二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.631 )
- 日時: 2015/08/03 23:53
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)
「春休みだよ、ゆーくん!」
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
「四月からはあたしたちも高校生! 宿題もないから、遊びまくれるよ!」
「……まあ、お前にしては随分と勉強してたし、今更それをやり直せと言うのも酷かもな」
「そうだよ! だから汐ちゃんと、キラちゃんとかゆずちゃんも呼んで、みんなで遊びまくろう! なにする? デュエマ?」
「だが断る」
「えー!」
「思えば、そうやって甘やかしてたのが木葉さんだった……その二の舞を踏むわけにはいかない。高校生になって留年しないように、お前はもう一度、基礎からやり直せ」
「そんなぁー! あんまりだよ!」
「このみーになにすんのっ!」
パシッ
と、乾いた音が鳴った。
なにかがこのみと男の間に割って入り、男の手が弾かれる。
このみは、その姿を、しっかりと捉えていた。そして、ふっと漏らすように言葉を零す。
「プロセルピナ……」
一週間ほど前に、自分の元から離れてしまった、小さな妖精。
その表情は、どこか怒っているようで、しかし清々しいようにも感じられた。
だがそんな感傷に浸る間もなく、今度は扉から轟音が響く。
「このみ!」
続けて、今度は荒い声とその主が、扉を蹴破るようにして突入してくる。
それも、よく知る少年の姿。
自分の幼馴染み。空城夕陽という、少年。
夕陽は一直線に男へと突っ込んで行く。拳も固く握って、勢いに任せて、腕を振り抜く——
「……餓鬼が」
ガシッ、と。
夕陽の拳は男には届かず、どころか逆に、その腕を掴まれる。
そして、
「殴り方も知らない素人が、粋がるな」
「っ!?」
ぐんっ、と夕陽は自分の体がなにかに引っ張られるのを感じた。
次になにかを感じたときには、なぜか店の床に顔面を押しつけており、腕が動かせなかった。
「が……!」
そして自分の状況——床に突っ伏して関節を極められている状況——を理解すると、今度は肩から鋭い激痛が迸る。
「う、ぐうぅ……!」
「さて、こいつの乱入は予想外だが、どうするべきか……」
夕陽の関節を極めた男は、少し考え込むような仕草を見せたが、すぐに結論を出したようで、
「……こいつを野放しにするのは厄介だ。一本くらいならさして問題もないだろう。お前ももう16か? それに男だろう、少しは荒事にも慣れておけ」
と、言って。男はレバーでも倒すように、夕陽の腕を前に倒した。すると、
ゴキン
小気味よく、それでいて気分の悪くなるような音が、夕陽の肩から鳴った。
本来、肩の関節が動くべきではない方向に、力が加わった結末。
一瞬、夕陽にも自分のみになにが起こったのか分からなかった。しかし、直後に訪れる、今まで感じたことのない、乱舞するような痛覚への刺激によって初めて、彼は自分の身に起こった事実を知覚した。
同時に、彼の口から、知覚によってもたらされる痛みがそのまま、吐き出された。
「あ、が、ああぁぁぁ……っ!」
「ゆーくん……!」
「夕陽! 大丈夫か!?」
アポロンが、夕陽のデッキケースから飛び出し、実体化する。
だが、肩を外されるなどと、今まで経験したことのない激痛に苛まれる夕陽は、そんなことまで頭が回らない。ひたすら呻き声が漏れるだけだ。
このみと男の二人きりであったこの場所に、プロセルピナとアポロン、二つの『神話カード』を引き連れた夕陽が乱入してきた。
男は、溜息のような息を吐く。
「……少し、煩雑になってきたな。悪くない状況だが、俺の計画が狂ったぞ」
ぼやくように呟きながら、男はポケットから一枚のカードを抜き取った。
そして、そのカードに問いかけるように、口を開く。
「さて、ここから俺はどうすればいい——ケレス」
と、男が呼ぶと、カードが光る。
その光は小さく、一瞬。その一瞬で、カードはカードでなくなっていた。
そこにあるのは、二等ほどしかない、人型をした生き物のようななにか。
小さな体躯だが、その顔や腕には皺が寄っており、老いた様子が見て取れる。しかしだからといって老衰したようではなく、老いてはいるものの、その内にはなにか大きな秘めたような力強さ、生命感があった。
このみも夕陽も、その生き物を初めて見た。しかしカードから出てきたことと、二等身の姿、そして雰囲気——これらの要素から、目の前の小さな老人の正体は、概ね掴んでいた。
だが、その存在を口にする前に、プロセルピナが声を上げる。
「ちょーろー!」
「え? ちょーろー?」
とはいえ、それは少々意外な形ではあった。
あまりの激痛で、逆に痛みを感じなくなってきた夕陽は、だらんと右腕を垂らしたまま、なんとか上半身だけを起こし、近くの椅子のに寄りかかる。
「……アポロン、あいつ、何者なんだ……?」
夕陽は、まともな答えが期待できないプロセルピナと、まともな質問を期待できないこのみに代わり、アポロンに問う。
アポロンは利き腕の機能を失った夕陽を心配そうに見ながら、神妙な面持ちで語り始めた。
「……あの人は、俺たちが長老と呼んでる、十二神話の最年長者——ケレスだ」
「ケレス……やっぱり、『神話カード』か」
初めて見る姿、初めて聞く名だったが、雰囲気からしてそうだとは思っていた。
しかし、となると、この男は『神話カード』を持つ“ゲーム”参加者。
【師団】か【神格社界】はたまた【ラボ】か……所属は分からないが、相手が“ゲーム”参加者で、しかも『神話カード』の所持者であるというのであれば、相手の目的は一つしかない。
「ケレス、やはりこうなると、正攻法になるか」
「……で、あろうな。純粋であるがゆえに策を弄しやすい相手は、それゆえにこちらの策も単調となる。これは相手も策を弄すると予見できなかった我々の不手際。失策の果てには、正当な手段を用いるしかあるまい」
重苦しい声で老人——ケレスは発する。
二等身のライトな容姿に似合わず、嗄れたような声だったが、そこには老年の落ち着きや重厚さがこもっていた。
「……まあ、そうなるか。こんな場になるとは思っていなかったが、最後にはこうなることも予想していなかったわけではない」
そう言って男は、スーツのポケットに手を突っ込み、一束掴んで引っ張り出す。
それは当然、デッキであった。
「ちょーろー……たたかうの……?」
「……プロセルピナ。お主のことは、儂がよく知っている。お主が儂との衝突を嫌がるのも、可能な理解だ。元より自然の民は、仲間で手を取り合う文明。自然の同胞同士で争うなど、本来はあってはならぬこと」
しかし、とケレスは力強く、また諭すように、プロセルピナに語りかける。
「我々は追放の身。そして、マナも微弱で、同胞も同志も存在しないこの地にて、我々が為すべきことは、これまでの我々の業には囚われない。儂は、儂の意志によって、お主を求めるのだ、プロセルピナ」
二頭身の、コンセンテス・ディー・ゼロと呼ばれる、力の非常に弱い姿でありながら、ケレスは全身から覇気のようなものを発しており、その威厳たるや、同じ『神話カード』であるはずのアポロンたち以上だった。
そしてなにより、完全に戦う気を感じ取れる。
ゆえに衝突は、避けようのないことだと思われたが、
「……だが、もしもお主が、儂と争いたくないと強く主張するのであれば、儂も譲歩しよう」
と、ケレスは言う。
そして、全身から放たれる覇気を収め、スッと手を差し伸べた。
「儂と一緒に来るのだ、プロセルピナ。儂には——否、我々には、お主が必要なのだ」
「……わからないよ。ちょーろーのいうことは、いつもむずかしい。ルピナには、ぜんぜんわかんない……でも」
いくらケレスが言葉を並べても、プロセルピナはまだ幼い。その言葉のすべてを理解することなど、できはしない。
だが、ケレスが自分になにを求めているのか、その目的は、感覚として伝わってくる。
そしてそれが、自分にとってどれほど嫌なことであるのかも、感じ取れる。
「ちょーろーが、このみーやゆーひーにひどいことするなら、ルピナもたたかう。ルピナはまだ、このみーたちといっしょにいるんだ!」
それが、彼女の意志だった。
そしてその意志の強さは、彼によって称賛される。
「……その心意気やよし。餓鬼とはいえ、そのまっすぐな姿勢、強き意思……なかなか見どころのある奴だ」
男は、どこか感心したように、そんなことを言う。
しかしそれとこれとは別だ。
ケレスの申し出を、プロセルピナは断った。その事実は揺るがず、そして、それによって引き起こされる現象もまた、不変である。
ケレスには再び覇気が迸り、男も鋭い眼光でこのみとプロセルピナを射抜くように見つめている。彼らは、いつでも戦える。いやさ、今にも襲い掛かってきそうなほどの、獰猛さが感じられた。
それに対抗するかのように、プロセルピナも声を張り上げる。
「このみー!」
「う、うん……あ」
プロセルピナに促されて、自分もデッキに手を伸ばそうとするが、そこではたと気づく。
(デッキ、部屋に置いたままだった……)
こんな事態になるとは思いもしなかったので、うっかり置いてきてしまったようだ。
まさかここで、デッキを取りに部屋に戻るなどというわけにも行かないだろう。そこまで相手も寛容であるようにも見えない。
では、どうすればいいのだろうか。と、このみは困ってしまった。
(あいつ……デッキ忘れてやがるな……)
そんなこのみを見て、夕陽はすぐさま彼女の心中を理解する。
思っていることが表情に出やすいこのみだが、それ以前に、彼女の考えていることくらい、夕陽には分かる。
夕陽は、肩の鈍い痛みを堪えつつ、身をよじった。
「……アポロン、これを、あいつに……」
利き手ではない左手で、不器用にデッキケースを外すと、それをアポロンに手渡す。
「このデッキは……大丈夫なのか、夕陽?」
「僕には過ぎた代物だけど、あいつなら使えるかもしれない……あいつほどジャンクデッキを使ってた奴を、僕は知らない」
今でこそ汐や姫乃のアドバイスをよく受けるようになり、デッキメイキングの腕も上がったこのみだが、思い返せば、彼女は昔から構築が滅茶苦茶なジャンクデッキをよく使用していた。それにもかかわらず、通常デッキを扱う夕陽と互角に渡りあっていたのだ。
そのような過去を懐かしみそうになるが、今は回想にふけっている場合ではない。
「このみ! それを使え!」
「っ、ゆーくん……」
このみが振り向くと、シュッと、アポロンから一つのデッキケースが投げ渡され、このみの手に収まった。
そして、男とケレスも業を煮やしたのか、それを皮切りとして、周囲の空間の変化を感じ取った。
正直、今の状況には混乱している。
姉に近寄る男になにか言ってやろうと仕掛けたこの場であって、本当にそれだけだった。
それなのに、男は『神話カード』を持っており、彼が所有する『神話カード』のケレスは、プロセルピナを欲している。さらに夕陽がアポロンと共にそのプロセルピナを連れて来て、自分は今、彼のデッキを握っている。
なにがなんだか、しっちゃかめっちゃかだ。状況が二転三転しすぎていて、状況がすべて把握しきれない。
だが、しかし。
今この時、自分がすべきことだけは、理解しているつもりである。
「……プロセルピナ」
「なに、このみー?」
このみは彼から渡されたデッキを握り締める。
自分がこの場ですべきことはただ一つ。戦うこと。ただそれだけだ。
それはなにがために。そのことを考える余裕は、残念ながらなかったが。
それよりも先に、このみは、確認するかのように彼女に呼びかける。
ここしばらく、彼女と触れ合ってこなかった。ゆえに、彼女との繋がりは生きているのか。それを確かめたい。
しかし、思えば確かめるまでもないことだったかもしれない。
なぜなら、自分の顔は既に、綻んでいた。彼女との信頼によって。
だからこそ、自分の笑みも、彼女の笑みも、分かっていたことだった。
「……よろしくね」
「……うんっ!」
そうして彼女らは、神話空間へと導かれる——