二次創作小説(紙ほか)

31話「凶英雄」 ( No.122 )
日時: 2014/06/20 03:52
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)

 勝利宣言ならぬ、敗北宣言をした浬。普段ならその宣言には屑ほどの意味も価値もないが、この特異な状況においてはまったく意味が異なる。
「負けるって……カイ、あなた……」
「俺のデッキは残り十五枚程度。《ライヤ》かなにかで《デカルトQ》の能力を使い回せば、あっという間になくなる量だ。《インビンシブル・テクノロジー》でデッキを鷲掴みにしてもいい」
 自身のではなく、浬の敗北を恐れる沙弓には、この上ないほどの衝撃が走る発言だった。実際、もはや沙弓は表層面でも恐怖や不安を隠せていない。
「この対戦に投了はない。そしてあんたの墓地肥やしよりも、俺のドローの方が圧倒的に速い。俺を助けるために自滅しようとしても無駄だ」
「っ……!」
 これは単なる勝敗を決めるデュエルではない。
 だからこそ、沙弓は先の見えない暗闇の中に放り込まれたように、身動きが取れなくなってしまった。
 このままなにもしなければ、浬はデッキ切れで自滅。だが、沙弓が攻めても浬が敗北に近づくことは変わらない。
 自分が負けるという選択が一番だが、しかしそれも、浬の過剰ドローには追い付かないだろう。
「……《デッド・リュウセイ》を召喚! 《ロココ》を破壊して、《ブッタギラー》で攻撃! 《ブラッドレイン》を破壊して、もう一体の《ロココ》も破壊!」
 沙弓のターン。沙弓は再び《デッド・リュウセイ》を呼び出し、本格的に攻め始めたが、
「ゆみ姉、そんな表面だけ本気を取り繕っても無意味だ。本心では勝とうとしていないことが見え見えだ」
「……っ!」
「俺のターン。《アクア忍者 ライヤ》を召喚。《デカルトQ》を回収し、再び《デカルトQ》を召喚。マナ武装7でカードを五枚引くぞ」
 これで、浬の残りデッキは九枚。あと二回《デカルトQ》が出れば、浬の敗北が確定してしまう。
「まずい……!」
 焦燥に駆られる沙弓。そんな沙弓を、浬は冷たい視線で、ジッと見据えるだけだった。



 浬は自ら敗北を宣言をしたが、それはつまり自分は死ぬという発言と同義だ。いや、もしかしたら死よりも恐ろしい辛苦が待っているかもしれない。
 沙弓は、浬がいなくなることを恐れている。だがそれは浬も同じだった。
 浬とて、自分が死ぬことが恐ろしくないわけではない。かなり大人びてはいるが、まだ彼は中学生なのだ。
 しかし浬と沙弓とでは、決定的に違うところがあった。それは、この対戦の中に見出す希望だ。
(この対戦で負ければ、この世界に幽閉される……だが、本当にそれだけなのか?)
 それは、幽閉以上のことをされる、ということではなかった。むしろ逆だ。
(なにか引っかかる、あの声の言ってることも、この状況も)
 そして、《凶英雄》も。
 そんなことを思いながらも、浬はそれをおくびにも出すことなく、沙弓を見据える。
(ゆみ姉、もしもこのルールの中で二人とも生き残る方法があるのなら、それを見いだせるはきっとあなただ——)
 その希望を捨てない浬は、いつまでも信じていた。
 まるで本当の姉のように自分を導いてきた、目の前の彼女を——



(どうすればいいのよ、これ……!)
 一方沙弓は、胸の内が恐怖と焦燥と不安とで混沌としていた。
(このままじゃカイが負ける……でも、それより早く私が負けることはできない……)
 仮に浬の敗北を止めたとしても、ターンの経過で先に倒れるのは浬だ。
(一体どうすれば……)
 どう転んでも、浬の敗北はほぼ確定事項。その事実が、さらに沙弓の判断を狂わせる。
(暁とカイの時みたいに、ただクリーチャーと戦うだけだと思ってた。でも、こんなの、こんなのって、聞いてないわよ……!)
 まさか、闇文明がこんなにも特異だとは思わなかった。死の危機感、大切な人を失う恐怖、そのどちらもが沙弓を蝕む。
(こんなルールだって分かってたら、英雄の力なんていらなかったのに——)
 ——ルール?
 その言葉に、沙弓は少しだけ引っ掛かりを覚えた。
 その時、脳裏をよぎる獄卒の声。そして、浬の言葉。

 ——《凶英雄》の力には規律が存在する、その規律の中で生きられぬ者は、死ぬ他ない——

 ——これは俺への罰じゃない、ゆみ姉への罰なんだ。だからこの罰に干渉できるのも、ゆみ姉しかいない。

(規律、罰……儀式……)
 沙弓の頭の中で、なにかが繋がった。
 しかしその繋がった事象が、自分たちの生に繋がる保証はない。むしろ、繋がらない可能性の方が高そうだ。賭けでもなんでもなく、ただ単に分が悪いだけ。
 しかし、どの道このままではいけないのだ。ならば、やるだけのことをやるしかない。
 この絶望の中を、逆らい、抗い続けるしかない。
(……昔のこと思い出したせいで、ちょっと忘れてたわ、自分のこと)
 まだ恐怖や焦燥が完全に消えたわけではない。しかし沙弓の頭は、酷く落ち着いて、冷めていた。
(本来なら私って、こういうピンチの状況で燃えるタイプだったはずよね……それを、なにをあたふたしてたのかしら。いや、それとこれとは別かしら)
 なんでもいいが、とりあえず平静を取り戻すことができた。
 そして今の沙弓がすべきことは、ただ一つ。
(……さて、それじゃあまた抗ってみようかしら)
 沙弓はゆっくりとデッキに手を置いた。そして、ゆっくりとその手を引く。
(《凶英雄》とやらの、ふざけたルールに——)



「私のターン」
「…………」
 沙弓のターン。その時、浬は気付いた。彼女の顔が、さっきまでの彼女とは違うことに。
 だが、だからといって方針は変えない。浬は自滅の道を進むだけだ。
「……やっぱり来たのね、あなた。いつの間に私のデッキに入ったのかしら?」
「ゆみ姉……?」
 引いてきたカードに、ぶつぶつと呟きだした沙弓。怪訝な目をする浬のことなど気にせず、沙弓は続けた。
「言っておくけど、私はもうあなたのルールなんかに従う気はないわ。むしろ、あなたが私に従うべきだと思う。いや——“従え”」
 最後の言葉は、非常に強い威圧感があった。それは彼女特有の、どこか重くもあり軽くもある、不思議な圧力だ。
「あなたの作り出す規律なんて、私が壊してあげる。もうあなたには振り回されない。今この時から、私があなたの主よ。だから——私に従いなさい! 今から私がこの儀式の規律となる!」
 そう高らかに宣言し、そして沙弓は、このターン引いたばかりのカードを掲げる。
 
「終生に抗う英雄、龍の力をその身に纏い、罪なる罰で武装せよ——《凶英雄 ツミトバツ》!」


凶英雄 ツミトバツ 闇文明 (7)
クリーチャー:デーモン・コマンド・ドラゴン 7000
マナ武装7:このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、自分のマナゾーンに闇のカードが7枚以上あれば、そのターン、バトルゾーンにある相手のクリーチャーすべてのパワーは−7000される。
W・ブレイカー


 おぞましい唸り声と共に現れたのは、白い狼の如き悪魔龍。鋭利な金色の爪と、尖りのある骨の如き身体が、凶悪な気性を体現しているかのようだった。
「英雄……!? なぜ、今ここで……」
「さあ? 私にも分からないけど……どうでもいいわ、そんなことは」
 すっかり余裕を取り戻した沙弓は、軽く肩を竦め、
「さあ、《ツミトバツ》のマナ武装7、発動!」
 沙弓の領土——即ちマナが黒く光る。その光は《ツミトバツ》の足元まで滲み出し、刹那、黒い光が大量に宙へと四散し、それぞれが漆黒の刃となって浬のクリーチャーに突き刺さる。
「《ツミトバツ》のマナ武装……私のマナゾーンに闇のマナが7枚以上あれば、相手クリーチャーすべてのパワーをマイナス7000!」
 最後に、《ツミトバツ》の咆哮によって浬のクリーチャーは《サイクロペディア》を残して消滅した。
「さらに《デッド・リュウセイ》でWブレイク!」
「ぐっ……S・トリガー発動! 《スパイラル・ゲート》で《ブッタギラー》をバウンス!」
 一瞬で《デカルトQ》と《ライヤ》を消された浬。負けると宣言した彼だが、あくまで浬が目指すのはライブラリアウト、デッキ切れだ。
 そうでない敗北は、認めなかった。
「《アクア鳥人 ロココ》、そして《アクア超人 コスモ》を三体召喚! 《サイクロペディア》で《デッド・リュウセイ》と相打ち!」
 破壊された《サイクロペディア》は《ロココ》の能力で手札に戻る。しかし《デッド・リュウセイ》もタダでは死なない。《デッド・リュウセイ》は自身が破壊された時もカードを引けるのだ。
「クリーチャーを並べても無駄よ。私のデッキの切り札、知ってるでしょう?」
「まさか……」
 この数のブロッカーを相手取れるクリーチャーと言えば、一体しか心当たりがない。
 逆に言えば、一体は心当たりがあるのだ。

「孤独なる死に逆らい、抗え——《悪魔龍王 デストロンリー》!」

 《ツミトバツ》から進化した《デストロンリー》。その瞬間、パワー低下どころではない破壊が発生した。
「《デストロンリー》の能力で、《デストロンリー》を除くバトルゾーンのクリーチャーをすべて破壊! そして《デストロンリー》で残りのシールドをブレイク!」
「っ、S・トリガーだ! 《アクア・サーファー》で《デストロンリー》をバウンス!」
「いいわね、その抵抗っぷり……好感が持てるわ」
「……うるさい」
 気付けば、沙弓と浬の立場が逆転していた。こうなって来ると、浬も意地だ。ダイレクトアタックは通すまいと考える。
 しかし同時に、いつもの沙弓が戻ってきたことへの、安心感もあった。
「《アクア・ジェスタールーペ》召喚! 連鎖で山札を捲り《コスモ》をバトルゾーンに! 続けて《アヴァルスペーラ》を召喚だ!」
「まずは守備固めかしら? 残り山札が少なくなってきたところを狙って、ドローカードで山札を切らすつもり?」
 しかし、そんな幕引きを沙弓は許さなかった。
「こっちも手札は多いし、痛み分けにしましょう。《絶望の悪魔龍 フューチャレス》を召喚」


絶望の悪魔龍 フューチャレス 闇文明 (6)
クリーチャー:デーモン・コマンド・ドラゴン 6000+
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、自分の闇のカードを好きな数、捨ててもよい。こうして捨てたカード1枚につき、相手の手札を1枚見ないで選び、捨てさせる。
W・ブレイカー
自分の手札が1枚もなければ、このクリーチャーのパワーは+6000され、「T・ブレイカー」を得る。


 現れし次の悪魔龍は、絶望を司る龍。
 《フューチャレス》の能力は、自分が捨てた手札の数だけ、相手の手札を破壊すること。
「私は手札一枚を残してすべて墓地へ。さあ、あなたの手札も墓地に落としましょうか」
「っ、《サイクロペディア》が……!」
 それだけではなく、まるでピーピングされたかのようにピンポイントでドローソースを叩き落とされた。しかも、
「続けて呪文《インフェルノ・サイン》。墓地から蘇りなさい《ツミトバツ》!」
 《フューチャレス》が優れている点は、能動的に自身の手札を墓地に落とせる点だ。闇文明は山札からカードは落とせても、手札からピンポイントで、しかも好きな枚数捨てるといった所業が苦手だったのだが、《フューチャレス》の存在でそれも解消された。
 沙弓は《フューチャレス》で墓地に落とした《ツミトバツ》を、《インフェルノ・サイン》によって復活させる。
「マナ武装7、あなたの場は一掃よ」
「ぐ……!」
 手札を潰され、場も一掃された浬には、もはや抵抗する術すらなかった。
 敗北の道を歩まされた浬は最後に、英雄の刃に触れる——

「《凶英雄 ツミトバツ》で、ダイレクトアタック——!」



 沙弓と浬の勝負は、沙弓の勝利で終わった。
 それはつまり、敗北者である浬が監獄に投獄されることを意味するのだが、
「……? なにもないぞ」
「そりゃあそうよ。私がそのルールは壊しちゃったから」
 罪の檻だか罰の籠だかが消え、対戦を終えたことを認識する浬。この対戦が終わったら自分はどうなってしまうのかと、半ば腹を括っていたが、しかしなにも起こらない。
 そんな折、沙弓の飄々とした声が聞こえてくる。
「ゆみ姉……どういうことだ、ルールを壊したって」
「対戦中に気付いたんだけどね……さっきの対戦ってたぶん儀式だったのよ」
「儀式?」
「そう、《凶英雄》のね」
 さっきの対戦は、一種の闇の儀式だったのだろうと、沙弓は考える。
「あの声は、《凶英雄》の規律に従えないなら死ぬしかないって言ってた。たぶん《凶英雄》の規律っていうのは、今の儀式の中で、私たちが戦い合うこと。つまりその敗者は死亡するということ」
 そして投獄というのは、その後のことを言っているのだろう。ここは闇文明の世界だ。死した者を受け入れないはずがない。
「つまり、事の発生源はあの声じゃなくて、《凶英雄》そのものだったのか……でも、どうやってそのルールとやらを壊したんだよ」
「簡単よ。この子を屈服させたの、ちょっと強引にね」
 そう言ってピッと出すのは、《凶英雄 ツミトバツ》。どことなく凶悪な力を感じるが、その力に恐怖を感じることはなかった。
 まるで主人に従順な忠犬のような、そんな感じがする。
「私が規律を作るこの子を屈服させれば、そのルールは私のルールになる。だから私の独断でそのルールを壊したのよ」
「要するに規律を作る《ツミトバツ》を従えたってことか……既存の王を抑えて新しい王になるようなものか」
「結局、私たちが裁かれるのはデュエル中のことだけで、実際は試されてたって感じかしらね……ちょっと納得いかないけど、まあいいわ」
 どこかすっきりした表情の沙弓。その時、暗闇の空間に、光が差した。
「外の光だ……」
「ようやっとここから出られるのかしらね。こんな真っ暗なところに閉じ込められて気が滅入っちゃったし、柚ちゃんでも抱きしめてほんわかしましょう」
「やめろよ、嫌がるだろ」
 そんなことを言いながら、沙弓と浬は光に向かって歩き出す。
 結局あの声はなんだったのか、この場所はなんなのか。いまだ疑問に残るところはあるが、なにはともあれ、沙弓も英雄を手にすることができた。

 残る英雄は、あと一体——