二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.515 )
日時: 2014/03/11 03:27
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

 人が多く行き交う神社の境内や本殿付近からやや離れた林の中。その林は意外と広く、また木もかなり丈夫で、大の大人が上ったくらいでは、枝が折れたりはしない。
 そんな木の上で、双眼鏡片手に境内を見遣る、二人の男。
「——黒村さーん、所長、なんか誰かと接触したみたいですよ」
「そうか。……っ」
 黒村は隣の木で双眼鏡を携えている九頭龍希道から報告を聞き、自分もその姿を双眼鏡のレンズ越しに確認するが、その誰かが誰なのかを理解すると、難しい表情を浮かべる。
(あれは、空城か……あいつは、なぜまたあのような格好を……)
 文化祭の時にも一度メイド姿を見ているが、今度は巫女服だった。どうせ春永このみあたりに無理やり着させられたのだろう、災難だったな、と心中で思っておく。同情まではしないが。
「しっかし、新年早々僕らはなにやってんでしょうね。女性三人組を朝からストーキングして、神社に入った途端に人気のない林に隠れて今度は覗きですか。まったくもっていい趣味です」
「お前は黙れ」
「黒村さんは素直じゃないですよね。せっかく所長から一緒に初詣の誘いを受けたのに、にべもなく断るなんて。しかも断ったうえでこうしてストーカー&覗きって、人間的に見たら僕以上にクズなんじゃないですか?」
「黙れと言ったんだ」
「でもそう考えると黒村さんって結構幸せ者というか、顔つきはいいわけですし、わりとモテモテですよね。所長だって童顔ですけど美人ですし、そんな人に気に入られているんですから、もっと素直になればいいのに。僕なんて、クリスマスから年越しまで、ずっと一人で過ごしてたんですよ? あー羨ましいなー、黒村さんは」
「突き落すぞ」
 ……この会話で、大体の事情は呑み込めたかと思う。
 九頭龍はわざとストーキングだの覗きだのと人聞きの悪い物言いをしているが、その表現は決して間違っていない。実際、彼らがしているのは軽く犯罪行為。それも、その主犯、というか計画者は黒村だ。
「言っておくが、俺は所長の私生活を覗き見るためにこんなことをしているわけではない」
「こんな状況でその言葉がどれほどの真実味を帯びるのか、理解してます? 嘘くさすぎますって、いくらなんでも。僕だってもう少しマシな嘘つきますよ」
「お前は所長に対してなんの疑問もないのか?」
 九頭龍の言葉を無視して、黒村は問いかける。
「お前は、所長のことをどう思う?」
「その言葉はニュアンスを変えてそっくりそのまま黒村さんに返したいところですが……そうですねぇ、謎の多い人ではありますよね」
 わりと思ったことをそのまま口にした九頭龍だったが、それは黒村の求めていた応えのようで、黒村は首肯する。
「そうだ。俺たちの所長、ラトリ・ホワイトロックには謎が多い」
「そんな改めて言われましても……別段おかしいことじゃないでしょうに。“ゲーム”は戦争だって喩える人もいますけど、実際その表現は結構的を射ていて、“ゲーム”でも情報戦が物を言います。敵の情報を掴めばそれだけ有利になりますし、逆に相手に情報を掴まれないよう隠匿することもあるでしょう。まあうちの所長はあんまりそういうことしない人ですけど、それでも最低限の機密保持はしているはずです。だったら別に、謎が多くてもおかしなことはないですよ」
「お前に正論を吐かれるまでもない、そんなことは分かり切っている。俺が言っているのは、そういうことではない」
 九頭龍もあえてはぐらかしたところがあるが、黒村が言いたいのは、もっとラトリ個人の奥深いところ。ラトリのルーツ、とまでは言わないが、それに近いところの話だ。
「何度も言うように、あの人は不明な部分が多い。それは国籍や家族構成など、当たり障りのない部分もだ」
「そういや、所長ってどこの人なんですかね。なんか日本人っぽい見た目してますけど、ハーフかクォーターって感じもしますし。そもそも名前が日本人らしからぬものですが、偽名の可能性だってありますしね」
 あ、でも、と九頭龍は思い出すように、
「【師団】の師団長とか、【神格社界】の界長とかは、所長のことラトリって、名前で呼んでますよね。僕も師団長の方は直に会ったことないんですけど、ルカ=ネロの方は、なんか妙に親しげでした。なんか関係あるんですかね?」
「そこだ」
 やっと本題に入ったか、とでも言いたげに息を吐き、黒村はその言葉を継いだ。
「俺の見立てでは、所長は【師団】の師団長、ジークフリートと、【神格社界】の界長、ルカ=ネロ、この二人と関わりが深い」
 ラトリの態度や言葉の節々、加えてジークフリートとルカの態度も合わせると、この三人は過去になにかあったと考えられる。ラトリ自身はマイフレンドなどと言っていたが、そんな簡単に済ませられる関係なのだろうか。
 黒村には、それが疑問だった。
「……まあその見解は興味深いですけど、それとこの覗きとなんの関係が? そんなに気になるなら、所長に直接聞けばいいじゃないですか。案外、あっさり教えてくれるかもしれませんよ」
「どうだか。嘘を吐かれたり、真っ向から拒絶されたりするとは思わないが、一から十まで全てを明かすということもないだろう。恐らく、重要な部分だけはぐらかされるのがオチだ」
 だがそれでは駄目なのだ。それでは、本当に知りたいものを知ることができない。
 この覗きも、普段ラトリが黒村には見せない顔を見るために、陰から彼女を観察しているに過ぎない。ただ、ミーシャと希野がいることは計算外だったが。
(それに、これは完全な憶測だが……所長が抱えている謎は、この“ゲーム”が活発化したことと関係がある、かもしれない)
 だからなんだと言われたらそれまでだが、しかし彼女の謎について、謎のままで終わらせておきたくはない。
 そもそも彼女の目的はなんなのか。【ミス・ラボラトリ】などという組織を作り、“ゲーム”を隅から隅まで観察して研究して、どうするつもりなのか。
 ただ知識欲を満たしたい、未知があるからこそ既知にしたいという欲求であれば、それは実に研究者らしくて納得がいくが、彼女がそうであるとは思えない。それがないとも言わないが、それ以上の、もっと大きな理由があるような気がしてならない。
 黒村はそれが知りたかった。ただの、純然たる興味ではあるが、これを未知のままにはしておけなかった。
「へぇ……ま、いいですよ、どうせ僕も暇ですし。愚妹が自分の組織の長と上手くやれているかチェックしながら、ストーカーでも覗きでも、なんでもしますよ」
 黒村さんには逆らえませんしね、と言葉とは裏腹にどこか反抗するような笑みを浮かべる九頭龍だった。その笑みに不愉快な気分になる黒村だが、協力している限りはできるだけ友好的にしようと思う。できるだけ。
「……ん?」
「どうかしました?」
「いや、なにか見覚えのある女を見たような……」
「女? いやいや黒村さん、言い出したのは黒村さんなんですから、ちゃんと所長を見張ってくださいよ」
「女と言うよりは、少女か……」
「少女って……確かに黒村さん、ロリコンの気とかありそうですけども」
「少女と言うより幼女かもしれないな……」
「もはやペドですか。黒村さん、僕以上にクズの素質があるかもしれませんよ」
 横でなにか言っている九頭龍の言葉を聞き流しつつ、双眼鏡越しに人混みを凝視する。先ほど一瞬だけ視界に入ったものの姿は、もう見えない。
(気のせいか……?)
 そもそも、その人物がここにいる可能性は限りなく低いはず。やはり気のせい、少々人混みの中だったから、似たような人物を見つけただけだ、と判断を下し、再びラトリを視界に入れる。
(今【師団】は複数の組織から襲撃を受けている。そんな状況下で、まさかこんなところに、師団長補佐の奴がいるはずがない——)