二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.630 )
- 日時: 2015/05/30 19:56
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: rGbn2kVL)
「もうあたしたちも卒業かー」
「意外とあっさりしてんな。もっとはしゃいだりするものかと思った」
「だって、汐ちゃんとはまた会えるでしょ? はなればなれになるわけじゃないから、高校に行っても、あんまり変わらないのかなって」
「まあ、御船屋は近いし、いくらでも会いに行けるか。確かに変わらないかもな、今までと」
「ゆーくんとは学校おんなじだし」
「お前のせいで僕は受験校のレベルを下げたんだからな……本当は烏ヶ森の高等部に編入したかったのに……」
「ま、しょうがないね」
「なにがしょうがないだてめぇ! お前その調子だと、中学は卒業できても、高校は卒業どころか進級だって危うくなるぞ!」
「そん時はまたゆーくんが助けてくれるでしょ?」
「知るか。あんま僕をあてにすんなよ」
「あはは、頼りにしてるよ」
「人の話を聞けよ」
カフェ『popple』は地元ではかなりの有名店で、良い品質を手軽な価格で待たせず出す、要ははやい、うまい、やすいの三拍子が揃っているが、それだけではない。昨今のニーズに沿ったサービス提供にも力を入れており、それが今の制服や、半ば店長の趣味で置かれているデュエマテーブルや、店長やその関係者が引き抜いてくる店員に現れている。
しかしそんな『popple』は、休日というものがいまいち安定していない。定休日は設けられているはずだが、急遽休みになったり、定休日でも開店したり、定休の意味を問いただしたくなるような開店模様である。
そんな状態でも売り上げを安定させられているのだから、そこは実力だろう。
しかし、定休日が定休でない上に、店の前の掛け札もしょっちゅうかけ忘れるというのだから、お得意さまでもない限り、うっかり開店している時を閉店だと思ったり、間違えて閉店しているはずなのに開店していると思って入ってしまうことも、よくあることだ。
それが起こりうるのは、よくこの店を利用し、なおかつ利用し始めたのが最近の者だ。
『——そういうわけだから、今日だけでもこのみの勉強を見てもらえないかしら?』
「断ります」
『ありがとう、よろしくね、助かるわ』
「会話が成り立ってませんよ、木葉さ——って、ちょっと! もしもし、もしもし!? 木葉さん!? くそっ、一方的に切りやがった!」
ガシャンッ、と夕陽は叩きつけるようにして受話器を戻す。
その音を聞きつけたのか、背後に誰かがやって来る足音がした。今この家にいるのは、自分の他には妹しかいないので、その存在が誰かはすぐ確定した。
「……どしたのお兄ちゃん」
「木葉さんから電話が来てな……今日は光ヶ丘が来れないから、このみの勉強を見てやってくれって頼まれた」
「え、なに? どゆこと? バイトのおねーさんと、このみさんと、お兄ちゃんと……?」
「お前には関係ねえよ。はぁ、ったく、面倒だ……」
一人混乱する妹を置いて、夕陽は自室に戻った。
こんな一方的な要求、突っぱねることも出来るには出来る。
だが、わざわざ木葉が夕陽に頼んできたということは、彼女も相当危機感を抱いているのだろう。断っても無理やり押し通したことからも、それは伺える。
だからなのか、夕陽はほんの少しだけ気まぐれを起こして、今日一日くらいは、行ってやってもいいだろう、と思ってしまったのだ。
自分のテスト勉強のついでとでも考えれば、一日くらいなら、と。
「……アポロン、プロセルピナ。このみんとこ行くぞ」
「ん? 今日も行くのか?」
「今日は勉強だ。光ヶ丘がこれないからって、代打を押し付けられた」
夕陽は適当に教科書やノート、そして筆記具などを鞄に押し込んで、最後にアポロンとプロセルピナのカードを仕舞いこみ、家を出た。
しばらくは無言だった。今は人通りがないとはいえ、外で軽々にアポロンたちと会話はできない。なので黙って『popple』を目指していた。
だが、道中。ふと夕陽が、口を開く。
「プロセルピナ、どうする」
「……なにが?」
「このみのことだよ。わざわざ場をセッティングするより、自然な形で一緒になった方が、お前も切り出しやすいだろ」
プロセルピナも、自分の非はちゃんと認識している。だから、それをはっきりとこのみに伝えることが必要だろう。
だが、言ってしまえばこんなものは、ただの子供の喧嘩。謝罪の場をわざわざ用意して、お互いに謝らせるよりも、さりげなく、自然な形で、お互いにそれを促す方がいい。
その絶好の機会が、今だ。
「……このみーにはあやまるよ、でも……」
「でも、なんだよ」
「ちゃんと、あやまれるか、じしんない……だってゆーひー、べんきょーしに、このみーのとこにいくんでしょ?」
「まあ、そうだな」
思い返せば、プロセルピナが家出した理由は、このみの成績不振で、このみがプロセルピナに構わなくなったからだった。
夕陽なりに気を利かせたつもりが、状況を見誤ったようだ。
(つっても、僕もいつまでもこいつの世話をしたくはないんだがな……)
今はまだ大人しい方だが、それでもプロセルピナは、このみに似てやかましい。一緒にいると、常にこのみと一緒にいるように感じてしまい、夕陽としては決して居心地は良くなかった。
そのことを抜きにしても、やはり、『神話カード』は持つべき者が持つべきであり、あるべき場所にあるべきなのだ。少なくともプロセルピナのいるべき場所は、夕陽のところではない。
(……そうしたら僕は、本当にアポロンの所有者に相応しいのだろうか……)
あまり深く考えたことはなかったが、ふと、夕陽は思った。
そもそも夕陽が《アポロン》のカードを手に入れたのは、本当に偶然だった。その時も、本来の所有者はひまりであり、ひまりが夕陽に託したようなものとはいえ、ひまりがいなくなったから夕陽の元にあるに過ぎない。
ひまりが《アポロン》の所有者に相応しいと言えば、千人が千人、万人が万人、イエスと答えるだろう。
だが、一方で夕陽はどうだろうか。夕陽もアポロンと共に戦ってきた期間はそれなりに長く、アポロンの所有者として、その名は知られている。
だが、それは一種の固定観念ではないのだろうか。本当は、もっと他に相応しい者がいるのではないだろうか。夕陽以上に、アポロンの力を引き出せるものがいるのではないだろうか。
そんなことが、ふと頭をよぎるが、
(……いや、関係ないな)
と、一蹴する。
(僕は先輩の意志を継ぐって決めたんだ。もっと他に、アポロンの所有者に相応しい人がいたからといって、僕の意志は揺るがない。関係、ないんだ——)
「ゆーひー」
と、そこで夕陽の思考は中断された。
見れば、プロセルピナが実体化し、夕陽の腕を引っ張っている。
「な、なんだ?」
「お店、見えたよ。でも、あかりがない……」
「木葉さんはいないわけだし、店を閉めてんだろ」
「でもあそこに、『OPEN』って書いてあるぜ」
「このみが変え忘れたんだろ。ったくあいつは、同じミスを何度も何度も……だから成績が下がってばっかなんだよ。少しは身長と一緒に成長しろってんだ」
などと、口をつくようにして言葉を並べながら、夕陽たちは『popple』に近づいていく。
そして、店の窓ガラス越しに、その光景が目に飛び込んできた。
「え……?」
薄暗い店内で立つ、このみを。
そして、あの男の姿を——
「ん……?」
男はその店に入ると、すぐに違和感に気づいた。
いや、気付いた、などという発見的表現は適切でないかもしれない。“それ”は隠すつもりもなく、そこにあるのだから。
否、ないからこその違和感であった。
「どういうことだ……?」
“ある目的のために”、最近はよく通うようになったこの店に、今日も入店したのだが、客が今し方入ってきた自分以外、一人もいない。
確かに静かな店ではあるが、客が完全に途切れることなどほとんどない店であることは、今までの通って分かっている。なのに、この光景はなんだろうか。
「……表には『OPEN』と掛け札があったはずだが、今日は休みしてたのか……?」
「そうだよ」
唐突に、店の奥から一人の少女が出てきた。
幼い顔立ちや小学生のような背丈に、それらとはアンバランスすぎるほどに発育した女性的な膨らみ。ある意味、この世のものとは思えない容姿をしており、まるでのアニメや漫画から飛び出してきたかのようだ。
あまりに突然に出てきたためか、男は少し狼狽えていたが、しかし男はこの少女のことを知っている。直に話したことはないが、見たことはある。
「……君は、確か……店長、さんの、妹さん、だったっけ……? えっと……」
なぜか少したどたどしく言葉を紡ぐ男。まるで、どういう口調で話せばいいのか分からず、使ったこともないような口調を無理に使おうとしているかのようだ。
さらに男は店長から、この少女のことは聞いていた。とてもそうは見えないが、今は高校生なのだとか。
そして名前も知っていた。
「春永、このみ、さん……」
「うん。待ってたよ、お客さん」
耳に残る幼くも幼児のものではない声。普段の彼女であれば、明るく溌剌として聞こえるはずなのだろうが、今はそうは聞こえない。
そこから憤りを感じる。
いや、それよりも彼女の言葉が気になった。
「待ってた……? 俺を……?」
「そう。お客さんに言いたいことがあるの。でも、他のお客さんやおねーちゃんたちがいたら言えないから、今日は休みだけど、掛け札を変えといたよ」
ということは、今この場にいるのは、男とこのみの二人だけということになる。
「……そうか、この場はお前だけか……」
「お客さんもおねーちゃんがいないところの方がいいでしょ。あたしなりの、はいりょだよ」
このみは真剣な顔で言うが、男はなにか考え込むようにぶつぶつと呟いており、彼女の話をまともに聞いているようには見えない。
しかしこのみも相手のことなど気にしていない風であったので、お互い様とも言えるが、せめてこのみは相手のことをもっと気にするべきだったかもしれない。
自分が一人になるということが、どのような危険をはらむのか、考えなければならないのだから。
「たんとーちょくにゅーに言うけどね、お客さん。おねーちゃんは——」
「ならば、都合がいいな」
ガシッ、と。
このみの言葉は、物理的に遮られた。
「……っ!」
「まさかそちらから出向いてくれるとはな。わざわざ通いつめて外堀を埋めていく手間が省けた」
無警戒に詰め寄ってくるこのみに対し、男はその腕を掴み、捻った。
腕を固められたこのみは、そこから動くことができない。それだけではなく、手首や肩から、じわじわと鋭い痛みが走ってきた。
「いた……痛いよ! 離して!」
「それには、それなりのものを提供してもらわなきゃならんな。とりあえず、出すものを出してもらおうか」
男はこのみの腕を固定したまま、彼女に手を伸ばす。腕を掴まれ、ふりほどくこともできないこのみには、そのてを避けることなどできない。
男の手が、このみに触れる——