二次創作小説(紙ほか)

デュエル・マスターズ Mythology オリキャラ募集 ( No.70 )
日時: 2013/07/26 09:30
名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: PNtUB9fS)

 夕陽はまた、あの老朽化したアパートを訪れていた。まさかここ一週間ほどで三回もクラスメイトの家を訪れることになるとは思わなかったが、今はそんなことを気にしている場合でもない。
 傾いた階段を慎重に上り、光ヶ丘と書かれたプレートが下げられている部屋の前に立つ。インターホンを押そうとしたが、そのような文明の利器が存在しないことに気付いた。代わりにアナログ式の呼び鈴があったので、それを鳴らす。
 その音はくぐもっていたが、しかし来訪を伝えるのには十分だ。応答の声と共に部屋の中からパタパタと足音が聞こえ、躊躇なく扉が開かれる。流石に少し無防備だと思ったが、今回に限っては都合が良かった。
「どちら様で……っ、空城くん……!」
 扉を半分ほど開けたところで、姫乃は目を丸く見開いた。そんなに夕陽の来訪に驚いたのだろうか。
 姫乃に最初に何て言えばいいのか色々と考えていたが、やはりここは、ストレートに、単刀直入に言うことにした。
「……話がある。立ち話でも構わないけど、家に誰もいないなら入れてほしい」
 自分で言って、酷い押し入りだと思った。だがやはり、今の状況を考えればなりふり構っていられないだろう。
 というか、それ以前に、先日にあんなことがあった後では、姫乃がそう素直に入れるとは思えない。そしてその予想は的中する。
「……帰って。わたしの家のことなら、空城くんには関係ないよ……」
「そうだ、確かに関係ないな。関係なくても、話さなきゃいけないことがあるんだ」
 姫乃のドアノブを握る手に力がこもる。そして、次の瞬間。
「……っ」
「おっと」
 ガッ! と、二つの物体が衝突する音が響く。具体的に言えば、姫乃が扉を閉めようとしたところに、夕陽が足を差し込んで止めたのだ。
 会話を放棄するという選択肢を潰され、俯く姫乃。彼女は俯いたまま、ぽつぽつと震える声で言葉を紡ぐ。
「なんなの、なんで……なんで、空城くんは、そんなにわたしに関わろうとするの……? 放っておいてって、言ってるのに……」
 声だけでなく、姫乃は体も震えているように見える。
 やはりというか、予想していたが、そして姫乃は知らなくて当然なのだが、両者の間には齟齬があることを改めて認識する夕陽。まずはその食い違いを取り除かなければならない。
「……光ヶ丘、君、なにか勘違いしてない?」
「え?」
「僕は確かにこうして光ヶ丘の家に押しかけてるし、正直な話、君の家の事情っていうのも知りたいと思っている。ただ、君がそこまでそれを拒否するなら、踏み入るつもりはない」
「だ、だったら——」
 バッと顔を上げて詰め寄る姫乃を手で制し、夕陽は続けた。
「実は僕ら——僕とこのみと、僕の後輩は今、大事なものを失っているんだ。それを取り返すための鍵を君が握っている、と僕は読んでいる。僕の考えでは、僕らの大切なものを奪った奴と、君の家庭の事情は繋がっている。つまり、間接的に僕らと君の家の事情は関係を持っているんだ。でも君は秘密を打ち明ける必要はない。ただ、教えて欲しいことがいくつかあるだけだ……勿論、僕らが今どういう状況なのかは、全部説明するから」
 一気に捲し立てるように話し、気付けば逆に夕陽が姫乃に詰め寄っていた。その勢いに押され、姫乃も困惑している。
「僕らの状況っていうのは、凄く非現実的で、荒唐無稽で、信じ難いものだけど、真実だ。それは全部打ち明ける。そして、僕らには君の力が必要なんだ。だから——」
 最後の一言。人が良く、優しすぎるほど優しい、慈愛に満ちた姫乃には、止めとなるであろう言葉。自分で言うのは少しこっぱずかしいが、ここまで来たからには、もう押し通すしかない。
 一拍置き、夕陽はその言葉を、告げる。

「——光ヶ丘、僕らに力を貸してくれ」



 姫乃には、夕陽とこのみ、そして汐の置かれている状況をすべて説明した。
 ゲームのこと、『神話カード』のこと、【慈愛光神教】のこと、そして——金守深のことを、すべて。
 しばらく黙って話を聞いていた姫乃は、話が終わると、彼女らしからぬ溜息を吐き、
「……あの人、他の人からもカードを取ってたんだ」
「あの人? 教祖のこと?」
「うん……わたしのデッキも、あの人に取られちゃったから」
「な……っ!?」
 驚く夕陽をよそに、今度は自分の番だと言うように、姫乃も自分の家庭のことを、包み隠さず話してくれた。
 その内容は、夕陽の予想通りだった。そこまで不思議な話でも、珍しい話でもない。姫乃の両親が宗教——【慈愛光神教】の熱烈な信者で、その宗教にのめり込み、その結果よく分からないものを買わされ、経済的に困窮していると。
 悪徳宗教、カルト宗教、その手のものにはよくある話だ。なにも光ヶ丘家だけではないだろう。だが、光ヶ丘家ではそんな普通とは少し違う点もあった。
「【光神教】はね、結構昔からあった宗教なんだ。わたしの両親は、わたしがまだ小学生くらいの頃からその宗教を信仰してて、それもあって今でも信者としての地位は高いみたい。でも、昔は今ほど盲信的じゃなかった。【慈愛光神教】は、昔からこの部屋にあるようなものを売ってはいたけど、今ほど積極的じゃなかった。わたしの家は昔からあんまり裕福じゃなかったから、両親もそれが分かってて、そういうのは買わなかったから」
 なんとなく見えてきた、光ヶ丘家と【慈愛光神教】の関係。そして夕陽は思った。
「ってことは、どこかを境に、宗教団体に変化があった、ってこと?」
「たぶん……なにがきっかけで、とかは分からないけど、あの人も変わっちゃったみたいだし……」
 あの人、金守深。【慈愛光神教】の教祖。
 夕陽にとっては打破すべき敵だが、姫乃の口振りはどこか友好的な感情が伺えた。それも含め、夕陽は疑問をぶつける。
「あの、さ。光ヶ丘と教祖は、面識あるの……?」
「うん。わたしは親によく【光神教】の本部に連れてってもらってて、その時に知り合ったの。最初に出会ったのは小学四年生の時であの人にデュエマを教えてもらったんだ」
 また、意外な事実。あの教祖が、年端もいかぬ少女にデュエマを教えている様子を想像したら、酷く妙な気分になる。
「中学二年生の一学期くらいまでは、ちょくちょく本部に顔を出してたんだけど、夏休みに入る直前に、おとうさんの会社が倒産しちゃって、それ以降はドタバタしてて顔を出してないんだ」
「なら【光神教】が変わったのは、その辺りからか」
「そうかな、たぶん。それで、仕事がなくなっちゃって、おとうさんもおかあさんも心が疲れてたんだと思う、そこから」
「一気にのめり込んで、取り込まれた、と」
 ありがちなパターンだ、と思ったが口には出さない。
「でも、少し変なんだ。二人とも、家のことを二の次にしてまで宗教にのめり込むなんて……二人とも、そんな性格じゃないはずなのに」
「どうだろ……人間、追い詰められるとなにをするか分からないからね」
 ここまでの話を簡単にまとめると、光ヶ丘家は元々貧乏で、しかし無理をしない程度に【慈愛光神教】を進行していたが、会社の倒産を受けショックを受けているところに、苛烈さを増す【慈愛光神】に取り込まれてしまった、ということになる。
「——そう言えば、光ヶ丘、教祖が他の人からもカードを取ってたって、言ってたよね……?」
 ふと尋ねてみたが、言っている途中で答えにくそうな質問だと思い、声がしぼむ。
 しかし姫乃は気にせず、とはいえ少しだけ声のトーンが落ちて、
「わたしも、あの人にカードを取られちゃったんだ。正確には、おとうさんとおかさあんに、なんだけど。わたしのデッキが神話に糧になるから、とか理由はよくわからないけど、あの人の命令でわたしもデッキを取られちゃったんだ」
 他のカードは残ってるけど、と続ける姫乃。しかし夕陽の耳には届いていない。
「神話の、糧……」
 ようやく繋がってきた。十中八九それは『神話カード』のことだろう。教祖はこのみや汐のデッキも奪っていた。その理由が、『神話カード』を十全に扱うためのカードを集めることが目的なら、辻褄が合う。
 さらに宗教団体そのものが変わる原因は、普通に考えれば教祖にある。つまり教祖が変われば団体も変わる。例えば、教祖が『神話カード』を手に入れたとしたら、それが彼を変えてもおかしくはない。
「やっぱり神話カード……教祖も、なにかの神話カードを持ってると考えるのが妥当か」
 今日だけでかなり多くの情報を手に入れられた。それが相手に対してどれほど有益なのかは分からないが、それでも無駄にはならないだろう。
「あ、そうだ。最後に一つ、聞きたいことがあったんだ」
「え? なに? もうほとんど話したと思うんだけど……」
 という姫乃だが、夕陽からすればまだ疑問点は多くある。だがそれよりも先に、これを聞いておかなくては始まらない。
「あのさ、【慈愛光神教】の本部って、どこにあるの?」