二次創作小説(紙ほか)

31話「凶英雄」 ( No.118 )
日時: 2014/06/16 21:03
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)

 暁が《撃英雄 ガイゲンスイ》、浬が《理英雄 デカルトQ》を手に入れた。これで所在が判明している英雄は、半数を仲間にしたことになる。
 そして三体目の英雄と出会うべく、次なる地にやって来たのだが、
「カイ……」
「……今更いくら嘆いても仕方ないだろ、ゆみ姉。こうなった以上、俺たちは、俺たちのできることをするしかない」
「それは、分かってるけど……」
 向かい合う沙弓と浬。ただし、ただ向かい合っているわけではない。
 異様な状態で、相対していた。
「始めるぞ、ゆみ姉。英雄の科した“罰”とやらを」
「…………」
 少しだけ足場が揺れたような気がした。いや、実際に揺れてもおかしくない。
 自分たちのすぐ下には、奈落の闇が広がっている。そして沙弓と浬は、
「ゆみ姉」
「……分かったわよ。始めましょう」

 暗闇という監獄と、《凶英雄》の罪がもたらした檻の中で、今まさに戦おうとしているのだった——



「ドライゼー、まだなの?」
「もうすぐだ。恐らく、この辺りのはずなんだが……」
 月魔館の最奥部、ドライゼが眠っていた小部屋を訪れる一同。やはり英雄が眠っているのは、この場所のようだった。
 そしてドライゼは、その英雄の場所を、壁を触りながら探っている。
「しっかしさぁ、壁の中からクリーチャーやらカードやらが出て来るって、どうなってるんだろうね、ここの壁」
「さあな。そもそもこの世界の常識は、俺たちの定規じゃ測れないだろ」
「定規? 長さの話なんてしないよ。浬って実は馬鹿なの?」
「……お前に言われたくない」
 少し青筋を立てながらも、平静を保つ浬。流石に今の発言は癪に障ったが、なんとか堪える。
「暁、その場合の定規っていうのは、私たちの感覚じゃこの世界の常識は理解できない、って意味よ」
「あ、そうなんだ。じゃあそう言ってくれればいいのに」
「……そうだな。お前の頭のレベルに合わせるべきだったな」
「そうだよ、まったくもう」
「あきらちゃん、かいりくんの言いたいこと全然分かってないです……」
 浬の嫌味も暁には通用しない。なかなかに腹の立つ存在だった。
「お、見つけたぞハニー。たぶんこれだ」
「ハニーじゃないけどよくやったわ。どう? 目覚めさせることはできそう?」
「ああ、大丈夫だ。じゃあ今すぐに——」
 と、ドライゼが壁の一ヶ所に手をかざした、次の瞬間。

 突如、真っ黒な闇が広がり、ドライゼを飲み込んだ。

「っ!? ドライゼ——」
「部長!」
 ドライゼが飲み込まれ、思わず手を伸ばした沙弓も、同様に闇の中へと引きずり込まれる。
「部長が黒いのに飲まれちゃった……部長!」
「あきらちゃんっ、危ないですよ。下手に近づいたら、あきらちゃんも……」
「それに、もう手遅れみたいだ」
 そう浬が言う。最初は疑問符を浮かべていた暁と柚も、すぐにその意味を理解した。
「固まっている……この中に、部長たちはいるのか」
 広がった闇は、小部屋の半分以上の体積を占めるドーム状となり、その場に鎮座した。触ってみると、なんとも言えない感触が手に伝わるが、その手が通過することはない。
「一体なんなの、これ……?」
「オレにも分からない」
「見たところ、闇文明特有の空間のようですが……」
 推測できるのも、その程度だ。闇文明独自の現象だとすれば、それは闇文明ではないコルルやエリアスには分からない。肝心のドライゼも、沙弓と共に飲まれている。
「ルールー、ルー」
「なんて言ってるの?」
「えっと……ぶちょーさんはドライゼさんと一緒なら大丈夫、だそうです」
「まあ、これが闇文明のなにかだとすれば、ドライゼはこれがなんなのか知ってそうだからな。なにも知らないより安全かもしれないな」
 そう言って、浬は再びそのドーム状の物体に手を触れる。すると、
「っ!」
「浬!?」
 刹那、浬もそのドームの中に飲み込まれてしまった。
「ご主人様! 私もついて行き——」
 ます、と言い切る前に、ガンッ! という鈍い音が鳴った。
「あうぅ……痛いです……」
「大丈夫、エリアス?」
「はい……」
 暁はエリアスを取り上げると、今度は自身がドームに手を伸ばす。しかしその手は、黒い物体に遮られてしまった。
「私も入れない……どうなってるの?」
「もしかしたら、中に誰かいて、その誰かが、かいりくんを招き入れた、とか……」
「真実は分かりませんが、私たちはこの中に入れなさそうですね……」
 このドームがどういうものなのかは分からないが、この中に入ることが容易でないということは、なんとなく理解できた。
 だが、だからと言って手をこまねいてばかりの暁ではない。
「……とりあえず、やるだけやってみようか」
 そう言って彼女が取り出したのは——デッキケースだった。



「……ハニー、無事か?」
「無事よ。それより、ここは……?」
 沙弓とドライゼが飲み込まれた先。そこにあるのは、“闇”だった。
 右も左も上も下もない。まるで星のない宇宙空間のように、四方八方に闇が続いている。天地がつかめず、今こうして自分が足を着けているところが地面なのかどうかすら怪しい。
「一体なんなのかしら、もう一人の自分みたいなのが出て来そうなこの場所は——」

 ——ここは罪の監獄だ——

 と、沙弓の疑問に答えるように、声が聞こえた。
「っ? なに……? どこにいるのかしら?」
 ——ここにいる——
「どこだ、姿を見せろ。さもなくば撃つ」
 ——姿はない。これは、ただの意志に過ぎない——
 闇の中から、声だけが聞こえてくる。いや、脳に直接語りかけてくるような感覚すら覚える。この狂った方向感覚のせいだろうか。
「意志? よく分からないけど、あなたは何者?」
 ——この監獄の獄卒だ——
「獄卒だぁ? さっきも監獄と言っていたが、一体なにを閉じ込めているんだ?」
 ——悪魔龍だ——
「悪魔龍……」
 それはつまり、デーモン・コマンド・ドラゴンのことだろう。
 ——悪魔龍は、罪を重ねた存在。その存在そのものが罪であり、奴らの生は罪に縛られている。ゆえにその罰として、奴らはこの監獄に幽閉されている——
「待て、俺はアルテミス嬢——《月影神話》の封印したクリーチャーを解放したはずだ。なのに、なんでお前のような得体の知れない野郎がでしゃばるんだ?」
 ——それも《月影神話》の意志。お前たちが思う以上に、悪魔龍の罪は重い——
 しかし、とその声は続けた。
 ——お前たちは、その罪深き悪魔龍の力を欲するのだろう。凶の罪を重ねし英雄の力を——
「……こっちの目的は分かってるのね。だったら話は早いわ。その英雄さんもこの監獄とやらにいるのかしら? だったら早く出所させてもらいたいのだけれど」
 ——構わない——
 即答だった。
 しかし、それだけでは終わらない。
 ——だが、お前にその罪を受け止められるだけの力がなければ、《凶英雄》を釈放することはできない——
「罪を受け止める——」
 ——お前たちの力、見せてもらうぞ——
 と、その時。
 闇の中から、一人の少年が飛び出してきた。
「カイ!? どうしてここに?」
「部長……いや、ゆみ姉。俺にも分からない。ゆみ姉たちが飲み込まれた後、黒いドームみたいなのができて、それに触ったら引きずり込まれた」
「エリアスはどうした? 一緒じゃないのか?」
「……そういえば」
 どうやら、浬一人だけが、この空間に来たようだ。
 ——奴はお前への罰だ——
 声は言った。
 その声に、浬は疑問符を浮かべる。
「なんだ、この声?」
「私にも分からないけど、この監獄の獄卒だか、《月影神話》の意志だからしいわ」
 ——卯月沙弓、お前の罪に、罰を科す——
 次の瞬間。
 沙弓と浬の上から、なにかが降って来た。
『っ!』
 ジャラジャラジャラと、金属が継続的にぶつかり合う音が響き終ると、沙弓と浬の周りには、巨大な鳥籠のような檻が囲んでいた。足元も、しっかりとなにかを踏みしめる感覚があり、閉塞感を覚える。
「なに、これ……?」
 ——お前の罪、それは罪の檻。そしてお前への罰、それがその少年の存在。罰の籠——
「罪の檻と……」
「罰の籠……」
 正直、どちらも同じ鳥籠にしか見えないが、なにか違うのだろう。
 ——卯月沙弓。《凶英雄》の力を欲するのなら、裁きの時間だ——
「裁き……?」
 ——お前の罪に罰を科し、裁く。ただしお前に科せられる罰は、少年へと向く。お前たちの砕く盾の痛みは、少年への牙となるのだ——
 比喩かなにかなのだろう。そのように声は表現するが、婉曲すぎて理解できない。
「どういうことよ」
「……俺の推測だが、恐らく、これからデュエマをしろということだと思う」
 ドライゼが、重苦しい口調で語る。
「だが、その時にシールドブレイクによって発生するダメージは、ブレイクされたシールドのプレイヤーではなく、すべて浬に向けられるということだろう」
「えっ? なによそれ」
「闇の儀式や懲罰には、そういったものもある。奴の科す罰というのも、それに相当するんだろうな」
 すべてのダメージが浬に与えられる。それだけでも納得しがたいものだったが、声はさらに
 ——そして敗者は、永遠にこの監獄へと幽閉する——
「っ、幽閉……!?」
「無茶苦茶だな……」
 気づけば、目の前にはシールドが展開されつつあった。やはり、デュエマで戦えということらしい。
 しかしドライゼの言う通りならば、シールドブレイクの際に発生するダメージはすべて、浬のものとなる。
 しかも、負ければこの監獄とやらに投獄されるというのだ。それはほとんど、死と同義であった。
「負けたら投獄なんて、冗談じゃないわ」
「デメリットが大きすぎる。こんな対戦は受けられない」
 はっきり言って、付き合ってられない。だが声は言う。
 ——お前は力を、《凶英雄》を欲した。罪を欲すること、それもまた罪。その罪は、後退を許さぬ罰となる。もう、引き返すことはできない——
「引き返せないって……私たちに死ねって言うのっ?」
 少し、沙弓の口調が強くなる。
 ——お前たちの生に興味はない。しかし《凶英雄》の力には規律が存在する、その規律の中で生きられぬ者は、死ぬ他ない——
 その死を投獄に置き換えているだけだ、と声は言うのだった。しかし、死であろうと投獄であろうと、それは沙弓たちにとって意味の変わることではない。
「ふざけないでちょうだい。こんなことをしないと手に入らない力なんて、私はいらない」
 ——今一度いう、これは罰だ。この監獄に足を踏み入れたその瞬間から、お前たちの一挙手一投足、発言、存在に至るまで、そべての事象に責務を負う。そして罪と判断した事象には罰が科せられる。取り消しは認められない——
「っ……!」
 もし声の主の姿が見えていれば殴っていた。包丁か、なにか刃物があれば余裕で刺していたところだ。
「でも、こんな……!」
「ゆみ姉、もう諦めろ」
 まだ噛みつく沙弓を制したのは、意外にも浬だった。
「あの声が、俺たちの言葉で主張を曲げるとは思えない。ここはあいつの世界なんだろ。だったら、あいつに従うしかない」
「カイ……でも……」
「忘れるなよ、ゆみ姉。これは俺への罰じゃない、ゆみ姉への罰なんだ。だからこの罰に干渉できるのも、ゆみ姉しかいない」
 俺には無理なんだ、と浬は言った。
 浬の言いたいことは、沙弓にすべて伝わっていたわけではないだろう。はっきり言って、沙弓よりも浬の方が頭はいい。それでもいつもの沙弓なら、十全に彼の言葉を理解できていたかもしれない。
 だが、この異様で異端な状況の中に身を置くことで、彼女の中には小さくない不安と焦燥が渦巻いていた。それが、彼女の判断を狂わせる。
「…………」
 誰になにをいくら言われようとも、沙弓はこの対戦を納得できない。しかし、だからと言ってそれを考慮してはくれない。シールドの展開が終わると、今度は山札がセットされる。その中から、五枚の手札が出来上がる。沙弓の意思に関係なく、デュエマはスタートしている。
 賽は投げられた。後戻りはできない。
 沙弓は、前に進むしかないのだ——