二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.577 )
日時: 2014/05/02 19:18
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)

「誕生日プレゼント、ですか」
 汐は隣に座る自分の先輩——空城夕陽に、そう言葉を返した。
 学生にしろ社会人にしろ、日曜日という日はほとんどの人間にとっては、学校や仕事など、あらゆる物事から解放される至福の日である。だからこそ、翌日には辛い学校や仕事が再び襲い掛かってくるため、ブルーになる者も多いのだが。
 それはともかくとして、二月頭の日曜日。夕陽は汐を買い物に誘った。汐としては断る理由も特になかったので、普通に承諾したのだが、夕陽が買い物に誘う——それも電車に乗って街中に出るような買い物——だなんて珍しい。なのでどんな理由があって自分を誘ったのかと問うたところの答えが、最初に彼女の発した言葉だ。
「そう、誕生日プレゼント。光ヶ丘のね」
 夕陽は改めて確認するように言う。
「なんだかんだで、去年から光ヶ丘には世話になってるし、誕生日プレゼントを渡すのもいいかなって思ったんだ。だけど、ほら、僕ってあんまり人にものをあげたことがないし、相手は異性だし、どんなものを買えばいいか分かんなくてさ……だから君に来てもらったんだよ」
「成程です。納得です」
 頷く汐。確かにその通りだ。今まで夕陽たちが“ゲーム”の世界を生き延びられたのは、姫乃の存在があってこそと言っても過言ではない。そんな彼女の誕生日プレゼントを渡すのは、当然のこととも言える。そしてその選択のために、汐を買い物に差そうというのも理解できる。
「しかし、なんだか急というか、唐突な感は否めないですね。別段、私でなくともこのい先輩でも良かったのではないですか。あの人の方が、光ヶ丘さんとは仲が良いと思うのですが」
「まあ、そうなんだけど、あんまこのみと買い物したくないしな……」
 特に大型ショッピングモールのある街中では、と付け足す夕陽。汐も成程、と再び納得するが、夕陽がこのみを選ばなかったのには他にも理由があった。
「実を言うと、嫌々ながらも最初にこのみを買い物に誘ったんだよ。というか、光ヶ丘の誕生日を教えてくれたのがこのみだったんだ」
「そうなのですか」
「うん——」

『来月は姫ちゃんの誕生日だよ、ゆーくん! いつも一緒にいる友達なんだから、プレゼントの一つや二つくらいはないと! ゆーくんだってそのくらいの甲斐性はあるよね! ね!』

「——って」
「……なにか裏があるようにしか思えないですね」
「だよねぇ……」
 とはいえこのみの言うことも間違っていない。
「それで、だったら一緒に選んでくれって頼んだら、用事があるから無理! って速攻で断られたよ」
「成程です。そこで次に私を指名したということですか」
「そういうこと。受験勉強とかで忙しい中、こんなことで呼び出して悪いね」
「いえ、このくらいなら構わないですよ。ちょうど私も買いたいものがあったですし……それに私の今の学力なら、余裕で志望校に入れるのです」
 サラッとそんなことを言う汐。去年のこのみにその台詞を聞かせたかったと思いつつ、そういえば彼女はどこの高校を目指しているのだろうと尋ねようとするが、それよりも早く彼女が次の言葉を紡いでいた。
「ですが、あまりアテにされても困るですよ。頼まれたからには私も最善を尽くすつもりですが、私の感性は一般的な女子中学生のそれとはかけ離れているですからね。ある程度は分かるですけど……」
 それに、と彼女は続ける。
「こんなことを言っては身も蓋もないですが、光ヶ丘さんの性格を考えれば、先輩がどのようなプレゼントを選んだとしても、常識を逸したような奇怪なものでなければ、普通に喜ぶのではないですか」
「いやまあ、確かに、少なくとも表面上は嫌な顔はしないだろうけど……」
 本当に身も蓋もない。決して間違っているとも言い切れないが、そういう問題ではないだろう。
「それと、ふと思ったのですが、先輩には妹さんがいるはずです。彼女の方が、この手のことには詳しいでしょう」
「んー……まあ、柚ちゃんの誕生にプレゼントを買った時はあいつを頼ったりもしたんだけど……」
 夕陽は少し照れくさそうに、言った。
「……たまには、君と出かけるのもいいかなって、思ってさ」
「先輩……」
 十二月、夕陽は汐と仲違いした。その原因についても既にはっきりしており、二人の溝は完全に埋まった。だが、夕陽はあの時の自分の失態を忘れてはならないのだ。もう二度と、同じ轍を踏んではいけない。
 だからこれは、姫乃の誕生日プレゼントを買うだけでなく、汐との親交を深める意味合いも持つ買い物なのだ。
 しかし、それを快く思わない者もいる。
「あまり人の主人を変な目で見ないで欲しいわね、人間」
「ア、アルテミス……!」
 ちょうど電車が止まり、夕陽たち以外の乗客がすべて降りた直後、汐のデッキケースから一枚のカードが飛び出し、実体を持って現れた。
「お兄様と出かけられるシチュエーションを作り出したという一点においては褒めてあげるわ。無能な人間にしてはよくやったわね。だけど、それはそれ、これはこれよ。あまり調子に乗らないで。あなたが私の弓で脳漿をぶちまけたいと思う変態的自殺志願者ならともかく、いやそうであってもなくてもさっさと死ぬか消えるか殺されるかしてくれないかしら?」
「何様だよ君は」
 半ば呆れたように息を吐く夕陽。アルテミスの毒舌は相変わらずというか、なにかにつけ夕陽に突っかかってくるのだ。汐との親交を深める前に、アルテミスからの強い敵対心を解くことが先のような気がする。
「まあまあアルテミス、そうカッカするなよ。夕陽はいい奴だぞ」
「お兄様……!」
 アルテミスの実体化に伴い、アポロンも実体化して出て来る。その瞬間、アルテミスの脳内から夕陽が消し飛んだ。
「人間の世界でとはいえ、アルテミスはまたお兄様と共に行動できて嬉しいです!」
「……相変わらずだなぁ」
「ですね」
 アポロンのことになると、アルテミスは周囲が見えなくなる。というか、周囲の存在を完全に遮断する。それで夕陽へ向けた弓が下ろされるのならば、悪くはないのだが。
「アルテミス、次の駅では人が多く乗るはずですから、カードに戻ってください」
「君もだアポロン。その状態を人に見られたら困る」
「おう、分かったぜ」
「むぅ……仕方ないわね。お兄様、また後程」
 カードに戻った二体は、それぞれの持ち主のデッキケースへと入っていく。
 ほどなくして電車が止まる。あと二駅ほどで目的地に辿り着くのだが、やはり日曜日というだけあって一気に人が流れ込んできた。一駅間だけとはいえ、二人っきりになったのは奇跡だろう。
「人多いなぁ……これは買い物するのも大変そうだ」
「ですね……」
 満員ですし詰め状態、とまではいかないが、それでも結構な人数だ。
「ところで先輩」
「なに?」
「一つ聞きたいのですが」
 汐が問うてくる。それはなんの変哲もない、興味本位から来る純粋な問いだった。
「光ヶ丘さんの誕生日はいつなのですか。あのこのみ先輩がわざわざそのようなことを言うということは、もしかしたら誕生日パーティーでも開くのではと思ったのですが」
「あー成程。確かにそうかもしれないな」
「ならば私もなにかプレゼントを用意した方が良いかもしれないです。生物を渡すつもりなんてないですが、食品を扱うのなら、日にちは正確に覚えておきたいです」
「そんなに気を遣うこともないと思うけどなぁ……まあいいや。えーっと、光ヶ丘の誕生日は……」
 少しだけ考え込む夕陽。このみに姫乃の誕生日を教えられたのは、一月の上旬頃。
(確かあの時、あと一ヶ月ぐらいって覚えてたっけ。ってことはあと二週間くらいで……確か——)
 少し時間がかかったが、思い出した。彼女の誕生日は、

「二月の十四日、だったかな」

「……え」
 汐が硬直する。まるでその日は、他にも重要なことがあるとでも言うかのように。
 夕陽はそんな汐の硬直に、疑問符を浮かべている。
「? どうしたの?」
「いえ、あの先輩、それって——」
 思わず汐が立ち上がる。その瞬間、彼女はハッと気づいたように振り返った。
「……御舟?」
「先輩……」
「どうしたの? なんか変だよ」
「確かに変です。先輩、周りを見てください」
 汐に言われて、夕陽も気付いた。
 この異常事態に。
「これは……!」
 夕陽は目を見開く。そこには、ありえない風景が広がっていた。

 夕陽と汐を除くすべての乗客が——車内から消えていた。