二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.637 )
日時: 2015/08/07 00:27
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

『気を付けろ。お前たち自身だけではなく、お前たちの、守るべき者のためにも——』

 そんな言葉を最後に受け、夕陽たちは霞家を後にした。
 改めて認識させられる、外部との繋がり。
 裏の世界で認知されているからといって、表の世界と無関係なわけではない。むしろ、元々表の世界の存在で、今でもそちらの要素が強い夕陽たちにとって、表と裏をきっちりと区別し、この二つを断絶することは、他の者と比べてより重要だった。
 無関係な誰かを、自分の大切な人を、守らなくてはいけない。
 それは表と裏を行き来し、最後には表に戻ってくる、夕陽たちの義務だった。
「……大変なことになっちゃったね、ゆーくん」
「……まったくだ」
 どこかで交わしたことがあるような会話。思い出せないが、よく考えればこの言い方は間違っている。
 既に、大変な状況にあるのだ、自分たちは。
 今回は敵対していたのが橙だったため、両者に被害はない。彼も彼で色々と根回しをしているようで、周囲への被害や影響はかなり抑えられていることだろう。
 だがそれは、今回は、だ。
 今までも、【ラボ】が手を回して、夕陽たちの見えないところでサポートしてきた。《守護神話》を用いた広域への神話空間の展開を始めとする、事後処理、事前準備、それらはすべて【ラボ】に任せっきりだったと言ってもいい。
 つまるところ、【ラボ】に甘えていたのだ。夕陽たちは。いや、【ラボ】だけではない。自分たちの見えないところで、なにかをしている者たちに、頼りっきりになっていた。
 今まではそれでなんとかなった。夕陽の妹にも、このみの姉にも、汐の兄にも、“ゲーム”の存在は知られていない。
 だがそれは、今の話。
 橙の言うように、“ゲーム”は激化し、変化している。【師団】の動きも最近は大人しいが、それも【ラボ】や【神格社界】が動いている結果に過ぎない。
 彼ら彼女らとて、万能ではない。
 いつこの均衡が崩れるとも限らないのだ。
 つまり、夕陽たちも、いつまでも彼らに甘えているわけにはいかない。
 己の守りたいものは、己の手で守る。
 当たり前と言えば当たり前のことだが、その当たり前を為さなくてはならない。
「と言っても、具体的にどうするんだろうな、守りたいものを守るって」
 今まで通り他言無用なのは良しとして。
 他人に気づかれないように、不自然のないように、自然に生活をするとして。
 それ以上、なにをすればいいのだろうか。
 自分たちには【ラボ】のような技術力もなければ、【神格社会】のようなフットワークもない。事後処理も事前準備も根回しもなにもできない。知識も技量も持ち合わせてはいない。
 なにも、できることなどない。
 他人を頼らないようにするにしても、自分自身が頼りない。どうにもならない。
 と、その時。
 ふと、後ろで声がする。
「別に、だれかを頼ってもいいと思うよ」
「このみ……」
「だって、あたしたちにできないことって、いっぱいあるんだよ。それが全部できたらすごいけど、できないものはできないもん」
「開き直ってんじゃねえよ……」
 呆れた物言いだ。
 しかし、ある意味、真理ではある。
 このみは呆れた表情の夕陽の次の言葉を待たなかった。
「トリッピーも言ってたよ。『私たちは君らを全力でサポートする。君らにはインポッシブルなことをする。だから、君らは君らのポッシブルなことをするんだよ』って」
 いつの間にラトリとそんな話をしていたのか。言ってることも、案の定、真意が伝わりにくい。どこぞの芸人のような言葉遣い。
 その言葉がどこまで本気なのかわかったものではなかった。しかし、少なくとも、このみは本気だと思っているようだ。
 夕陽はなにか言いたい口を閉ざして、このみの言葉に耳を傾ける。
「あたしは、みんなが手を取り合って、みんなで協力できたらいいな、って思ってる」
「それは……確かにそうだな。先輩も、たぶんそれを望んでる」
「そうだよね。だからさ、あたしたちができないことを、あたしたちの友達がやってくれるのって、おかしくなくない? それが、手を取り合って、協力する、ってことじゃないの?」
「…………」
 反論できなかった。
 子供っぽい、どころかほとんど子供の精神そのままなこのみだが、子供っぽいがゆえに、その言葉に嘘や偽り、欺瞞、そして悪意は存在しない。
 すべてが純真無垢で素直な言葉だ。穢れも暗さもなにもない。
 そんな言葉を、否定できようか。
 綺麗事だ、などと片付けるには、彼女の言葉は眩しく、そしてまっすぐすぎる。
 反論など、できるはずもなかった。
「もちろん、あたしたちもおねーちゃんや澪にーさん、ひーちゃんに、キラちゃんやゆずちゃん、関係ないみんなを巻き込まないようにしないといけないけどさ。だから、ゆーくんが気にしてるとこを、ほかのみんなにやってもらってるぶん、あたしたちはそーゆーところでがんばらなくちゃ」
「……このみの癖に、生意気なことを……」
 しかし正論だ。
 理屈の上でも、理に敵っている。
 どうしたって、夕陽はその意見に同調しかできない。これがこのみの発言でなければ素直に聞き入れていただろうが、このみに逆に説き伏せられるなど、夕陽にとっては屈辱的なこととも言える。
 だが屈辱と同時に、ふと思ったことがある。
(少し、橙さんの言葉で気負いすぎたかな……)
 仲間とはなにか、協力とはなにか。
 それを、考える必要がありそうだ。
(なんとなく、それがひまり先輩の望みに、繋がりそうな気がするしね……)
 思えば、ひまりと最も仲が良かったのはこのみだった。馬が合う、というべきか。
 あれは、どちらも考え方が、その方向性が同じだったから、同調できたのかもしれない。
 このみの考え方、彼女の言葉が、がひまりの望みを知るきっかけになる。
 それを思ってしまった瞬間、夕陽から毒気が完全に抜けた。むしろ、今までやたら根回しがどうこうと背負い込んだり、このみに反発心を抱いていた自分がおかしくなる。
「……ま、でもそうだよな、確かに。僕らは僕らにできることをするしかないか」
「そうだよ。ゆーくんは昔っから自分でなんでもしちゃおうとするんだから」
「お前はなんでも自分でやらなさすぎだと思うけどな」
「そんなことないよ。あたしは昔からいろいろやってるよ?」
「自分のやりたいことだけな。とりあえず、帰ったら試験勉強しろよ。特別に僕が見てやる」
「えー!? やだよそんな——」
「問答無用だ。ほら、行くぞ」
「やーだー!」
 片腕で、このみの腕を引く夕陽。
 それでまた、ふと思い出す。
(昔は、僕がこいつに腕を引かれてたんだけっか……)
 小学生の時、彼女と出会ってから、夕陽は様々なところへ行き、様々な体験をした。
 それを先導していたのは、いつでも彼女だった。
 いつからだろう。自分が彼女の腕を振り払うようになったのは。
 いつからだろう。自分が彼女の行動を抑えるようになったのは。
 いつしか、自分は彼女の先に立つようになっていた。少しはしゃぎすぎる彼女を、押さえつけていた。
 彼女の腕を引かれるうちに、そう思うようになったのだったか。
 彼女に引かれてばかりではいけないと思い、前に立つようになったのだったか。
 なら、そろそろいい時かもしれない。
 夕陽は立ち止まり、このみの腕を引く強さを緩める。
「……? ゆーくん?」
 急に腕を引くのをやめ、このみが不思議そうに夕陽の顔を覗き込む。
 垢抜けない、純粋で純真な、子供そのもののあどけない顔。透き通るようなくりくりした眼。細く艶やかな明るい髪。
 昔となにも変わらない。見てくれも、その心も。
 夕陽は歩を進める。小さな一歩を、ゆっくりと。
「あ……待ってよ、ゆーくんっ」
 このみもその後を速足で追う。すぐに追いついた。
 ふと、思う。
 こうして歩くのは、初めてだったかもしれない。
 少なくとも、意識するのは初めてだ。
 遠い昔、自分の前に彼女がいた。
 少し昔、自分は彼女の前にいた。
 そして今は、自分の隣に、彼女がいる。
 これが本来のあるべき姿なのだろうか。
 自分と彼女の関係では、これが一番自然な形なのだろうか。
 よく分からない。だから、少なくとも今だけは、そういうことにしておこう。
 どちらが先導するでもない。抑圧もなく、前も後もない。
 少年と少女は、空城夕陽と春永このみは、歩み続ける。
 二人、肩を並べたまま——



「ゆーくん」
「なんだよ」
「あたしたちの人生ってさ、どうなんだろうね」
「そんなこと、僕に聞くなよ。僕は自分の物語を整理するだけで手一杯だ、お前の人生なんて知らねえよ」
「うん、ゆーくんならそう言うよね、やっぱ」
「当然だ」
「ねえ」
「なんだよ」
「大好きだよ、ゆーくん」
「うるせぇ。僕はお前なんか大嫌いだ」
「あははっ、知ってた。ゆーくんの考えてることはすぐわかる、幼馴染みだから」
「腐れ縁だ」
「そうかもね。それでも、あたしは好きなんだよ、ゆーくんのことが」
「あっそ」
「本当、好きで好きでしかたないよ。汐ちゃんも、姫ちゃんも、リュウ兄さんも……みんな大好き」
「……知ってるよ、お前のことくらい」
「でも、一番好きなのはゆーくんだよ」
「…………」
「だって……親友だもん」
「……そうだな」
「ねぇ、ゆーくん」
「なんだ、このみ」
「これからも、ずっと——ずーっと一緒だよ」
「——あぁ。親友、だからな」
「うんっ!」