二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.94 )
日時: 2013/08/08 07:24
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: PNtUB9fS)

 その場で膝から崩れ落ちる夕陽。ダイレクトアタックによるダメージもあるが、それ以上に彼の胸中には強い思いが溢れていた。それを押し留めることが出来なかった。
「く、そ……!」
 悔やみ、悲しみ、怒り……そういった様々な感情がないまぜになった夕陽の思いは、目の前の黒村にも、そして自分にも矛先を向けていた。
 スッと、夕陽は《アポロン》のカードを抜き取る。
(負けた、しかも“ゲーム”のデュエルで負けたん。てことは——)

 《アポロン》を失う。

 その一点が、夕陽の中を埋め尽くしていた。
 まだ出会って半年も経っていないが、それでもこのカードに対する思い入れは大きい。今までのことだけではなく、これからの未来に対する希望のようなものも、《アポロン》があってこそだ。
 もっと《アポロン》と共に戦い、使いこなせるようになるという密かな夕陽の目標はここで頓挫。黒村に奪われてしまうのだった——
「——あれ?」
 と、思ったのだが。
 夕陽の手元から、いつまで経っても《アポロン》が出て行かない。
 “ゲーム”におけるデュエマで、『神話カード』を持つ者が負けた時、その『神話カード』は元の持ち主から離れ、勝者の元へと向かう。それは夕陽自身も体験しているし、姫乃の時も見ている。このみも汐もそうだと言っていた。
 だが、夕陽の手元から《アポロン》は出て行かない。
「な、なんで……?」
「やはりな」
 安心感を感じるよりも困惑する夕陽に対し、黒村は予想していた問題が出題された時のような反応を見せる。
「『昇天太陽サンセット』、空城夕陽。お前、そのカードはどうやって手に入れた?」
「え……?」
 唐突な黒村の問いに、また困惑する夕陽。そしてその困惑を抱えたまま、答える。
「どうやってっていうか、家の郵便受けに入ってた」
「ということは、お前は誰かからそのカードを渡されたわけではないんだな?」
「そう、だけど。それがなに?」
 ここで夕陽が《アポロン》を手に入れた経緯を知ることに何の意味があるのだろうか。そんなことを思う夕陽だったが、しかし彼が思う以上にそのことには重大な意味があった。
「お前たちはまだ“ゲーム”に巻き込まれて日が浅いから知らないだろうが、“ゲーム”という争奪戦の対象、即ち『神話カード』はただすべてを集めればいいというわけではない」
「……? 『神話カード』は集めるものじゃないのか? 僕らが戦った教祖は、『神話カード』をすべて集めることが目的だったよ」
「勿論、十二枚蒐集することが基本方針だ。だが集めるにもそこに様々な規定が生じる。「集める」というのは「奪う」という言葉に言い換えられる、そして奪うということは『神話カード』の「所有者」が存在する。この「所有者」の定義によって、俺はお前に勝利しても『神話カード』を奪えない」
 所有者の定義、と話が難解になってきたが、夕陽らは“ゲーム”のルールについて知っておかなければならない。それは、自分たちを多少なりとも有利にするものだから。
「現時点ではすべての『神話カード』に所有者が存在する。たとえば、春永このみは《プロセルピナ》の所有者で、光ヶ丘姫乃は《ヴィーナス》の所有者だ。【神聖帝国師団】の師団長も二枚の『神話カード』を所持しているという。そして春永や光ヶ丘のように『神話カード』は、誰かから「奪う」ことでその所有権を得ることが出来る。お前も《マルス》を手に入れた時はそうだろう、だからお前は現時点で《マルス》の所有者ということになる」
「……じゃあ、《アポロン》はどうなるんだ?」
 夕陽はずっと自分のことを《アポロン》の所有者だと思っていた、だからこそ『昇天太陽サンセット』などという異名がついたのだと思っていた。だが黒村の口振りからするに、それは違っていたようだ。
 夕陽は、《アポロン》の所有者ではないのか。
「そうだな……まあ、これは《アポロン》というカードを観察していた俺達だからこそ分かったことではある。まだ“ゲーム”参加者の中では、お前が《アポロン》の所有者だと思っている者が大半だろう。話を戻すが、最初にはっきりさせておくと、『神話カード』の所有権を得る方法は二つある。一つはさっき述べたように、他の所有者からデュエルで『神話カード』を奪うこと。そしてもう一つは、他の所有者から譲渡されることだ」
「譲渡?」
 譲渡、つまりは譲り渡すこと。
 人によっては喉から手が出るほど欲しがっている『神話カード』を、自分たちでもない限りわざわざ他人に渡すものがいるのだろうか、と夕陽は疑問に思ったが、
「いるさ。確かにお前は俺達の世界では特異な存在だが、それは《アポロン》あってこそだ。そして“ゲーム”に首を突っ込むも、その殺伐とした世界が嫌になり、カードを捨て逃げ出す者もいる。とはいえ、俺は実際に誰かがカードを譲渡した例を見たことがないからな。記述として残っていることを言うが、その記述によると、譲渡された者は「カードが淡く発光し、温もりのような感覚が全身を通って自らの手に収まる」らしい」
 黒村は努めて淡々と述べたが、その台詞は非常にくさい。とても研究員の台詞とは思えないが、そのような記述なら仕方ない。本人の感覚的なものというのも原因だろう。
 ここで問題なのは、夕陽が“『神話カード』を譲渡された時の感覚を感じていないこと”である。当然だ、郵便受けに入っていたカードを自分のものにしているのだから、そんな感覚があろうはずもない。
 それは、つまり、
「空城夕陽、お前は《アポロン》の本当の所有者じゃない。そして、その本当の所有者というのは、別に存在する」
「…………」
 黒村の話を聞いていて分かったことだが、こうもはっきり言われると流石に堪える。今までずっと《アポロン》は自分のものだと、どこかそんな風に思っていた自分が恥ずかしい。
 しかし、となるとここで疑問が一つ浮かんでくる。夕陽が《アポロン》の本当の所有者でないのなら——

 ——本当の所有者は誰なのだろうか。

「……俺は知っているがな。そもそも、俺は《アポロン》の前の持ち主、そして真の所有者を観察するためにここにいる」
 黒村は、疑念が渦を巻いて非常に暗く難しい顔をしている夕陽に、あっさりと淡泊にそう言ってのけた。
「っ、誰、ですか……?」
 まだ黒村に対しての口調が定まらない夕陽。敬語を使えばいいのか、それとも敵に接する態度がいいのか。敵意を向き出した敬語になってしまったが、それでも通じるだろう。
 だが、
「それをお前に教える義理はない。さっきは“ゲーム”のルールを一部説明してやったが、それは単に、そうした方がお前たちをより観察しやすくなると思ったからだ。本当の所有者の存在を教えて俺達にメリットがあるならいくらでも教えてやるが、ボランティアで情報提供するつもりはない」
 一蹴された。しかし黒村の言うことももっともで、夕陽と黒村は今しがた敵として戦ったばかりである。反論することはできない。
 だがやはり、今の《アポロン》の所持者として、気にならないわけはなかった。今、夕陽が持つ『神話カード』の本当の所持者がどのような人物であるのか。
(それに……)
 その人物は、間接的に夕陽たちを“ゲーム”に引き込んだ人物なのだ。今更そんなことを責めるつもりはないが、どんな人物くらいかは知っていおきたい、それが人の性というものだ。
 そんなことを思いながら立ち上がると、どこからか電子音が聞こえてくる。設定も何もしていない、携帯電話の着信音のようだが。
「……僕じゃない」
 夕陽はポケットから携帯を取り出して確認するが、着信はない。次に、後ろにずっといるクロに視線を向けるが、
「私じゃない」
 こちらも違ったようだ。となると、残るは一人。
「……もしもし」
 黒村だった。
「やっぱりあなたですか。一応、この時間は学校にいる可能性もあるから極力かけないようにと言ったはずですが……首尾ですか。まあまあです。結局、『昇天太陽サンセット』と戦う羽目になってしまいました。まあ、この程度ではなんの狂いもないですが……ん? なんですか?」
 黒村は夕陽たちのことなど忘れたかのように、通話に集中している。その口調は教師である時の陰気なものとも、さっきまでの高慢な者とも違う、粗野だがどこか親しみがあって、とても人間味のある声だ。
「【師団】? そう言えば動き出すと言ってましたね。まさかもうですか、早いですね……は? それは、本当ですか? そういう情報はもっと早く伝えてくだいさいよ。……はいはい、分かりました、今すぐ向かいます」
 通話を終えた黒村はすぐに携帯を仕舞い込む。その表情は、どこか慌てているかのようだった。
「少し手伝え、『昇天太陽サンセット』。俺に教えられることなら情報提供くらいしてやろう」
「手伝えって……なにがあったのさ。情報提供って言うなら、まずはそこから教えろ」
 突然、傲慢とも言える態度で要求を突き付ける黒村。夕陽の言葉に、彼はできるだけ淡々と、しかし少しだけ焦りを生じさせ、答えた。

「【神聖帝国師団】がこの学校に乗り込んできた」