二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.616 )
日時: 2014/11/04 12:58
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: RHpGihsX)

「うわー、きみ、とってもつよいね!」
「……おまえもつよかったよ」
「おまえじゃなくてこのみだよ。きみは……なまえ、なんだっけ?」
「……ゆうひ。そらしろ、ゆうひ」
「ゆー……? ゆーき、ゆーり?」
「ゆうひだよ。ゆうがたの“ゆう”に、おひさまの“ひ”」
「ゆ、ゆー……? ゆーとくん?」
「ぜんぜんちがうとこにいっちゃってるぞ。ゆーひだってば」
「う、うーん……ゆーま、ゆーた……はっ! ゆーくんっていうのはどうかな!?」
「はっ! じゃないよ。ひとのなまえくらいちゃんとおぼえろよ」
「ゆーくん、ゆーくん……うん、これできまり!」
「かってにきめるな!」



「——進級できない!?」
 二月二十五日、学校にて。
 机に突っ伏したこのみの口から放たれたのは、そんな言葉。
「そうなんだよー……助けてよー……」
 昨日、夕陽の下へプロセルピナが来たり、このみが「助けて……!」と切実で変な電話を掛けた来たが、どちらもまともに会話ができる状態ではなかったので、こうして日を改めて聞いてみたのだ。
 そして彼女の口から出てきたのは、進級できない、という言葉。
 なんでも昨日、担任の白石から呼び出されて言われたのはそのことだそうだ。ただあの教師はストレートに言わず「とりあえずこれ持って帰って、ちゃんと自分の点数と、進級に必要な単位の数字を見比べてみ」などと変に遠回しなことをしたせいで、その作業を後回しにしていたこのみが気づいたのが夜だった、ということらしい。
 このみの点数が悪いことなど、夕陽でなくとも知っている周知の事実。どころかこの世の理とさえ言えるが、そこまでだったとは。
 学生なら自らの進級の如何は非常に重要なはずだ。単位を落とすのは生徒に問題があるのは確かだが、誰だって普通に進級したいと思っているはずである。少なくとももう一回、同じ学年を繰り返したいと思う人間はそういないだろう。それは本人の面子や沽券にかかわることだし、それを理由に転校する生徒だっている。
 ともかく、このみは次の学年末考査で、進級に必要な単位を揃えられるだけの点数を取らなくては、二年生にはなれない。
 それは彼女の素の学力や、学年末考査までの時間を考えると、非常に危機的な状況と言えるだろう。
 しかし、
「……くっっっっっっだらねぇ」
 夕陽は溜めに溜めてバッサリと斬り捨てた。
「くだらないとはなにさ! あたしだって本気で悩んでるんだよ!」
「自業自得だろうが馬鹿。本来お前は高一じゃなくて中学……いや小学校からやり直すべきなんだよ」
 それに、と夕陽は踵を返し、
「お前なんかに構ってる暇はない。僕だって忙しいんだよ」
「そんなこと言わないで助けてくれたっていいじゃん! ゆーくんはあたしと二年生になりたくないの!?」
「学校は同じなんだし家も近い、いつでも会えるだろ」
 とにかくこのみには冷たい夕陽。このみがなにを言おうと、夕陽は頑として彼女に手を差し伸べようとはしない。
 だが、このみでなければ、どうか。
「……夕陽くん」
「っ!」
 柔らかい声が聞こえる。しかしそれは一般的な見解だ。
 夕陽の耳は、その声によってなにかが貫いてくるような感覚すら覚える。
 夕陽はゆっくりと、今まで直視しないようにしていた、その声の主へと目を向ける。
「そんな意地悪なこと言わないで、一緒に手伝ってあげようよ。わたしは、このみちゃんと一緒に進級できないのは嫌だよ。みんなで一緒に二年生になりたいな」
「光ヶ丘……」
 穢れのない純粋な声、瞳、言葉。裏も邪気も全くない、澄み切ったそれらに、夕陽は気圧されるように言葉に詰まった。
 そして、
「……僕は帰る」
 夕陽は速足で教室から出て行ってしまった。
「あ、ちょっ、ゆーくーん!」
 このみの制止などで止まるはずもなく、彼女の声がただこだまするだけ。
「うぅ、はくじょーな……!」
「わたし、変なこと言っちゃったかな……」
 さっきは純粋と表現された姫乃だったが、少しその表情に陰りを見せる。
「このみちゃんに言われて、思い切って名前で呼んでみたけど……前みたいに、空城くんって呼んだ方がいいのかな……」
「そんなことないよ。ゆーくんはちょっと照れてるだけだって」
 不安な面を見せる姫乃だが、このみはいつもの陽気な調子で笑っていた。
 だが、ふっと、その表情が柔らかくなる。
「ただ、今までとちょっと違う関係になりそうだから、ゆーくんにも考える時間が欲しいんだと思うよ。それまで待ってあげれば、だいじょーぶ」
 最後にはまたお気楽になっていたが、姫乃は、
「……このみちゃんは、夕陽くんのこと、本当によく知ってるんだね」
「小学校がからのつきあいだからね。そういえばゆーくん、あの頃からあたしに厳しかったような……」
 むむむ、と唸り始めるこのみだが、正直なところ、いまはそんな思い出に浸っている場合ではない。もう時間はあまり残されていないのだ。
「そうだった! 進級! 成績! なんとかしないと!」
「夕陽くんは行っちゃったけど……わたしも手伝うから、一緒にがんばろ?」
「姫ちゃん……ありがとう姫ちゃん、やっぱり姫ちゃんは最高だよ!」



 帰る、と言っていた夕陽だが、実際は帰っていなかった。なんとなくそんな気分にはなれなかったのだ。
 そんなわけで、屋上で寝そべっていた。二月は最も寒い季節と言われているが、しかし今日は陽光が差し、風もない、気温も比較的高めだ。寝るつもりはないが、日差しを浴びて寝転がるくらいにはちょうどいい。
 というか、少し冷静に考えたかった。色々なことを。
「つっても、纏まらないんだよなぁ……」
 分かってはいたが、姫乃と面と向かえない。いつも通り接していこうと思っていたが、実際に対面するとそんなことは無理だった。
「なあ、どう思う? アポロン」
「夕陽は冷たいと思うぞ。このみが困ってるなら助けてやれよ」
「そっちじゃなくて……」
 やはりアポロンに聞いても意味はないようだ。デュエル中では頼りになるが、こういうことには疎いらしい。夕陽も他人のことは言えないが。
 昨日から心の中で蟠っている悶々としたものを持て余していると、スッと人影が差した。
「珍しい客がいるな」
「……流?」
 見上げると、そこに立っていたのは、水瀬流。夕陽たちからすれば、一応先輩にあたる人物だった。
 一応というのは、夕陽自体、彼のことを流と呼び捨てているからだ。本人は気にしていないらしいが。それ以上に名前を間違われる方が嫌らしい。
「なにをしている、こんなところで」
「……別に。お前こそどうしたのさ」
「俺も、別に、だ。特に目的があって来たわけではない」
 ただなんとなく来ただけらしい。
 夕陽は身体を起こし、流は少し離れて腰を下ろす。
「……なにか思い悩んでいるのか?」
「なんでそんなことを聞くんだよ」
「そう思ったからだ」
 意外と鋭かった。いや、今の夕陽を見れば、いつもと違うということは誰にでも分かるだろう。
 流は少し間をおいて、口を開いた。
「俺でも、話くらいは聞ける。月並みな言葉だが、話せば少しは楽になるものだ」
「…………」
 少し黙り込む。このことはあまり他人に言いたくないが、しかし流れならあるいは……そう思って、まずは、
「……なあ。流って、口堅い?」
「俺が他人の内面事情を軽々しく吹聴する奴に見えるか?」
「…………」
 また黙り込んだ。そうは思わないが、しかし、夕陽は流のことについては知らないことが多い。零佑とは仲が良いようだが。
 そんな夕陽を察してか、流は、
「安心しろ。俺とまともに会話できるのは零佑くらいだ」
「でもお前、文化祭の時は結構クラスメイトと仲良くやってたよな……?」
 文化祭の中心になっていて、わりとクラスの人気者のような感じになっていた気がする。
「……まあ、流ならいいか。実はさ——」
 そして夕陽は、語り出す。
 昨日の出来事。姫乃に打ち明けられたこと、すべてを——
「——事情は理解した」
 かなり私情込みで話していた気がするが、五分ほど経つと、流はそう言った。
 そして、スクッと立ち上がる。
「どこ行くんだ?」
「家だ」
 帰るつもりらしい。
「ちょ、ちょっと待てよ! 話だけ聞いてそれはないだろ!」
「なにがだ」
「なにがだ、じゃなくて! 聞くだけ聞いて帰るとかあんまり——」
「お前も俺の家に来い」
「……は?」
 あまりに唐突で、その言葉を理解するのには時間を要した。
 流はたまに、こうやって突拍子もないことを言い出す。そのことを理解するための時間を使い切り、理解した。
「僕が、流の家に……?」
「ああ」
 この時から、およそ三十分後。
 夕陽は、流宅へと訪れるのであった。