二次創作小説(紙ほか)
- 45話「霞家」 ( No.175 )
- 日時: 2015/06/07 13:26
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: rGbn2kVL)
柚が兄に連れ去られた翌日。
中学生という身分である以上、暁たちは学校に行かなければならず、授業が終わると真っ先に部室に集まった。
いつもなら、ここでクリーチャー世界について、なにか意見を交わすことだろう。しかし、今日ばかりは違う。
「……で、柚ちゃんは結局、学校にも来なかったのね」
「うん。電話しても出ないし、メールも返ってこないよ……」
「大丈夫なのか? いくら兄妹とはいえ、学校にも行かせないなんて、普通じゃないぞ」
「でもゆずんちだし、それに、カード見られちゃったし……」
言いながら、暁は拾い集めた柚のデッキに目を落とす。
「そういえば、霞は元々、家族からデュエマを禁止されてたんだったか」
「ゆずはそう言いますけど、本当はゆずのお兄ちゃんから禁止されてたんですよ」
「ということは、本人に見つかったのか……やはりそのことが関係しているのか?」
浬がそう言うと、暁はたぶん、と頷いた。
あの男は柚とぶつかって、彼女がカードを散らばしてしまった際に、そのカードの一枚を手に取って確認していた。
そこから考えると、やはり、柚が隠れてデュエマを始めていたことが関係しているのだろう。
「柚ちゃんが隠れてデュエマをやるってことになった時から、家族に見つかった場合にトラブルになるんじゃないかとは思っていたけど、タイミングが悪いわね」
そうだ。今、暁たちは大事な時期に差し掛かっている。
リュンからの連絡がいつ来るのかは分からないが、しかしそう遠くはないはず。例の作戦が始まる時に、柚がいないとなれば、問題だ。
とにかくタイミングが悪い。このまま柚が家から出られなくなったら、クリーチャー世界での活動にも支障をきたす。
「だからこの問題は、一刻も早く解決したいけど……」
「なら、行ってみます? 柚の家」
「え? そんなあっさり?」
家族ぐるみ——実際には兄からだが——で禁止されているとなると、なにか家庭にあるのではないかと思い、軽々に家に行くなどということはできないと思ったが、暁は事もなげに言った。
これは暁が配慮に欠けていて、特に深く考えずに、思いつきでそんなことを言った——というわけではなく、暁なりにちゃんと考えた結論であった。
そして、暁なりの算段もある答えだったのだ。
「ゆずんちは昔から何度か行ってますし、たぶん私なら通してくれるじゃないかと思います。私もゆずが心配だし、今から行きましょうよ!」
霞宅は東鷲宮中学からは、少し遠いところにあった。それでも、学区的には東鷲宮が一番近いのだろうが。
そこへ到着した瞬間、浬と沙弓は絶句する。
まず真っ先に目を引くのは、その門構え。がっしりとした、重厚そうな木製の門扉。今は閉じられているが、その威厳たるや、とても中に入れる気がしない。
次に目線を逸らそうとすると、飛び込んでくるのが、表札だ。樫の木で出来たそれには、『霞』の一文字が、非常に味のある達筆で彫り込まれていた。
そしてなによりも、門の前で直立不動している、スキンヘッドでサングラスをかけた黒スーツの男。昨日の柚の兄だという男ほどではないが、この男の存在が浬と沙弓の危険信号を発させている。
見るからにヤバい家、というのが二人の率直な感想だった。まだ門だけなら、古風な良家なのだろう、くらいに思っただろうが、門の前で立ちふさがる男を見た瞬間、霞柚という少女の家庭が理解できてしまった。
「そうか、霞って、あの霞だったのね……」
「……霞家、か……」
浬や沙弓も、同じ町に住んでいるため、聞いたことくらいはある。
霞家。それは、この町では有名な家系だ。
言うなれば、極道の家系である。
御幣を恐れず、より分かりやすく呼称するなら、ヤクザ、暴力団といったところか。
とはいえ、霞家という呼び方からも察せられるように、一般的なそれらとは一線を画すのが、ここの家系である。
霞家というだけあって、この集団は家系による繋がりが強く、歴史も由緒もある一族らしい。そういうこともあってか、ヤクザや暴力団と言うよりも、極道という言葉の原義に近い行いをしてきた。
事実、この一族は表立って問題を起こしたりはしていない。とはいえ、裏ではなにをしているのか、分かったものではないが。
そして、そんな歴史や由緒や事実があろうとも、周辺住民はこの一族とは関わりたがらない。当然と言えば当然だ、誰だって自ら火に飛び込むようなことはしない。下手に首を突っ込んで、面倒事に巻き込まれたくはないものだ。
だからこそ、暁が直後に取った行動に、二人はらしくもなく吃驚することになるのだった。
「あ、テツさんだ。こんちわー」
「ちょっ……暁!?」
「お前……!」
暁はどこからどう見てもカタギではないサングラスの男に近づいては、まるで友人とでも接するかようにひらひらと手を振っている。
相手はあの霞家。いくら表では問題を起こしていないとはいえ、そんな馴れ馴れしく、気安く近づくものではない。
そんなことを思った二人だったが、
「お、暁さんじゃないですかい。ども、久方ぶりです! 相変わらずお元気そうで」
「本当に久しぶりですよー、最後にここ来たのって、いつだっけ?」
「自分が覚えてる中では、たぶん二年前かと。お嬢が小学校から帰る時に体を壊して、暁さんが付き添ってくださったのをよく覚えてます。あの時は本当に世話になりやした」
「あったなー、そんなこと。ゆずも無理しないで、体育を休めばよかったのに」
「…………」
「…………」
絶句、というより黙り込む。
なにやら、楽しげに会話を繰り広げる二人。ドスの利いた声で門前払いでも喰らうのかと思ったが、サングラスの男もなにやら気さくな風で、二人のイメージからはかけ離れた対応だった。
とそこで、男は二人の存在に気付いたようで、
「おや? そちらは暁さんのご友人ですかい?」
「あ、そうですよ。私と柚と同じ部活仲間なんです」
「おぉ、お嬢の……自分は霞家の家系ではないんですが、この一家に従事している、哲朗と申しやす。以後、お見知りおきを」
そう言って男——哲朗は、恭しく頭を下げた。
それにつられて、二人も名前だけは名乗った。しかしいまだこの状況には慣れず、困惑したままだが。
自己紹介も軽く済ませたところで、暁は本題を切りだす。
「それでテツさん。お願いがあるんですけど……」
「……お嬢のことですかい」
暁の言おうとしていることは、哲朗も分かっていたようだ。いや、哲朗も同じことを思っていたのだ。
「若頭が昨日、おっかない顔でお嬢と帰ってきやしたが……まさか、あの誠実なお嬢が隠れて禁を破っていただなんて思いやせんでした」
「で、でも、ダイさんだって酷いよ! 別にデュエマくらいやったって……」
「いや、暁さん。自分も暁さんと同じです。暁さんの仰ることも分かりやす。自分も、若頭がお嬢に課した禁令はやりすぎなんじゃないかと思っていやした。ですが、若頭はその件でかなり憤慨していたようで……今日も、お嬢は学校へは行かせてもらえなかったようですし、自分としても心配しているんです」
そう言って哲朗は暁に背を向ける。そして、その大きな門扉をゆっくりと押し開けた。
「だから、お通りください。お嬢のことも心配ですし、暁さんがいれば、なにかが変わると自分は思いやす。あの時だってそうでした。なに、ここを通したことが問題になったら、全責任は自分が負いやす。なので、どうぞ気兼ねなく。中に入ったら、巡回しているはずの適当な野郎を捕まえてください。暁さん相手なら対応するはずですぜ」
「テツさん……ありがとう! さ、行こう。部長、浬!」
哲朗によって開かれた門扉を、暁は駆けるようにして潜り抜ける。
浬と沙弓も、その後に続くが、その途中でふっと呟いた。
「……ゆみ姉、大丈夫か?」
「全然……」
「俺もだ……」
柚の家庭にはかなり驚かされたが、それ以上に驚くべきことが、ここにあった。
物怖じしないだけならただの性格上の問題だ。だが、相手の対応が丁寧なだけではなく、ほぼ顔パス状態。あの霞家の者から厚遇されていること。
ここに来て、二人は彼女への謎までもが深まるのだった。
「暁……あなた一体、何者なのよ……」
門を潜り、日本庭園のような敷地をしばらく歩くと、母屋が見えてきた。
そして、そこには一人の男が仁王立ちしていた。
見る者を射殺すような黒き眼光、右頬を駆ける大きな傷跡。この二つが彼の存在を特徴づける、昨日の男だ。
ただし今日は、黒と灰色の紋付羽織袴を着ており、両袖に手を突っ込んで、非常に“らしい”出で立ちをしている。
「……来たか」
「あ……ダイさん……」
「もしやとは思っていた。空城暁、お前は昔から騒がしい娘だったからな。昨日の今日、お前がここに来ることは予想できていた」
そう言うと、男はスッと母屋の戸を引き、一歩、足を踏み入れる。
それから、袖に手を入れ、目線を彼女たちに戻す。
「入れ。あいつも、お前たちを待っている」
外観に違わず、霞家の中も和風な造りで、相当立派な建築がなされているようだった。
板張りの長い廊下を、男に先導されながら歩いて行く。しばらく歩くと、男は足を止めた。
そこは、他の部屋からは切り離された一室のようで、どうやら広間ではなく個室のようだった。男はその部屋の戸に手をかけると、一息で引く。
そしてその中には、一人の少女がいた。
栗毛の髪に、白いリボンを左右で結っている。桜色の着物を身に着けた、小柄な少女。
その人物こそが、暁たちの目的とも言える彼女——霞柚その人だった。
「……ゆず」
「あきらちゃん……」
暁の声を聴き、こちらに気付いたようだ。彼女は少し驚いたように、目をぱちくりさせている。
「ぶちょーさんに、かいりくんも……あ」
そして、ハッと思い出したように、自分自身に目を落とし、体を隠すように、腕で自身をつかむ。
「す、すいませんっ、部屋着姿で……お恥ずかしいです……」
「それ、部屋着なの……流石というべきなのかしらね……」
しかし様にはなっている。超獣世界での袴姿もそうだったので、案外、和装が似合うのかもしれない。
柚は本当に恥ずかしそうにしていたが、すぐに男——自分の兄の方へと、目を向けた。
「おにいさん……」
「お前の客だ。本来ならばお前と一対一で話をつけるべき案件なのだろうが、お前と俺がサシでは、お前が委縮するだけだからな。特別だ、こいつらの同席を許す」
話、というのは、柚に課された禁令。それを柚が破ったことだろう。
あからさまに柚を軽んじた言葉であったが、傍から見ても、柚が委縮してしまいそうだと思うのはもっともだ。それに、暁たちとしても、柚の成り行きは気になるところである。
柚としても、暁たちがいるのであれば心強い。お互いに、それぞれの思うところは承知していた。
なので、遊戯部一同の意見を代表するかのように、柚は、口を開く。
「……はい。お願いします」