二次創作小説(紙ほか)

12話「太陽山脈」 ( No.163 )
日時: 2014/11/16 01:57
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: RHpGihsX)

 神話空間が閉じると同時に、月光の下に一枚のカードがはらりと舞い落ちる。
 それは、《龍覇 ニンジャリバン》のカード。
「忍、か……」
 なにを思ったのか。空護はふっと呟いて、そのカードを拾い上げた。
「……僕の知る忍とは、毛色が違うけども」
 そして、それをそっと仕舞い込む。
 それから少しの間、天守からの月を眺めていたが、すぐに月に叢雲がかかってしまった。
「さて……たぶん夢谷君の方も終わっただろうし、戻りますかねー」



「あー……ニンジャリバン、いなくなっちまったか……」
 質素な部屋の真ん中で、コシガヘヴィは首を垂れ、項垂れていた。
「面倒くせぇなぁ……また新しい家臣を雇わねぇと……それもだりぃ……あぁー、本当、あいつがいなくなると面倒だなぁ、かったりぃ……」
 やがて彼の体は、重力に負けたかのように倒れ込み、そのまま動かなくなる。
「徴税も統治もだるすぎる……この部屋から出るのもかったりぃ……つーか、もう俺一人じゃ生きられなくねぇ……? ニンジャリバンいねーし。あーあ、マジでだりぃぜ……」
 怠惰な城主には、勤勉な家臣がなくてはならなかった。しかしその家臣は、もういない。
 コシガヘヴィは、最後に一言。五散るように言葉を発す。
「本当、面倒くせぇなぁ……」
 それから彼は、口を開くこともなくなった——



 翌日。
 結局、怠惰の城下町ではなんの情報も得られないまま帰還した一騎たちは、また部室に集まっていたのだが、
「また、光文明の動きをキャッチしたよ」
 部室に入るなり、氷麗のそんな一言が放たれる。
「今、情報収集に出てるリュンさんから連絡があったんだけど、太陽山脈方面に、光文明が接近中だって」
「太陽山脈……? って、なにかな?」
 クリーチャー世界の地名なのだろうが、日本の地名すら半分だって言えない現代人に、見たことも聞いたこともない地のことなど分かるはずもない。
「太陽山脈は、火文明最大の領土で、その名の通り多くの火山が連なる山脈。今は休止中だけど」
「そこに光の連中が向かってるってことか」
「以前、プルガシオンの街で《エスポワール》が行おうとしたような、他文明への侵略かしら?」
 あれは最終的には未遂に終わったが、それを受けてなのかなんなのか、また他文明の領土を侵略するつもりらしい。
「リュンさんの情報によると、光文明は他文明への侵攻作戦を何度も繰り返している……その規模は大きくないし、まだ文明全体で纏まり切っていないから失敗も多いけど、既に侵略された土地がいくつかあるみたい」
「それで、今度は火文明を狙ってきた、ということですかー」
「火文明はまだバラバラだってテインが言ってたけど、それが理由なのかな?」
「恐らくは。そして、光文明ということは……」
 ——恋の手がかりがつかめるかもしれない。
 心中でそう呟いたのは一騎だけだが、全員がそれは分かっていることだ。
「……そういうわけだから、今回は太陽山脈に座標を設定するね」
「今日、行くことになってるのは、確か……」
「あたしだ」
「僕もですよー」
 名乗りを上げる、ミシェルと空護。今回はこの二人に、一騎と氷麗の四人でクリーチャー世界へと飛ぶ。
「……じゃあ、転送するよ」
「うん。お願い。氷麗さん」



 太陽山脈というだけあってか、そこは確かに高い山々が連なっていた。そのすべては岩山だが、一つの山だけでも相当高く大きく、それがどこまでも続いている。
「うわぁ、こんな大きな山、日本にはないよ……」
「そりゃないだろうな。だが、世界的に見てもこれは相当でかいんじゃないか……?」
「全長はどのくらいなんですかー?」
「さあ……私も測ったことないし……」
 ともかく、立ち向かうと圧倒されるほどに巨大な山脈である、ということがひしひしと伝わってくるのだ。
「……とりあえず、登りますかー?」
「正直なところ、それが一番しんどいよな……」
 険しい山、というほどでもないが、山登りというのは普通にマラソンするよりも体力を使うものだ。幸い、道らしきものが見えているので多少は楽そうだが、それでも大変であることには変わらないだろう。
「でも、ここまで来て進まないわけにはいかないよ。行こう」
「ま、そうだよな」
「ここで引き返したら、なにしに来たって話ですからねー」
 この山脈に用があってわざわざクリーチャー世界まで飛んできているのだ。この山を登ることは必須事項と言って差し支えないほどである。
 なので、一行は嫌であろうとなんであろうと、この山を登る。
 しばらくは四人とも黙々と歩を進めていたが、やがてミシェルが、
「……なぁ、一騎」
「なに?」
「お前、妹分がこっちの世界にいるって妄信的に信じてるけど、実際に元の世界で話とかしてるのか?」
 これは、前々から気になっていたことだ。
 元はと言えば、一騎が日向恋という少女を探している時にリュンと出会い、彼女の写真をリュンに見せ、リュンがその少女なら見たことがある、という経緯で一騎たちは今この世界に来ているわけだが、この場合リュンをどこまで信用していいのか。
 リュンに不信感があるわけではない。しかし、写真というものは実際に面と向かって、肉眼で人物を見るのとは違うように見えるものだ。そうでなくともリュンはクリーチャー、人間というものがどう映っているかも分からない。もしかしたらリュンが誤認識しているだけで、彼が見たことがあるという少女は恋ではないかもしれない。
 お人好しで、すぐに人の言うことを信じてしまう一騎だけに、ミシェルはずっとそのことが気がかりであった。勿論、恋が仮にこちらの世界に来ているのなら、簡単に口を割るとも思えないが、実際に話をして、それらしい態度なり、様子なりは見せているかもしれない。
 そう思って、聞いてみたが、
「……最近は、恋とは全然会ってないよ。家に行っても、いつもいないんだ」
「いないっていうのは?」
「家に行っても、誰も出なくて……」
「居留守を決め込まれてるだけじゃないのか、それは……?」
 とはいえ、こちらの世界に来ているから、そういうことになっているとも言える。お節介な一騎が嫌いで本当に居留守を決め込んでいる可能性も捨てきれないが。
「ただ一番最後に会った時は、クリーチャー世界なんて知らないって言ってた」
「…………」
 口で言うだけなら、誰だって否定するだろう。なのでミシェルは少し間を置き、その間に一騎は続ける。
「でも、恋はきっとこの世界にいる。“あの”恋なら、この世界にいてもおかしくはない」
 やけに断定的に言う一騎。やはり、その最後に会った時に、なにか様子がおかしかったのか。なにか挙動に変化があったのか。と、ミシェルは思ったが、
「確証はないけど、そんな気がするんだ」
「確証ないのかよ!」
 結局は一騎の勘だった。真面目に聞いて損した気分だ。
 そんなあからさまにガックリしたミシェルを見てか、一騎は慌てたように弁明する。
「で、でも、きっとそうだよ! そう思うんだよ!」
「根拠もないのによく言う……お前のその第六感だけの口はどうにかならないのか」
「根拠はあるよ! だって……」
 必死で弁明していた一騎のトーンが、そこで一気にダウンする。思い出したくないことを思い出したような、苦い思い出に浸るような、そんな面持ちで、彼は続ける。
「……恋は、クリーチャーの声が聞こえるって、言ってたから」
「クリーチャーの声が、聞こえる……?」
 思わず反芻するミシェル。
 彼女もこの世界に来て、クリーチャーが実際にものを言うところを見ている。そもそもリュンや氷麗だってクリーチャーだ。
 ミシェルのカードは一騎のように、かつて十二神話と共に戦った仲間たちではないためか、カードそのものからの声というものは聞こえてこない。しかしそれでも、この世界に頻繁に出入りするようになってからは、クリーチャーの意思のようなものを感じる時は、たびたびあった。
 一騎から話を聞いても、実際にクリーチャーの声というものがカードからはっきりと聞こえてくることはそう多くないようだが、それでも聞こえる時は聞こえるらしい。なので、そういうこともあるだろうとは思う。
「……それは、最後に会った時に聞いたのか?」
「いや……昔の話だよ。烏ヶ森に来るよりも、ずっと前……」
 つまり、恋はその時からこの世界に来ていた可能性がある。
 もしくは、彼女が特別ななにかなのか。
 考えても答えが出るものではないが、自分たちがこの世界に来る目的が日向恋という少女である以上、ミシェルは考えることをやめなかった。一騎は恋のことになると周りが見えず危ういので、手遅れになる前に自分がなんとかしなければ、という意識は最初からあった。
 そのためにも、今のうちから色々と考えておく必要がある。なので答えが出なくても思考を続けるミシェルであったが、その思考は後輩の声によって中断された。
「先輩方ー……お話の途中申し訳ありませんが、前を見てくださいー」
 間延びした空護の声が聞こえる。その語尾はなんとかならないのかと言いたいが、それを口にする前に顔を上げ、前方を見遣る。そして、息を飲んだ。
 そこに、四人の視界の先にいたのは、

「光の、軍隊……?」