二次創作小説(紙ほか)

16話 ソンサクシティ・『雪見館』 ( No.86 )
日時: 2013/12/05 15:22
名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

 ソンサクシティはホーラ地方の北部に位置する街で、平均気温も他の街より比較的低い。そのため植物が少なく、どことなく哀愁を感じさせる風景が広がっていた。
「やっと着いたな、ソンサクシティ。とりあえずはポケモンセンターで今日の宿を……」
「ちょっと待った」
 レストがポケモンセンターを探そうと一歩前に出た瞬間、リコリスはレストを制止する。
「なんだよ」
「せっかくこの街に来たんだし、泊まるならポケセンじゃなくて旅館にしない?」
「は? 旅館?」
「そう、旅館」
 リコリスが言うには、このソンサクシティにはホーラ地方でも人気のある宿泊施設が連ねているようだ。遠くの山には薄らと雪が積もっていたりと景色は悪くない。他にも細々とした観光名所があり、寒い時期になるとホーラ地方唯一の降雪地域になることから、それなりに有名らしい。
「つっても、金かかるんだろ。だったら飯もタダ寝るもタダのポケモンセンターの方が……」
「これを見てもそう言えるのかな?」
 と言ってリコリスが取り出したのは、一枚のチケットだ。
「何だそれ?」
「ふっふっふ、なんとこれは、ソンサクシティで最も有名かつ人気の旅館『雪見館』の二泊三日無料宿泊券(二名様)だよっ!」
 ビシッ、とチケットを突き出すリコリスだが、レストの反応は至って淡泊。
「へぇ、それがあればタダなんだな」
「……まあそうだけど、反応冷たいなー。もっと喜んでよ」
 しかしレストとしても、そんなに有名な旅館なら興味がないこともない。ポケモンセンターならこれから先、嫌になっても泊まることになるだろうし、リコリスの言う通り、せっかくなので今回はそこに泊まることにした。
 リコリスを先頭に、レストはその『雪見館』なる旅館へと向かう。
「しかし、随分都合よくそんなもん持ってたな。有名どこなら、二部屋分も泊まれる券なんて相当高価じゃないのか?」
「それはねー、いつかこの街にライ——観光しに来た時ね、そこの女将さんとか仲居さんとかと仲良くなってね。その時に貰ったの。ていうか」
 リコリスはくるりと振り返り、レストの間違いを指摘する。
「二部屋じゃないよ。いくらなんでもそんな高いもの貰えないよ。何言ってんの」
「……は?」
 一瞬、リコリスの言っている意味が分からないレスト。もしかしたらこいつは勘違いしているのではないかと思い、食い下がる。
「いや、でもよ、だったら何部屋無料になるんだよ」
「二人部屋を一部屋に決まってるじゃん。そのくらい分かってよ」
 レストの頭がフリーズする。解凍までしばらく時間を要し、
「……っておい! ってことはあれか!? 二泊三日俺たちは同室ってことなのか!?」
「いきなり大声出さないでよ……そうだよ、当たり前じゃん」
「どこが当たり前だよ大問題だろ! お前自分の性別分かってんのか!?」
 焦ったように、狼狽し驚愕し声を張り上げるレスト。しかしリコリスは、何言ってんの、と言わんばかりの目で返す。
「分かってるよ、何か問題?」
「問題大ありだ! まずいだろ、年頃の男と女が同室って……」
「……レスト君って、こんな時だけ常識人になるよね」
「俺はいつでも常識人だ」
 ともかく。
 やっと落ち着いてきたレストだが、内心はかなり焦っている。
「お前はいいのかよ、俺と同室で」
「別にいいよ? お風呂は別だし、着替えも衝立あるし、布団は二人分あるし」
「そういう問題じゃねえだろ……」
「それにレスト君はそーいうことしなさそうっていうか出来なさそうだし?」
 少しレストを小馬鹿にしたような笑みを見せるリコリス。その発言と表情にカチンと来たのか、レストは売り言葉に買い言葉で返す。
「んだと、俺だって男だ。やる時はやって——」
「もしもの時は110番だし」
「……悪かった」
 国家権力相手では太刀打ちできない。
 その後もしばらく論争があったが、結果レストはリコリスに言いくるめられ、同室を快諾することとなった。



 『雪見館』は見るからに年季が入った古式ゆかしい旅館で、道中に見た他の旅館と比べても規模が違った。
 外は古めかしい感じだが、中は思いのほか綺麗だ。しかしやはり、時代を感じる木造建築で、ほんのりと香る木材の匂いがレストにはどこか懐かしく感じられた。
「……いいところだな」
「でしょでしょ? 料理も美味しいし、仲居さんは美人ばっかりだし、すごくいいよ。温泉がないのが残念だけど、代わりに露天風呂があるしね」
 と言ってリコリスは受付で宿泊の手続きをする。16歳のレストをよそに13歳のリコリスがこのような場で書類に手続きをしている光景はどこかちぐはぐで、レストには妙な居心地の悪さがあった。
 しばらくして受付を終えたリコリスが戻ってくる。
「すぐに仲居さんが案内してくれるって」
 と言うや否や、奥の通路から一人の女性が歩いて来た。本当にすぐだった。
「おまたせいたしました」
 どこかおっとりした艶っぽい声の主は、確認するまでもなく仲居と思われる人物だ。
 この旅館の衣装である白を基調とした着物に、色素の薄いセミロングの栗毛。背は少しだけ高めで、服の上からでも見て取れるほどスタイルのよいグラマラスな女性だ。
 しかし大人っぽいかと言うと、そんな風でもない。おっとりしていると言えば聞こえはよいが、どこか抜けているようにも見えるし、声も若干舌足らずな感がある。
「このたび、お客様のおせわをさせていただきます、シナモンです。よろしくおねがいいたします」
 と言って、シナモンは首を垂れる。小さな動きもあってか、その仕草は小動物を思わせた。
 それからシナモンは、今気づいたかのようにリコリスに目を向ける。
「……リコリスちゃん?」
「おひさー、シナ姉」
 シナモンは小首を傾げる。リコリスは軽く手を振っている。
 どうやらこの二人は知り合いだったようだ。もしかしたら仲良くなった仲居というのも、シナモンかもしれない。
「どうしたの? もしかして、またおし——」
「違う違う、そういうこと言わなくていいから。ちょっといろいろあって……とにかく、今日のあたしは普通に宿泊客として来てるから、余計なことは気にしない」
「そ、そうなんだ、ごめんなさい。えっと、じゃあ、お部屋におつれいたします」
 何かレストの知らないやり取りがあった後、シナモンに先導され、二人部屋の客室に入る。
「なにかございましたら、なんなりとお申しつけください。それでは、ごゆるりと」
 そして、襖を閉めて去って行った。
 部屋を見回すと、知識のないレストでもここが上等なところであることが分かった。単純な広さや綺麗さ、景色だけでなく、壺やら掛け軸やらの調度品も、この部屋の高級感を醸し出している。
「なんか、こんなとこで寝ると思うと気が引けるな……」
「そう? そんなことよりレスト君、明日はジム戦でしょ? 作戦会議と、フォッコも出して」
「は? 何でだよ」
「いいから」
 リコリスは自分の鞄を漁りながら言う。理由は分からないが、とりあえずレストも言われた通り、フォッコをボールから出した。
「おいでフォッコ……この街のジムリーダーは氷タイプのエキスパートだよ」
「氷タイプ? ってことは、またフォッコが有利になれるな」
「そうだよ。だからフォッコのコンディションも万全にしとかないと。というわけで」
 リコリスの手には、鞄から取り出したらしいブラシが握られている。
「せめてブラッシングくらいしとかないとね。ポケモンの毛並だって、少なからずポケモンの体調に関わるんだから」
「そうなのか? あんま関係あるようには思えないが……」
「あるよ、大ありだよ。身体が汚れたままだとストレスも溜まるし、それにフォッコは女の子なんだから、毛並くらい気にするよ。ね、フォッコ」
 リコリスがそう呼びかけると、フォッコは同意を示すように鳴いた。そしてリコリスは、慣れた手つきでフォッコにブラシをかけていく。
「……その頬の毛にはブラシかけないのか?」
「そこは触っちゃダメなところなの。フォッコはほっぺの白い毛を触られると嫌がるもん」
「よく知ってんなぁ……」
「まあね。というか、こういうのは、本来はレスト君がしなきゃいけないことなんだよ?」
「う……」
 レストはバツが悪そうに視線を逸らす。リコリスはやや膨れながらレストを見つめたが、やがて諦めたように息を吐く。
「……話し戻すけど、相性がよくてもそう上手くは行かないと思うよ。アカシアさんとのバトルで、それは分かったと思うけど」
「そうだな……フォッコ以外にも、いろいろとメンバーを考える必要がありそうだな」
 アカシア戦でもフォッコは相性的に有利な虫タイプ相手に押されていたので、タイプ相性を過信するのはよくないだろう。
 それからレストたちは、遠くの山脈が見える露天風呂に浸かったり、見るからに高級そうな食事に舌鼓を打ったりして、明日に備えるべく眠りについたのだった。



そんなわけで、やっとソンサクシティに着きました。新キャラのシナモンも登場です。文字数がギリギリなのでもう次回予告に移りますが、次回はジム戦……ではなく、たぶんジム戦直前くらいになると思いますが、お楽しみに。