二次創作小説(紙ほか)

9話 お茶会・甘い蜜 ( No.60 )
日時: 2013/11/30 14:01
名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

 レストがバッジを受け取ると、観戦していたリコリスがパタパタと走り寄ってくる。
「レスト君、やったね!」
「おう」
 リコリスがハイタッチを求めてきたので、レストも軽く手を上げ、リコリスの小さな掌を叩く。
「まさかアカシアさんに勝っちゃうなんて。アカシアさんのスピアーはすごい強いからね、飛行タイプのポケモンがいないと勝ち目薄いし、正直あたしはレスト君が勝つとは思わなかったよ」
「ひでえ言い様だな。だけど、きっちり勝ってやったぜ」
 先ほど受け取ったばかりのハニカムバッジを、リコリスに見せつけるように掲げるレスト。リコリスも屈託なく笑っていた。
「お取込み中のところ失礼ですが、お二方。この後、お時間はありますか?」
 レストとリコリスの間に、アカシアがそっと入ってくる。
「時間? 別に何もないっすけど……」
「でしたら、この中庭でお茶でもいかがでしょうか? リコリスさんは、元よりそちらがご目当てのようですし」
「あっちゃー……ばれてました?」
「あなたがここに来る理由は、それしかありませんからね」
 悪戯がばれた子供みたいに笑うリコリスと、それを温かく見守るように微笑むアカシア。やはりこの二人は、以前から何かしらの交流があったようだ。
「つーかおい、リコリス。お前、茶を飲むためにここに来たのかよ。そんな理由で俺は急かされて慌ててジム戦に挑むことになったのかよ。あぁ?」
「ちょっ、レスト君、田舎の不良みたいにすごまないでよ。ただでさえ君は強面なんだから……」
「悪かったな人相悪くて」
「いいじゃん別に。この街のお茶はすごくおいしくて有名なんだよ? 飲まなきゃ絶対損だよ。だからさ、ね?」
 上目遣いで小首を傾げるリコリス。その動作に一瞬ドキッとするが、すぐに、これは狙ってやっているのでは? と思い直す。そしてどうしたものかと少し考えた結果、
「……まあ、いいか。茶くらい」
 レストも興味がないわけではなかったので、最終的には承認したのだった。



「どうぞ」
 待つこと十数分。アカシアは運んできたティーセットで紅茶らしきものを淹れると、レストとリコリスにそれぞれ出す。
「見た感じ、普通の紅茶に見えるが……」
「このままだとね。アカシアさん」
「はい、ただいま」
 完全に給仕と化したアカシアは、白い壺のような物を取り出し、リコリスの傍へと寄せ、蓋を開ける。中に入っていたのは、光を反射して黄金色に光る、水あめ状の液体だった。
「何だこれ? 蜜……?」
「ええ。これはカンウシティの養蜂場で作られた甘い蜜です」
 要するに蜂蜜だ。リコリスはそれを匙ですくうと、自分のカップの中に注ぎ込んだ。
「え? 入れるのか?」
「そだよ。これが甘くておいしいんだよねー……カンウシティに来たなら、甘い蜜のハニーティーを飲まなきゃ」
 リコリスは幸せそうにその甘ったるそうな紅茶を飲んでいた。レストは若干引き気味にその様子を見ながら、鼻孔をひくつかせる。
「……この蜜、さっきのミツハニーの甘い香りと似た匂いがするんすけど」
「この蜜はミツハニーを利用して作られる蜜ですからね。ただ、私のミツハニーは養蜂のための個体ではないので、食用にはあまり適しませんが」
 アカシアの説明を聞きながら、渋い顔で壺の中身を見つめるレスト。彼は恐る恐る匙で蜜をすくい、自分のカップに注ぎ入れ、軽く口をつける。
「う……」
 口の中いっぱいに広がる甘ったるい味と香り。思わずレストは顔をしかめた。
「ダメだ、飲めん」
「え? どうして? こんなにおいしいのに」
「俺は甘いのダメなんだよ」
 普通に市販されているような砂糖なら問題ないが、それ以上甘くなるとアウトだ。気分が悪くなってくる。
「おや、口に合いませんでしたか。これは申し訳ありませんでした。では……こちらはどうでしょう? そちらのものよりも甘さを控えた蜜です」
 そう言ってアカシアが出したのは、また別の壺だった。さっきの甘い蜜よりも控えめな香りが漂っている。
 レストは無言で壺を開け、蜜をすくってカップに入れる。そして軽く口をつけ、
「……美味い」
 ほどよい甘さが口の中に広がる。甘いが気分が悪くなることはなく、むしろいつまでも飲みたくなるような、癖になる甘さだ。
「そちらはまた別種のミツハニーを用いた甘い蜜です。糖分を抑えているので、男性の方が特に好まれますね。ちなみに、これらの甘い蜜は野生のポケモンを引き寄せる作用もあり、そういった成分を凝縮した、ポケモンを誘い出すための甘い蜜もありますよ。これは主にポケモントレーナーの方が購入しますね」
「そうすか……つーかアカシアさん、教会の牧師っていうわりには何か詳しいですね。ジムリーダーってそんなもんなんすか?」
 紅茶を啜りながら、レストはなんとなく思ったことを尋ねてみる。
「そうですね。私はジムリーダーであり、牧師であり、この街の産業や商業、観光事業などにも携わっていますので」
「うわ……何足草鞋はいてんすか。凄いっすね」
「私もこの街のジムリーダーを任されている身ですから、この街のためになることなら力を尽くしますよ。町興しも、ジムリーダーの仕事の一つですからね」
 さらりと言うアカシアだが、実際そこまでするジムリーダーは何人いるのだろうかと思うレストだった。
「あ、アカシアさん。あたしにもそっちの甘い蜜ください」
「お前、また飲むのかよ。さっきも自分で何杯か注いでなかったか?」
「だっておいしいんだもん。レスト君もせっかくホーラ地方に来たんだし、もっと楽しんだら?」
 リコリスはカップに紅茶を注ぎながら、レストが入れた甘い蜜の壺を寄せる。
「おや? レストさんは、この地方の方ではありませんでしたか」
「はい。別地方の地方から、昨日着いたばかりです」
「そうでしたか。では後学のために、差し障りがなければ、どのような場所から来たのか、尋ねてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。俺が住んでたのは、かなり田舎町なんすけど——」
 そんなこんなで、レスト、リコリス、アカシアの三人は、一つのテーブルを囲んでのお茶会を始めたのだった。



 ここは某地方の某町。自然が美しい山々に囲まれた小さな町。小さな鳥ポケモンのさえずりが静かに響き渡る、のどかな町。

「はあぁぁぁぁぁぁ!?」

 そんな町の一角で、町全体に聞こえるのではないかと思うくらいの大声が響き渡った。
「い、今、何ていった!?」
「だから、引っ越したって。聞いてなかったの?」
「聞いてないわよ!」
 町の一角にある小さな家の中には、一人の少女と、その少女の母親と思しき女性がいた。女性は落ち着いているが、少女は酷く興奮している。
「引っ越したって、どこ、どこに!?」
「何ていったかしら。ホーラ地方? テイフタウン? 忘れたけど、そんな感じの場所よ」
 女性がさらりと言うと、少女はますますヒートアップしていき、地団太を踏む。
「あいつぅ、私に何も言わないで出て行くなんて……信じられない!」
「まぁ確かに不自然ねぇ。でも、あの子にも色々あるんじゃない?」
 適当に返す女性。そんな態度を取られても、既に怒りが上限まで達している少女はこれ以上激怒することはなく、また怒りの矛先も別方向を向いている。
「何なのよもう! 引っ越すなら引っ越すで私に一言くらいあってもいいじゃない! ……決めた」
 床が抜けてしまいそうなほど踏みつけると、少女はバッを顔を上げる。
「ママ、ホーラ地方ってどこ?」
「さぁ? 確かあっちの引き出しに、パパが買ってきた全国の地図があった気が——」
 少女は女性の言葉を最後まで聞かずに、引き出しのケース一つを丸ごと抱えて自室へと駆け込む。
「待ってなさいよ、私を放って勝手にどっか行った罪は重いんだから……!」
 少女は地図を広げ、同時に鞄やら服やらも引っ張り出し、ここから一番近い空港も調べ始める。
 その様子はまるで、これから旅に出るようであった。



ジム戦後、なんとなく書いてみた日常回です。そういえば前回言い忘れていましたが、今作のジムバッジは扁平ではなく、XY準拠でやや立体的です。まあ六角柱とか説明されているんで、分かる人は分かったかなと思いますが。ちなみにアカシアの名前の由来は、マメ科ハリエンジュ属の落葉高木で、上質な蜂蜜が採取できる蜜源植物としてよく利用されているニセアカシアです。蜜源植物、つまりは養蜂で蜂が運んでくる蜜を分泌する植物ですね。このようにアカシアは、名前から手持ちからバッジからなにから、蜂に関する設定が満載です。それと今回は後半で謎の少女の登場です。この少女は何者なのか、これから何をするのか……それは今後のお楽しみですね。では次回、今度こそひと騒動起こす予定です。一応、この回もただの日常回だけで終わらせるつもりはありません。では次回もお楽しみに。