二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.514 )
- 日時: 2014/03/10 23:24
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
六時を過ぎたあたりから、人気のなかった神社も人が入ってくるようになり、七時ごろになるとそれなりの人混みも出来ていた。辺鄙なところだとは思ったが、それでもある程度の人は入ってくるようだ。
「で、わたしたちはなにをすればいいの?」
「巫女とはいえバイトらしいですし、お守りを売ったりするのでしょうか」
「それでもいいんだけど……出店とかも見て回りたいでしょ? だからみんなには、警邏でもしてもらおうかな」
「警邏!?」
素っ頓狂な声を上げる夕陽。しかし警邏と言うと物々しいが、要するに見回り。迷子の子供を見つけた時に対応したり、トラブルが発生した時に報告したり、そんなことをすればいいとのことらしい。
出店の店主たちに夕陽らのことは既に伝えているらしいので、見回りながらも出店でなにか買うことはできるとのことだ。
「どうする? みんなで回る?」
「わたしはそれでいいけど……」
「右に同じく、です」
しかし、
「…………」
「ゆーちゃ——空城くんは、嫌そうだね……」
「……しばらく一人にしてほしい」
それができなくとも、できればこのみやひづきと一緒にいたくない。
「えー、そんなこと言わずに、ゆーちゃんも一緒に——」
「このみ先輩、その辺にしておいた方がいいですよ。夕陽先輩も、色々と参っているようですし」
というようなやり取りの末、夕陽は単独行動、このみ、姫乃、汐の女子三人が一緒に行動ということで、それぞれ分かれたのだった。
「災難だ……」
「いいじゃねえか、服くらい。そんなに気にすんなよ」
見回りながら夕陽は、気付かれないようにカードから声だけを発するアポロンに言い返す。
「君はクリーチャーだから気にしないかもしれないけど、人間界では服飾一つがかなり重要なんだよ」
もっと言うと、女装のためにこのみが用意した道具も気に入らない。恐らく夕陽は今日一日、鏡を見ることはないだろう。
などと思っていると、見知った顔を発見した。見知った顔ではあるが、ここで見ることになるとは露程も思っていなかったので、非常に驚いている。同時に、今の格好では関わり合いにならない方がいいだろうと判断を下した。
夕陽は相手に気付かれないよう、こっそりとその場から離れようとするが、
「あれ、空城君?」
見つかってしまった。
名指しされ、ビクッと身体を震わせている間に、その人物はパタパタとこちらへ走って来る。もう逃げることはできない。
「ハロハロー。なんか今日も面白い格好してるね」
「人が毎日のように変な格好してるみたいな言い方やめてください……ラトリさん」
夕陽は非難の眼差しを向ける。その相手は【ミス・ラボラトリ】の所長——ラトリ・ホワイトロックだった。
仮にも【ラボ】という“ゲーム”の中でも巨大な組織の所長が、こんな辺鄙な神社に初詣に来ていることに驚きを禁じ得ない夕陽だが、ラトリの性格を考えればそこまでおかしくないようにも思えた。
「……今日は、黒村先生はいないんですね」
「いた方がグッドだった?」
「いえ……」
一応は副担任の教師なので、こんな格好は見せたくない。というか、そもそも誰にだって見せたくない。自分でも見たくはないのだが。
「黒村君も誘ったんだけどねぇ……『行くなら一人で行ってください』って、断られちゃった。つれないよね。だから今日は——」
「所長!」
と、ラトリの後方でやや大きな声が響いてくると同時に、こちらへと走って来る二つの人影が見えた。
「所長! 急に離れるのはやめてください……人混みはそれほどでもないですが、はぐれますよ」
「お、主に、私が、なんですけど……」
「あ、希野ちゃん、ミーシャちゃん。ソーリー、ごめんね」
露程もごめんと思っていないラトリは、二人に軽く手を振る。
片方の少女(少女と言っても外見が幼いだけで、夕陽よりも年上だと思われるが)は見たことがある。文化祭に来ていた【ラボ】の研究員だ。確か、ミーシャと呼ばれていたはずだ。
もう片方も女だ。会ったことはないはずだが、しかし見覚えがあるような気がする。彼女自体は知らないが、誰かに似ているように思えた。
だが、夕陽が疑問を口にするより先に、
「この方は? 所長のお知り合いですか?」
「知り合いって言うか……希野ちゃん、アンノウン? この子が空城夕陽——私たちのワールドで言うところの『昇天太陽』だよ」
「え……『昇天太陽』って、女性だったんですか……てっきり男性だとばかり……」
「え、いや……」
夕陽が否定しようとするが、しかしその前にラトリが割って入る。
「いやー、実はそうなんだよ。人ってルックスによらないよねー」
そしてなにやら勝手なことを言っていた。だがそれには、ミーシャが弱々しくも否定してくれる。
「しょ、所長さん……その、あんまり変なこと言うと、また黒村さんに怒られちゃいますよ……」
「……結局、『昇天太陽』って、男なの? 女なの?」
夕陽などという性別の分かりにくい名前であることもあってか、希野と呼ばれていた女は首を傾げている。
ここで男だと言ってもいいのだが、しかしそうすると、まるで自分に女装癖があるかのように思われそうなので、はっきり言うことができない。
その迷いが、ラトリの前では命取りだ。
「ふふふ……ま、そういうのはボディタッチすれば分かるよ」
「はぁ……」
いまいち納得のいかない様子の希野だったが、
「失礼します」
と言って、やや控えめながらも丁寧な手つきで夕陽の胸(詰め物あり)を掴む。
「ある……!」
「ねえよ!」
即座に否定した。流石にこればかりは譲れない。
「ふむ、声質は確かに男声っぽいわね」
「あ、ばれちゃった」
「ばれちゃったじゃないですよ……」
げんなりとする夕陽。それを気の毒そうに見遣るミーシャ。彼女もラトリに振り回されているクチなのだろうか。
「ま、それはそれとしてだけど、なんでまたそんな恰好なの? メイドもグッドだったけど、今回は巫女さん? 空城君、実はコスプレイヤー?」
「んなわけないでしょう。これはですね……」
軽く事情を説明する夕陽。このみとクラスメイトの陰謀により、新年早々こんな格好をさせられていて、自分は被害者であることを熱弁する。
「へー、楽しそうだね」
「あの二人からすれば、楽しいでしょうね」
夕陽はまったく楽しくないが。むしろ悲しくなってくる。
「所長、そろそろいいですか?」
「ん? ホワット?」
「巷で有名な『昇天太陽』が男性だとはっきりしたところで、そろそろちゃんと名乗ろうかと思いまして」
「ああ、そゆこと。オッケー」
ラトリは一歩下がり、逆に女は前に出た。そして女は、名乗りを上げる。
「担当が違ったから知らないこともあったけど、名前はよく聞いているわ、『昇天太陽』。あたしは【ミス・ラボラトリ】の研究員、九頭龍希野よ」
「九頭龍、希野……え? 九頭龍って……」
今まで夕陽の中でおぼろげながら浮かんでいたイメージが、はっきりと像を結ぶ。そうだ、誰かに似ていると思ったが、あの男に似ているのだ。
かつて夕陽も戦ったことのある【ミス・ラボラトリ】の研究員、九頭龍希道に。
そう思うと、夕陽の目つきも鋭くなり、警戒心も一気に強まる。
「九頭龍ってことは、あの九頭龍希道の兄妹かなにかか……? お前に直接の恨みはないけど、僕はまだあの時のことを忘れたわけじゃ——」
と、そこで、夕陽の言葉が止まった。
なぜなら、希野が非常に不愉快なものを聞いた、とでも言いたげな目をしていたから。
「あたしと希道は無関係なので。まったくこれっぽちも全然関係ないので、あたしに責任を追及されても非常に困ってしまうのですが」
「え、あれ……? えっと……」
なぜ急に敬語? という疑問を抱くと同時に、困惑する夕陽。同じ姓と言うだけで彼女を責めるのは確かに間違っており、希野の言っていることは正しい。だが希野の目に浮かんでいるのは夕陽へのそんな非難ではなく、むしろ夕陽が名前を出した九頭龍希道への嫌悪、と言うように感じられた。
そんな希野の態度に戸惑っていると、ミーシャが耳打ちしてくる。
「希野さんは九頭龍さんの双子の妹さんなんですけど……その、仲が悪いというか、希野さんは九頭龍さんのことを、あまりよく思ってないみたいで……」
「あー……」
なんとなく分かるような気がした。
夕陽も九頭龍希道と接触したのは一度だけだが、たまに“ゲーム”絡みで黒村と話す時、九頭龍の名前が出ると彼も苦虫を噛み殺したような表情を見せる。血の繋がっている兄妹と言えど、いや、兄妹だからこそ、九頭龍希道の存在には嫌悪感を抱いているのかもしれない。
(あいつはかなり嫌な性格してたけど……この人はわりとまともそうだし……)
あまり実感はないが、夕陽たちは【ラボ】には世話になっている。その感謝の意も込めて、せめて彼女の前では兄の話をするのはやめようと、この時の夕陽は思ったのだった。