二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.578 )
- 日時: 2014/05/31 02:23
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)
いつの間にか車内から乗客が消えた。
そんな事態に困惑する夕陽と汐だが、よく見れば自分たち以外にも一人だけ、残っている者がいた。
だがそれは、できることなら見たくもないような顔であったが。
「急にお客さんが消えて混乱してるかい? 空城夕陽くん、御舟汐さん」
「お前は……青崎、記……!」
夕陽と汐の向かいに座っていたのは、青崎記だった。夕陽たち——特に汐にとっては、因縁の相手と言っても過言ではない男だ。
「なんの用だ……乗客を消したのはお前の仕業か?」
「まあそうと言えばそうなんだけど、正確には乗客を消したんじゃない。一時的に他の乗客という“概念”を無効化させてもらっただけさ」
なにを言っているのかさっぱりな発言だった。だが、後輩を傷つけられた恨みのある夕陽は頭に血が上っており、そんな些細なことなどどうでもよかった。
「なんのことか分からないけど、よくものこのこ僕らの前に顔を出せたものだな。お前、僕の後輩になにしたか忘れたのか?」
「そうだねぇ、いっぱい色んなことしたね。攻めたり弄ったり虐めたり嬲ったり。思ったより初々しい反応で可愛かった——」
「っ!」
普段は温和で温厚に振舞っている夕陽だが、その外面ほど夕陽は温和でも温厚でもない。根っこの部分はもっと荒々しく粗雑だ。
それ以上の言葉を交わすことなく、夕陽は賭け出し、拳を振り上げていた。デッキを取り出す暇すら与えない。
「っ!?」
しかし、記はデッキを取り出す必要なんてなかったのだ。なぜなら、夕陽の動きは、記の目の前に来ると同時に止まっていたのだから。
「先輩……っ」
「な、なんだ、体が、動かない……?」
動かないというより、どう動かせばいいのか分からないというような感覚だ。ただこの振り上げた拳を、目の前のムカつく顔面に振り下ろせばいいだけなのに、どうやって腕を動かせばいいのかが分からない。筋肉を伸縮する術を、体が忘れてしまったようだった。
「思ったよりも暴力的だね、君。どおりでアミさんと気が合うわけだよ」
記はへらへらと嘲笑的な笑みを浮かべながら、一枚のカードを取り出した。
「今の君は、体を動かすという“概念”が無効化されている状態だ。と言っても、心臓やら血流やらの生命に直結するものとかは機能するようにしてるけどね」
「っ、そのカード……!」
眼球も動かせるようで、夕陽は目だけをそのカードに向ける。
直接見るのは初めてだったが、感覚で分かった。そのカードは《アポロン》と同じ——
「出て来て、ヘルメス」
記の言葉で、カードが光る。すると、そのカードに描かれたクリーチャーが、実体化した。
「……呼んだかい、記。ボクになんの用?」
「用はないけど、せっかくだから彼らに君の姿を見せてあげようと思ってね」
「へぇ……? そうか、彼らが前に言っていた、アポロンとアルテミスの所有者か……視覚的な新しい知識を得たよ」
「『神話カード』……!」
「ヘルメス、ですか……」
現れたのは、アポロンたち同様に二頭身の体躯のクリーチャー——実体化した《賢愚神話 シュライン・ヘルメス》だった。
「お前はヘルメス!」
「また嫌な顔を見たわね……!」
「やぁ、久し振り。アポロン、アルテミス」
ヘルメスの実体化を受けて、アポロンとアルテミスも飛び出す。二人ともヘルメスに嫌悪を抱いているような表情だが、当のヘルメスは飄々としていた。
「ボクも記のお陰で、君ら同様、実体化できるようになったんだ」
「元々それが目的だったからね。そして君の力は素晴らしいよ、ヘルメス」
ヘルメスを見てから、記はずっと静止したままの夕陽に視線を向ける。
「彼の力は、ある概念の持つ機能を凍結させ、無力化すること。君がその滑稽な姿で止まっているのは、君の“体を動かす”という概念を無効化しているからだ」
乗客が消えているのも同様の理由で、車内の“夕陽、汐、記以外の乗客”という概念を無効化しているからだという。
正直なにを言っているのかよく分からなかったが、とりあえず乗客が消えたのは記の仕業だということだけは理解できた。
「と言っても、一時的なものだけどね。というか記、あんまりボクの力を乱用しないでくれるかな。これ、結構疲れるんだ」
「悪いね。まあ用が済んだら解除してもいいよ」
「用……そうです。あなたは私たちになんの用があるのですか」
汐がそう言ったことで、やっと本題に入る。
記は確かに悪趣味で性格の悪い男だが、なんの用もなく、ヘルメスが実体化したことを伝え、その力を自慢するためだけにわざわざ夕陽たちの前に現れるようなしょうもない人間ではない。
彼がここに現れたのは、れっきとした理由がある。
「そうだね……僕は君らに忠告しに来たんだ」
「忠告?」
「うん。忠告っていうか、情報提供って言うか……」
いまいちはっきりしない物言いだった。だがそれは、彼が意地悪くしているのではなく、単にはっきり言えない事情があるだけのようだ。
「これは僕も完全に把握しきっている情報じゃないんだけど、僕のヘルメスの力を自慢するついでに教えてあげようと思ってね」
「…………」
前言撤回。青崎記はしょうもない男だった。
それはともかく、情報屋たる彼でも把握しきっていない情報というのは、かなり気になるところだ。
「まあ、これはこの前やりすぎちゃったお詫び……という体面で君たちにささやかな恩を売っておこうという魂胆もあるんだけど」
「そういうことを言っていいのか……?」
素なのか考えあってのことなのか分からないが、口に出してはいけないようなことを言う記に、夕陽も汐も呆れていた。
「話がずれてきたね、本題に戻すよ。実は最近、『神話カード』以外の大きな力が確認されているんだ」
「大きな力?」
「そうだ。まだそれがなんなのかよく分かっていないんだけど、一説ではその力の影響を受けると、カードが違う性質に変化したり、クリーチャーが大量発生したりするらしい」
「カードの変質、クリーチャーの大量発生……」
思い当たる節がないでもなかった。いつかの元旦の出来事でも似たようなことがあったが、しかしあの時のクリーチャー大量発生は【師団】によるものらしいので、関係はなさそうだ。
「もしかしたら【師団】がなにかをやらかしたって可能性もあるけどね。まあそんなわけで、この“ゲーム”にもなにか大きな変革が起きそうだなってことを伝えに来たのさ」
今回の情報料は特別にアミさんのツケにしといてあげる、と思い出したように付け加えて、記は立ち上がった。もうすぐ次の駅に着くようだ。
「君たちも気をつけてね。まだ君たちには、この“ゲーム”にいて欲しいから」
「……待つです」
「ん?」
扉の前に立つ記を、汐が引き止める。
「一つ、教えてください」
「なにかな?」
「あなた、なにがしたいのですか」
漠然とした問いだった。だが、夕陽も気になっていたことではある。
いつか汐を襲った時は、亜実の仇討と称して恩を売っておこうという魂胆だったらしい。クリスマスに襲撃した時は、『神話カード』を奪い返すためだったらしい。
だが、一回目はともかく、クリスマスの時まで記は『神話カード』を奪い返そうと行動を起こさなかった。その気になれば、彼ならどのタイミングでも汐を嵌められるだろう。しかも今までさしたる興味がなかったかのように『神話カード』を持たなかったのが、クリスマスになって急に求めるようになったのも妙だ。
青崎記という男が、なにをしたいのか。それが、彼らには理解できなかった。
「……そうだね。今の僕は軽くハイだ。せっかくだから口を滑らせてあげるよ」
記は、その問いを受けて邪悪な笑みを浮かべる。嫌悪感を覚えるような、嫌な微笑みだ。
そしてその笑みのまま、彼は告げた。
自らの本性を。
「知りたいんだよ」
「……は?」
思わず聞き返してしまう。記はそれに答えたわけではないだろうが、続けた。
「僕は知りたいんだ。この“ゲーム”というものがなんなのか。なんのためにこんなふざけたイベントがあって、『神話カード』なんてぶっ飛んだカードが存在しているのか。“ゲーム”の目的、本質、『神話カード』の意味、十二神話の謎……この世界には、未知が溢れている」
「…………」
「君らはもう当然のように受け入れてるみたいだけどさ、最初は考えただろう? そもそもこの“ゲーム”とはなんなのか、ということを。他人の説明を受けて納得したみたいだけど、よく考えてみれば分からないことだらけじゃないのかい?」
確かに、その通りだった。
もう一年近く“ゲーム”に関わってきた夕陽たちは、かなり“ゲーム”という危険で異質なものに慣れてしまった。最初こそ戸惑って疑問を多く感じたが、今ではその疑問もかなり解消されている。
それでも、よく考えてみれば謎だらけなのだ。記の言うように“ゲーム”というものはそもそもなんなのかという疑問もある。『神話カード』も同様だ。そして『神話カード』はどこから来たのか、どのように生み出されたのか。十二神話については、彼らの影響を受けたカードのフレーバーテキストからある程度は読み取れるが、それでも謎は多い。
「僕はそれらの謎を解き明かしたい。いや、解き明かすなんて気取った言い方は適切じゃないな。とにかく僕は知りたいんだ、その謎に包まれた世界を。あらゆる未知を、既知にしたい」
要するに、記が抱いているのは知識欲だ。
知りたい欲求というのは誰しもが持つもので、それは純粋な好奇心であったり、はたまた自分の身の保全であったり、精神衛生上の問題や策略のためであったりもする。
かの孫子も、情報は最大の武器である、と言った。極端な話、なにかを知るということは生きるということだ。なにも知らなければ、人は死ぬだけである。
とはいえ、知りたくても知れないことはあるし、ある程度物事を知れば、それ以上の知識を欲さなくなることもある。
しかし記はそうではない。彼はとにかく、なにもかもを知りたがっている。そのためになら、手段を選ばない。
「だからこそ、僕はヘルメスと組んでいるんだけどね」
「え?」
「え、じゃないわよ、無能な人間。ヘルメスが《賢愚神話》と呼ばれている理由も、あいつが知識に貪欲だからなの」
「そうだ。ヘルメスは十二神話の中では最も多くの知識を持っている賢者だったが、その知識を増やすためならどんな禁忌でも犯す愚者となる……あいつは、そんな奴だ」
ゆえに、《賢愚神話》。それがヘルメスだった。
そう考えれば、知識に欲求不満な記にとって、ヘルメスはおあつらえ向きな『神話カード』かもしれない。
「クリスマスに御舟さんを襲ったのは『神話カード』を手に入れるためだったけど、なんで手に入れたかったのかというと、『神話カード』を実体化させてみたかったんだ。だってそうすれば、『神話カード』本人から色々聞けて、新たな知識が得られるからね」
もっとも、彼らも結構色んなことを忘れてるみたいだけど、と記は付け足した。
「……これで満足かい? 僕としては、その知りたいという純粋な好奇心から来る質問は好感が持てるから、このまま延々と喋り続けられるんだけど?」
「もう満足したので、さっさと消えてください」
「辛辣だねぇ……まあいいよ、お望み通り消えてあげる。ばいばい、二人とも」
記はヘルメスをカードに戻すと、ちょうど開いた扉を通り、電車から降りて行った。
同時に、夕陽の体が動くようになり、消えた乗客も元に戻る。