二次創作小説(紙ほか)
- 32話「牙英雄」 ( No.123 )
- 日時: 2014/06/20 21:30
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)
リュンが知らせた英雄の情報は、四体の英雄についてだった。
暁が《撃英雄 ガイゲンスイ》を、浬が《理英雄 デカルトQ》を、そして沙弓が《凶英雄 ツミトバツ》をそれぞれ手に入れ、四体のうち三体が仲間となり、残るは自然文明の英雄《牙英雄》のみとなる。
そして今、暁たち一行は、柚を先頭として自然文明の森の奥、プルが眠っていた祠の前までやって来たのだった。
「うわぁー、ただの森を抜けたらお花畑だぁ」
「この辺りだけ開けているな……あの祠があることが関係しているのか……?」
「まだ一ヶ月ちょっとしか経ってないのに、なんだか懐かしいわね。あの時、柚ちゃんが来てくれなければ私たちは今頃ここにはいなかったかもしれないわ」
と、口々に感想を漏らす一同。柚は、自身の英雄を手にする直前ということで緊張しているようだったが、それでも先頭に立って祠に向かっていく。
「ぶちょーさんとかいりくんは、英雄さんを仲間にするためにすごく大変だったみたいですけど、わたしの英雄は、どんなクリーチャーなんでしょう、プルさん……」
「ルー?」
柚の頭に乗っているプルは、小首を傾げる。
「わたしは、ぶちょーさんやかいりくん、それにあきらちゃんほど強くありません……お友達同士で戦うなんて、できません……」
「大丈夫よ、柚ちゃん」
弱気になっている柚に、沙弓が後ろから囁くように語りかける。
「ぶちょーさん……」
「私の英雄……《ツミトバツ》は、というか闇文明のシステムは他の文明と比べてかなり特異らしいから、仲間同士で殺し合うようなことはないと思うわ」
同胞の殺戮さえもライフワークと化す闇文明と違って、自然文明は仲間同士の繋がりが特に強い。さらに生命を重んじる存在でもあるため、《凶英雄》の時のような死と隣り合わせといった事態はまず起こりえないだろう。
「だが、強さを見せなければならないかもな。今まで見た英雄で最も話が通じた《ガイゲンスイ》も、自分自身が空城のデッキに入ったとはいえ、その状態で空城と別のクリーチャーを戦わせた。英雄の力を手にするには、やはりそれ相応の強さが必要だろう」
「強さ……わたしに、できるでしょうか……」
「大丈夫! ゆずならできるって。私が保証する!」
「あきらちゃん……」
保証する、などと口では言うが、そこに根拠もなにもないことは柚も理解していた。どころか、部活内で柚を最も負かしているのは暁なのだ。
しかし、暁の言葉の中に揺るぎない“信頼”が存在しているということも、柚には伝わって来た。それだけで、安心できる。頑張ろうと、前向きになれる。
「……は、はいっ。わたし、頑張りますっ」
「そうそう、その意気だよ、ゆず」
「じゃあ、行きましょう、プルさん——プルさん?」
気付けば、プルが柚の頭の上からいなくなっていた。
「プルさん? どこ行っちゃったんですか?」
「……おい、あそこ」
浬が祠の向こうを指差す。するとそこには、ふわふわと浮きながら前に進んでいるプルの姿があった。
「プルさん、どこ行くんですかっ?」
「あ……ゆず!」
思わず駆け出した柚は、プルの後を追って行ってしまう。
「……とりあえず、私たちも行きましょうか」
「ですね。霞を一人にするのは、些か危険ですし」
「プルさん! 待ってくださいっ」
「ルー! ルールー!」
「こっちになにかあるん——」
ですか、と最後まで柚が言葉を紡ぐことはなかった。
プルが眠っていた祠のさらに奥、森を抜けた先に広がっていた光景に、柚を目を見開く。
「な、なんでしょう、これ……」
苔や蔦、足元には鬱蒼と草が茂っているが、それだけではない。
大理石のような白くくすんだタイルのような石が地面には敷き詰められており、周りには今にも崩れてしまいそうな、しかしそれでいてしっかりとそびえ立つ石柱、アーチ、それ以外にも、如何にも古そうな造りと材質の建物が立ち並んでいる。
その様子は、まるで古代遺跡だった。
「ルー、ルー」
「まるでじゃなくて、本当に古代の遺跡なんですか……」
柚とプルがしばらく進むと、神殿のようなところに辿り着く。ここだけ、明らかに雰囲気が違う。神秘的で古代的な空気感が、他の場所よりも強く感じるのだ。
「ここですか?」
「ルー。ルー!」
「あ、待ってくださいっ」
プルがピュゥーっと神殿の中へと入って行ってしまい、柚もその後を慌てて追う。
中はそれほど広くない、というより、はっきり言って狭かった。少し通路のようなところを進むと、その先にはプルが眠っていたような小部屋があった。細部は異なるが、概ねかの場所と類似している。
「ルー!」
プルはその部屋に入ると、一直線に壁の一面へと飛んで行く。
「ここに、英雄さんが眠っているんですね……」
他の英雄とは違い、自然文明の英雄、《牙英雄》だけは《語り手》の眠っていた地ではなく、この地に眠っているようだ。
プルは壁の一ヶ所に手をかざす。すると、緑色の光と共に、どこからか木枯らしのような風が巻き起こる。その風は竜巻のように柚の正面で渦巻くと、一つの姿を形成した。
「っ……!」
現れたのは龍——というより、恐竜だった。
緑色の体躯の、巨大な怪物。ギョロリとした目で、静かに柚を見下ろしている。
「あ、あぅ……」
なまじ知識の範囲内の姿をしたクリーチャーだったために、その姿だけで柚の恐怖心が揺さぶられる。巨大で、如何にも恐ろしげな目つきを、こんな近くでまじまじと見せつけられては、気の弱い柚では腰が抜けてもおかしくない。
しかし、その時だ。
「大丈夫、彼は君に危害を加えるつもりはないよ」
背中かどこかにいたのか、恐竜の頭部になにかが登って来た。
「か、仮面をかぶった、リスさん……?」
「当たらずとも遠からず、かな。僕は《サソリス》、この古龍遺跡の番人というか、言葉足らずな古代龍たちの代弁者さ」
「代弁者……」
「もっとも、君に通訳は必要ないかもしれないけどね」
サソリスは仮面から覗く無感動な瞳で、ジッと柚を見据える。
「そういえば彼の名前を言っていなかったね。どうにも無口なんだよ、彼」
サソリスはポンポン、と恐竜の頭を軽く小突きながら、その名を告げる。
「彼の名は《牙英雄 オトマ=クット》。君が求める英雄さ」
「っ……!」
どういうわけか、サソリスは柚の目的を見抜いていた。まだ柚も、なにも言っていないというのにだ。
「君の考えは分かりやすすぎるからね、目を見れば分かるよ。で、彼を仲間にしたいんだよね? いいよ、持って行きなよ」
「え、えぇっ?」
サソリスは軽い調子でそんなことを言う。随分とあっさりしていた。
「驚くなよ。ここは遺跡で、彼は長い間ここに眠っていたんだ。今更目覚めても、今の時代にすぐに適応することはできないし、昔と違って明確な目的もない。だったら、誰かに従事して、その誰かの目的のために力を尽くすべきじゃないかな」
人間でも動物でも、目的なく生きることはできない。それはクリーチャーも同じだった。
「少なくとも、彼は君に従うことを否定はしていない。だからどうぞ、彼を貰ってやって。こんななりだけど、彼は義理堅い性格だよ。ちゃんと世話してやれば、尽くしてくれるはずさ」
「えっと……」
とんとん拍子で事が進んでいき、少し戸惑う柚。ここまでスムーズに話が進むと、少しだけサソリスのことを疑ってしまう。
と、思ったその時。
「ん? なにかな……?」
サソリスはオトマ=クットに耳を傾ける。代弁者というだけあって、彼の声を聞いているのだろう。
「ふむふむ……ごめんよ、ちょっと勝手に言いすぎた。やっぱり彼にもプライドはあるみたいだ。何者かも知らない女の子にほいほいついて行ったりはしないって」
「じゃ、じゃあ、どうすれば——」
「力」
柚の言葉を遮って、サソリスはたった一つの単語を置く。
「遥か昔、古き時代では力こそがすべてだった。少なくとも、僕らにとってはそうだったよ。本来僕が仕えるべき《豊穣神話》からも力を貰っていたしね」
サソリスはただのビーストフォークではない。龍と心を通わせるヒューマノイド爆、龍素をを研究するリキッド・ピープル閃のように、古龍を蘇らせる術を見出したビーストフォーク號だ。
だからこそ、その価値観も、號の名を冠する彼らと、彼らが蘇らせた古代龍のそれと同じだ。
「要するに、力を見せろってことだね。彼が納得するだけの力を、見せつけてくれ」
「力……」
それは、柚にとっては最も自信のないものだった。
単純な腕力の話ではない。実力という面でも、柚は遊戯部のメンバーで一番弱いのだ。それは柚自身がよく分かっている。
しかし、
「ルー!」
「プルさん……」
「ルールー!」
「……そうですね。ここで逃げたら、本当に弱いままですね……」
暁の言葉を思い出す。なんの根拠もない口だけの言葉だが、それだけで少しだけ自信が湧いて来る。
小さな柚には、その少しだけの自信で十分だった。
「……心の準備はいいみたいだね。よし、じゃあ早速始めよう」
「はいっ!」
刹那、柚とサソリス、そしてオトマ=クットの周囲の空間が歪む。
そして両者は、その歪みの中に誘われるのだった——