二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.563 )
日時: 2014/03/30 23:18
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

「…………」
 現れるクリーチャーを次々と倒し、カードに戻していく姫乃。淡々と、作業的に自分の役目をこなしていく。
 そんな中、ふとヴィーナスが現れ、
「……どうかなされたんですの? 姫乃様?」
「え? いや……なんで?」
「気づかないとでも思ったんですの? 姫乃様、先ほどからずーっと変ですの」
「……そうかな」
「そうですの。ずっと考え事をしているような素振りを見せているんですの。姫乃様は気持ちの浮き沈みが表情や行動に出るから、すぐに分かるんですの。わたくしにはお見通しですの」
 姫乃を問い詰めるヴィーナス。姫乃自身も、別段隠しているつもりもない。それに相手がヴィーナスということもあって、隠し立てすることもなく口を開く。
「実はね……ずっと考えてたの」
「なにをですの?」
「今の空城くんのこと」
 “今の”ということは、それは即ち、女装した夕陽のことなのだろう。ヴィーナスはその発言で、姫乃の天然ボケなのか真面目な話なのか判断に苦しんだが、次の言葉で後者だと判断した。
「最初は、ただの勘違いだと思ってた」
「夕陽様のことですの?」
「うん……ほら、わたしって家の事情でごたごたしてた時期があるから……特に中学校の頃は」
「……ごめんなさい、ですの」
 項垂れるヴィーナス。
 宗教団体に深入りした姫乃の両親の件は、元を辿ればヴィーナスの持つ“人々の意思を同調させる力”が原因だ。ゆえにヴィーナスは、多少なりとも姫乃に対して負い目を感じている。当の姫乃は、もう気にしていないようだが。
「ヴィーナスのせいじゃないよ。あの頃のヴィーナスは実体化も出来なかったんだし……それで、中学の頃は家のことでいっぱいいっぱいだったから、他人のことなんて考えていられなかった」
 仲の良い友達と呼べるような者もいなかったし、ましてや異性を意識する余裕なんて、どこにもなかった。
「だからわたしが男の子を意識するようになったのは、空城たちと出会ってから。学校も毎日が楽しくて、心にも余裕ができて……その余裕と、空城くんへの感謝が入り混じった結果が、わたしが抱く気持ちなんだと思ってた」
 身近に異性がいると、年頃の少年少女なら多少なりとも意識はしてしまうものだ。だから姫乃の気持ちも、それに該当するものだと思っていた。
「けれど、違ったんですの?」
「まだ分かんないけど……わたしの一番身近にいる男の子は空城くんだけ。だから近くにいる男の子が空城くん以外にもいれば、そっちにも心を惹かれちゃうんじゃないかって、思ったの」
 人間の本能とは残酷なもので、人間に限らず生殖を行う生物であれば、その生物としての目的は子孫を残すことにある。だからその本能に従えば、姫乃の感じている好意は空城夕陽という個人に向けられたものではなく、男という概念に向けられたものということになる。
「それで、他の殿方に対してはどうだったんですの?」
「それが、他の男の子って言ったら水瀬先輩ぐらいしかいなくて……あの先輩も、あんまり会わないし……だからそっちもよく分かんない」
 だが、姫乃はそこで逆に考えた。
 夕陽に対する好意が、夕陽が男だからという本能に基づいた好意であるのなら、逆に夕陽が女であれば、その好意も消失するはずである。
「まあ、まさかまたゆーちゃんになるとは、わたしも思ってなかったけど……」
 今日のことはただの偶然だったが、姫乃にとってはラッキーだった。
 今までずっともやもやしていた気持ちの答えが、出るのかもしれないのだから。
「それで……どうだったんですの?」
「んー……頭の中で理論は立てられたんだけど、やっぱり実際に自分の気持ちを正確に判断するのは難しいよ。でも」
「でも?」
 姫乃はヴィーナスから視線を逸らし、少しだけ顔を赤らめて、控えめな声で告げる。
「わたし……空城くんが女の子でも、どきどきする……かも」
「いや、夕陽様は女装しているだけであって、別に女性になったわけではないんですの……」
 しかし、絶対的に断定できるとは言わないが、これで姫乃は否定できなくなった——今の自分の気持ちを。

「やっぱりわたし……空城くんのこと、好き——」

「光ヶ丘!」
 心臓が破裂した——
「——かと思った……!」
「で、ですの……!」
 聞き覚えのある声が聞こえた次の瞬間、顔面が蒼白になったかと思うとすぐさま真っ赤になり、姫乃は胸を抑えてその場に屈み込む。
「光ヶ丘? 大丈夫?」
「あ、う、うん、だいじょうぶだよ……」
「ですの……」
 振り返ってその声の主を確認する。するまでもなかった。目の前にいるのは、今まで自分たちが話していた人物。
「そ、空城くん……どうしたの? このみちゃんは……?」
「あー、このみは……えっと、境内の方に行ったよ。まあすぐに変なところに行きそうだけど」
「ゆ、夕陽様。アポロン様は、どうしたんですの……?」
「え? アポロン? アポロンは……その、ちょっと偵察に。なんかクリーチャーの動きが変だから」
 まだ同様の収まらない姫乃とヴィーナスだったが、彼はこちらの話が聞こえていなかったようで、普通に接していた。お陰で、少しずつ頭が冷えて来る。
「クリーチャーの動きが変ですの?」
「そうかな……?」
 今はクリーチャーがいないが、さっきまでわらわらと湧いていたクリーチャーたちの行動は、別段おかしいものとは思わなかった。
「クリーチャーの動きより、クリーチャーそのものが変だって話じゃなかったっけ?」
「ん、あ、あぁ、そうか。そうだね……」
「?」
 いつもと様子が違うように感じられる。だが、仕草や口調は空城夕陽そのもの。
(なんか空城くん、変……いや……空城、くん……?)
 そんな彼に、姫乃は違和感を感じていた。それは彼の様子や仕草以前に、自分の中にある感覚としてのものだったが。
 まるで夕陽が夕陽でないような、そんな感覚が湧き上がってくる。
(でも、どう見ても空城くんだし……わたしの気のせい、かな……?)
 今までずっと夕陽のことを考えていたから、少し感覚が狂っているのだろうと、無理やり自分を納得させる。それでもまだ、心中の蟠りは消えない。
「そういえば、さっきラトリさんと会ったんだけど、今回の件【師団】の師団長補佐が噛んでるっぽいよ」
「師団長補佐って……あの、ちっちゃい女の子?」
「うん。どこかで見てたりしない?」
「いや、見てない……」
「姫乃様……?」
 ヴィーナスは、僅かに変化した姫乃の表情を見て呟く。
「そっか……じゃあ、とりあえずその子を探そうか。そうすればこのクリーチャーたちの出現も収まるだろうし。行こう、光ヶ丘」
 そう言って、姫乃の腕を軽くつかむ。
「——っ!」
 その時。

 パシッ

 乾いた音が響く。
 それは、姫乃が彼の腕を弾いた音だった。
「あなた……誰……?」
「え……?」
「空城くんじゃ、ない……っ」
「姫乃様……?」
 姫乃は何歩か後ろに下がり、距離を取った。そして、彼女なりの鋭い視線で、彼を睨む。
「あなたは、誰なの……? 空城くんじゃないよね」
「……確かにちょっと演技ミスったけど、なんで分かったの?」
 なんでと聞かれると、姫乃にも答えるのは難しい。ただそう思った、そう感じたというだけだ。
 強いて言うのなら、むしろ目の前の空城夕陽からは、なにも感じなかった。
(いつもの空城くんも、巫女さんの空城くんも、胸がどきどきしたけど……この空城くんは、なにも感じなかった……)
 空城夕陽の姿をしているな、程度の認識しか持てなかったのだ。いつも感じていた、自分を戸惑わせていたあの感覚がない。その差異に違和感を感じたから、気付いたのだ。
 目の前の夕陽は、偽物だということに。
「夕陽様の偽物ですの? ということは、アポロン様は」
「いるわけないよ。僕は偽物だから《太陽神話》は持ってないし」
 肩を竦める夕陽——の偽物。その仕草は夕陽そのものだが、姫乃の心は夕陽であるという認識を否定している。
「せっかく女装してるって情報まで手に入れて、万全な状態で出て来たのに、まさか見抜かれるなんて……」
「そんなことより、あなたは誰なの? 【師団】の人……?」
「まあ、それで正解だよ。今の僕は空城夕陽、本名というか帝国四天王としての名は、ニャルラトホテプ」
 夕陽の姿をしたニャルラトホテプは、そう名乗る。その名には聞き覚えがあった。
「ニャルラトホテプって、空城くんが言ってた人……」
 だが、聞いていた話と違う。夕陽と瓜二つの容姿だなんて聞いていない。
 しかし姫乃は推理する。普通の思考を捨て、最近起こった事件と合わせて、ニャルラトホテプの正体を考える。
「……そう言えば、月夜野さんを襲ったのは空城くんだって、月夜野さんは言ってけど、それってもしかして……」
「ん? ああ、その作戦か。それも僕がやったっけ。結局失敗だったけど」
 事もなげに言うニャルラトホテプ。その件については少なからず怒りを覚えるが、これでニャルラトホテプという人物が何者なのかはっきりした。
「変装……かな。空城くんになりすまして、わたしたちを混乱させようとしてるの……?」
「最初はそのつもりだったんだけど、今回は身体を取り換える暇がなかったからこのままなだけ。まあでも、この身体ならこの身体でちょうどいいし、シャルロッテ様の場所に探りを入れつつ、一人ずつ襲っていこうって、少し考えてた」
 すぐに見破られたけど、とニャルラトホテプは溜息を吐く。
 なにはともあれ、相手は夕陽の姿をしていようと敵だ。しかも、夕陽と汐の溝を作り出した張本人と来ている。
 ならば、
「……ヴィーナス」
「了解ですの!」
 カードに戻ったヴィーナスを掴み、デッキを取り出す姫乃。彼女の眼差しも、完全に戦う者のそれだった。
「やる気か。まあこっちもある程度そのつもりではあったけど、この身体で大丈夫かな? 今回はクトゥグアの奴からデッキは借りてないし……」
 そう言って巫女服の中をまさぐるニャルラトホテプ。そして、こちらも一つのデッキを取り出した。
「相手は《慈愛神話》の所有者『大慈光姫メルシー』。だったらこのデッキで相手をしようか」
 睨み合う姫乃とニャルラトホテプ。互いにデッキを構え、戦う準備はできている。

 刹那、二人は歪みの中へと溶け込んでいく——