二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.6 )
- 日時: 2013/06/29 20:05
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: PNtUB9fS)
- プロフ: http://dm.takaratomy.co.jp/card/search/
授業を終え、学校から帰った夕陽が真っ先に向かったのは『御舟屋』だった。もはや日課というか、日常のパターンと化している。
徒歩でも十分程度しかかからないほどの近場なので、歩いて店に向かう。少し複雑で込み入った路地を抜け、目立たない位置に目立たない装飾の店が見えてきた。
その店のドアノブを掴み、力を込めて引く。すると、冷房がかかっているのだろう、来店を知らせる鈴が鳴り中の涼しい冷気が吹きつける。
「あ、ゆーくん来た」
「いっらしゃいです、先輩」
中にいたのは、今まさにデュエル中のこのみと汐だ。状況はどっこいどっこい、どちらが優勢でも劣勢でもないように見える。
それから夕陽が視線をカウンターに向けると、そこには昨日はいなかった、長身の若い男が立っていた。
男は内心の読み取れない、笑みとも言えぬ笑みを浮かべながら、口を開く。
「よー、主人公。昨日は悪かったな」
「いえ、その件は別に……それと、その呼び方はやめてくださいよ、澪さん」
夕陽をからかうように謝罪するのは、御舟澪。その性から分かるように汐の実兄で、この『御舟屋』のオーナーである。
基本的には気さくな好青年なのだが、夕陽を主人公と呼んではばからない。しかもその理由が、
「年頃の女に囲まれてる奴は昨今の娯楽作品では主人公なんだよ。それに後輩同輩さらには妹つきで、しかも全員美少女ときた。その渦中にいる男が主人公じゃなけりゃ、誰が主人公なんだよ」
「別に僕はそういうんじゃ……このみも御舟も、ただの友達ですし」
「そう言うところが、なおさら主人公っぽいんだよ。このテンプレ主人公め」
と、表情を変えず、からかうように笑い飛ばす澪。汐が無表情なら、澪はポーカフェイス。どちらも表情から内心が読み取れない兄妹だ。
「来た来たー! 《青銅の鎧》進化! 《機神勇者スタートダッシュ・バスター》! 邪魔なブロッカーをマナ送り! そしてそのままW・ブレイク!」
「む……ですがS・トリガー《インフェルノ・サイン》発動です。効果で墓地から——」
二人のデュエルの様子を傍で眺めていると、不意に澪が夕陽に呼びかけた。
「なあ、おい主人公」
「なんでですか? あと、僕は主人公じゃ……」
「なんかお前、変な匂いがするぞ」
こちらの発言を無視して、澪は斬り込むように言う。
「え……そうですか? 別に変なものは食べてないし、服も洗濯したてのはずですが……」
「いや、そういうんじゃなくてだな。なんか……妙な雰囲気があるというか、変な感じがするんだよ」
「?」
あまりにも感覚的な物言いに、夕陽もその意味を解さない。だが澪自身もそこまで伝えたかったわけではないようで、
「ま、俺の気のせいかもしれないがな。ちょっと気になったから言ってみただけだ。気にすんな」
「はぁ……」
気にするなと言われても、そんなことを言われたら気にしてしまうのが人の性だ。
けれど澪もそのことを上手く言えない——言う気がないようなので、夕陽もそれ以上の詮索はしなかった。
「えぇ!? クリーチャー全滅!?」
「はいです。では、これでとどめです」
……昨日は猛威を振るっていたこのみだが、今日は不調のようだった。
その後、このみが勝てたのはわずか一勝。この日のトップは汐となった。
夕方。沈む太陽の日差に照らされながら帰路につく夕陽が考えているのは、澪の言葉だった。
正直に言えば、彼の言い分に心当たりがないわけではない。自営業でデュエル・マスターズ専門のカードショップを開くほどだ。澪は相当なデュエル・マスターズ好きで、今まで相当数のカードと触れ合っている。だからこそ彼は、デュエル・マスターズカードには敏感なのだ。
「今日は出す機会なかったけど、やっぱりこれのことかな……」
夕陽はデッキケースから、昨日郵便受けに入っていたカードを取り出す。
「うーん、どこから見ても普通のカードなんだけどな……いや、調べても出て来ないっていうことは、それだけで普通じゃないのか? 存在自体が異常なもの?」
「その通りだ」
と、何気なく発した夕陽の言葉に返す言葉が一つ。
反射的に声の方向に視線を向ける。そこにあるのは公園、その入り口となっている柵にもたれかかっているのは、若い女だ。背は高く、目つきは鋭いが顔は整っており、全体的に凛々しい風貌をしている。夕陽よりも年上なのだろうが、正確な年齢までは特定できない。少なくとも学生ではなさそうだが。
「『神話カード』は存在ながらにして異端なものだ。本来なら、この世界に存在しえなかったものと言ってもいい」
「……誰、ですか?」
滔々と続ける女に対し、夕陽は話の流れを無視して疑問をぶつける。
「敵に本名を名乗るほど、あたしの危機意識は低くない。ただ業界であたしのことを呼ぶ者がいるとすれば、大抵の輩はこう呼ぶ。『炎上孤軍』と」
静かに、しかし力強く、低い声で女は告げる。
「……『炎上孤軍』?」
対する夕陽は、首を傾げるだけだ。沸き上がるのは疑問。手にしているカードに対する疑問、目の前の女に対する疑問、この状況に対する疑問——数え上げたらキリがないほど、夕陽の中で疑問が積み重なっていく。
「……ふん、しかしどんな奴に《アポロン》が渡ったかと思えば、予想以上にガキだったな。それで油断する気はないが、拍子抜けだ」
「一体……なんなんだ、あんた?」
今度は強い語調で、また疑問をぶつける夕陽。女は口を開かない。しかし言葉の代わりに、行動で示した。
「こういうことだ」
女は一枚のカードを掲げる。
次の瞬間——
——夕陽の背後から炎が吹き上がった。
「っ!? なっ、熱っ!」
咄嗟に前に跳んだ。だが終わて過ぎたせいで転んでしまう。そのお陰で火が燃え移ることはなかったが、一瞬で夕陽の頭の中がぐるぐると回り始める。唐突に発火した謎、死ぬかもしれなかったという恐怖、そんなものが混ざりに混ざって夕陽を混乱させるが、それだけでは終わらなかった。
「……! な、なんだよこれ……!」
気付けば、夕陽は炎に包囲されていた。正確には夕陽と女の二人だ。二人の間に縦長のスペースが空き、炎が楕円形に燃えている。
「言っておくが逃がさないぞ。《アポロン》は必ず奪い取ってみせる」
言って女がポケットから取り出したのは、夕陽が見慣れたものだった。日常的に目にしている者だ。しかし、この場、この状況でそれを取り出すのは、多大なる違和感を感じる。場違いと言って良いだろう。
「……デュエマ?」
そう、女が取り出したそれは、デッキケースだ。しかもデュエル・マスターズカードを収納する、専用のデッキケース。
「戦え。戦いが終われば、この炎は消える。もしもお前がこの場を切り抜けたいと思うのであれば、戦うほかに道はない」
「…………」
絶句する。「戦え」というのは、要するに「デュエルしろ」ということなのだろう。この状況をカードゲームで決着つけるというのは、些か疑念を抱く行為ではあるが、
「……アニメや漫画じゃあるまいし。まったく、これじゃあ本当に主人公みたいだよ」
夕陽は立ち上がって服に付いた砂を払いつつ、女と同じようにデッキケースを取り出した。
空城夕陽。雀宮高等学校一年四組在籍。
成績は中の中。理系科目は苦手だが、文系科目は得意。
身長174cm、体重58kg、やや痩せ型。
家族構成は父母と妹の四人家族。ただし両親は共働き。
——こんなごくごく一般的なプロフィールを持つ夕陽だが、彼のデュエル・マスターズに対する入れ込みはかなりのものである。コレクターという方面では普通だが、デッキビルティングや戦術の方向性なら、いかんなくその力を発揮する。
わりと地方に住んでいるため大きな大会にはほとんど参加していないが、その辺りにある店舗で開催される大会程度ならば余裕で優勝を狙えるほどの実力者だ。
人並みにしっかり者な夕陽だが、日常の行動パターンから外れたことをする時は結構気まぐれなので、県内の店舗を転々としながらそれなりの活躍をしている。その自覚は夕陽自身にもある。
つまり、夕陽はそれなりの自信を持って女と相対しているわけだ。女の方もその言動と雰囲気から察するに実力者のようだが、果たして夕陽に敵うものなのか。
デッキの中身をここで公開するわけにはいかないが、普通ならば彼女では夕陽には勝てない。“どちらも完全に同じ、イーブンな状態”であれば、勝利するのは夕陽だろう。
しかしその道理を覆す力を二つ、女は持っていた。一つは“女にしかない経験”。もう一つは——
——人知を超えた力を持つ、異端の神話。