二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.621 )
- 日時: 2014/11/12 20:07
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: RHpGihsX)
「あ、いらっしゃい、ゆーくん」
「……なにやってんの? お前」
「お店のおてつだいだよ。どう? かわいい?」
「……別に」
「あー、ひっどーい。うそでもかわいいっていってくれもいいじゃん」
「……うるせーよ」
翌日。
夕陽は宣言通り、カフェ『popple』を訪れていた。
「ここに来るのも久し振りだな……」
最後に訪れたのはいつだったかと思い返すと、確か汐にやられてルカに運び込まれた時以来だった。よくよく考えればそんなに久し振りでもない。
「まあ、でもあれはノーカンだろ」
などと言いつつ、扉を押し開けて店内に入る。カランカランという音を聞きつつ店内を見渡すと、人の入りはそこそこ。休日にしては少なめか。
バイトらしきウェイトレスに「いらっしゃいませ」と言われるのを聞き流しつつ、夕陽はまっすぐにカウンター席へと向かった。
「……あら。いらっしゃい、夕陽君」
「どうも、木葉さん」
カウンター席に立っているのは、長身の女性。しかし身長よりも、むしろその容姿が目を引く。一つの女性の完成形なのでは、と思うほどの体型と美貌。落ち着いた声も相まって、非常に穏やかな印象を与える。
現在カフェ『popple』の店長を務めている、このみの姉、木葉だ。正確には店長代理らしいが、店長たる彼女の母親がほとんど木葉に任せているため、実質的な店長となっている。
「ご注文は?」
「任せます。適当に一杯」
「はーい」
にこやかに答えて、木葉は後ろの棚に向かう。その様子を見ながら、夕陽も席に着いた。
「なんだか、夕陽君が営業時間に来るのって久し振りねぇ……もうコーヒーは飲めるようになった?」
「無理です。カフェイン中毒になるリスクを負ってまで目を覚ますためにあんな苦いドリンクは飲めません」
「じゃあ、砂糖多めにする?」
「ただの甘ったるいホットドリンクになるのでお断りします」
「任せるって言っておきながら、きっちり注文するのね」
「木葉さんが聞くからじゃないですか」
「ふふっ」
笑みをこぼしながら、最終的に木葉が夕陽の前に出したのは、色の薄い紅茶らしきもの——独特の匂いがするところから、ハーブティーだろうか。
「これ、なんですか?」
「期間限定数量限定ハーブティー。知り合いの人から譲ってもらったの」
「お代は?」
「身内価格で二割引きはどうかしら」
「頂きます」
限定品ならそれなりに高価だろうが、二割引きなら貰っておこう、という少々せこい考えだが、出されたものなのでありがたく頂くとする。
「それで、今日はどうしたの? なにか用があって来たんじゃないの」
「別に……しばらく来てないと思って、ちょっと足運んでみようと思っただけですよ」
「ふぅん」
どこか含みのある相槌を流しつつ、夕陽はハーブティーにも口をつける。
「……このみのこと、気になる?」
「まさか。あいつの自業自得ですよ」
即答だった。なにか鎌をかけられたような気もするが、これは本音。気にならないということもないが、気にするほどのことでもないとも思っている。
「つれないわねぇ。せっかく幼馴染のお姉さんがお喋りしてあげようって言うんだから、もう少し愛想良くしたら? ねぇねぇ」
「ほっぺを指で突かないでください」
木葉の手を払いつつ、また一口含む。
このみと違って木葉は、思慮分別があり落ち着いているが、こういうところは姉妹揃って似ている。しかも、木葉はこのみのように単純ではないので、なかなかやりづらい。
「でもまあ、このみの話題は私も夕陽君も飽きてるわよね」
「僕が言うのもなんですが、実の妹の話題に対して飽きてるとか言うのは少し酷くないですか?」
とはいえ、夕陽も同意するところである。
「うーん、じゃあ恋バナでもしましょう。夕陽君は彼女とか作らないの?」
「唐突ですねまた……」
「で、どうなの?」
「……別に、いませんよ」
少し、間を置いてしまった。それは一瞬だけ、彼女のことが頭をよぎったからだ。
光ヶ丘、姫乃のことが。
「ふぅん……」
その間に気付いているのかいないのか、木葉はそんな相槌を打つ。この間を開けた返しが逆に怖い。
夕陽はあまり詮索されるのも嫌だったので、逆に問い返す。
「そういう木葉さんはどうなんですか? もうそろそろ、相手の男の人見つけてもいい歳でしょう」
「女性に年齢の話はタブーっていうのがこの世の常識よ。うーん、まあでも、あんまりそういう出会いはないかしらね。私はずっと店にいるし、このお店、女性客の方が多いから」
「澪さんとかはどうですか。高校の頃、同期だったんでしょう」
とりあえず話を繋げるために出した名前だが、夕陽の口からその名前が出るのが意外だったのか、木葉は少し目をぱちくりさせていた。
「あらら……夕陽君、私が澪君と同級生だったってこと、知ってたの」
「ええ、まあ。澪さんから聞きました」
「懐かしいわね……昔は澪君もうちで働いていた時期もあったわね。私と澪君と店長ちゃんの三人で、一緒に遊んだりもしたし」
店長ちゃん、というのはあの海の家の店長だろう。
「でも、澪君はあくまで友達なのよねぇ……なんていうか、彼シスコン気味でしょう? 昔はちょっといいかも、って思ったけど、妹に傾いているとちょっとね」
「あなたがそれを言いますか。木葉さんがこのみを甘やかすせいで、今のあいつはあんななんですよ」
「その分を夕陽君が厳しくしてくれるから大丈夫よ」
「僕の負担は考慮してくれないんですか?」
分かってはいたことだが。もう今更だ。
「そういうわけで澪君はちょっとね。でも、夕陽君の言う通り、お母さんからもそういうこと言われるのよね……」
ふぅ、と溜息を吐く木葉。その憂い気な表情も様になっている。
こういうのって絵になるって言うんだろうなー、などと適当なことを考えていると、木葉がふとなにか思いついたように手を叩いた。
「そうだ。夕陽君、私と結婚しましょう」
「っ! ゲホッ、ガホッ……!」
ハーブティーが気道に入った。
しばらくむせて、声が出せるようになると、夕陽は弱った目つきで木葉を見上げるように睨む。
「冗談きついですよ、木葉さん……」
「わりと本気よ?」
「僕まだ十六なんで、結婚とか無理ですって」
「日本だと両親の承諾さえあれば、十六歳でも結婚はできるわ」
「それは女性の話です!」
やばい、ペースを取られる、と夕陽の中に焦りが生まれる。
なにゆえ、何気なく来たカフェで店長と話術の心理戦をしなければならないのかと理不尽を呪いつつ、どうやってこの話題を切り抜けようか考えていると
「まあ、わりと本気でもほとんど冗談よ。本気は三割くらいよ」
「それでも意外とありますね……」
「夕陽君は確かに私好みな男の子だけど、夕陽君そのものは男の子としては意識できないわ」
「何気に傷つくんですけど、そういう言葉……」
ただでさえ文化祭と初詣で男の尊厳が奪われつつあるというのに、男として見られないなんて言われると、本格的に頭を抱えたくなる。
「むしろ弟かしらね? このみが妹で、夕陽君が弟……結構いいかも」
「僕に養子になれと言うんですか」
「このみの結婚しちゃえばいいじゃない。そうすればもれなく夕陽君の妹ちゃんもついてくるし」
「断固拒否します。死んでも嫌です。結婚前に離婚届を受理しに行きますよそれは」
まっすぐに木葉を見て、至極真面目な目つきとトーンで、正にマジレスだった。
「その発言は姉として少し傷つくわ……」
「あいつのためにこれ以上人生を棒に振れませんって」
「うーん、でも確かに、夕陽君とこのみはそういう関係は合わなさそう……っていうか、夕陽君と付き合えそうな女の子っていうのが特殊よね」
いつのまにか話が、木葉の相手の男の話から、夕陽の付き合える女の話にシフトしていた。この話題の切り替え性が怖い。これが喫茶店の店長としての話術か。
「夕陽君は普通すぎて、ちょっと弾けようって思うような女の子とは合わないし、でもガサツ気味だから大人しすぎる子もねぇ……」
「なんか今日、僕かなり散々なこと言われてません?」
少しでも話を逸らしたかったが、この程度では木葉は動かなかった。
どころか、遂に確信を突くことを言われてしまう。
「姫乃ちゃんあたりとか、どうかしらね?」
「…………」
夕陽は黙った。できるだけ平静を装って、黙り込んだ。
話の主導権を握られたくないのであれば、そうでなくとも姫乃との関係を悟られたくないのであれば、本来なら黙っていはいけないタイミングで、夕陽は言葉を紡げなかった。
だからか夕陽は、とにかく考えた。なにを言い返せばいいのか、どう返答すればいいのか、思索を巡らせた。
そして、ややあって、
「……そういえば、今日は光ヶ丘はフロアにいないんですね」
微妙な間、そこからの急な話題転換。この話の流れからも、木葉になら、なにか悟られてしまいそうだが、
「あの子には、このみの勉強を見てもらっているから。試験が終わるまでフロアでのお仕事はお休みよ」
なにかを悟った上で夕陽を気遣ってなのか、それとも単純に気付いていないか、その話題に食いついたのか、理由は定かではないが、木葉は上手くその話題の転換に乗ってくれた。
「試験が終わるまでバイト休みって……大丈夫なんですか? そんなに間が空いたら、給料とか払えないんじゃ……」
給料がもらえないとなれば、姫乃の生活にも響いてくるはずだ。そうなってまでこのみの勉強なんぞに付き合う必要はないと、一度言う必要があるな、などと思っていると、
「大丈夫よ。あの子にこのみの家庭教師として、いつも通りお給料は払う予定だから。通常の三割増しで」
「あ、あぁ……そうなんですか」
流石は木葉というべきか、ちゃんと手は打っていたらしい。カフェで仕事の代わりに、このみとの勉強会をバイト代わりにしているようだ。そして給金の三割増しというのが、このみに勉強を教えることの難易度を如実に表している。
「夕陽君もここで働いてみる?」
「遠慮します。このみと同じ職場とか嫌ですし、そもそもこの店、女性しか雇わないじゃないですか」
「澪君は過去唯一の男性店員として働いてたわよ? 短い間だったけど」
そういえばそんなことも言っていたな、と思い返す。しかし澪の場合は、事情が姫乃と似たようなもので、仕方なくだっただろう。一方、夕陽は特に金銭的に苦労しているというわけではないので、無理して働く必要もない。そもそも雀宮高校は、アルバイトは非推奨なのだ。
「澪さんは澪さんで、僕は僕ですよ」
そんな意味を込めて、木葉にはそう返したのだが、
「確かにそうねぇ……となれば、やっぱり女装かしら」
どういうわけかおかしな方向で受け取られてしまった。
「なんでそうなるんですか!」
「だって、澪君は澪君、夕陽君は夕陽君でしょう? 澪君は仕方なく男性スタッフとして雇ってたけど、夕陽君ならメイクとかで女の子に見せられそうだし、そっちの方が花があって良さげじゃない?」
「まったく良くないですからね、それ」
「文化祭ではうちの制服着てたんでしょう? なら大丈夫よ」
「なんで木葉さんがそのことを知ってるんですか……!」
焦りがマッハの勢いで心臓のビートを奏でつつ、恨みまがしい目つきで木葉を睨みつけるも、彼女はあっけらかんとした口調で、
「このみから聞いたのよ」
「あの野郎……!」
夕陽の中に芽生える殺意にも似た激怒の感情。文化祭が終わった後、女装していたことは誰にも言うなと、クラスメイト一人一人にわざわざ面と向かって釘を刺していたというのに、相変わらず口の軽い女だ。と夕陽の中でこのみへの怒りが沸騰しつつあると、
「すいません」
いつの間にか夕陽の隣に座っていた客人が、木葉に注文した。
「コーヒー、頂けますか?」
「はい、少々お待ちください」
その注文を受けて、木葉はコーヒーサイフォンへと向かう。
ひとまず木葉との会話が打ち切られ、どことなく安心する夕陽。同時に、その客を横目で見遣る。
髪は濃い金髪で、瞳も青い。シルバーフレームの眼鏡をかけており、目を引くのは頬のガーゼ。怪我でもしているのだろうか。
(外人かな……しかし、いつの間に来たんだ、この人?)
まったく気配を感じないまま、気づけば隣にいた。少し木葉との話にのめり込みすぎたのかもしれない。
別段だからどうというわけでもないのだが、“ゲーム”の世界に身を投じるようになってから、そういった危機感や危険察知能力の必要性も感じるようになり、いつどこで“ゲーム”参加者が襲ってくるとも限らないので、日常生活においてもできるだけ周囲には気を配っていたつもりなのだが、完全に注意散漫になっていたようだ。
「お待たせいたしました。どうぞ」
「ありがとうございます」
男の前にコーヒーが置かれるのを見ると、夕陽は席から立ち上がった。
「……僕、そろそろ帰ります」
「あらそう? 久し振りで懐かしかったし、もう少しお話ししたかったのだけど……また来てね」
懐かしかったというのは夕陽も同じだが、今まではカウンターに他の客がいなかったからあんな会話ができていたのであって、客が来てしまっては身内の話もし難い。
木葉の言葉には答えずに、夕陽は黙って会計を済ませる。
そして、黙ったまま店から出ていくのだった。
「——少し、お聞きしてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
夕陽が店から出た後、男は木葉に尋ねる。
「さっきの少年とは、お知り合いですか? 親しげに話されていましたが」
「ええ。妹の幼馴染で、昔から付き合いのある子です」
先ほどまでの夕陽との会話とは打って変わって、より落ち着いた声で応答する木葉。男もそれに対し、丁寧な口調で答える。
「妹ですか……妹さんは、フロアには出たりしないんですか?」
「いつもはいることが多いんですが、最近は高校の試験が近いらしくて、勉強に専念させています」
あの子のことだから、耐えられなくなってそのうち来るかもしれませんけど、と小さな声で付けたし、今度は木葉から話を振った。
「お客さんには、ご兄弟とかはいらっしゃらないのですか?」
「俺ですか? 俺も妹が一人います。まだ中学生ですが」
「中学というと、この辺りだと東鷲宮でしょうか?」
「当たりです」
「私も、私の妹も東鷲宮の出身なんですよ」
「そうなんですか、奇遇ですね」
そんな他愛もない話を続ける二人。やがて木葉が他の客の注文を取りに行いった時、男はふっと呟く。
「……そうか、やはりあいつが……」
そして、僅かに残ったコーヒーを飲み干した。そしてまた、呟く。
「だが、今はまだ、関係ないな……」