二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.610 )
日時: 2014/10/29 00:56
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: UrB7UrBs)

 世界が暗転したようだった。
 しかし頭の中は真っ白だった。
 なにを言われたのか理解できなかった。
 それ以前に言われたことを理解しようとしなかった。
 脳内が混沌としている。
 目の前の友人はなにを言っているのだろうか。

 いや、そもそも——友人という認識で、いいのだろうか?



「…………」
 気付けば、廊下の角で夕陽は一人で立っていた。さっきまでいたはずの姫乃の姿はない。軽く放心していたのかもしれない。
 まだ頭の中が滅茶苦茶な状態だが、一つずつ思い出す。確か、姫乃に誕生日プレゼントを渡そうとして、渡した後に、バレンタインデーということでチョコレートを貰って、そして——
「う……」
 思い出せない。いや、思い出してはいる。思い出しているが、それを脳が言語に変換して認識することを拒否している。
 だが、はっきりと言われたのだ。いくら夕陽が認めなかろうがどうしようが、その事実は変わりない。確かに、姫乃に告げられたのだ。

 ——好きです、と。

「今すぐに返事してくれなくてもいいよ。わたしはいつでも——待ってるから」
 そして、そう言って、姫乃は立ち去ったのだった。思い出した。
「……情っけねぇなぁ、僕……」
 壁にもたれ、夕陽はずるずると膝を折り曲げる。そして、悔やむように呟いた。
「気……遣わせちゃったな」
 姫乃の言葉に対し、なにも言えなかった。それがかえって彼女に気を遣わせてしまったのかもしれない。
「しかも、なにも知らなかったならともかく、気があるって知っててこれだもんな……」
 実のところ、夕陽は姫乃の好意には多少なりとも気づいていた。流石に実際に告げられたら驚いたが、ここ最近の姫乃の挙動から、なんとなく分かっていた。確定的な根拠はないが、感覚として感じていたのだ。
 しかし、そんなこともあり、夕陽はあえて気付かない振りをしていた。いや、気付きたくない、そうではないと思い込んでいたのだ。あくまで光ヶ丘姫乃は友人である、という認識を崩さなかったし、崩したくなかった。
 そんな夕陽の願望が、先ほどの姫乃の言葉と相反し、そして突き崩されたのだ。もう、自分がなにを考えているのか分からなくなるほどにパニック状態である。
 今のそんな自分が情けなく思うし、これから姫乃とどう接すればいいのかも分からない。そもそも姫乃の告白に、どう答えろというのだろうか。
「う……あぁ……」
「どうしたんだ、夕陽?」
 アポロンの声が聞こえる。そこでハッと我に返った。
 さっきまで廊下にいたと思ったが、いつの間にか帰路についていた。考え込んだり後悔したり自己嫌悪に陥ったりしているうちに、帰宅しているという意識が飛んでいたらしい。
 こういう問題を軽々しく他人に振ってよいものかと思う夕陽だが、相手がアポロンなら問題ないだろう。
「なあ、アポロン。君も聞いてたよな、さっきの光ヶ丘の言葉」
「姫乃は夕陽が好きなんだろ? いつものことじゃねぇか。オイラだって夕陽は好きだぞ」
「……ああ、そうか。うん」
 よく分かった。
 ここで夕陽の言う“好き”と、アポロンの言う“好き”に絶対的に隔たりがあることが。
 それが分かった瞬間、夕陽はアポロンに意見を仰ぐことを放棄した。
 となるとやはり、自分で考えなければいけないのだろうか。いや、誰に意見を聞こうと最終的に決定するのは自分だ。それは変わらない。
 別に、夕陽は姫乃が嫌いなわけではない。それこそアポロンの言うように、夕陽だって姫乃が好きだ。しかし、姫乃の告白に応える形で、夕陽の姫乃への思いを告げるとなると——言葉にできない。
 そもそも夕陽は、姫乃とは友人関係でいるつもりであったし、そうありたかった。男とか女とか、そういう関係ではない。友達や仲間、そんな範囲で共にありたかった。そして、それが当たり前であると、自分の周りはそうであると、自分に刷り込んでいた。
 このみだってそうだ、彼女は腐れ縁でありを女として意識したことは過去一度もないと言ってもいい。汐も同様に良き後輩であり、彼女は一度仲違いした十二月の夜に、お互いに先輩後輩の関係でいると宣言したほどである。
 しかし、姫乃はそうではなかったようだ。彼女は夕陽とは相反する思いを秘めていた。それを否定するつもりはないが——ないが。
 否定するつもりはないが、ならどうなのか。分からない。
 また、頭が巡り巡る。
 沸騰したように顔が熱くなり、鍋の中身を掻き回すように頭の中が掻き乱される。そのままシチューでも作れそうだ。
「う、うぅ……」
 いくら考えても、考えが堂々巡りになる。巡って巡って、最も大事なところまで来ると、立ち止まる。
 一歩を踏み出さなければいけないところで踏み出せない。どうしても先に進めない。
 自分が、彼女と相反する思想を抱えている限り、この先には一生進めないのかもしれない。
 つまり、一生答えが出ずに、悩み続けるのかもしれない。
「うあぁー……! うがっ!」
「うわっ! お兄ちゃんなにしてんの!?」
 また、ハッと意識が戻る。
 視界に映るのは黒い二本のなにか——足だ。それを徐々に追っていくと、見慣れた妹の顔が映ってくる。同時に、自分が扉の前で仰向けに倒れていることも理解した。
 どうやら考えに耽っている間に帰宅して、ベッドの上で考え込んでいるうちにベッドから転落。ゴロゴロと転がっているうちに部屋に入ってきた妹と鉢合わせた、ということらしい。
「お前……なんの用だよ」
「ご飯できたから呼びに来たの。今日はシチューだよ」
「……いや、いい。いらない」
 とてもじゃないが、まともなものが喉を通る気がしない。下手に気分を歪ませて吐いたりするのも御免だ。
「? なに、体調悪いの? 病院行く?」
「お前にそういうこと言われるとすげぇムカつくんだが、とりあず放っておいてくれ……」
「ふーん。じゃあ、とりあえずお兄ちゃんの分は残しとくから、食べたくなったら言ってね」
 と言って、バタンと扉が閉まる。
 最近、あの妹は利きわけが良くなった気がする。それは喜ばしいのだが、一方兄はというと、やんちゃな妹にガミガミ苦言を呈していたはずが、今や床に転がって妹と応答するという体たらく。何をやっているんだ自分は、と自問自答したくなる。
「あー……くっそなんだよ、乙女かよ僕は……!」
 真剣に悩むことで、軽々に答えられないことではあるのだが、しかし告白されて悶々と思い悩み、食事も喉を通らない状況というのは、些か男らしさに欠けているだろう。かといって女らしいかと言えば、男の夕陽には分からない。
 なんだか、どんどん思考がおかしな方向へ逸れている気がする。本題から逃避するためだとすれば夕陽の望む形ではあるが、このままではただの頭がおかしいだけの人間になってしまうし、非生産的だ。もっと別のことで紛らわせなければ。
「……そうだ、デッキ組もう。こういう時こそデッキビルディングだ。アポロンも手伝ってくれ」
「おう。よく分かんねぇが、夕陽の手伝いならするぜ」
 とりあえず夕陽は、デッキケースからデッキを取り出して広げる。最近はS・トリガーにドラゴンを起用したり、闇のカードを増やしたり、呪文をできるだけ削ったりと、色々と試行錯誤をしており——

 カタ、カタ……カタタ……

「ん?」
 カードを広げていると、窓がカタカタと揺れ動いていることに気付いた。錯乱している時に開けていたのだろうか、などと思いつつ夕陽は窓へと目を向ける。
「っ!? なぁ!?」
 そして、そこに映っていたものを見て、驚愕した。なぜここにいるのか分からない、あまりにも予想外すぎるその存在。
 それは、唸るように声を上げた。
「ゆーひー……」
「プロセルピナ……!」
 カードの状態ではあるが、プロセルピナが窓に張り付いている。何事かと、夕陽は慌てて窓を開け、プロセルピナを部屋に入れる。すると彼女は、ポンッ、とデフォルメされた妖精のような姿へと実体化した。
 どうしてこんなとこにいるのか、このみはどうしたのか。彼女には聞きたいことが色々あるが、それよりも先に、彼女が泣き声のような声を上げる。
「ゆーひー、アポロン……このみーが……このみーがぁ……」
「え? このみが、なんだって?」
「落ち着けよプロセルピナ。落ち着いて、ゆっくりオイラたちに話すんだ」
「なんか凄い泣いてるけど、一体……」
 と、その時。
 ピリリリリ、と机の上の携帯が無機質な音を鳴らした。
「っ……このみから?」
 慌てて携帯を取ると、発信者はこのみからだった。
 泣きながら夕陽の下へと訪れたプロセルピナ、そんな状況でのこのみからの電話。一体このみになにが起こったのか、そんなことを思いつつ、通話ボタンを押し、携帯を耳に押し当てる。
「このみ!? どうした、なにがあった!?」
『うぅ……ゆーくん……』
 プロセルピナ同様、このみの声も泣き声が混じっていた。同時に、切羽詰っているような、なにかに追い詰められているような、苦しみの中に放り込まれたような、そんな声をしていた。
 いつも溌剌としているこのみがこんなに弱っているなんて相当だ。なにがあったのかと何度も問うが、夕陽の声が聞こえないほどに焦っているのか、このみはただただ、告げるだけだった——助けを求める言葉を。

『ゆーくん……助けて……!』