二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.513 )
- 日時: 2014/03/10 08:30
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
要するに、巫女のバイト、ということらしい。
どこの神社でも、この時期になるとバイトを雇うのは当たり前だ。しかし人気の神社というのはそれだけ人気のアルバイト先ということでもあり、このような辺鄙なところにある神社は求人募集をしてもなかなか人が集まらないそうだ。
そこで、ひづきはこのみに相談を持ちかけた。相談する相手を間違えてるだろ、と夕陽なんかは思うのだが、その結果が今に至る。
「いやー、本当に助かったよ。去年までは私一人でなんとかやってたんだけど、この神社無駄に広いし、流石に高校生にもなると忙しくなるし、あんまり家の方ばかっりに気を向けてもられないからね。それにこのみちゃんや光ヶ丘さん、それと……月夜野さん、だっけ? みんな可愛いし、来年からはもっと繁盛するかもね」
「そっかー、そういうことだったんだね……それなら、わたしもお手伝いするよ」
「……私も着るのですか」
わりと乗り気な姫乃に、どこか不満気な汐。しかし、どうせこのみに押し切られてしまうのだから、素直に諦めた方がいい。特にひづきは悪乗りしやすいタイプなので、このみと結託したら手が付けられなくなる。
そんな女子四人の問答を眺めている夕陽は、ふと呟いた。
「なんか……僕だけ蚊帳の外だな」
というか、自分が呼ばれた理由が分からない。
このみのことだから、親しい人間は仲間外れにしたくない、とでも思ったのかもしれないが、夕陽を含む四人中三人が巫女のバイトをするとなると、黒一点の夕陽の出る幕はない。むしろ放っておいてほしかったくらいだ。
などと思っていると、
「なに言ってんの、ゆーくんもひーちゃんのお手伝いするんだよ」
「そうだよ。四人分用意してるからね」
「あれ、そうなの? ってことは、神主の衣装みたいなの——白装束って言うの? があるのかな」
夕陽は生まれてこの方、和服というものを着たことがない。服を着ることに楽しみを見出すような柄ではないが、未知のものに触れるというのは、それだけで多少なりとも気分が高揚するものだ。
——ただし、自分の想像を超えていた場合は、その限りではないが。
「神主の衣装はないなー。そもそも巫女服だってあんまり数ないしね。このみちゃんとか、サイズ大丈夫かな……?」
「ダメだったら着なきゃいいだけだと思うけど。だったら僕はなにするの? 裏方で掃除とか?」
「いやいや、ちゃんと境内の方で働いてもらうよ」
「……?」
嫌な予感がする。
疑問より、疑念より、悪寒が身体を走り抜ける。
その予感が的中する前にこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、ひづきの視線で動きが止められた。どうやら自分はもう、ここから逃げることは許されないらしい。
そして、夕陽にとっての死の宣告とも言える発言が、放たれる。
「そういうわけだから、巫女さん頑張ってね——“四人とも”」
「なぜだ……僕は去年、そんなに悪いことをしたのか……? これは神罰なのか……?」
着替えのために通された一室で、夕陽は両手両膝をついて崩れ落ちていた。
空城夕陽——しかしその姿は、どう見ても夕陽ではない。いや、面影はあるのだが、ほぼ別人だった。
そもそも、外見的な性別が違う。服装的な性別、とでも言うのか。
それはここに来る道中、ずっとひづきが着ていた衣装と同じもの。即ち、巫女服。
白い小袖と緋色の袴に身を包んだ、空城夕陽がそこにはいた。
「着替え終わったー? 入るよー——って、うおぉぉぉ!」
女子らしからぬ雄叫びを上げるひづきと、その後ろには、こちらも巫女服に着替えたらしいこのみ、姫乃、汐の三人が、部屋に入ってくる。後ろの三人もそれはそれで反応を見せていたが、一際興奮していたのはひづきだった。
「夢にまで見た念願の巫女服ゆーちゃんだ! うわぁ、メイドも良かったけど巫女服もいいなぁ……写真撮っとこ」
「僕のこんな格好なんて見ても面白くないだろうに……」
「そんなことないよ! 私はゆーちゃんのファンなんだよ!」
聞くところによると、秋の文化祭の時、ひづきはこのみの悪巧みで女装させられた夕陽——通称ゆーちゃんに一目惚れした、らしい。
「やっぱりいいなぁ、ゆーちゃん。大好き、愛してると言ってもいいくらい。嫁にしたい」
「その台詞は男の格好の時に聞きたかったよ……」
「うん、それは無理かな。空城くんには興味ないし」
ばっさり切り捨てられてしまった。平坦なトーンだが逆にそれが辛い。涙がさらに込み上げてくる。
「人格を全否定された……」
どうやら夕陽は、ひづきからは男としての夕陽ではなく、ゆーちゃんとしての夕陽にしか価値がないらしい。仮にも一クラスメイトからこのような評価を受けていたと思うと、流石に泣けてくる。
「つーかこのみ……お前もお前で用意周到すぎるだろ! なんでメイク道具にウィッグに詰め物まで用意してんだよ!」
「えー、だってひーちゃんのお願いだし……それにゆーくん——じゃなかった、ゆーちゃんをまた見られるんだよ。これは完璧に仕上げないと、ゆーちゃんに失礼だよ。ね、ひーちゃん」
「だよね、このみちゃん。さっすが、よく分かってる」
「僕に女装を強要してる時点で失礼だって気付けよ!」
しかし夕陽の叫びも虚しく、二人には届かない。この格好になっている時点で、夕陽はもう逃げることができないのだ。
「先輩……」
「御舟……」
ゆっくりと歩み寄ってくる汐は、まだ崩れている夕陽の肩に手を置き、ふるふると首を振る。その眼差しも、酷く同情的なものだった。
「大丈夫です、中途半端な女装は気持ち悪いだけですが、先輩のそれは相当完成度が高いですから、そう簡単にはばれないですよ」
「もっと他のフォローをしてよ……」
しかし、なんだかんだ言ってこの女子四人は女装した夕陽に好印象を抱いている。
この一日、この神社の中で、夕陽が男の姿に戻ることは出来なさそうだった。
神社というものは年を越した直後にも人が訪れたりするものだが、ひづきが言うには、この神社は早朝に来る場合が多いらしい。というか、ほとんど六時以降に訪れるらしい。
ひづきは裏で準備があって少し遅れるらしく、その間、夕陽たちは境内の掃除をすることとなった。
「はぁ……年明け早々災難すぎる……僕、もう来年ダメかもしれない……」
「なにをそんなにしょげてんだよ夕陽! 別に変な格好じゃねえぞ?」
「そーだよゆーひー! かわいいよ!」
「ですの! とても似合っているんですの、夕陽様!」
「それ、褒め言葉じゃないよ……」
他に人がいないことをいいことに、自由に実体化しているアポロンたち。慰めか本心かは分からないが、どちらにせよ彼らの言葉は夕陽の心をさらに抉るだけだった。
「男が女の格好をしてるってだけで気持ち悪いっていうのに……人間、あなたの性癖はもはや理解不能ね。そんな輩にお兄様を預けたくはないのだけど」
「ああ、アルテミス……君だけだよ、今の僕を否定してくれるのは」
「……なにこの人間、罵られて喜んでる。なんかますます気持ち悪い……なんて言うのかしら、こういうのって。マゾヒスト……?」
辛辣なアルテミスの言葉が逆に夕陽を安心させる。
「汐、あなたの先輩とやら、なんだかこの前以上に気持ち悪いのだけれど……」
「先輩は今、メンタルに異常をきたしているような状態なんです。温かい目で見守っているのが一番です」
とはいえ汐としても今の夕陽はありだったりする。この辺はなかなか割り切れないことだ。
と、その時。
「人いねぇーなぁー……早く来すぎたか?」
「人混みに揉まれるよりはマシだ」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あ、リュウ兄さんと佑さんだ。おけおめです!」
「おー春永か、奇遇だな……っていうか、なんかまた妙な格好してるな」
「ナガレだ」
やって来たのは、流と零佑だった。まさかこんなところで会うことになるとは思わなかったので、少なからず驚いている。
「二人はどうしてここに? 初詣?」
「この時期に神社に来る理由って言ったらそのくらいだろ。ちょうど穴場を見つけたから、リュウを誘って来たんだ」
「ナガレだ。そもそも、神社に穴場とはどういう意味だ」
「まあそれはともかく……空城の姿が見えないな。そこにいるのは友達か?」
と言う零佑の視線の先にいるのは、言わずもがな、夕陽だった。
「…………」
「あー、確かに友達、だねぇ」
「そ、そうですね……あはは……」
「です……」
「?」
「……まさか」
含みある笑みを浮かべているこのみと、気の毒そうに夕陽を見遣る姫乃、汐。疑問符を浮かべている零佑。そして最後に、なにかに気付いたらしい流。
「……零佑、行くぞ」
「え? でも……」
「行くぞ」
流は零佑の腕を引っ張り、半ば強引にその場から立ち去っていく。
夕陽は心の中で感謝する。流に対して、ここまで感謝の念を抱いたことは、いまだかつてなかった。
(流……ありがとう)