二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.554 )
日時: 2014/03/27 21:24
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

 神話空間が閉じる。同時に、クトゥルーと希野が現実へと戻って来た。
「くっ……」
「…………」
 結果は、希野の敗北。ただそれだけだ。
 勝算はなかったわけではない。相手が強敵であることも、重々承知していた。しかし、実際に戦ってみて初めて分かったことがある。
(帝国四天王『夢海星辰クトゥルー』……この人が【師団】で一番やばい……!)
 まったく、手も足も出なかった。いや、手も足も出させてもらえなかった、と言う方がしっくりくる。召喚禁止などのロックをかけられたわけでもないのに、完全にこちらを縛りつけ、身動きの取れないような戦い方をする。
 これが、帝国四天王のリーダーの実力なのか。 
 やはり、自分はまだ、実力不足なのか。
 そんな言葉が浮かんだ、その時だ。

「まあ別に勝てなくても、そのデータを持ち帰られればいんじゃない?」

 後方から、声が聞こえる。聞き慣れた、不愉快な声。
「希道……!? なんでここに……」
 がさごそと茂みの中から這い出て来たのは、九頭龍希道。希野の、双子の兄。希野にとっては、恨みの対象でもある存在。そのため、希野目つきは驚愕から怒りに近い鋭いものへと変化していく。
 だが、そんなことを気に留める九頭龍ではなかった。彼はいつもの調子で、飄々と語る。
「まあ色々あってね。犯罪まがいのことを強要されてたんだけど……そっちもそっちで大変だったみたいだね」
「……見てたの?」
「まあね」
 希野の言葉を、希道は淡々と返していく。
「……笑いに来たの?」
「いいや? むしろ褒めるべきなんじゃないかなぁ? 情報の少ない『夢海星辰クトゥルー』の対戦データが取れたわけだしね。負けてもいいのさ、戦うことそのものが、僕らにとっては重要なんだ」
 いつもの調子で言葉を紡ぐ九頭龍。トーンに変化が見られないので、それが本気なのか、冗談めかしているのかが判断できない。
 だが、彼がなぜこんなタイミングで出て来たのかは、すぐに理解できた。
「……まあでも、今の対戦、ちょっと思うところはあったりなかったり?」
 いつの間にか彼に手に握られていたのは、デッキだった。そして彼の視線は、クトゥルーに向いている。
「らしくもなく、妹の敵討ちなんかしてみるのも、悪くないかな。どう? クトゥルーさん?」
「…………」
 相変わらず無反応を返すクトゥルー。しかし彼に動きがなかったわけではなかった。
 纏うローブの中に手を突っ込むと、彼もデッキを取り出す。
「へぇ、今の話を聞いてもなお戦ってくれるんだ……ちょっと意外だけど、それはそれでラッキーってことにしとこうかな」
 今まで隠匿されがちだった情報を開示することになるであろうクトゥルー。もうここまで来てしまえば、情報が洩れても構わないということか、それとも最初から隠す気などなかったのか。どちらにせよ、ここでの戦いは、【ラボ】という組織で見ても大きな意味を持つ。
「希道……」
「大丈夫大丈夫、君が負けてるところはたっぷり見たから、彼のデッキは大体分かるよ。それに最近はずっと黒村さんに虐められてたからねー、体も丈夫になった気がするよ」
「そんな心配はしていない」
 やや怒気のこもった声だった。
「なんで、こんなことをする……?」
 怪訝そうな眼差しと共に、希野の声が九頭龍に届く。
 こんなことの示すものがなんなのか、九頭龍にはすぐ判断できなかった。今ここでこうしていることなのか、それとももっと広い範囲でのことなのか。
 どちらにせよ、九頭龍の答えは一つだ。
「……さあ?」
 そんなものは、自分でも分からない。いや、本当は分かっているのかもしれないが、その分かっている感覚を他人に理解できるよう言語化するのは、今ここでは難しい。
 だが、強いて言うのであれば、
「僕が【ラボ】の研究員だからかもね」
 と、そこまで言ったところで。
 九頭龍とクトゥルーは、神話空間へと飲み込まれた。



「ん……ルーさん、また誰かとデュエル始めたな……」
 シャルロッテを捜索する中、ハスターは一人ごちる。
 彼の感覚だと、ついさっきクトゥルーが誰かとの戦闘に入った。その数十分ほど前もそうだったので、これで二連戦だ。
「あの人は本当になに考えてるか分からないからなぁ……目の前の敵は倒す、みたいなところはあるけど……」
 四天王の中でも、クトゥルーとまともにコミュニケーションを取ろうとしているのはハスターくらいなので、彼にはなんとなくクトゥルーのことが分かるのだが、しかしそれでも謎が多い。ジークフリートも、クトゥルーのことはあまりよく知らないらしい。
「まあでも、ルーさんなら大丈夫か。あの人なら、まず負けないだろうし」
 相手が『昇天太陽サンセット』であれ、『萌芽繚乱ブラッサム』であれ、『大慈光姫メルシー』であれ、『大渦流水モスケスラウメン』であれ、クトゥルーが負けるとは思えない。
「ルーさんは、どんな相手よりも強いデュエリスト……相手よりも強い敵として、相手の前に立ち塞がる」
 誰に言うでもなく、ハスターは独り言を漏らす。
「越えられない壁として敵対するのがルーさんだ……あの人を倒せるのは、いつでも自分を超えてくるような師団長か、その壁をぶち壊すルカ=ネロくらいなもの。あの人を倒したいのなら、自分自身を越えなければならない」
 どんな相手に対しても、越えられない壁として立ち塞がる男。それがクトゥルー。そしてその性質こそが、彼が帝国四天王最強である理由だった。
「ニャルと違って素の実力も普通に強いし、生半可なデュエリストじゃまず勝てない。ただ強いだけじゃなく、その強い自分自身を乗り越えられないと、ルーさんは絶対に倒せない」
 あの人はそういう人だ、と言って、一度口をつぐむ。
「……姫様、どこにいるのかなぁ……」
 そして自分の役目を思い出したかのように呟いて、また歩み始めた。



「んー……なかなかデッキ、できないなぁ……」
 手元に集まったカードは、二枚の神話を含めて二十枚ほど。デッキを作るなら、まだ半分だ。
「ジークみたいに、すきなカードだしたいのに、うまくできない……」
 何度も何度も《支配神話》と《生誕神話》の力でカードを生み出しているのだが、欲しいカードが全然出て来ない。ジークフリートは、狙ったカードを自由自在に生み出していたが、どうもうまくいかない。
「もっとジークのやってること、ちゃんとみてけばよかった……えいっ」
 これで何回目になるのか、再び新たな命を生み出すシャルロッテ。そして、生まれたのは、
「《ヨミ》だぁ……やった! つよいゴッドでた!」
 無邪気に喜ぶシャルロッテは、それを片手に持った作りかけのデッキの束に加えようとする。
 だが、その時。どこからか強い風が吹き、そのカードは風に飛ばされていってしまった。
「あぁ! せっかく、やっとでたカードなのに……まあいいや」
 一瞬、泣きそうな顔を見せるシャルロッテだったが、すぐにいつもの表情に戻る。そして、《ヨミ》、《ヨミ》とぶつぶつ言いながら、また新たなカードを創造する。



 風に吹かれた《ヨミ》のカードは、この時、別の力を受けていた。神話の力だが、それはまだ、誰も知らない秘中の力。
 その力を受けた《ヨミ》は、孤独の神と化す。そしてこの偽りの神が具現するのは、すぐそこに迫っている未来だ。

 遥か遠く、しかし近くとも言える空では、まだ誰も知らない存在が、目覚めようとしていた——