二次創作小説(紙ほか)

44話 「日向恋」 ( No.173 )
日時: 2015/05/26 02:28
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: rGbn2kVL)

「恋!」
 神話空間が閉じるや否や、どこからか、叫ぶような声が聞こえてきた。まるで長年捜し求めてきた秘宝を見つけたような声だったが、そのうちには、焦燥や混乱などの感情までもが入り交じっているように感じた。
 暁は、悔しそうに目の前の少女——ラヴァー——を見て歯噛みしていたが、その声によって、意識がそちらへと引き寄せられていった。
 声の方へと目を向けてみると、そこには、一人の少年と、少女その姿。少女はどことなく人間らしからぬ雰囲気を醸し出しており、彼女の表情からなにかを読みとることは、暁にはできなかった。
 しかし、もう一人の少年からは、はっきりとした強い感情が剥き出しになっていることが、見て取れた。必死なようで、焦っているようで、それでいて安心したようで。多くの感情が、混沌なまでにない交ぜになっている。
 そしてそれとは別に、彼からは、なにか感じるものがあった。自分に近いものと言うのだろうか。なにか、共通するようななにかを、感じ取った。
 しかしそれは酷く曖昧で、希薄なものだった。感覚的すぎて、その感覚をはっきりと感じることができない。それほどに微かなものだった。
 なので暁は、その感覚をはっきりと認識する前に、その少年へと、完全に意識が向いてしまったのだった。
「恋……やっぱり恋だ……!」
 少年は感極まったように、ラヴァーを見て、その息を漏らす。
 その言動を見る限り、ラヴァーとなにか関わりがある人物のようだ。それも、深く親しいような仲。彼がラヴァーへと向ける視線は、親愛のそれに近い。
 しかし、対するラヴァーは、酷く冷たい。この世のすべてを否定するかのような、昏い眼のままだ。
 そんな眼で、彼女は少年を見据えている。
 そしてやがて、くるりと踵を返した。
「……キュプリス」
「いいのかい? 彼、君の知り合いじゃないのか?」
「……いいから」
「はいはい、了解したよ」
 と、次の瞬間。
 ラヴァーの姿は、完全に消えていた。
「っ! 恋! 待て!」
 少年は再び焦ったような、必死の形相で手を伸ばすが、時は既に遅し。遅すぎた。
 その手は虚空以外のなにものも掴むことはなく、ただただ、空振りするだけだ。
「恋……やっぱり、あいつはこの世界にいたんだ……よかった……」
 少年は空振った勢いのまま、地面に膝をつくが、なぜだか、どことなくほっとしたような表情をしていた。
「……えーっと、これは一体、どういうことなのかしら……?」
 と、流石に状況が飲み込めず、今まで唖然としていた沙弓が、やっとのことで声を上げる。
 明らかに戸惑った様子を見せるこちらを考慮したのか、それを見て少女の方が、こちらに向いた。
「……あなた方が、リュンさんが導いてきたという、人間の方々ですね」
「そうだけど……リュンのことを知ってるのね。しかもその物言い……あなたたちもクリーチャーかしら?」
「その通りです。正確には、私は、ですけども」
 つまり、少年の方はクリーチャーではない。人間であるということか。
 自分たちやラヴァー以外にも、まだ人間がこの世界に来ていたということに、驚きを禁じ得ない暁たち。ラヴァーを知っているらしい少年のことも含めて、聞きたいことが多く生まれる。
 そんなこちらの心情を、またも察してか、少女はこう言った。

「こんなところで立ち話をするのもなんですし、とりあえずピースタウンにでも行きましょう。私たちの仲間にも連絡して、そこで落ち合うことにします」



 ところは変わり、ピースタウン。例の、ウルカの工房。
 そこには、暁たち四人のほかに、先ほどの少年少女二人、さらにその仲間だと言う、もう一組の少年少女の、計八人が集まった。
 ウルカは、今は席を外している。
「……大体、そっちのことは理解できたわ。リュンが私たち以外にも声をかけていたのね……私たちの他にもそんな人間がいたなんて、少し驚いたけど、ちょっと考えればその可能性もあったと気付けたことね」
 それでも、私たちになにか一言伝えておいてもいいでしょうに、と沙弓は愚痴るように呟く。
 少女——氷麗と名乗った彼女から話を聞くに、少年らは自分たちと同じように、リュンに導かれて、このクリーチャー世界へとやってきたらしい。だがリュンは暁たちのサポートをする必要があるため、こちらのサポートは氷麗が担当しているのだとか。
 しかしこの少年たちの目的は、自分たちとは、厳密には少し違う。
 彼らは、ラヴァーのことを知っているらしい少年——剣崎一騎の個人的事情と、リュンの目的との利害が一致していることから、この世界に来ているらしい。
 一騎には妹のような、大切な少女がいるとのこと。
 その少女の名は、日向恋。
 彼女を探すべく、一騎はクリーチャー世界にまで乗り込んできた。とのことらしい。
 行方不明になったわけでも、家出したわけでもなく、またそうであっても、クリーチャー世界に行く理由になんてならないだろうと、沙弓や浬なんかは思っていた。
 だが、彼の言う日向恋と、自分たちの因縁の相手とも言うべき少女が重なった時、その謎も解決されるのだった。
「俺は、恋を探して、ここまで来ました。そして遂に、見つけたんです」
「……それって、やっぱり、あの子なのよね……」
「はい。さっきの、小さな女の子——あれが、恋です」
 一騎は、はっきりと、断言した。
(あの子、恋って名前だったんだ……)
 何気なしに、暁はそんなことを思う。だからどうというわけでもないが、ふと思った。
 ラヴァーなんて世界から切り離したような名前ではなく、人間としての、ちゃんとした名前。それがあると分かったことで、暁の中で、何かが芽生えたような気がした。
 しかしこれも、とても小さく、存在が希薄なもの。それに気づく前に、一騎らの話へと引き寄せられる。
「俺は、恋を連れ戻すのが目的です。やっとあいつを見つけた……次こそは、必ずあいつと話がしたい」
「それについては、私たちも協力するわ。あのラヴァーという女の子については、私たちよりも、あなたたちの方が上手く対応できると思うし、あなたたちがそれを望むなら、譲らないわけには行かないしね」
 存外あっさりと、沙弓はラヴァーについての案件を、一騎に託す。暁としては少し言いたいこともあったのだが、しかしなんと言えばいいのか分からない。沙弓の言うことももっともなので、結局、黙っていることしかできなかった。
「ありがとう……でも、あいつは、恋はまた姿を消してしまった。また、一から探さないと——」
「それには及ばないよ」
 と、一騎の言葉を遮り、工房の入り口から聞きなれた声が聞こえてきた。
 そして、そこにいたのは、
「リュンさん……! お久しぶりです」
「リュン、今までどこに行ってた?」
「そ、そうですよ……今日はなにも連絡なしで、いなかったなんて……」
「ごめんごめん。ちょっと手間のかかる作業もあったものだから、つい連絡を忘れちゃってたよ。でも、タイミングとしてはちょうどよかったみたいだね」
 どこか勿体ぶるように言うリュン。
「どういうことよ」
「僕だって、現状を早く打開したいと思ってるってことだよ。君らが合流して、戦力も大きく向上した。彼女を落とすなら、これが好機だ」
「だからなにが言いたいんだよ、お前は。はっきり言え」
「流石に要領を得ませんねー」
 リュンの歯に衣を着せたような物言いに立腹したように、一騎らの仲間だという少女、四天寺ミシェルが声を荒げ、それに焔空護が同意を示す。
「悪かったよ。つまり、僕は彼女にこちらから接触する機会を作ってきたんだよ」
 リュンのその一言で、一同はざわめく。
 今までは相手からの接触、もしくは偶発的な遭遇でした出会うことのできなかった暁たち。ラヴァーとは今まで接触さえできなかった一騎たち。双方ともに、こちらから接触できる機会があるということの重要性は、理解していた。
 だからこそ、リュンのその発言には驚きを禁じ得ない。
「どうやってそんなことを……?」
「ちょっと手間はかかるけど、そう難しいことじゃないですよ、氷麗さん。あの子の目的と行動原理を考えれば、誘導して接触の機会を作るくらいはできますよ」
 ラヴァーの目的とは、この世界に新しい秩序を作ること。
 具体的にどうするのかは分からないが、しかし今までの彼女の行動や、太陽山脈を進軍していた光文明のことを考えると、なんとなくその姿は見えてくる。
 恐らく彼女は、光文明を軸とし、他文明を少々強引な方法ででも統率し、支配する。そうやってすべての地域を支配すれば、全体の統制となる。そこから、秩序を作るつもりではないのだろうか。
「ある種の絶対王政を作るつもりなのか……?」
「その可能性も否定できないね。そして、こういうやり方をやってるわけだけど、彼女は軍略の才には欠けているようだね。正直、手際が悪すぎる。まだこの世界の一割も制圧できてはいない」
 ラヴァーがこの世界に現れてからどの程度の時間が経っているのかは分からないが、リュンがそう言うなら、そうなのだろう。
 そもそもラヴァーは、どこかクリーチャーを舐めている節があった。
「制圧した場所の、原住民への拘束が甘すぎるね。一度制圧しても、他の場所を制圧しているうちに反乱を起こされて、領地を取り戻されているケースが少なくない。そういった場所は、また決まって制圧し直して、二度目は拘束力を強めているけれど、二度手間だ」
 学習能力が低いのか、はたまた他の目的があるのかは分からないが、そんな調子でラヴァーの制圧の効率は非常に悪い。
「それで、どうやって彼女と接触するのかしら?」
「簡単だよ、どこかで反乱を起こせばいいんだ。そうしたら、彼女はいずれやってくる」
 要するに、ラヴァーに制圧された地の原住民に手を貸して反乱を起こし、ラヴァーを誘い出そうというのだ。
「実は、もうその準備は整ってるんだ。もうすぐにでも反乱は起こるし、目立つ場所だから、彼女も見て見ぬ振りはできないはずだよ」
「……急だな」
「でも、早いに越したことはないわ。私たちも準備して、あの子に立ち向かわないと——」
「待って」
 今後の方針が決まり、全体の空気も前向きになってきたその時。
 一騎が、立ち上がった。
 立ち上がって、一言。鋭い刃の一閃のように、告げる。

「俺に、俺一人に……やらせて欲しい」

 彼は、そう言った。
 それを見て、隣に座っていたミシェルは、咎めるような視線を向ける。
「おい、一騎……!」
「これは俺の問題です。俺と、恋の……俺がもっとしっかりしていれば、もっとちゃんと、あいつのことを見ていれば、こうはならなかった」
 ミシェルの眼による制止も聞かず、一騎は吐き出すように、悔いるように、続けるのだった。
「だから、俺のけじめをつける意味でも、ここは俺にやらせて欲しいんです。俺が、恋をなんとかしなくちゃいけない……だから、俺にやらせて欲しい!」
 身を乗り出し、懇願する一騎。その必死で一途な彼の、懺悔にも似た嘆願を、誰が拒絶できようか。
 沈黙が空間を支配し、ややあって。
「……分かったわ。それじゃあ、あの子については、そちらに任せます。私たちはサポートに回るわ。でも、なにかあったら、必ず連絡をください」
「僕も、まだ残ってる準備を急ぐよ。すべての準備が整ったら、すぐ氷麗さんに連絡する」
「……ありがとう」
 こうして、これからの活動は決定した。
 一騎たちがラヴァーと接触、こちらはそのサポート。
 確かに、ラヴァーは一騎と関わりが深いようだ。自分たちよりも、よほどよく知っているはず。
 だからこそ、ここは彼らに任せるのが得策なのだろう。そんなことは、頭では分かっている。
 だが、頭よりも感情で動く暁には、なにか引っかかるものが、心の隅で、蟠るものがあった。
 それがなんなのかは分からない。分からないが、

(なんか……もやもやする……)

 これが解消される日はいつか。
 その時は、いつになったら訪れるのか。
 一騎がラヴァーと相対して、解決されるのだろうか。
 それは、暁には、分からなかった。