二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.635 )
日時: 2015/08/03 23:58
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

「これであたしたちも、もう高校生かー」
「なんだ、お前にしてはえらく控えめだな。もっとはしゃぐかと思ってた」
「なーんか高校生になった、って感じがしなくてさー……」
「まあ、お前の身長は小学校から変化ないしな。僕もお前が高校生には見えないな」
「すっごい面白いこととかないかなー? あたしの人生を変えちゃくらい」
「そんな壮大なことに巻き込まれるのだけはごめんだな。やるならお前一人にしろ」
「いやいや、もしかしたらゆーくんからかもよ、そーゆーことに巻き込まれるのは」
「んなこと、早々あってたまるかよ。というかお前の妄想はアバウトすぎる。なんだよ、すっごい面白いことって」
「え? うーん……見たこともないカードを手に入れて、真の敵を倒す旅に出る、とか?」
「阿呆らしい上に適当だなおい」
「でもさ」
「ん?」
「せっかくの高校生だし、楽しいことがいっぱいできるといいよね、ゆーくん!」
「……まあな」



 神話空間が閉じる。
 同時に、猛烈な突風が吹き付けた。
「うぉ……!」
 対戦が終わり、神話空間は閉じたが、空間内で発生した攻撃の余波が、閉じた後に残った今の空間に流れ込んできたのだ。
 よほど大きな力で攻撃したのだろう。このようなことは、以前からもたまにあったので、夕陽はそこまで驚かない。
 だから問題なのは、この突風がどちらの攻撃によるものかだ。
 風の勢いが強すぎて目が開けられない夕陽だが、だんだんとその勢いも弱まっていく。そして目を開く——
「っ、このみ!」
 するとそこには、突風に吹き飛ばされたらしいこのみが、宙を舞っていた。当人は自分の身になにが起こっているのかも理解できていないようで、目をしばたかせていた。
 だが、すぐにそれも認識する。自分が、今まさに、我が家の天井から床へと、自由落下するという事実を。
「え——」
 気がついた時にはもう遅い。
 このみの身体は、重力の法則に従い、落下する——
「よっと」
 ——と、思われた刹那。
 このみの身体を、誰かが支えていた。
「大丈夫? このみー」
 聞こえてくるのは、あどけない少女の声。
 まだ幼さの残る声だが、だからこそ、それは優しく、安心できる声だった。
 このみは、ゆっくりと顔を上げる。
「プロセルピナ……あ、ありがとう……」
「ううん、いいよ。それより、私もそろそろ小さい姿に戻っちゃう。おろすよ」
「う、うん。よろしく」
 コンセンテス・ディーが発動した状態のまま、このみの小さな身体を抱えたプロセルピナが、ゆっくりと、まるで妖精のように、舞うように降りてくる。
 そしてこのみの足が地面に着いたのとほぼ同時に、彼女の姿も瞬く間に小さくなり、いつものデフォルメされたような二等身の姿へと戻ってしまった。
 と、その時だ。
 カランカラン、と来店を知らせる音が鳴り響く。
「……見たところ、事が終わった後のようだな」
「到着が遅れてしまいましたね……」
 来店してきたのは、二人の男女。カップルとも思えないような二人は、明らかに閉店していることを知らずに来た客ではなかった。
 そもそも、夕陽たちはこの二人のことを知っている。
「黒村先生……! それと、えーっと……」
「……希野よ、九頭龍希野。癪なことに、あなたもよく知る九頭龍希道の妹よ」
「あ、あぁ……」
「……霞家『古龍仁義(ガングランド)』か……」
 突如現れた黒村と希野に驚く夕陽たちだが、そんな彼らのことなど意にも介さずに、黒村は壁にもたれ、がくりとうなだれている男へと近づいていく。
 男は動かない。死んだわけではないだろう。恐らく、先ほどの余波の暴風に吹っ飛ばされた時に頭を打ち、その打ち所が悪かったのかもしれない。
 黒村は男に近づいていく途中、ふと夕陽の方を見遣る。
「九頭龍妹」
「……その呼び方、できればやめてほしいのですが……」
「お前は確か、柔道整復師の資格を持っていたな。奴の肩をはめてやれ」
 希野はちらりと夕陽に視線を向けると、少し嘆息のような息を吐き、まともに動けない夕陽の側に屈む。
 そして夕陽の腕を掴みながら、
「あたしも専門というわけじゃないから、安全性は保証しかねるわよ。後でちゃんと病院に行きなさい」
 そう言って。
 ゴキッ、という鈍い音が、夕陽の肩から鳴った。
「が、あぁ……かは……っ」
 再び猛烈な痛みが襲いかかる。しかし、先ほどまでの肩にあった違和感は消え失せ、肩に残るのは痛みだけだった。
 それでも痛いことには変わりない。夕陽は目尻に涙を浮かべながら、黒村に問う。
「黒村先生……どうして、ここに……?」
「《豊穣神話》の動きを察知してな。まさかこの男が所持しているとは思わなかったが……【ラボ】を欺くとは、思った以上のキレ者だったな」
「……その男って、一体誰なんですか……」
「お前たちも知る人間のはずだ」
 そう言って、黒村は強引に男の首を上げる。
 そして顔から、はぎ取るように眼鏡とガーゼを取り払う。
 最初は夕陽も分からなかった。しかし、男の顔をまじまじと見ているうちに、自分の中で、その男の顔が、とある人物と繋がっていく。
 想像と観察が完全に接続された時、夕陽の口から、その人物の名が漏れるようにこぼれ落ちた。

「橙さん……!」



 翌日のことだった。
 夕陽とこのみは、とある邸宅に呼び出される。
 日本屋敷そのものと言うべき建造物。そこに豪奢な装飾などはなく、質実剛健さ漂う立派な造りの屋敷だ。家、などという一般人的感覚で表現することはできない。
 そして、人はこの屋敷を、屋敷に住まう人々と併せて、こう呼ぶ。
 『霞家』と。
「久々に来たけど、やっぱでかいな……」
「ほんとにねー」
 夕陽とこのみは、その屋敷の門扉の前に立ち、屋敷を見上げる。
 だがこのみは、ちらりと視線を夕陽の腕に移した。
「それよりも、ゆーくん。腕、だいじょうぶ?」
「ん? あー、まあ、しばらく動かさないで、安静にしてろとは言われたけど、大事はないみたいだ。希野さんがすぐにはめてくれたお陰かな」
 夕陽は腕を吊っていた。先日の一件で左肩を脱臼したので、その処置だ。
 まったく動かせないわけではないのではないが、それでも動かそうとすると痛みが走るので、生活は色々と不便ではあった。目下一番の懸念は、試験までに治るかどうかだが、まず無理だろう。脱臼なんてさせた奴に、恨み言でも言いたくなる。
 まあもっとも、そもそもこうなった原因と、これから会いに行くわけだが。
「……行くか。閂は、今は外してるらしいし」
「うん。そだね」
 そして夕陽は、重厚な門扉を押し開ける。
 まず目に飛び込んできたのは、日本庭園の如き庭。夕陽は日本庭園と聞いても枯山水くらいしか知らないが、しかしそれでも、相当手入れされていることは、なんとなくわかった。
 そして次に、竹箒を持って庭の掃除をしているらしい少女が目に入った。えらく似合う若草色の着物を着た、小柄な少女。
 夕陽は何気なく、その少女に声をかけた。
「や、柚ちゃん。こんにちは」
「あ、お客さんですか……こんにちは……って」
 少女——霞柚はパッと顔を上げて一礼して、それからまた顔を上げると、今度は驚いたような表情を見せる。
 そして、カランと竹箒を落としてしまいながら自分の身体を隠すようにつかむと、上ずった声をあげた。
「ゆ、ゆーひさん……っ!? このみさんも……な、なんでうちに……」
「なんでって言われると、呼ばれたから、と言うしかないかな」
「よ、呼ばれた……? だれに、ですか……?」
「俺だ」
 と、直後。
 柚の背後に、男が立っていた。黒と灰色の紋付羽織袴を着込んだ黒髪の男。
 服装もそうだが、しかしなにより目につくのは、彼の右頬を走る大きな傷。
 男は柚の背後に立ったまま、重苦しいほどの厳かな声を発する。
「こいつらは俺の客だ」
「おにいさん……」
「柚、お前も連中の来訪には思うところがあるかもしれないが、今回は悪いが席を外せ。どうしても大事な話があるのでな。そして、お前たち。とりあえずついてこい」
「は、はい……」
 有無を言わさず口調で、そう夕陽は頷くことしかできなかった
 そして、こうして夕陽たちは、霞家の屋敷へと案内された。
 霞家次期頭首、霞橙の客人として。