二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.80 )
日時: 2013/08/05 08:35
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: PNtUB9fS)

 階段の陰に、人影が一つ浮かんでいた。人影は何かを待つかのようにジッと動かず、息を潜めている。
「…………」
 人影が初めて動きを見せる。懐から取り出したのは、二枚のカード。
「目的は実験と観察。上手く行くといいが……」
 静かな呟きが静寂に広がる。暗い空間に、どこか陰気なその声はすぐさま溶け込んでいった。



 テストの返却から二日後、その日の授業がすべて終了し、夕陽は今正に帰ろうとしているところだった。そこまではいつもと変わらない風景だが、今の夕陽は一人。帰宅途中で一人になるのならともかく、このみという存在がいるため学校で夕陽が一人というのは非常に珍しいことだ。
「このみは補習で、光ヶ丘は家の用事、か」
 とはいえ理由は単純なもの。成績不振のこのみがまた補習に駆り出され、まだ家庭に僅かな問題を抱えている姫乃は急いで帰宅した。
「一人で帰るのは久し振りだなぁ……もしかしたら高校入って初めてじゃないか?」
 などと独り言を呟きながら廊下を進んでいく。途中で出会ったクラスメイトや教師に別れの挨拶をしながら、昇降口を目指していく。
 その時だった。
「っ……!?」
 夕陽はその場の空気が変わる感覚を覚える。何度も体験したあの感覚に近い。近いが、どこか違う感覚。
「なんだ、また誰か襲ってくるのか。でも、こんなところで……?」
 ここは学校、当然生徒や教師がいるため、人目に付きやすい。そんなところで“ゲーム”の戦いを始めるなんてどうかしている。
 あるいは、人目を気にしないから、か。
「……? あれ?」
 しばらく警戒の視線を辺りに巡らせていた夕陽だが、しばらくして疑問符を浮かべる。
「誰も来ない、っていうかシールドも展開されない……どういうこと?」
 いつもと同じ状況であるはずなのに、いつもと違う事態が起こった。そのことに困惑していると、廊下から足音が響く。
 そちらの方に目を向ければ、そこにいたのは二人の人影。
「なんだ、あの二人……?」
 どちらもそれなりに目を引く容姿をしている。片方は男子生徒で、相当な巨漢だ。まるで力士のような体格の大男。
 もう片方は女子生徒。巨漢ほどではないが、腕輪や首輪などのアクセサリーをジャラジャラと身に付けている。それも女子校生らしからぬ民族的な装飾だ。
 どちらも一年生、つまり夕陽と同学年のようだが、夕陽の記憶にはその二人は存在していない。
(僕も他のクラスの生徒まで知ってるわけじゃないけど、あんな目立つ連中を今まで知らなかったっていうのは変だな……このみも話題にしそうな感じだし)
 などと思いながら二人を見つめていると、夕陽の存在に気付いたのか、男子生徒の方が右手をこちらに向けてきた。まさかガンつけてると思われて張り手でも喰らうのかと身構えそうになるが、距離は数メートルほどある。彼の腕では届かない。
 だったらなんだと首を傾げた、刹那。
「っ!」
 夕陽は無意識のうちに後ろに大きく跳んでいた。バックステップというには些か不格好で、自分から吹っ飛ばされる真似をするようなものだったが、結果としてその行為は夕陽を救ったのだった。

 次の瞬間、男の右手から放たれた炎球が夕陽の立っていた地面を吹き飛ばした。

「……!?」
 着地に失敗して尻餅をつく夕陽。何が起こったのか理解できず、口をぱくぱくと動かしている。
「な、な、なんだよ! どういうことだ、これ!」
 状況は理解できないが、危険な空気だけは理解した。夕陽は慌てて立ち上がると、二人組のいる方向とは逆の方向に向かって走り出す。その時には、熱風と共に背後の窓が融解した。
「一体、なにが、どうなって……!?」
 階段を一気に駆け上がる。
 掌から炎を放つなんて、少年の心を揺さぶるような力だが、その手が自分の方を向いているとなれば話は別だ。恐怖しか感じない。
「……っ、先回りされてる……!?」
 階段を上って廊下に出ると、その先には二人組の姿があった。パイロキネシスの次は瞬間移動か、とツッコミたくなったがそれどころではない。
 男が左手を突き出すと、そこから激しい水流が溢れ出す。洪水でも起こすかのような大量の水だ。
「っ……!」
 無理やり進路を変更し、飛沫を浴びながらまた階段を上っていく夕陽。最上階まで辿り着き、これ以上は上れないためまた廊下に出るが、
「また先回りかよ、くそっ!」
 予想通り、二人組の姿があった。
 炎球にしろ水流にしろ、男の攻撃は直線的だ。雀宮高校の校舎は妙に複雑で、特に最上階はやたらと渡り廊下が多い。
 二人のいる方向とは逆方向へと走って右折し、炎球を回避。そこからまた走って渡り廊下を抜け、反対側の校舎へと入る。
「でも、また先回りされるんじゃ……やっぱりか!」
 渡り廊下を抜け切ると、目の前には二人組。男が左手を突き出して水流を放つ。
「危ない、っての! くっ!」
 間一髪、大きく横っ飛びして水流を回避する。
 だが状況は悪くなった。夕陽の退路は背後の一直線の廊下のみ。そこをまっすぐ進んでも、炎球で狙い撃ちにされるか水流で押し流されるだけ。
 なので夕陽は、男の炎球が発射されると同時に、一番近くの教室へと飛び込んだ。
「とにかく、一階まで降りよう。街に出れば……いや、人が多いし……ん? 人?」
 そこで夕陽は、今まで一人たりとも生徒や教員と出会っていないことに気付く。まだ放課後になって間もない、教室や廊下に生徒が残っていても不思議ではないし、部活もある。
 何かが不自然だ。そう思ったが、教室内の机が炎球でまとめて吹き飛ばされたのを見て、そんな思考も一緒に吹き飛んだ。
「……とにかく、下に降りなきゃ」
 夕陽は不用心に開け放たれている窓枠に足をかけ、飛び降りる。そしてすぐ下の、排水のための大きな溝に着地。それを繰り返し、校舎の外まで出た。
「……つぅ、やっぱこの高さを連続で飛ぶと、足に来る……しかし、意外と行けるもんだな」
 溝を飛び降りれば最短距離で最上階から一階まで行けると、このみとの雑談ではなしていたのだが、そんな屁理屈染みたことも意外と有効だった。
「あの二人はまだいないみたいだし、とにかくこのまま逃げ切れれば——」
 と、走りながら校舎の角を曲がったところで、夕陽と同じ、しかし夕陽よりも小さな運動をするものと衝突する。
 端的に言えば、人とぶつかった。
「っあ……ごめん! 大丈夫ですか?」
 夕陽は後ろによろめいただけだったが、相手はぶつかった衝撃で倒れたようだ。謝罪しながら腕を伸ばそうとして、しかしそれより今は逃げるべきではないのかと改めて思い直し、腕を引っ込めたところで、夕陽はそのぶつかった相手を認識する。
「あ……霊崎……」
「……空城?」
 ぶつかった相手は、先日このみたちとの会話の中に出て来たクラスメイト、霊崎クロその人だった。
 クロは伸ばしかけた夕陽の腕を一瞥し、立ち上がって制服についた砂利を払う。
「……大丈夫」
「へ?」
「さっき聞かれたから」
「あ、ああ、そういうこと。なら良かった、ほんとごめん」
 どうにも取っつきにくいというか、会話し難さのあるクロ。失礼だが、クロがクラスで孤立してしまうのも分かる気がした。
 などと呑気なことを思っていられるのも束の間、夕陽は背後に冷たいものを感じる。
「っ……! やば、来た……!」
 恐る恐る振り向くと、そこには巨漢の姿がある。
「……誰、この二人」
「いや、僕にも分からないけど、とにかくかなりやばい連中、逃げないと……!」
 とクロの手を掴んで男に背を向け走り出そうとするが、角の向こうには民族的な装飾をした女が表れた。
「まずい、挟まれた……!」
 背後の男は静かに右手を持ち上げ、正面の女は静かに立ち塞がっている。逃げ道はない。
(やばいやばいやばい! どうする僕、霊崎まで巻き込んでなにやってんだ! とにかく考えろ、炎出したり水出したり、やばいのはあの男であって、女の方はそうでもない。無理やり押し退ければ逃げ切れるか?)
 一瞬のうちに逡巡し、夕陽は目の前の女を力任せに突き飛ばそうと腕を伸ばすが、
「!? 痛っ……!」
 ガッとその手を掴まれ、止められる。しかもその力がかなり強い。身なりからは到底想像できないような握力だ。
「……!」
 状況は最悪まで悪化する。夕陽は動きを止められ、振り払うこともできない。背後には炎を放とうとする男。もうあと数秒で、夕陽らは消し炭にされることだろう。
 絶体絶命、そして死。その二つの言葉が夕陽の脳内を駆け巡る。それだけで全てのカロリーを消費するくらい、ぐるぐると回っている。その時だ。
 その回転運動が未知のエネルギーを生み出したのか、それとも単に頭がおかしくなっただけか、夕陽は男の背後に一つのヴィジョンを見た。
 球形に近い巨体の龍の姿を、見た。
(あれは、クリーチャー……? え? こいつらまさか、クリーチャーなのか?)
 一瞬以下の僅かな時間の中で、夕陽は思考を巡らせる。
 クリーチャーが人の形を成している、と理屈も何も分かったものではないが、そう仮定する。となれば炎球や水流、瞬間移動も説明がつかなくもない。クリーチャーならそれくらいやってのけるだろう。
 だとすれば、もしかしたら、なんとかなるかもしれないと結論付ける。
(今の僕にできることなんてたかが知れてる。だから、思うしかない。あの空間に引きずり込めば、クリーチャーが実体化するあの空間なら、こいつらを倒せるかもしれない……!)
 一心不乱に、無我夢中で、夕陽は祈るように思う。今まで何度も体験してきた、摩訶不思議なあの空間を。
 そして、夕陽が思考を始めてから一瞬が終わった時——空気が、変わった。