラトホテプは身体など関係なく憎悪が湧き上がってくる。
視線をその声の方向へと向けると、そこには赤毛の少女——同じ帝国四天王のひとり、クトゥグアの姿があった。
「師団長の言葉、聞いてなかった? あなたの役目はお終い。だから、早くデッキを返して」
「……言われなくても。お前のデッキなんていらねえよ」
ニャルラトホテプは夕陽のように悪態をつきながら、腰のデッキケースを、渾身の力を込めてクトゥグアに投げ渡す。いや、それは渡すなどという表現では不適切で、投げつけるというような勢いだったが、クトゥグアは容易くそれをキャッチする。
「本当なら自分で作るつもりだったよ。ただ、師団長の命令だからな。仕方なくだ」
「あなたがまともにデッキを作れるとは思わない。連ドラだってそんなに簡単なものじゃない。あなたみたいな生温い思考で組んでも、ジャンクデッキと同じ」
いくら身体が変わろうとも、ニャルラトホテプとクトゥグアの険悪さは変わることがなかった。
それはある意味では、なにもかもが他人と同化してしまい、自己というものが存在しないニャルラトホテプの、確固たる自己の確立なのかもしれなかった。
「しかし……いい作戦だと思ったんだがな、結局は失敗か。これからどうすっか」
ぐったりと座っている椅子にもたれかかるジークフリート。人材不足というこの状況では、師団長と言えど働かねばならない。彼も彼で、様々なところに行って様々な相手と戦ってきた。その疲れがあるのだろう。
と、その時。
部屋の奥から、パタパタと誰かが走って来る。足音の軽さから、恐らくは少女。
そしてその少女は一直線にジークフリートへと突っ込む。
「ジーク!」
「おぅ……んだ? ロッテ?」
軽いため突き飛ばされるようなことはなく、シャルロッテを受け止めるジークフリート。見れば、シャルロッテはキラキラと目を輝かせていた。一体なにがあったのか、こっちは作戦失敗で気が滅入っているというのに、などと言うのは無駄だろう。
なにか言う前に、シャルロッテは舌足らずな口調で言う。
「ジーク! ロッテ、にっぽんいきたい!」
「は? 日本? なんでだよ。なんかあんのか?」
「うんっ!」
あまりに突然なシャルロッテの頼みに、ジークフリートも戸惑う。年相応に我が儘なシャルロッテだが、どこかに行きたいという要望は滅多にない。しかもその行き先が日本だ。
日本と言うと、“ゲーム”の世界ではかなり注目が集まっている場所だ。その理由は、やはり『太陽一閃』と『昇天太陽』、この二人の存在が大きいだろう。
そんな日本に行きたがるとは、一体どういうつもりなのかと問いただす。するとシャルロッテは、子供らしい真剣な眼差しと、期待に胸を膨らませているような無邪気な笑みで、言い放った。
「はつもーで!」
「……は?」