二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.520 )
- 日時: 2014/03/12 06:39
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
「なんとか勝てたな……」
神話空間から出ると、夕陽は地面に落ちた《スミス》のカードを拾い上げる。たかだかクリーチャーだと思っていても、思いのほか手ごわい相手だったりするものだ。
「あんな変則バニラビートがあったなんて……いや、あれはビートダウンとは言えないか」
どちらかと言うとワンショットキルを決めるタイプにも思えたが、その気になれば序盤から殴ることもしただろう。ただ、手札が枯渇しやすそうな夕陽に手札を与えたくなかったのかもしれない。
「所詮はバニラと侮るなかれってことか」
使い様によっては能力なしのクリーチャーでもデュエルには勝てる。しかしやはり、単体ではどうしようもないくらい低スペックのクリーチャーである点は否めない。むしろ最近だと、能力なしのクリーチャーはその空欄の広さを生かして、フレーバーテキストで背景ストーリーを語るための存在、というところがある。
「ん……? フレーバー……」
夕陽は、ふと拾い上げた《スミス》に視線を落としながら、夕陽が人生初の女装をさせられたいつかの文化祭で、黒村が言っていたことを思い出す。
『『神話カード』の影響を受け、実体化したカードは、このようにフレーバーテキストも変化する』
そしてその内容は『神話カード』の存在していた世界のことが語られている。
今まで深く考えたことはなかったが、今も横で浮いているアポロンたち『神話カード』は、クリーチャーだ。ただの印刷されたカードなら、制作側の考えたストーリーがそこにあるだけだが、アポロンたちはこうして実体化している。意志を持った、生物同然の存在だ。
ならば、彼らには彼らの生きていた世界があるのではないだろうか。
「えっと……」
夕陽は《スミス》のなにも書かれていない空白のテキスト欄に目を通す。そこに描かれていたのは——
『支配、生誕、慈愛、守護、海洋、賢愚、冥界、月光、太陽、焦土、豊穣、萌芽——これら十二神話と呼ばれる神々が統治する超獣世界。そこでは、十二神話を始めとしたそれぞれの文明、種族が互いを認め合い、手を取り合い、助け合い、平和が保たれていた。そう、あの大事件が起こるまでは—— ---破界の右手 スミス』
「十二神話……」
それは十二枚存在するという『神話カード』のことだろう。確かアポロンたちが、自分のことをそう呼んでいた気がする。最初に並んでいる十二の単語も、知らないものもあるが、そのほとんどが『神話カード』の冠詞であった。
「……アポロン、一つ聞いてもいいかな?」
「なんだ?」
疑念も邪気もまったく感じられず、素直に首を傾げるアポロン。あまりに純粋だったため、夕陽は今から問う言葉をぶつけていいものかと躊躇するが、いつかは明らかにしなければならないこと。躊躇いを捨て、一気に踏み切る。
「君たちは……何者なんだ?」
我ながら漠然とした聞き方だと思う。だが、これ以外の言葉が見つからなかったし、これほど単刀直入な言葉もないように思えた。
それに、アポロンは夕陽の疑問を汲み取ってくれている。その上で、彼が返した言葉は、
「分かんねえ」
だった。
「分かんないって……どういうことだよ。御舟みたいに、記憶喪失じゃあるまい——」
「いや、たぶんそれだと思う。オイラには元いた世界の記憶が、断片的にしか存在しねえんだ」
だから自分が何者なのかもはっきりしねえ、と、アポロンはどこか弱々しげに言った。
「オイラだけじゃねえ。確認してみたが、プロセルピナやヴィーナスも、覚えてないみたいなんだ……つっても、全部を忘れたわけじゃないぜ。十二神話のみんなのことは覚えてるし、オイラの部下だったファイアー・バードやドラゴンのことも覚えてる。ただ、オイラたちが、実体を持って生きていたはずの世界のことは、思い出せねえんだ……」
「…………」
再び《スミス》のカードに視線を落とす夕陽。そこに描かれている世界は、恐らくアポロンたちの世界。
これだけでは、正直なんのことかよく分からない。超獣世界と呼称されているのだから、こことは別の世界で、そこでは独自の文化や生態系が存在している、程度のことは分かるが、それだけだ。
だが、このカードだけだとその程度の情報でも、もっと多くのカードのフレーバーテキストを読めば、アポロンたちのいた世界の全貌が、見えてくるかもしれない。
(この実体化するカードが、アポロンたちの記憶を呼び覚ます、鍵になるのかな……?)
汐が無法の力に触れたことで、無法の力を最も行使していた時の記憶が蘇ったように、アポロンたちも自身の世界について描かれた欠片を見れば、その時の記憶が戻るかもしれない。
(僕もアポロンたちのいた世界っていうのに興味がある。それに……)
これは夕陽の推測、というより勘だが、アポロンたち『神話カード』のルーツは、この“ゲーム”に深く関わってくることだと思う。アポロンたちがこうして実体を持ち、意志を持った存在であると分かった以上、そこにはなにかしらの意味があるはずだ。
アポロンたちはもう、ただのカードではない。一つの命であり、なにか大きな謎が内包されているはず。
それを解き明かすのは、専門家である【ラボ】の役目なのかもしれないが、アポロンは相棒であり、先輩の形見。ならば、相棒のことはパートナーである自分が知るべきだと、夕陽は思う。
「……少し、今まで集めて来たカードを見直してみようかな」
「ん? どうした?」
「なんでもない、後でちゃんと話すよ。それより——」
と、その時。
ピリリリリ、と味気ない電子音が鳴り響いた。
「電話……? 誰からだろ」
開いてみると、発信者には苗字を変えていない後輩の名前があった。
「御舟? こんな時になんの用だ……? もしもし——」
『先輩、今どこですか』
半ばこちらの言葉を遮るように、汐の声が聞こえてくる。いつも通り淡々としているが、しかし心なしか焦っているようにも感じられた。
「ど、どうしたの? なんかあった?」
『詳しくは合流してからです。とにかく、今どこにいるんですか』
なにやら急用らしい様子の汐。電話越しにも伝わってくるその勢いに少々気圧されながらも、今いる場所を伝える。
「本殿裏の林……」
『その近くに人は』
「いないけど……」
控えめにそう答えると、汐は少し電話から離れたようで、なにやら遠くで話し声が聞こえてくる。
『はい……では、人気のないところということで、私たちはそちらに向かうですよ。先輩、そこで待っていてください』
「う、うん」
よく分からないが、とりあえず頷いておく。なにやら向こうでもなにかあったらしい。
嫌な予感を覚えながら、十分ほど待っていると、電話をかけてきた汐、そしてこのみと姫乃、三人が一緒になってやって来た。
「どうしたの三人とも、なにかあった——」
「クリーチャーです」
夕陽の言葉を遮って、汐は早口で続ける。
「雀宮の文化祭の時と同じように、クリーチャーが実体化しているようです。今のところ、私とこのみ先輩、それから光ヶ丘さんの三人が、それぞれ一体ずつカードに戻したのですが、先輩の方はどうですか」
「……他のところでも実体化してたか」
夕陽は口ではなく、今さっきカードに戻したばかりの《スミス》のカードを掲げて、汐の問いに答える。
「先輩もですか……先輩が戦ったクリーチャーは」
「《破界の右手 スミス》、ゼロ文明のアウトレイジだ」
「…………」
夕陽の言葉を受けて、汐は考えるように黙り込んでしまった。
「どうしたの?」
「いえ……」
歯切れ悪く返す汐。一体なんなんだと夕陽が思っていると、このみが口を挟む。
「なんかね、汐ちゃん、出て来るクリーチャーが変だって言うんだよ」
「は? どういう意味だよ」
本当に意味が分からない。そもそもクリーチャーが実体化すること自体変なことで、出て来るクリーチャーそのものが変だというのも、ある意味当たり前のことだ。
しかし、汐が言いたいのはそういうことではないらしく、
「……とりあえず、これを見てください」
汐はそう言って、三枚のカードを差し出した。