二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.620 )
- 日時: 2014/11/11 07:53
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: RHpGihsX)
「えーっと、三角形の面積はてーへんかける高さ割る2……? てーへんってなに?」
「お前そんなこともわからないのかよ……底辺っていうのは、この図形の一番下のこれだよ」
「じゃあ、こっちの三角は? どれがてーへんなの?」
「え? えっと……」
「ほらゆーくんもわかってないじゃん!」
「お前よりかはわかってるっつーの!」
「音楽はあたしのほうがとくいだもんね!」
「今それ関係ねーし! ああもう、いいからやるぞ! じゃないと先生におこられるから! あと夏休み三日しかねーんだぞ!」
「えー、もうつかれたよー……ちょっときゅうけいに、デュエマしない?」
「しない!」
「ただいまー」
と言って帰宅する夕陽だが、家族が誰もいないことは分かっている。家の鍵は閉まっていた。両親は共働きで帰りも遅い、妹は部活だろう。
それでもわざわざ帰りを告げる言葉を口にするのは、それを言う相手がいるからだ。夕陽は階段を上って自室に入ると、机の上で裏向けになっているカードを捲る。
「いつまで拗ねてんだよ、お前」
「むー……」
捲ったカードのイラスト部分には、ふくれっ面の妖精の姿。プロセルピナだ。
このみは進級できないと言って騒いでいる間に、いつの間にかいなくなっていたと言っていたが、プロセルピナはなぜ夕陽のところへ来たのか。
大体、見当はつくが。
「どうせ、このみが成績云々で遊んでくれないー、とか言って飛び出してきたんだろ」
「っ! そ、そそそ、そんなことないもふっ!」
「あからさまに動揺しすぎだろ。いいよ隠さなくて、別に怒ってないし」
というか、呆れている。進級できないほどに悪成績を放置していたこのみもそうだが、このみが構ってくれない程度で家出するプロセルピナもプロセルピナである。
ある意味、主人共々似ているものだ。
「というか、このみのところには行かなくて良かったのか? 僕について来れば、今日学校で会えただろうに」
「このみーなんて知らないもん。ルピナがなんども話しかけたのに、むしするんだもん」
「あいつが他人を無視っていうのも珍しいが、そのくらい必死だったんだろ。学生にとって進級できないってのは、社会的な死活問題みたいなもんだ。少しは大目に見てやれ」
このみの成績不振に関してくださらないと一蹴した夕陽だが、実際呆れてくだらないと思っているが、それは自業自得で進級できない状態にあるこのみにわざわざ付き合って勉強を教えてやることに対してであり、進級できないという問題自体は大事だと捉えている。
もっとも、仮にこのみが進級できなかったとしても、一生会えなくなるわけでもないので、わりとどうでもいいことなのだが。
(まあ、あいつ、高校受験で落ちたら家で働くとか言ってたしな……もしも学校にいられなくなって自主退学したら、たぶんそうなるだろ)
このみがプライドを持って自主退学をするとも思えないので、そうなることはないと思うが、もしもそうなったら週一くらいで通ってやろう、と思う夕陽であった。
「明日は土曜で休みか……そういえば最近『popple』には行ってないな」
“ゲーム”に身を投じるようになってから、あの喫茶店に足を運ぶこともめっきり減ってしまった。それまでは何度も訪れているので、特別行きたいというわけでもないが、
「……プロセルピナ、お前も少しはこのみの様子とか見ておきたいだろ。明日『popple』に一緒に行くか」
プロセルピナのこともあるので、久し振りに足を運ぼうと思った。一応は世話になっている店だ。このままずっと行かなかったら、いずれ足を運びづらくなってしまう。
そんんわけで、プロセルピナも誘ったが、
「いいもん。よけーなお世話だもん」
「まだ拗ねてやがる……」
彼女はまだ頬を膨らませて、そっぽを向いていた。相変わらず子供っぽい拗ね方だ。いや、子供なのだが。
「ったく、主人と似て世話の焼ける……」
飼い犬は主人に似るということか、とまたも呆れる。
その後、プロセルピナはずっと拗ねたままでいるのだった。
「男の六人、女の子六人の中から五人選んで、最低でも男の子と女の子が一人ずついる組み合わせは……えーっと、確か全部男の子と女の子の組み合わせだけをなくすから……なくすから……」
と、そこで遂にこのみがシャーペンを放り投げた。
「うぁーっ! 分かんないよー! こんなの計算してなんになるのさー、もー!」
「あぁ! このみちゃんがまたショートしちゃった! 落ち着いてこのみちゃん、ちゃんと教えるから!」
早速帰ってから、このみは姫乃とマンツーマンで勉強会を開始した。手始めに、テスト勉強も兼ねて、救済措置として配布された大量の課題プリントをこなしていた。これを提出する義務はないが、提出すれば多少なりとも確実に点数が貰えるため、一点でも多く欲しいこのみはやらざるを得ない。
しかし勉強会開始から約二時間。ここまでにこのみの頭がショートした回数は十二回。実に十分に一度のペースである。二、三問解いたらすぐにこうなるため、なかなか先に進まない。
「ここはね、このみちゃんが言ったように、男の子しかいない組み合わせと、女の子しかいない組み合わせを取り除いて計算するんだけど——」
しかし姫乃はめげなかった。こんな生徒と一対一なんて、教えることで飯を食っている教師でも嫌がりそうだが、姫乃は投げ出さなかった。
このみが進級できないというのも嫌だが、それだけではない。姫乃は、このみへの恩義もあった。このみが今のバイト先——『popple』を紹介し、取り計らってくれたからこそ、姫乃の生活もかなり安定してきている。なにかコネを作ったみたいで後ろめたくもあったが、それでも純粋に感謝していた。
だからこそ、そんな自分に恩返しができるのであれば、姫乃は積極的にこのみを助けるつもりでいた。そのチャンスが、今ここにあるのだ。
……とはいえ、
「分かんないよー……Cってなに? Pってなに? 3Pってなんなの? コントローラー? ひびきがひわいだよー……」
「…………」
流石に黙った。二時間の勉強で遂に泣き声混じりの言葉が漏れて来た。もしかしたら、今まで耐えられた方がこのみとしては凄いのだろうか。
「ど、どうしよう……」
「もう勉強会の続行は難しそうですの。一旦、息をつくといいと思うんですの」
「! それだよヴィーナス! 二時間も通して勉強するからいけなかったんだよ。このみちゃん」
「うりゅ……?」
半泣きで机に突っ伏すこのみを揺さぶり、体を起こさせる。
「ちょっと休憩しよ? 一度下に行って、なにか飲み物取って来よう」
「……うん」
ゴシゴシと涙を拭うこのみ。もし仮に、ここに夕陽がいたならば、勉強した程度で泣くなよ、とあの呆れた面持ちで口にしていただろう。
そう思っていると、このみの携帯が鳴った。着信は、夕陽からだ。
「ゆーくーんからメール……? なんだろう?」
メールを開いてみると、
『明日ポップルにプロセルピナを連れていく。お前が構ってくれなくて拗ねてるけど大丈夫だ。光ヶ丘に迷惑かけるなよ』
淡泊で面白味のまったくない文章だった。とにかく用件だけを手短に伝えた、というような文面。如何にも夕陽らしい文面だが。
「夕陽くん、なんて?」
「明日うちに来るんだって、プロセルピナ連れて」
「そういえば、プロセルピナ様がいないんですの。わたくし、ずっと気になっていたんですの」
このみも急にプロセルピナがいなくなったことは気にしていたが、昨日の電話で泣き入りながら夕陽に電話した時、プロセルピナはうちにいる、という言葉は聞き取っていたので、とりあえず無事なようで安心していた。
しかし家出の理由が、まさか自分が構ってくれないから拗ねている、とは流石のこのみも分かるはずが、
「そっかー、やっぱり成績の計算に夢中で、プロセルピナほっぽっちゃったからだったのかー……悪いことしたなぁ」
分かっていたようだ。この辺りは似たもの通し、考えが似ているのか。
「っていうか最後の文、姫ちゃんに迷惑かけるなって……わざわざメールでそんなこと言わなくても」
「夕陽くんらしいね」
ともかく、密かに気にしていたプロセルピナについては、夕陽に任せるとしよう。これは恐らく、「プロセルピナのことは僕が請け負うから、それを言い訳にして勉強サボらず、しっかりやれ」ということの暗示だろう。なんとなくこのみには分かった。
だが、
「……とりあえず休憩! おねーちゃんのところにゴー!」
分かったとしても、それを行動に直結させるとは限らないのである。