二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.636 )
日時: 2015/08/06 01:57
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

「大変なことになっちゃったね、ゆーくん」
「まったくだ」
「でも、ちょっと楽しいよね」
「馬鹿言え、楽しいなんて言ってる場合じゃないだろ……と言いたいが、僕も少しあのデュエルを楽しんじゃったか。人のこと言えないな」
「クリーチャーが本物になるんだもんね。あんなの、テレビでしか見たことないよ」
「見たところ、ホログラムとかじゃなさそうだったけどな。僕とお前についたこの傷がなによりの証拠だ」
「あぁ、これねー。おねーちゃんに言い訳するの大変だったよ、これは……うちの制服もボロボロにしちゃったし」
「僕も暁に指摘された時はビビったよ。まあ、あいつ馬鹿だから思いのほか簡単に説き伏せられたけど」
「これからもこーゆーこと続くと大変だねぇ……あ、これって、汐ちゃんには言わない方がいいのかな?」
「当然だ、御舟まで巻き込めるか。またいつ、あいつらみたいなのが来るか分からないけど、このことは他言無用だ」
「二人だけの秘密ってことだね。あははっ、小学校の時みたいで、ちょっと面白いかも」
「そんなこと言ってる場合か。相変わらずの能天気チビが……」



 霞家がどのような家であるかと、一言で言い表すなら、極道だ。
 霞家は、極道の家系である。
 俗な言い方をすれば、ヤクザだ。
 ゆえに近隣住民からは近寄り難い存在になっているのだが、夕陽の場合はそうでもない。いや、実際は夕陽としても、関わりがないなら関わらないままで構わないのだが、そうもいかない。夕陽の妹が霞家の一人娘ーー霞柚と親友という関係である以上、霞家の存在は夕陽とも関わってくる。そしてついでのように、夕陽と非常に近しいところにいるこのみも、霞家とは多少の関わりがあった。
 なぜ一人娘が柚なのに、次期頭首が橙なのかという点は不思議に思うことだろう。夕陽も詳しくは知らないが、しかし大体察しはついている。こういう家系だと、家のしきたりなどがあるのだろう。
 ともあれ、夕陽は霞家とは浅からぬ関係があったりするのだが、しかしこの屋敷に足を踏み入れるのはかなり久しぶりだった。
 懐かしい板張りの廊下を進んみ、客間と思われる広い和室に通される。
「まずは、お前たちに言わなければいけないことがあるな」
 橙は、黒と灰色の紋付き羽織袴をはためかせ、どかっと豪快に、それでいて厳かにあぐらをかいて座り込む。
 夕陽とこのみもそれに続いて座るが、しかしこんな状況で足を崩すことはできなかったので、大人しく正座する。
「言わなければならないこと……?」
 確かに夕陽たちは、彼に聞きたいことが山ほどある。しかし、彼の方から言わなければならないこととは、なんだろうか。
 夕陽がそう思っていると、橙は両手で拳を握り、それを自分の座る位置よりもやや前方の畳に、叩きつけた。
 その動作に身が竦んだ夕陽とこのみだが、直後の彼の動作に、呆気を取られる。
「——すまなかった」
 橙は、座礼していた。
 体を大きく臥して、深く、深く頭を下げている。
 いわゆる、土下座だった。
「……いや……そんな、顔を上げてくださいよ、橙さん……」
 夕陽は、そんな橙に困ってしまった。
 何度も顔を合わせたことがあるわけではないが、夕陽も彼とはそれなりに面識がある。誰に対しても厳格で、触れれば切り捨てられてしまいそうな鋭さを持った人物というのが、夕陽の中の霞橙だ。
 その彼が、自分たちに土下座をしているという真実が、夕陽には信じがたかった。
 そうでなくても目上の人間に頭を提げさせているというのは、どうにも反応に困る。
「別に、土下座なんてしなくても……」
「いや、けじめはきっちりつけなくてはならない。ただの謝罪で済まされることだとは思っていないが、しかしこの程度もできないようでは、謝罪など無意味。それだけ、俺はお前たちに迷惑をかけたと反省しているつもりだ」
「…………」
 夕陽は黙った。呆れたわけではなく、なにも言い返せなかったのだ。
(そうだよなぁ……これが橙さんなんだよなぁ……)
 いつも厳めしい顔で、怒っているようで、話をしても辛辣な言葉が飛んでくるが、彼は決して理不尽ではない。
 確固とした己の意志というものを持ち、そして義理堅いのだ。ゆえに、夕陽たちへの謝罪というのも、誠心誠意行っているのだろう。
 言動が堅いので、いまいちその誠意は伝わりにくいのだが、しかし自分たちに頭を下げたのだ。それだけで夕陽としては十分だった。
「確認ですが……《豊穣神話》の所有者は、橙さんだったんですか……?」
「その通りだ」
 橙は即答する。そして続けた。
「正確には、元所有者だな。今《豊穣神話》は俺の手元にはない。そして、お前たちが思っている人間は、すべて俺だ。『popple』に通っていたのも、お前の肩を外したのも、すべて俺だ」
 夕陽は、改めて橙の姿を見る。
 これでもかというくらいに似合う羽織と袴、漆のように真っ黒な瞳と髪色。非常にそれらしい、日本人然とした佇まい。
 金髪碧眼のあの男とは、似ても似つかない姿だ。
「種は明かすほどのことでもないだろうが、あの姿は単純に鬘とカラーコンタクトで偽装していただけだ。眼鏡も、印象操作のためにかけていた伊達だ。人間、顔面の装飾の有無で印象が変わってくるからな。それに、人間は瞳孔である程度の識別ができるから、そのカモフラージュも兼ねていた」
 ということは、顔のガーゼは、橙の最も印象的な、顔の傷を隠すためのものなのだろう。
 もしもあの傷があれば、夕陽も金髪碧眼であっても橙を想像していたかもしれない。それだけに、橙には完全に偽装されていた。
「……あの……」
「なんだ、春永このみ」
「そろそろ、いいかな? この子たち出して……」
 珍しくおずおずと出て来るこのみは、ポケットからカードを取り出しつつ、言った。
 それは二枚のカード。一枚は《プロセルピナ》。そしてもう一枚は、
「構わん。お前の好きにしろ」
「うん……じゃあ、いいよ。プロセルピナ。それと——ケレス」
 刹那。
 ポンッ、とカードから二体のデフォルメされたクリーチャーが現れた。
 一方は言うまでもなく、幼い少女のような姿をした妖精、プロセルピナ。
 そしてもう一方は、デフォルメされてもなお威厳を感じさせる老体、ケレスだった。
「橙よ……すまぬ」
「構わんさ、ケレス。結局は、俺の意志が薄弱で、俺のやることは間違っていた。それだけだ」
 橙とケレスは少ない言葉を交わす。だが、それだけで二人の間では、なにかが了解されていた。
「えっと……どうしたらいいんだろ。ケレスって、ダイにーさんの持ってた『神話カード』なんだよね? だったら、返した方が——」
「それは断る」
「え……」
「いや、違うな……結果は違いはしないが、俺はそれを受け取れない、と言うべきか」
「な、なんでですか? 橙さんは、ケレスと今まで活動していたんじゃないんですか?」
 『神話カード』が“ゲーム”においてどれだけ重要であるかは、夕陽たちも十二分以上に理解している。
 ゆえに、橙が
「理由は三つだ。一つ、それは既に俺のものではなく、春永このみ。お前が俺を退け、手に入れた戦利品であるからだ。ゆえに俺はそれを手にする資格がない」
「は、はぁ……」
 いかにも橙らしい理由だった。しかしそれは彼の主義であり、本質的な理由ではない。
 真の理由は、他にある。
「二つ、ケレスはお前の手元にあるべきだと、俺は理解した。そして納得もした。ケレスも、それは了承しているはずだ」
「え、そうなの? ちょーろー」
「左様だ」
 頷くケレス。彼女としても、橙の手元を離れることは受け入れているようだ。
 そして、最後に、橙は声を険しくする。
「三つ、俺はケレスを、もっと言えば『神話カード』を持つべきではないと判断したからだ」
「……? 持つべきではない……?」
「あぁ。少し、考えを変えたんだ……いや、改めた、と言うべきか。俺の目的のためには、『神話カード』は不要だったんだ」
 重苦しく語る橙の言葉を受けて、夕陽はハッと思い出す。
 そうだった。夕陽が一番聞きたいことは、それだったのだ。
「橙さん」
「なんだ」
「橙さんの目的って、なんですか?」
 これが、夕陽が最も気になっていたことだ。
 唐突な自分たちへの接触、“ゲーム”への介入、『神話カード』を求める理由。すべてが謎だ。
 それらはすべて彼の目的へと繋がっているはずだが、その肝心の目的が分からない。
 【ミス・ラボラトリ】は研究と探究、【神格社会】は共有と共存、【神聖帝国師団】は支配と征服。
 これらの組織が持つような、【霞家】の、霞橙の目的とは、なんなのか。
 それが今回の事の発端なのだろう。
 やがて、橙はゆっくりと、重く、厳かに、口を開く。
「……俺の目的は、今も昔も変わりはしない。俺がこんなくだらない“ゲーム”の世界に踏み入ってから、常に思い続けてきたことは、たった一つ」
 橙は、確かな意志と信念を持ち、そして告げた。
 己の、使命ともいうべき、目的を。

「——柚を守ること。ただそれだけだ」

「え……柚ちゃん、ですか……?」
「そうだ」
 予想外の名前が上がり、夕陽は困惑する。
 霞柚。霞橙の義妹で、霞家の正当な血統者で、夕陽の妹の親友。少し気の弱い少女。
 彼女を守ることが、橙の目的。
 それはいったい、どういうことか。
 橙は、声の調子を変えずに、続けた。
「お前たちも、“ゲーム”に深く入り込んでいるのならば、思ったことはあるだろう。友、仲間、家族——自分と親しい者たちを、こんな世界に巻き込ませないと思ったことが」
「それは……」
 確かにそうだ。一般人、友人、クラスメイト、恩師、そして家族——無関係な人々を巻き込まないようにする、ということは、夕陽たちも常々考えていたことだ。
 橙の目的は、正にそれだったのだ。
 たった一人の義妹いもうとを守ること。
 それが、霞橙が“ゲーム”に身を投じる、ただ一つの目的。
 だが、矛盾している、と言わざるを得ない。“ゲーム”から彼女を遠ざけるために、“ゲーム”に深くかかわるなど。
「その矛盾は分かっていた。俺はいつだって矛盾と失敗ばかりだ。あいつにデュエマそのものを禁じていたことも、空城夕陽、お前の妹という存在がいたとはいえ、結局は逆効果だったしな。俺はいつだって矛盾し、失敗し、空回ってばかりだ……だからなのか。俺は、日々激化している“ゲーム”で生き延びるための、強さが必要だと思い、そして求めた。それも、ただ生きるだけの強さではない。自分ではない誰かを守るための強さだ。己さえよければそれでいいような、陳腐な強さではない、それ相応の強さ」
 そんな強さを求める中、出会ったのが《豊穣神話 グランズ・ケレス》——『神話カード』だった。
「ケレスと出会ってから、俺たちはなんとかケレスの存在を隠していたんだが……流石に、それも限界を感じた」
 これ以上隠匿する限界。そして、これ以上、『神話カード』に頼らず目的を果たす限界。
 それを感じた瞬間、橙は動きを変えたのだった。
「ケレスの申し出と協力もあった。それにより、俺は新たな『神話カード』を得ることで、さらなる強さを求めようとした……だが結局、俺がやっていることは、敵を増やすこと。いくら俺が強くなろうとも、そこにも限界が存在する。いずれその限界を超えられず、いつか柚をこの世界に巻き込んでしまう……そう、思い直したんだ」
 柚を守るために『神話カード』を得ること。だがそれは、新たな脅威が襲ってくることを意味し、それが連鎖すれば、やがて敵の魔手の範囲はどんどん広がり、やがて柚へと届いてしまう。
「そんな矛盾を俺は孕んでいたが、春永このみ、お前が俺を打破したお陰で、俺はその矛盾から抜け出すことができた。その意味でも、礼を言おう」
「え、いや、あたしはなんにも……そ、それよりさっ!」
 橙の率直な礼に恥ずかしくなったように、このみは強引に話題を変える。
「ケレスは、どうしてダイにーさんから離れちゃうの?」
「それは、お主と一緒にいた方が都合が良いと思ったからだ」
 このみの疑問に、ケレスは答える。
「儂が橙にプロセルピナを狙うように示唆したのは、儂自身がプロセルピナの力を求めていたから……ゆえに、儂としては、プロセルピナが傍にあればそれでよい」
「そ、そうだったんだ……」
「……だが、プロセルピナがお主を信じ、お主がプロセルピナを信じ、橙を討ったその力には、興味がないわけでもない。お主の力があれば、儂の目的を達することができるやもしれん」
「ケレスの目的って、なんなんだ? 話を聞く限り、橙さんとは協力関係だったみたいだけど、その橙さんの協力を断ち切ってまで、お前が成し遂げたいことって?」
「そうだな……言うなれば、この戦争を終わらせること、と言うべきか」
「この戦争って……“ゲーム”のことか?」
「お主らはそう呼んでいるのだったか。儂からすれば、“あの時”の戦争の焼き直しだがな」
 つまり、ケレスは“ゲーム”と呼ばれている、多くの人間とクリーチャーを巻き込んだこの戦いを、終わらせると言っているのだ。
 それならば、ケレスが橙と手を結ぶ理由になる。その点は納得できたが。
 しかし、そんなことを言われても、夕陽にはいまいちピンとこなかった。
「終わらせるって、具体的にはどうするんだよ?」
「さてな、儂も忘れていることが多い。どうすれば終わるのか、と言われても、すぐには答えを出せん」
 だが、とケレスは逆接する。
「検討くらいはついておる……まずは、クリーチャーを手懐ける素質を持つプロセルピナを仲間に引き込んで、少しずつ他の十二神話を召集していくつもりだった」
「だから最初にこのみに近づいたのか」
「本来なら、『popple』に通い姉と親しくなってから、春永このみと接触の機会を持つつもりだったのだが、まさかそちらから来るとは思わなかったがな」
「あはは……いやー、まさかこんなことになるとは思ってなくてさー……」
 ともあれ、ケレスが言うには、十二神話——十二枚存在する『神話カード』を集めることが、“ゲーム”を終わらせる鍵になるようだった。
「儂の憶測が多いが、十二神話は元々、十二柱で一つの調和を創り出す存在——それらが散っている状況を修正することが、終焉の要だろう」
 『神話カード』を蒐集する。その第一歩として、萌芽の力を持つプロセルピナに接近した。
 それが、ケレスの考えのようだ。
「ということらしい。俺よりも、お前たちの方が深く“ゲーム”に関わり、他の『神話カード』と接する機会も多いだろう。ゆえにケレスの目的のためには、お前たちと共にある方が良いと判断できる」
「そういうわけだ。よろしく頼むぞ、このみよ」
「う、うん。こっちこそ、よろしく」
 つい勢いでよろしくと言ってしまったこのみだが、大丈夫だろうか。
 橙の言うことも筋は通っている。ケレスの目的とやらも理解はした。
 それでも、このみと一緒にいるとなると、夕陽としては不安しかない。心配ばかりが募る。
「これで、俺からは以上だ。他に聞きたいことはあるか?」
「あ、いえ……特には……」
 橙の目的、彼の行動原理、その理由も分かった。
「……お前たちにも、守りたい何者かがいるだろう」
「え……?」
 唐突に、橙は口を開いた。
 その言葉は夕陽たちに向けられているのだろうが、どこか独白めいた口調で、彼は忠告するように語る。
「俺が柚を守ろうとしたように、お前たちにもそのような存在がいるはずだ。たとえば空城夕陽、お前の妹だったり、たとえば春永このみ、お前の姉だったり……家族でなくとも、友でも、仲間でも、なんでもいいが、この世界に踏み入ってほしくない人間がいるだろう」
「…………」
 橙に言われ、ふと夕陽は、自分の妹の姿を思い浮かべる。少し前に色々あったものの、橙と同様に、自分のたった一人の妹。
 小生意気で、騒がしく、迷惑ばかりかけ、手間のかかる妹だが、それでもこの世界に巻き込んでもいいと突き放せるようなものではない。
 確かに夕陽にとっては、彼女もこの世界に踏み入らせてはいけない人間の一人であった。
 このみも、同じようなことを考えているのだろう。どこか呆けたような、それでいて思案するように、口を結んでいる。
「お前の妹が絡むと、柚にもその火は飛び火する……俺の立場から、こんなことを言うのも筋違いというものだが、それでもあえて言おう」
 彼は、霞橙は、声を少し低くして、射抜くような眼で夕陽たちを見据える。筋違い、などと言っておきながら遠慮する素振りは一切見られない。
「今後の行動はもっと慎重になった方がいい。【ラボ】辺りはお前たちに相当干渉し、ともすれば保護とも言えるような支援をしているが、それでもいつ、どこから、なにを契機にして、俺たちの世界は、“ゲーム”の魔手は、俺たちの外に飛び出すかわからない」
 どことなく注意めいた物言い。確かにその通りだ、言ってることは間違っていない。だが、そんなことは言われるまでもなく分かっている。
 いや、言われるまでもなく、分かっているつもりだった、と言うべきか。
 橙の言葉を聞くうちに、夕陽は自分の中で、他人というものを軽視していた節を思い返す。彼の言葉を聞いて、ハッとしたのだ。
 誰でもない、無関係な人々を巻き込ませないという意識。それを、再認識させられたような気がした。
「無関係な誰かを守るためにも、お前たちはそのことを考えなければならない。これまでは部外者を巻き込むことは、暗黙の了解として禁じられていたが、元々“ゲーム”にルールはない。人質、籠絡、武力行使……どのような盤外戦術を用いてきてもおかしくはない。特に激化し、変化をみせてきた今の“ゲーム”ではな」
 だから、と。
 橙は眼光をさらに険しく、触れれば切れてしまう鋭い刃物のような声で、告げる。
 彼の本心にして彼の行動原理を、宣誓するように。それでいて、告白するように。
 そして、警告するように——忠告する。
 己のために。
 彼らのために。
 “彼女ら”のために。

「気を付けろ。お前たち自身だけではなく、お前たちの、守るべき者のためにも——」