二次創作小説(紙ほか)
- Another Mythology 6話「賢愚の語り手」 ( No.16 )
- 日時: 2014/04/21 00:05
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)
中から冷気と蒸気を発しながら、賢愚の殻が綻び、破れる。そして——
「……?」
小さなクリーチャーであろう生物が現れた。
非常に人と酷似した、少女のような姿だ。白と水色を基調としたエプロンドレスのような衣装を纏い、その所々と耳に当たる部分が凍っている。そして、コルルと同様に二頭身の矮躯。
そのクリーチャーは目をパチパチさせながら周囲をキョロキョロと見ている。
「封印、解けてる……?」
今度は自分の手を握ったり開いたりする。どうやら、自分の封印が解けたという実感があまりないようだ。
だがそれも、すぐに理解が及ぶ。
「やっぱり解けてる……もしかして、あなたが私の封印を解いてくださったんですか?」
「あ、ああ。まあ……」
実際はその通りなのだが、曖昧に答える浬。しかしそのクリーチャーは、そんな曖昧な答えでも、封印を解いたのが浬だとしっかり認識したようで、
「ということは、これから私はあなたにお仕えするということになるんですね。私の名はエリアス、《賢愚の語り手 エリアス》です。以後お見知り置きください、ご主人様」
「誰がご主人様か!」
最後の一文で、ほぼ反射的に拒否反応を示す浬。
「? 私の封印を解いたということは、あなたには《賢愚神話》の力を継げるだけの資質があるということではないのですか? だったら、あなたは私の主人ということになるのですけれど……」
「知るか。俺はお前の主人になるつもりはない。そんなに主人が欲しければ、一人で勝手に探せ」
「……そうですか」
浬の辛辣な言葉に、エリアスは寂しそうに項垂れる。それを見て、暁が非難めいた声を上げる。
「ちょっと霧島、言い過ぎだって。いいじゃんご主人様で。私は封印を解いたコルルは相棒みたいなものだよ」
「お前と同じにするな。俺はクリーチャーの主人になるつもりはない」
「相変わらずこういうとこだけ頭固いわねぇ、カイは」
それからもあーだこーだと暁が浬に言葉を浴びせるが、浬が首を縦に振ることはなかった。
そのやりとりはあまりに不毛で、見かねたリュンが、
「もう言い合うのはやめにしよう。ここなら早々他のクリーチャーが襲ってくるってことはないと思うけど、早く上に出た方がいい」
「……あ、それでしたら、少し待ってください」
そう言うと、エリアスは幾何学的な紋様の描かれた壁へと飛んで行き、その壁に手を触れる。
「ここは、私が前に仕えていた主人……ヘルメス様がその知識で生み出したクリーチャーを保存する場所なんです。あの方は自分の欲を満たすこと以外には無頓着な方だったので、作られたクリーチャーの大半は作りっぱなしか、試運転として戦いに参加しても、すぐに眠りに着いたものばかりですが……」
エリアスが触れた壁の一ヶ所が、ぼうっと光る。するとその箇所から、渦巻く水の球が現れ、スーッと浬の手元にまでやって来る。
思わず浬は手を出す。水球が割れると、その手の上に一枚のカードが落ちた。
「デュエマのカード……?」
「コルルの時と同じだ。あの時、私は《バトライオウ》を手に入れたんだ」
「《太陽神話》は戦友の魂を配下と共に神殿に眠らせていたけど、《賢愚神話》はクリーチャーを生み出す実験のモルモットを保存させていたみたいだね」
コルルが嫌うのも、分からなくもない。《賢愚神話》が嫌われ者だというのも、理解できる。
「まだすべてのクリーチャーを解放できるわけではないのですが、確かもう一体、解放できるクリーチャーがいたと思います」
そう言うとエリアスは、また違う面の壁まで飛び、その一ヶ所に触れる。
「これ、でしたっけ……?」
すると、その箇所が光り始め——
ビー! ビー! ビー!
——警報音が鳴り始めた。
「!? な、何事ですかっ?」
「なんかヤバそうな音だけど……」
「明らかに警報音よね、これ」
「……おい、お前。なにをしたんだ?」
浬が睨みつけると、エリアスは困ったように慌てふためき、
「ま、間違えて警備プログラムを作動させちゃったかもしれません……」
「なにやってんの!?」
「えっと……こっちでしたっけ? いや、こっち?」
ペタペタと壁面を触るエリアスだが、大抵はなにも起きない。それならばまだいい。
しかし、
「なんか出た!」
エリアスが触れた箇所がたまに光ると、どこからかクリーチャーが現れた。今鳴っているやかましい警報と合わせて考えれば、警備員のような者だろうか。
「《クゥリャン》か……《賢愚神話》の設置した警備員だろうね。たぶんすぐ攻撃してくるよ」
「だったら、私がちょちょいと倒しちゃうよ。コルル!」
「おう!」
「ちょっと待って!」
暁がデッキケースに手をかけ飛び出そうとするのを、沙弓が制する。
「な、なんですか?」
「あれを見て」
沙弓がクゥリャンを指差す。すると、そこには二体のクゥリャンがいた。
「あれ? なんか増えてる……?」
目をこすって、もう一度確認。するとそこには、四体のクゥリャン。
「また増えた!? どういうこと!?」
「クゥリャンは召喚時にカードを引いて、後続を呼び込めるクリーチャー。もしカードの能力とこの世界のクリーチャーの能力が一致するなら、その能力で援軍を呼んだ、ってところかしら」
成程と思った。その推理力は称賛に値するものであったが、今はそれどころではない。
クゥリャンはどんどん味方を増やしていき、暁たちに迫る。
「これはまずい……逃げよう。一対一ならともかく、この数相手じゃ無理だよ」
「そうっぽい! 流石にこんなに相手してらんないよ! 逃げよう!」
リュンが先んじて走り出し、その後に四人が続く。一目散に逃げ出した。
「おい、いつまでやっている! 早く行くぞ」
「あ、はい! ご主人様」
「だから俺は主人じゃない」
ずっと壁を触り続けていたエリアスを引き剥がして、浬が最後に続き、走り出した。
「ルートの一部が閉鎖されている……これも警備システムの一つか。他の小部屋を通って迂回するしかないね」
まっすぐに進む道が使えず、暁たちは最初に来た時とは違うルートで出口を目指していた。
右に逸れたり左に逸れたり、一度後ろに戻ってはまた前に進む。同じ場所をぐるぐると回っている感覚に襲われながらも、リュンのエスコート通りに進んでいく。
「この調子だと、逃げ切れそうだね……!」
「まだ安心はできないさ。あの《賢愚神話》だし、最後にとんでもないのが待ってるかもしれない」
そんなこんなですべての小部屋を通り抜けた一同は、海中トンネルまでたどり着く。あとはこのトンネルを一直線に抜けるだけだ。
と、その時だった。
「っ! な、なんですか、あれ……っ?」
柚が指差す方向に、なにかが立っている。人のようなシルエットだが、全身が水色で、顔にはマスクのようなものを付けている。
「《アクア戦士 バットマスク》だね。最後の警備があれか。他にはいないみたいだし、あの程度ならすぐに倒せるんじゃないかな」
「だったら力ずくで突破するよ。コルル!」
「おう!」
「っ、あ、あきらちゃんっ!」
また柚の声が聞こえるが、それは暁を制止するためのものではなかった。
「なに、ゆず?」
暁が振り返ると、彼女はぎょっとする。
「げ、なにあれ……」
トンネルの向こう、暁たちが出て来た方向から、大量の水文明のクリーチャーが押し寄せてくる。
「これって、挟まれたってこと……?」
「どうもそうみたいね」
前にはバットマスク、後ろには水の軍勢。これでは、暁が《バットマスク》と戦っている間に大量のクリーチャーが襲ってきてしまう。
「まずいよまずよ、どうするのリュン」
「僕に言われても……」
非常に困った。バットマスクはただの番兵のような者なのか、動く気配はない。しかし後ろのクリーチャーばかりに気を取られていては、先に進めない。
「私たちはクリーチャーとデュエマできないの?」
「無理だね。この世界において君たちの土俵で戦うには、常時実体化できるようなクリーチャーが神話空間を開くしかない」
「ということは、コルルさんがいる暁ちゃんしか、戦えないってことですか……」
しかし、暁一人でこの大量のクリーチャーをすべて倒すと言うと、かなり不安である。
その時だ。
「……ご主人様」
「ご主人様じゃないって言ってるだろ」
「そんなことは今はどうだっていいんです。ご主人様、私たちも戦いましょう」
「なに?」
露骨に嫌そう、というより、そんなことはするものかとでも言いたげな視線を向ける浬。しかし、エリアスは怯まない。
「このままでは、全員やられてしまいます。私もコルルさん同様、神話空間が開けます。なのでご主人様、私と一緒に戦ってください」
「…………」
考え込む浬。今まで否定的な態度を取っていた彼だが、この状況ではそんなことを言っていられないのもまた事実。それは分かっていた。
「……仕方ないな。空城」
「な、なに?」
「バットマスクは俺が引き受けた。その間に、あいつらを足止めしておいてくれ」
「大丈夫なの?」
「心配するな。お前よりは強い」
そう言ってバットマスクに向き直ると、浬はデッキを取り出した。
「言うじゃん。だったらこの後帰って、私と対戦してよね」
「だったら俺が勝つまで、負けるなよ」
二人は背中を向け合うと、それぞれの相手に、向かっていくのだった。