二次創作小説(紙ほか)
- 序章 新天地・ホーラ地方 ( No.1 )
- 日時: 2013/11/30 12:36
- 名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
——間もなく、ホーラ地方、テンイシティに到着します。シートベルトを着用ください——
そんな機内放送で目を覚まし、少年はもぞもぞと自分の座席をまさぐる。目的のものを見つけると、その両端の金具を留め、外を見遣った。そして、ふっと呟く。
「……もうすぐか」
寝起きということもあってか、彼の眼には動きたくないという怠惰が見えるが、それ以上に、それを塗りつぶすくらい大きな、期待に満ちていた。
少年は無意識に自分の腰に巻かれたベルトに触れる。そこにはまだ、何もなかった——
この世界において、ポケモンが何かを説明する必要がある者はいない。いるとすれば別の世界から来た者くらいだろう。誰もが感覚としてポケモンを理解し、ポケモンと共にあり、ポケモンと共に生きている。それがこの世界だ。
つまり、この世界はポケモンに溢れている。空に、海に、大地に生息し、そして人間とポケモンは共存している。助け合い、共闘し、親交を深めあっている。いわばポケモンも、この世界の住人といえるだろう。
必要ないと言いつつも説明をしてしまったが、ならば逆に考えて、この世界における人間とは何なのだろうか。ポケモンが人間と共に生きるのなら、人間もポケモンと共に生きている。そして、その関係性を体現している人間を現す言葉がある。それが、トレーナー。
この世界にはポケモンに溢れている。同時に、トレーナーにも溢れている。ポケモンの数だけの出会いがあり物語があるなら、トレーナーの数の出会いと物語もある。
そして、あらゆるポケモンとあらゆるトレーナーが織りなす出会いの物語、その扉が今、開かれる——
「……来ない」
旅行鞄のようなリュックを背負った一人の少年が、空港兼港の一角で棒立ちになっている。彼の表情は、元から目つきが悪いのだろうが、それを差し引いても険しい顔をしている。
端的に言って、彼は怒っているようだった。
「飛行機から降りる時間は伝えたはず。なのに、一時間待っても来ないとはどういう了見だ。固定電話を借りようにも連絡先は知らされてないし、地方が違うから通信機器で本人の端末に掛けることもできない。歩いて向かうには目的地は遠すぎる。そもそもこの地方に来たばっかりで、地図もなく歩けるはずがない」
ぶつぶつとどんどん表情を険しくしていく少年。どうやら待ち人来たらず、そのせいで身動き取れず、という状態のようだ。
他の観光客などはその少年の形相を恐れ、近寄ろうとしない。完全に少年の周囲に隔絶された空間が形成されている。
しかしそんな空間に、空気を読まずに入り込んでくる者がいた。
「…………」
「……あの、なんすか?」
その人物は、少年の目の前に立つと、手にした写真と少年を交互に見て、一人で頷いている。
「うん、間違いなさそう、探し人見つけたり、だね」
うんうんと一人で納得しているその人物は女だ。恐らく少年よりも年齢は上だろうが、しかしその顔立ちは幼くも見え、同時に大人びて見えるので、いまいち判別がつかない。
「えっと……誰っすか? たぶん、初対面だと思うんすけど……」
「そうだね、初対面だね。私はシャロット、テイフタウンに研究所を構えてる、いわゆるポケモン博士だよ」
ポケモン博士。その肩書きを聞いただけで、少年は少しだけ姿勢を正した。
この世界においてポケモンは重要な存在だ。そのため、ポケモンを研究する研究者、特に博士と呼ばれる人物の権威は相当なものだ。
「はぁ。えー、じゃあ、その博士が、一体何の用で……」
「ん? あー、えーっとね、君を迎えに来たんだよ。君のお母さんに頼まれてね」
「は?」
シャロットが言うには、少年が待っていた人物——少年の母親が急に来れなくなったため、その代理としてシャロットが少年のもとに来たらしい。
「詳しい話は後でするからね。とりあえず車に乗って行くよ」
シャロットはポケットから車のキーを取り出し、人差し指でくるくると回しながら、告げるように言った。
「君の新しい家がある場所——テイフタウンにね」
「そういえば、まだ君の名前を聞いてなかったね」
シャロットの運転する軽乗用車に揺られていた少年に、シャロットはやや唐突な話を振る。
「名前っすか」
「そうそう名前、何ていうの?」
シャロットは運転しているので表情こそ窺えないが、その声は心なしか期待するように弾んでおり、少々言い難い空気だが、
「俺は……レスト、です」
「レスト君ね、うん、分かったよ。レスト君は今いくつ?」
「……16です」
少年——レストがそう答えると、シャロットは意外そうに、へぇ? と声を上げた。
「見たところポケモン持ってなさそうだし、トレーナーじゃないみたいだけど、もしかして先にポケモンをこっちに送ってるとかなの?」
「いえ、俺はポケモン持ってないっすよ」
この世界では10歳になればトレーナーになることができる。ゆえに、10歳になれば自分のポケモンを持ち、トレーナーとなる者が非常に多い。そこからどうするかは人それぞれだが、16にもなって未だにポケモンを持っていないというのは珍しいだろう。
「そっかぁ……じゃあ、どうしてこっちの地方に来たの? 両親の仕事の都合とか?」
「ん、いや、ある意味じゃそうなんすけど、なんつーか……」
今まではっきりとは言わなかったが、レストは他の地方からこのホーラ地方へと引っ越してきた。そして新しい家は、北東にあるテイフタウンというところに建てられている。母親は仕事の関係などのために一足先に来ていて、後からレストが向かうことになっていた。だから飛行機を降りたら母親が迎えに来る手はずだったのだが……それについて考え始めると怒りが沸々と湧き上がってくるので、ひとまず置いておく。
少し言い難そうにしながら、レストは口を開いた。
「うちの両親、離婚したんすよ。そんで母親の出身地だったホーラ地方に来たんです」
「あ……そっか、ごめんね、変なこと聞いちゃったよ」
「いや、大丈夫です。父親の方は、仕事仕事でほとんど家にはいなかったですし、だから顔もあんま覚えてないんすよ。ただ、その父親のせいで、俺はしばらくポケモンが持てなかったんですけどね」
務めて淡々と語るレスト。シャロットはその心境を読み取ることはできないが、下手に詮索することはしなかった。むしろ、話を違う方向に逸らす。
「ってことは、君は16年間ポケモンを持ったことがないの? 寂しいね」
「そうなりますね。寂しいと思ったことはないですけど、トレーナーに憧れがないっていうと嘘になりますね」
「やっぱり、周りの子と比べちゃったりとかするの?」
「いや、俺の住んでた町は相当な田舎だったんで、同年代の子供は俺ともう一人いるだけで、そいつもポケモンは持ってませんでした。だから劣等感みたいなのはなかったなぁ……」
「ふんふん、成程ね」
どこか含みのある笑みを浮かべながら頷くシャロット。彼女はチラッとレストを見遣り、
「ポケモンを持ったことがない、そしてトレーナーへの憧れがある、そしてそして16歳、かぁ……ピッタリだね」
「どうしたんすか?」
笑みを浮かべながらぶつぶつと呟くシャロットに少々の不安を抱くレスト。シャロットは車のスピードを落とし、今度は眼だけでなく首を回し面と向かって、口を開く。
「ねぇレスト君、トレーナーになってみないかな?」
毎回恒例のあとがき、勿論今作でもありますよ。今作の主人公はちょっと粗雑な少年レストです。RSEのように別地方から引っ越してきた設定ですね。そして年齢も16と高めです。しかもポケモンを持っていない、これはもう主人公になるしかありませんね。レストのようなタイプの主人公は今まで書いたことがないのですが、意外と楽しいですね。今まで白黒が書く作品の主人公はすべて一人称が「僕」だったので、わりと新鮮です。ちなみに今作の舞台、ホーラ地方ですが、名前の由来は麻雀用語です。いわゆるアガリを意味しています。そして地方のモデルは麻雀繋がりで中国です(実際は逆ですが)。まあ、だからといって中国らしいものが出るかというと、そうではないですけどね。それではちょっとフィーバーしたあとがきもここまで。次回をお楽しみに。