二次創作小説(紙ほか)

デュエル・マスターズ Mythology オリキャラ募集 ( No.61 )
日時: 2013/07/24 18:37
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: PNtUB9fS)

 それから夕陽は、教室に姫乃の鞄を取りに戻り、再び保健室に行って姫乃を運ぶ。
 校門から出る頃には既にタクシーが来ており、それに乗り込んで光ヶ丘宅へと向かう。
 そして辿り着いた、廃屋のようなボロアパート。
「相変わらずな老朽具合だな……うぉ!?」
 傾いた階段を上っていると、足が滑り姫乃を落としかける。なんとか持ちこたえたが、かなり危なかった。
「本当にボロボロだな。えっと、光ヶ丘の部屋は……ここか」
 以前送った時の記憶を頼りに、光ヶ丘というプレートの下げられた部屋を見つけ出す。部屋番号も書いてあるようだが、掠れ過ぎていて全く読めない。
「鍵かかってるし……って当然か、だから僕がここにいるわけだし」
 だが鍵が開かない事にはどうしようもない。気は進まないが、姫乃の鞄を引っくり返して漁るという手を考えていたところ、背中で何かが動く感触がした。姫乃だ。
「……空城くん? どうして……?」
「どうしてもこうしてもないよ。覚えてる? 君、いきなり倒れたんだよ、教室で。だからいろいろあって僕がここまで送って来たんだ」
「……ごめん」
 謝罪の言葉を口にする姫乃。その声は少し掠れていて、非常に弱々しかった。それだけ体が弱っているのだろう。
「別にいいよ。それよりさ、家の鍵ってどこにある?」
「いや……もう、ここまででいいよ。送ってくれてありがとう」
 と言う姫乃。その言葉からは、どこか頑なな、家に入れたくないという気持ちがあるような気がした。
 だがそれでも、夕陽も後には退けない。
「悪いんだけど、こんな病人みたいなのを一人で放置しとくわけにはいかないよ。白石先生にも頼まれたし、少なくとも家の中までは上がらせてもらう」
 自分でも強引かと思った。先日のことがあったとはいえ、姫乃はたかだか一クラスメイトだ。
 しかし夕陽は、直感的に姫乃から何かを感じていた。多少強引でも、姫乃のことを知る必要があると、漠然と思っていた。
 それでも姫乃も、頑なだ。だが、
「でも……」
「でもじゃない」
「その、悪いし……」
「なにも悪くない」
「迷惑とかかけちゃうし……」
「一人でぶっ倒れる方が迷惑だ」
「うぅ……」
 聞く耳持たない夕陽に、姫乃は顔を伏せる。しばらくして観念したように顔を上げた。
「……ちょっと待ってて」
 今度は背中でごそごそと蠢くような感触。すると、やがて姫乃が手を出し、
「これ」
 夕陽に鍵を手渡す。
 それを受け取った夕陽は迷いなく鍵穴に鍵を突っ込んで回す。簡単に言ったが、ここまでの動作が錆びついた鍵穴のせいで意外と苦労した。そのうち出入りができなくなるのではないかと心配になる。
「んじゃ、おじゃまします、っと」
 ギィ、と軋む音を立てながら開く扉を押し、部屋に入る。
 案の定というか、やはりというか、光ヶ丘家の内装は非常に質素だった。
 アパートの外装にしては広いが、それでも狭いワンルームの部屋だ。畳は日に焼けて傷んでおり、奥の押入れも然り。窓には網戸もなく、錆びついた柵が弱々しく屹立している。まともな家具と言えば安っぽいカラーボックスと冷蔵庫、傷だらけの卓袱台くらいなもの。階段を上っている途中で見つけたので分かっていたことだが、トイレは共用で風呂もないようだ。
「六畳……いや、もっとあるか?」
 畳なら枚数を数えるだけですぐ分かるもの。しかし夕陽が疑問形になったのは、部屋をぐるりと囲むように置かれた異形の数々なものが原因だった。それらは、この最低限の生活を送るためだけにあるような部屋においては、異物とも言えるようなものである。
 それが何かと問われても、夕陽には答えられない。本当にそれらが何なのか分からないのだ。強いて言うのであれば、偶像のようなものが多い。何を模しているのかも分からない、奇怪な像が多数並べられている。他には民族的だがどこか粗末な装飾品の数々。
 どう見ても普通に生活をする上では何の役にも立たないと思われるもの。しかもそれが、貧しい暮らしの中にあるとなればよりいっそう奇妙だ。
「……布団は、押し入れの中?」
「え……? あ、うん……」
 気になることがまた一つ出来たが、今はそちらにうつつを抜かしている場合ではない。
 夕陽は姫乃を適当に座らせ、卓袱台をどかし、押し入れから布団を引っ張り出して敷く。そして姫乃を寝かせた。
 それから、二人の間には長い沈黙が訪れる。
「……この家は、だれにも見せたくなかったんだけどな」
 ぽつりと、姫乃が小さく沈黙を破った。
 だがそれは、夕陽に伝えようと思ってのことではなく、ただの独り言のようで、夕陽に届いているとも思っていないようだ。
「…………」
 それに対し夕陽は、言葉が出ない。言いたいことはあるのだが、それをどう言えば良いのかが分からない。
 そうして夕陽が黙りこくっていると、姫乃が、今度は夕陽に向かって言葉を発した。
「もう、いいよ」
「え?」
「もう、帰ってもいいよ。ありがとう、ごめんね、送ってもらっちゃって。わたしはもうだいじょうぶだから」
 どこか冷たい言葉だった。
 その言葉は、早く帰れと捲し立てているようにも、早く帰ってくれと懇願しているようにも聞こえた。
 どっちにせよ、夕陽は何を言うべきかは分からない。それでも無理やり言葉を紡ぎ出す。
「全然、大丈夫じゃないだろ……教室でいきなり倒れるような奴は、一人にしておいたら危険だ」
 違う、言いたいことはそんなことではない。言うべきことではあるのかもしれないが、夕陽が言いたいのはもっと違うことだ。
 夕陽は部屋を見回してから、意を決し、まだ頭がまとまらないながらも声を出す。
「……なあ、光ヶ丘」
「空城くんには、関係ないよ」
 だが夕陽の言葉は、姫乃に先回りされて打ち消されてしまった。
「わたしの家のこと、だよね……わたしの家族とか、この部屋とか。気になるのも分かるよ、知りたいって気持ちも、分かる。でもそれは、空城くんには関係のないことだし、わたしの家の問題だから……放っておいて」
 何も言えなかった。強固なブロッカーがずらりと並べられているかように、夕陽の言葉は姫乃まで届かない。どころか、届けようとすることすら無意味にされてしまう。
「で、でもさ……」
「だから放っておいてよ。空城くんには、関係ないもん」
 取りつく島もない。ふと見れば、いつもの幼く可憐でどこか朗らかな姫乃の表情は、暗鬱を感じさせるものとなっていた。
「……分かった。今日は帰るよ。明日は学校に来るなよ」
 結局、夕陽はすごすごと退散することとなる。せめてもの抵抗として、姫乃にゆっくり休むよう伝えたが、何かに憤りを感じているらしい夕陽の言葉はきついものとなっていた。
 夕陽は自分の鞄を——と思って自分の鞄はまだ学校にあると気付いてから立ち上がる。その時、何気なく部屋の隅に置かれている偶像に目をやると、それに気付いた。
(……? デュエマ……?)
 偶像の裏に隠すようにして積まれているのはデュエル・マスターズカード。枚数は一デッキ分くらいで、これも部屋のものと同様に随分と傷がついているが、それは傷んでいるというより、年季を感じさせるものだった。
(《調和と繁栄の罠》……古いカードだ。光ヶ丘も、昔はデュエマやってたのかな……)
 級友の意外な一面を発見しつつ、しかしすぐに沈んだような気分になる夕陽。
 後ろにいる姫乃に別れを告げ、老朽化したアパートを後にした。