二次創作小説(紙ほか)
- 烏ヶ森編 12話「太陽山脈」 ( No.172 )
- 日時: 2015/05/25 19:45
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: rGbn2kVL)
ミシェルと空護の開いた神話空間が閉じたのは、ほぼ同時だった。
二人の目の前には、それぞれ倒されたジーク・キャヴァリエとゴシック・ヘレンの姿がある。
ここにいる光軍の統率級のクリーチャーがやられたということで、周りのクリーチャーたちが怯み、一斉に後ずさって道が開けた。
それを機と見たミシェルは、後方で待機しているはずの一騎に叫ぶ。
「一騎! 走れ!」
たった二つの短い単語だったが、それだけで十分だ。
一騎は身を潜ませていた岩陰から、韋駄天の如く飛び出して疾駆する。その後には、氷麗も続いていた。
指揮官がやられ、相手の援軍のらしき者たちも現れ、一般兵の動きはさらに鈍る。現に、あっさりと一騎たちを通してしまい、二人は瞬く間に山脈を上っていく。
ミシェルと空護もその後に続こうとしたが、流石に相手も怯んでばかりではない。正気を取り戻した者から、これ以上通すのはまずいと今更ながら気づいたようで、ミシェルたちの進行だけでも止めようと、立ちふさがった。
「ちっ、しゃらくせぇ。こいつら片づけてからじゃないと追えないか……」
「ミシェル! 焔君!」
「一騎! こっちは大丈夫だ! ここはあたしたちに任せて、お前らはさっさと頂上に行け!」
ミシェルは再び叫ぶ。
一騎はその言葉を聞いても、戻るべきかどうか躊躇する。ここは二人に任せて、自分たちだけでも直ちに上へ向かうべきか。
いや、やはり仲間は見捨てられない。そんな風に考えた一騎は踵を返そうとするが、氷麗がそれを阻んだ。
「氷麗さん……」
彼女はなにも言わなかったが、しかし目で、ここは先に進むべきだと伝えていた。
自分たちがここへ、この世界へ来た目的は、一騎にある。一騎が先に進まなくては、なにも始まらないのだ。
それを理解した一騎は、最後にミシェルたちを見て、叫びながら山脈を駆け上がる。
「……ごめん、二人とも! 無理しないでね……頼んだよ!」
「……少しベタだったか」
「っていうか、今の完全に死亡フラグでしたよねー」
「構わねえよ、立てたフラグはへし折ればいい」
「まあ、同感ですかねー……それじゃあ」
「もう一仕事と行くか!」
「恋は……恋は、本当にここにいるのかな?」
「……いきなりどうしたんですか?」
頂上へと向かう途中、ふと一騎がそんなことを漏らした。
「この世界に来てから、俺たちもそれなりになる。だけど、恋の情報は全然見つからない……実は、恋はこの世界にはいないんじゃにかって、本当は別のことで苦しんでいるんじゃないかって……そう、思うようになったんだ」
日向恋という少女のことになると、盲目で、過保護で、冷静さを欠く一騎だが、しかし今の今まで、本当になにも考えていなかったわけではない。
ただし、その考えはマイナスの方向に進むだけであったが。
最初は微かな希望でも縋ろうとこの世界に来たが、今の今まで、まったく彼女についての情報が得られていない。となると、彼女はこの世界にいないのではないかと考えるのも、無理からぬ話である。
元々は聡明な一騎だ。少しでも冷静さを取り戻せば、そのくらいの思考までは進められる。
そして、この世界に来てから時間が経って、本来の彼を少しでも取り戻し、冷静さが僅かでも戻ったがゆえに、彼の口からは弱音のような言葉が漏れ出てしまった。
氷麗は、そんな一騎の言葉に、
「……私は、その恋という人物については、見たことも話したこともないのですが、しかしリュンさんの話によると、その人物はこの世界にいると言っているそうじゃないですか」
リュンはこんなことで嘘をつくような性格ではないし、彼の勘違いでなければ、一騎の探し人はこの超獣世界にいるはずだ。
それに、
「真実がどうであれ、手がかりの有無がどうであれ、今は先に進むしかありません。この先になにが待っているのかは、あなた自身の目で確かめて、そこからどうするのかは、あなた自身の手で選択しなければいけないのです」
この世界に来ることを選んだのは、他ならぬ一騎自身だ。ゆえに、日向恋の存在に望みをかける場所を探すのもまた、一騎なのだ。
ただし、今は目の前の問題を解決しなければならない。そこでも彼女の手がかりが見つからなければ、またその時に考えればいい。むしろ、今はそうするとしかないといえる。
一騎にも、それが分かったようで、
「……うん、そうだね」
まだどこか弱々しくはあったが、そう答えた。
「さて……そろそろ頂上に着くはずですが——」
と、そこで。
一騎たちの目に、ある光景が飛び込んできた。
太陽山脈には、先ほどの光軍が駐留していたような、開けた場所がいくつも存在するのだが、山の中腹から頂上にかけての道中にも、それは存在する。
その場所に、いくつもの人影が見えたのだ。
リュンや氷麗などの例もあるので、人型というだけではクリーチャーである可能性も否定しきれないのだが、なんとなく彼らからはクリーチャーらしさを感じない。
人影は、三つと二つ。長身の少年と少女に、袴姿の小柄な少女。
そして、最後に見た二つの影。突如として姿を現した少女が二人。
いきなり姿を現した二人だが、その現象は一騎も知っている。あれは神話空間が閉じて、両者が元の空間へと戻ってきたときに見られる光景だ。つまり、その少女たちは、今の今まで神話空間の中で対戦していたことになる。
片や、赤を基調とした服装の少女。少々小柄に見えるが、全体的に特徴のあるものはなく、とても平凡に見える。
そしてもう片方の少女。この中では最も小柄で、病的なまでに華奢な体躯。長く伸びた色素の薄い髪。
そしてなによりも、この世のすべてを見限ったような、なにもかもを捨てたかのような、ただひたすらに冷たく、昏い眼。
間違えるはずもなく、間違えようもなく、間違えるべきでもなく。
砂漠の果てに見つけたオアシスのように、遙か遠くの恋人を見つけたかのように。
一騎は衝動のままに、彼女の名を呼ぶ。
「——恋!」