二次創作小説(紙ほか)
- 31話「凶英雄」 ( No.121 )
- 日時: 2014/06/19 22:07
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)
「うーん、ダメかぁ……」
カードに戻ったクリーチャーをデッキケースに仕舞い込み、弱った顔を見せる暁。
沙弓と浬が飲み込まれてしまった謎の黒いドーム。どうすれば二人を救出できるのかと暁が考えた手段が、クリーチャーを実体化させて攻撃を加えることだった。要するにドームを破壊してしまおうというのだ。
この単純かつ暴力的な思考は実に暁らしいが、しかしいくらクリーチャーで攻撃してもドームは壊れない。《バトライオウ》も《ガイゲンスイ》も《ドラゴ大王》でもダメだった。
「これが英雄の作り出したものなら、中で部長と英雄がバトってんのかもしれないけど」
「それだと、かいりくんがなんで飲み込まれちゃったのかが分からないですね……」
浬が飲まれた後、暁もドームに触ってみたが、なにも起こらなかった。一体どういう理屈になっているのだろうか。決して聡明とは言えないこの二人には、そこまで理解が及ばない。
「案外、部長と浬がデュエマしてたりね」
「そんなことはないと思いますけど……」
なんにせよ、外からの手出しができず、中の様子も分からない。
暁と柚は、ただただ沙弓と浬の帰りを待つしかないのだった。
かくして始まってしまった、沙弓と浬のデュエル。
互いにシールドは五枚。沙弓の場には《一撃奪取 ブラッドレイン》と《コッコ・ドッコ》、浬の場には《アクア鳥人 ロココ》。
「俺のターン。《龍素記号JJ アヴァルスペーラ》を召喚。能力で山札を捲り《スパイラル・フォーメーション》を手札に加え、ターン終了」
「……私のターン」
どこかぎこちない動きでカードを引く沙弓。当然と言えば当然かもしれない。このデュエルで負ければ、どちらかはこの暗闇の中の監獄に幽閉されるのだ。恐怖を覚えることは当たり前である。
だが、沙弓が感じているのは、ただ単純な、幽閉されることへの恐怖ではなかった。
「……《ブラッドレイン》で闇のクリーチャーのコストを1、《コッコ・ドッコ》でコマンド・ドラゴンのコストを3、合わせて闇のコマンド・ドラゴンの召喚コストを4軽減」
沙弓は早くも切り札を呼び出す準備が整っていた。最速パターンで、闇に堕ちた後に悪魔への姿を変えた龍が降臨する。
「永遠なる死に逆らい、抗え——《永遠の悪魔龍 デッド・リュウセイ》!」
永遠(とわ)の悪魔龍 デッド・リュウセイ 闇文明 (8)
クリーチャー:デーモン・コマンド・ドラゴン 8000
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、相手のクリーチャーを1体破壊する。
W・ブレイカー
このクリーチャーまたは他のクリーチャーが破壊された時、カードを1枚引いてもよい。
降臨したのは、《リュウセイ》闇堕ちした《リュウセイ・イン・ザ・ダーク》が、闇文明の悪夢の儀式によって悪魔の力を吸収した姿、《永遠の悪魔龍 デッド・リュウセイ》。
ただしこの個体の場合は、沙弓がいつか仲間とした《リュウセイ・イン・ザ・ダーク》のもう一つの姿で、沙弓の闇の力に影響を受けたかららしい。
「まず、コマンド・ドラゴンが場に出たことで《コッコ・ドッコ》を破壊」
《コッコ・ドッコ》は、コマンド・ドラゴンの召喚コストを3も下げるクリーチャーだが、コマンド・ドラゴンを出すと破壊されてしまう。一度限りのコスト軽減クリーチャーだ。
「そしてクリーチャーが破壊されたから、《デッド・リュウセイ》の能力で一枚ドロー。次に《デッド・リュウセイ》登場時能力で《アヴァルスペーラ》を破壊、この時にも一枚ドロー」
クリーチャーを破壊しつつ、手札も補充する沙弓。この早いターンでこれだけの大型クリーチャーを出せたことは大きい。
しかし、彼女にミスがなければ、だが。
「《ロココ》の能力で《アヴァルスペーラ》を手札に戻すぞ」
「あ……っ」
しまった、というような顔をする沙弓。
《ロココ》にも《コッコ・ドッコ》のようなコマンド・ドラゴンのコスト軽減能力があるのだが、他にも破壊されるコマンド・ドラゴンを手札に戻す能力もある。
沙弓はそのことを失念し、登場時能力のある《アヴァルスペーラ》をみすみす手札に戻してしまったのだ。
「で、でも、ブロッカーはいなくなったし、《ブラッドレイン》でシールドブレイク!」
「っ、ぐぅ……!」
シールドが割られ、顔を歪める浬。恐らく、このデュエルにおける罰が発生したのだろう。
「カイ……!」
「大丈夫だ、ゆみ姉……このくらいならなんでもない」
それより、と浬は目つきを少し鋭くする。
「集中しろ、ゆみ姉。プレイミスが多いぞ」
「え……?」
「俺のターン。二体目の《ロココ》を召喚し、呪文《スパイラル・フォーメーション》だ。《デッド・リュウセイ》をバウンス」
「っ!」
また、しまった、という表情を見せる沙弓。だが、その「しまった」は、まだ続く。
「もう一体の《ロココ》で《ブラッドレイン》を攻撃!」
これで、沙弓の場にクリーチャーはいなくなった。沙弓が不用意な攻撃をしたからだ。それも、攻撃可能な《ロココ》がいるというのにだ。
「ゆみ姉、《アヴァルスペーラ》で《スパイラル・フォーメーション》が手札にあったのは分かってたはずだ。最速で切り札を出しても、それによる俺への被害は微々たるもの、しかも《デッド・リュウセイ》は除去した。コスト軽減の《ブラッドレイン》も破壊した」
「…………」
一つのミスなら、まだよかったかもしれない。しかしミスが積み重なり、有利な状況に持って行けたはずの沙弓は、1ターンで巻き返されてしまった。
「……私のターン。《骨断の悪魔龍 ブッタギラー》を召喚」
「それだけか。なら俺のターン。二体の《ロココ》で2コスト、そしてシンパシーで2コスト、合計4コスト下げ、こいつを召喚だ」
沙弓に続き、浬も己の切り札を呼び出す。
「海里の知識よ、結晶となれ——《龍素記号iQ サイクロペディア》!」
浬の切り札の一つ、《サイクロペディア》。《デッド・リュウセイ》のように相手の妨害はできないが、カードを三枚引くことで後続を確保できる。さらに《ロココ》によって破壊されても手札に戻るため、何度でも場に戻ってくるのだ。
「ターン終了だ」
「私のターン……呪文《ボーンおどり・チャージャー》」
いまいち攻め難い沙弓は、とりあえず墓地肥やしとマナブーストを進める。《デッド・リュウセイ》はバウンスされたが、手札は増やせたのでマナを溜めて再び出そうという魂胆だ。
「さらにもう一度《ボーンおどり・チャージャー》。墓地とマナを増やして、《ブラッドレイン》を召喚。ターン終了よ」
マナと墓地を増やし、クリーチャーも並べてターンを終える。些か地味な動きだ。
そしてそのプレイングを見て、浬は溜息を吐く。
「……ゆみ姉、もっと真面目にやれよ」
「なによ……私は真面目にやってるわ」
「なら今のターン、なんで《ブッタギラー》で攻撃しなかった」
《ブッタギラー》は攻撃時、自分のクリーチャーを犠牲にすることで相手のアンタップクリーチャーを破壊できるドラゴンだ。つまり沙弓は《ブラッドレイン》を破壊すれば、クリーチャーを除去できたことになる。
「どうプレイしようと、私の勝手よ……《ブラッドレイン》を残しておきたかっただけ。私のデッキは重いクリーチャーが多いしね」
「《ボーンおどり・チャージャー》で2マナも加速したのにか? 8マナもあれば、大抵のクリーチャーは出せるだろ」
「……《サイクロペディア》は破壊しても、《ロココ》で戻されるし……」
「その《ロココ》は破壊できるだろ。《サイクロペディア》を選んでも攻撃は止められるしな。少なくとも殴り返しを心配する必要はないし、俺のデッキは過剰にドローしてもそれを使い切るほどマナは伸びない。召喚するにもまたマナを払う必要があるし、バウンス感覚でも除去して損はないはずだ」
「…………」
浬の言うことも間違ってはいない。人によってどうプレイするかが変わって来そうなところだが、浬はあえてそこを突っ込む。
しかし、沙弓は黙っていた。
「……言い直す。確かにゆみ姉は真面目にやってるかもしれないな」
「…………」
「だったら、“真剣にやれ”」
浬は強い語調で、まるで命令するかのように言った。厳しい視線で、沙弓を睨みつけるように。
「手を抜いたゆみ姉なんかと対戦してても、なにも面白くない。そんな腑抜けた姿勢でカードを持つな」
「だって……」
浬は、沙弓のプレイング——それ以上に、彼女のデュエマに向かう姿勢に不満があった。
はっきり言って、浬の言う通りだ。最初のうちはただのミスだったが、途中から沙弓は手を抜いていた。《ブッタギラー》も、普段の彼女なら普通は攻撃していたはず。6マナある状態でそれ以上のドラゴンを出さず、墓地肥やしとマナ加速に費やしたのも、攻めの姿勢を取らないからだ。
しかし、なにも沙弓は意味もなく手を抜いているわけではなかった。
「……なにを怖がってるんだよ」
「なにをって……だって……」
怖いのは、当然だ。
ただしそれは、自分の死ではない。
「俺が負けるのが、怖いか」
「っ……!」
あからさまに動揺した。もはやいつもの飄々とした沙弓はそこにはおらず、恐怖や不安、焦燥に駆られる惰弱な少女だけが存在していた。
勝ちたくない。勝てば、対戦相手たる浬がこの暗闇の世界に閉じ込められてしまう。
それは、彼女にとっては耐え難きことなのだ。
「……ゆみ姉、俺とあんたの付き合いはまだ一年程度だが、それでもあんたのことはよく知ってるつもりだ。あんたがなんで俺の家に来たのか、その理由も知ってるし、“その事”を忘れろなんて言わない。言えるはずもないし、そう簡単に払拭できないことなのは十分理解している」
だが、浬は少しだけ怒りを滲ませて、
「それとこれとは関係ないだろ……! 昔に縛られるなとは言わない、だが、昔のことで今に縛られるな」
憤る浬に、沙弓は俯いていた。そして、ぽつりぽつりと声を漏らす。
「……でも、嫌なものは嫌なのよ……カイ、あなたまでいなくなったら、私は——」
「俺のターン」
沙弓の言葉を最後まで紡がせず、浬は自分のターンを進める。そして、
「海里の知識を得し英雄、龍の力をその身に纏い、龍素の真理で武装せよ——《理英雄 デカルトQ》」
先日手に入れたばかりの英雄、《デカルトQ》を召喚する。
「《デカルトQ》のマナ武装7発動。カードを五枚ドローし、その後手札を一枚シールドと入れ替えるぞ」
大量に手札を増やす浬。しかしそんなに手札があっても、使いきれなければ意味がない。
だが、使い切る気がないのなら、ドローすることそのものに意味を見出しているのであれば、また話は別だ。
「ゆみ姉、俺は今のあんたが嫌いだ。そんな弱気で振り回されてるのは、うちの部長じゃない」
「カイ……」
「本気で来ないなら、俺にも考えがある」
そう言って浬が指差すのは、《デカルトQ》。そして自分の大量の手札も掲げる。
「《デカルトQ》のマナ武装7は、カードを五枚引くこと。さあ問題だ、五とは、四十のうちの何パーセントにあたる?」
「……? なによ、いきなり……」
「答えは12.5%だ。だが最初に四十の中から十が引かれている状態なら、約17%の割合になる。さらにそれ以前にも数が減らされているとすれば……」
そう言いながら、浬の視線は自身のデッキに向かっていた。そしてその視線に気づいた沙弓は、一気に表情が青ざめる。
「まさか……カイ、あなた……」
「ああ。ゆみ姉、あんたに勝つ気がないって言うのなら、俺は——」
浬はまっすぐに沙弓を見据える。
そして、宣告するようにして、言い放った。
「——負けるぞ」