二次創作小説(紙ほか)

45話「霞家」 ( No.174 )
日時: 2015/06/03 01:03
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: rGbn2kVL)

 ラヴァーのことは、一騎たちに任せる。
 そして、自分たちはいざというときのためのサポートということで決定した、次の作戦。
 リュンの準備が完了するまで、各自は待機。休息を取ることとなった。
 そして暁たちも、部活動と称した今日の活動を終え、四人揃って帰路へとついていた。
「……なんだか、大変なことになっちゃいましたね……」
 しばらくの間、沈黙を保っていた遊技部の一同だったが、その静寂に耐えかねたのか、柚が控えめな声で、その沈黙を破った。
 そして、この沈黙に居心地の悪さを感じていたのは柚だけではなかったのか、すぐに応答が返ってくる。
「そうね、まさかあの子の身内が、この世界に来るだなんて……しかもリュンがその手引きをしていただなんて、予想外だったわ」
 ある意味では都合がよいといえばよい。彼女については、自分たちは知らないことが多すぎる。一騎が日向恋と呼ぶ彼女のことを、自分たちはラヴァーという超獣世界の人物としてしか知らないのだ。
 だからこそ、彼女の今を形成する根幹に関わっている——そうでなくとも、なにかを知っているであろう一騎に今回の案件を託すのは、間違ったことではないと思う。
 それとは別に、柚は少し悲しそうな顔をしていた。
「……あの人も、家庭があって、両親がいて……ふつうの生活を送っていたはずなのに、どうして、こんなことになってしまったんでしょうか……」
「普通じゃなかったんだろ」
 柚の言葉を否定して、浬が口を挟む。
「普通の家庭で、普通の生活を送っていたなら、あんなことにはならない……なにか、あいつを変えるような出来事があったんだろう」
 それは、自分たちには知る由もないこと。
 そのことが分からない以上は、彼女の抱えるなにか、その奥まで踏み入ることはできない。
 永遠に、すれ違うままだ。
 それは柚にも分かっている。分かっているが、彼女は食い下がる。
「それでも、わたしたちは同じ人間です……プルさんたちのような語り手のクリーチャーと一緒にいて、デュエマをやって……分かりあって、手を取りあえるはずなんです」
「だが、現に俺たちとあいつは敵対している。そんな表層的な共通項だけでは、あいつを説得するのは無理だ」
「そんなことはありませんっ。だって、わたしも、あきらちゃんに——」
 どこか必死な柚。彼女は暁を引き合いに出して、パッと彼女の方へ向くが、
「……あきらちゃん?」
「へ? あ、なに? ゆず?」
 呼びかけられても気づかず、ワンテンポ遅れて、暁の返事が返ってきた。
「あきらちゃん、どうしたんですか? 元気、ないみたいですけど……」
「そ、そうかな? 私は普通だよ? いつもどおり元気だよ?」
「そうかしらね。なんだかずっと、考えごとでもしてるみたいにぼーっとしてたけど。なにか思うところでもあるの?」
「いや、その……」
 思うところ。
 それはきっとあるのだろう。暁の心中になにかが蟠り、渦巻いている。それは、はっきりと感じられた。
 しかしその感覚がなんなのか、それは分からない。
 分からないから、それを口にすることは、暁にはできなかった。
「……なんでもないですよ」
「そ、そうですか……でも、むりしないで、つらかったら言ってくださいね」
「あ、うん。ありがとう」
「そうね、私たちも作戦の主ではないけど、もしもの時のために、いつでも動けるようにしておかなくちゃ。リュンから連絡があるまで、ゆっくり休みなさい」
 今日はいろいろあった。一度に多くの真実を告げられ、暁も困惑しているのだろう。それは暁だけではなく、柚や沙弓、浬だってそうだ。
「……だが、もしもの時になって、俺たちが役立たずではまずいな。休むのも大事だが、デッキを少しいじっておくか……」
 浬は何気なしにデッキケースに触れながら、呟くように言った。
「そ、そうですね。わたしは、みなさんと比べてぜんぜん強くないので、しっかりとデッキを組まないと……」
「柚ちゃんはこの短期間でかなり強くなったと思うけどね。暁でも、もう圧勝できないくらいには」
 さりげなく自分をその中に含めなかった沙弓だったが、それはさておくとして、確かに柚の成長はめざましいものがある。
 元々、暁に付き添って多くの対戦を見てきたということもあるのだろうが、対戦を始めておよそ一月。勝率は部内最低とはいえ、暁相手でも、実力が拮抗してみるほどのプレイングは見せるようになった。
 しかし、柚はそれに満足していないようで、
「いえ、まだまだです。このデッキだって、ぶちょーさんやかいりくんに手伝ってもらったデッキですし、自分でちゃんと組めるようにならないとです」
「え、なに? ゆずのデッキって部長と浬が作ってたの? 私そんなこと全然知らないよ?」
「あ、いえ、その……あきらちゃんと対戦するときのためにと、思って……ぶちょーさんやかいりくんには、まだまだ勝てないんですけど……でも、あきらちゃんと対等に対戦できるように、わたし、がんばりますっ」
(デッキ内容が分かってたから割合楽に勝てただなんて言えないな……)
 柚の言葉に浬が少々の後ろめたさを感じながら、柚はデッキを手にして、意気込んでいる。
 その時だ。
 ドンッ
 と、曲がり角で、彼女は誰かとぶつかった。
「ひゃぅっ」
 ぶつかっていったのは柚の方だが、小柄な彼女は相手に押し返されるようによろめいて、尻餅をついてしまう。
 同時に、手にしたデッキケースから、カードが散らばった。
 柚はそれらのカードを拾おうとするが、その目にはたと気づいたように顔を上げ、
「ご、ごめんなさ——」
 そして、絶句した。
 柚を見下ろしていたのは、一人の男。
 少々長めの黒髪。そこそこ背が高く、それなりに体格がよいが、普通の男性に見える。
 相手を射殺すような鋭く黒い眼と、右頬に走る大きな傷さえなければ、の話だが。
 一見して浬や沙弓は、この男はヤバいと、直感で悟った。外見もそうだが、彼の纏う空気、彼から発せられる覇気のようなものが、あからさまに自分たちの危険信号を刺激している。
 だが、柚が言葉を失ったのは、男に恐怖したからではない。彼女の目には確かに恐れが感じられるが、しかしそれ以上に、驚愕したように目を見開いていた。
 しばらく絶句していた柚だが、やがて、絞り出すように、声が漏れる。

「……おにい、さん……」

「……え?」
「あー……」
 警戒心を高めていた浬と沙弓は、途端に混乱の色を見せ、呆けたように口が開いたままだ。一方、暁は失敗したというように、額に手をやる。
 男は身動き一つせずに見上げる柚を、ジッと不動のまま見下ろしていたが、やがて手を伸ばし、散らばった柚のカードを一枚、手に取った。
 そして、カードを射抜くような眼差しで見つめる。
「……来い」
「あ……っ」
 そのカードを手放すと男は、今度は柚の腕を引き、強引に立たせる。
 さらには、彼女を引き寄せるようにして、どこかへと連れていくようだった。
 そこでハッと我に返った浬は、慌てたように柚の腕を引く男に手を伸ばす。
「っ、おい、お前——」
 が、しかし、
「…………」
「っ……!」
 スッと振り返った男が一睨みするだけで浬は気圧されてしまい、伸ばした手もすぐに引っ込んでしまった。
 そして、浬が身動きの取れなくなった間に、男は瞬く間に柚を連れ去ってしまった。
「……な、なんだったのかしら、今のは……」
「分からないが……まずくないか、これは……」
「あー、うーん……確かにまずいかも……」
 いまだ困惑しているが、浬と沙弓には危機感のようなものが顔に浮かんでいた。
 しかし一方で暁は、本当に困ったような表情だ。
「それと、柚ちゃん。あの子さっき、おにいさん、って言ってなかった?」
「……そうなのか? 俺にはよく聞き取れなかったが……そうしたらあの男は……」
「うん、そだよ」
 二人が予測する男の人物像を、暁が続けた。
 そしてその像は、二人の想像通りに、ぴたりとあてはまる。
「私もほとんど会ったことはないんだけど、顔は全然変わってない……あれ、ゆずのお兄ちゃんだ」