二次創作小説(紙ほか)

45話「霞家」 ( No.176 )
日時: 2015/06/07 13:32
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: rGbn2kVL)

 次に連れてこられたのは、霞家の客間だという一室。他にもそれらしい部屋はあったが、しかしそれぞれ用途が違うのかどうか、暁たちには判別がつかなかった。
 ただ、とりあえずどの部屋も何畳あるのか分からないほどに広い部屋であったことは確かな事実。遊戯部の部室の何倍もの広さの部屋がゴロゴロあるというのだから、ある意味恐ろしい家だ。
「まず、俺のことを知らない奴もいることだろう。先に名乗っておくぞ。霞家次期頭首、霞橙だ」
 男——橙は、傲岸不遜な、それでいて威厳を感じる態度で、そう名乗った。
 そして彼が申告する己の位は、次期頭首。概ね察してはいたが、やはり大物だ。
 さてこれに対し浬や沙弓は、自分たちも名乗るべきかと悩むが、そんな暇など与えずに暁が身を乗り出して、率先して橙に噛み付く。
「ダイさん、前からずっと気になってたことだけど、なんでゆずにデュエマをさせてくれないの?」
「お前には関係のないことだ」
「でも! そんなの絶対おかしいよ! デュエマくらいいいじゃん!」
「うちにはうちの事情があるということだ」
 家の事情。
 ただの一般家庭が口にするのと、霞家という名前を背負っている橙が口にするのとでは、その重みはまるで違った。
 それを分かっているのかいないのか、さらに暁は噛み付きにかかろうとするが、彼女の弁はいくらなんでもお粗末すぎてみていられなかったので、彼女を制して、沙弓が口を開いた。
「……しかし、橙さん。こう言ってはなんですが、たかだかカードゲームですよ? 言うなれば子供の遊びです。 柚ちゃんが大事なのは分かりますが、そこまで神経質になることではないと思いますが?」
「お前たちにとってはたかだかカードゲームなのだろう。それなら切り捨てようが切り離されようが関係あるまい」
「橙さんは次期頭首と仰っていましたね? ならば家の規則、しきたりなどもあるでしょうが、柚ちゃんまでもそれで縛り上げなければいけないのですか?」
「家のことを事細かにお前たちに言うつもりはない」
「あなたのやっていることは、霞家全体の本意なのですか? 家ぐるみで柚ちゃんを束縛しなければならない理由があるのですか?」
「それを言う義理はない」
 沙弓は様々な角度から立て続けに攻めるが、橙はまったく動じない。沙弓の攻めをすべていなし、受けきってしまう。
 そして、刀で切り返すかのように、沙弓の言葉が止まったところで、橙は言葉を返した。
「お前たちはたかだかカードゲームだと言うがな、あのような紙切れでも、高額の値が付く場合もある。カード一枚のために争いが起こり、事件が起こり、危険が生まれる。確かに次期頭首は俺だが、柚は霞家本家の一人娘。あまり俗世間の荒事に巻き込ませたくはない」
 さらに、橙は声のトーンを変えずに続けた。
「所詮、ただのカードゲームと侮っていると、どこで痛い目を見るかも分からんしな。最近はそういういざこざもよく起こる。ただの“ゲーム”では済まされないことも出て来るやもしれん」
「…………」
 沙弓は橙の主張を聞き、黙った。
 しかしそれは相手の意見に納得したから黙ったのではない。反論できないからでもない。
 どこか、相手の言葉に違和感を感じたのだ。妙に“ゲーム”という単語を強調したようにも聞こえるし、それ以前にデュエル・マスターズについてやたらと気に賭けている。
 これは、デュエル・マスターズに関わることについて、なにかを隠しているかのようだった。
 そしてその中で、沙弓の中で一つの仮説が立つ。
(……この人、もしかして……クリーチャー世界について知ってる……?)
 確証はない。ただの憶測だ。
 だが、この霞橙という男が、妙に柚をデュエル・マスターズから遠ざけるということは、それについてなにかあるということだろう。確かにカードに関わるトラブルは存在するが、まさか本当にそんな理由だけでデュエル・マスターズだけを禁止しているわけではあるまい。
 必ずなにか隠している。沙弓はそう思っうのだった。
 そして思ったら、即座に行動に出る。
「確かに最近のカードゲームは、カードの取り扱いについては危険ですよね。しかし我が部に関しては、私が責任を持って管理、監督しているので、問題ないですよ。柚ちゃんは外部では対戦などはしていませんしね。ですから、私たちの中で対戦する分には、なんら問題ありません。それに、まさか——」
 沙弓は声のトーンも、表情さえも変えずに、ごくごく自然な形で、軽口を叩くかのように、言った。
「カードのクリーチャーが実際に出て来るわけでもあるまいし、部内で活動する分には、安全ではないでしょうか?」
「…………」
 ぴくり、と橙の眉が動く。
 それを沙弓は見逃さなかった。いやむしろ、彼の返答よりも、彼の反応だけを追っていたのだから、見逃すはずもなかった。
(反応した……!)
 橙の眉がほんの少しだが動いた、沙弓がその目で確認しているので、これは揺るがない事実だ。
 だがしかし、その反応が本当に沙弓の思っているのかどうかまでは、分からなかった。露骨に動揺したわけではなく、あくまで反応しただけだ。
 単純に沙弓の軽口が気に入らなかったから気分を害しただけかもしれない。
 さてここからどうしよう、と沙弓が考えていると、その間に橙から声が飛ぶ。
「……確かに、お前の弁論の中では、柚の安全は保障されているようなものだな」
 だが、と橙は逆接して、続けた。
「お前の言葉をどこまで信用できるかという点が問題だな。はっきり言って、俺はお前たちのことは知らない。よって、お前たちのことを信用もしていな——」
「信用してください」
 と、そこで。
 今までずっと黙っていた柚が、珍しくはっきりとした、通る声で橙の言葉を遮った。
 まっすぐに、彼を見て。
「この人たちは、わたしの大切な人たちです。信用できます」
「……お前が信用していても、俺が信用できないと言っているのだがな」
「じゃあ、おにいさんは、わたしを信用してくれないんですか?」
 彼女にしては、狡い言い方だった。
 この言い分については、さしもの橙も言葉に詰まる。そしてその隙を狙い澄ましたかのように、
「おにいさん」
 柚は、彼の名前を呼ぶ。
 自分の、兄の名前を。
 そして、懇願する。
「お願いします。わたしを、遊戯部に戻らせてください」
 それは懇願というにはあまりにもまっすぐな言葉だった。
 怯えた様子も、不安がる様子もない。ただひたすらに、自分の思いを届けるように、彼女は言葉を紡ぐ。
「遊戯部は、わたしの大切な居場所なんです。あきらちゃんだけじゃありません、ぶちょーさんや、かいりくんと出会えたのも、遊戯部あってのことです。それに——」
 なにかを、誰かを、思うように目を瞑る柚。
 彼女の瞼の裏に浮かんでいるものは、橙以外の、遊戯部の面々には分かる。自分たちと一緒に、共に出会った仲間。
 そして、共に戦う、語り手と呼ばれた、彼らの姿。
「デュエマもそうです。あれが、わたしとあきらちゃん、そしてみなさんとわたしたちを、つなげてくれた、大切なものです」
 最初はただ見ているだけだった。自分は少しカードを触るだけで、戦いには身を投じなかった。だから、ずっと憧れていた。
 ひたすら突き進む暁に、あらゆる可能性を導く浬に、なにものも恐れぬ沙弓に。
 そして、仲間を助けるためにデッキを握り、手札を持ち、シールドを前にした時、はっきりと感じたのだ。
 楽しい。嬉しい。そして、共にありたいと。
 それは柚にとっての譲れないもの。相手がたとえ兄であろうと、柚は決して退くことはない。
「だから、おにいさん。お願いします……わたしの大切なものを、奪わないでください」
 柚は、橙の眼を見て、はっきりと告げた。
 その言葉はやはり懇願だったが、しかし貫くように橙へと到達する。
 しばらく沈黙が訪れる。橙も目を瞑って、なにか思案するように口を開かなかったが、やがて、
「……分かった」
 短く言葉を切り上げて、彼は音もなく立ち上がる。
「お前がそこまで言うのであれば、提案してやろう」
 提案、という言葉に首を傾げる柚。
 要は条件をつけようということなのだろう。彼はその条件を口にする。
「お前が求めるものは、お前が求めるもので、掴み取る。命を取るなら命を賭けよ、心を取るなら心を寄せよ——霞家の家訓だ。求めるものがあるのなら、それと同等で、同様のものを用いるべきである、というのがこの家の流儀だ」
「え、えっと……それは、どういうこと、でしょうか……?」
 柚が家訓を知らなかったわけではないだろうが、彼女には橙の言いたいことが、その意図がいまいち読み取れない。
 橙も焦らすつもりもなにもないようで、彼女の不理解を解すると、即座に言い換えた。
 つまりだ、と前置いて、
「お前がそこまで執心するデュエマで、ケリをつけてやろうと言っている」
「……ふぇ?」
 一瞬、柚は彼がなにを言っているのか理解できなかった。
 しかし彼女の頭の回転は決して悪くない。すぐに彼の言葉を理解し、そして吃驚する。
「お、おにいさん……デュエマ、できたんですか……!?」
「あぁ。悪いか?」
「い、いえ……」
 気づけば、橙の手には渋い木箱が握られていた。まさか常備したとは考えづらいが、こうなることを想定して持っていたのだろうか。
「ほへぇー……ダイさん、自分ではあんなこと言っておいて、デュエマするんだ……」
「…………」
 暁はどことなく不満げにそんなことを言っていた。そして沙弓は、さらに彼への疑念を増幅させていた。
 柚にはデュエマを禁じて、その理由は保護者的なもっともらしいもの。にもかかわらず、自分は危険だと主張するデュエマをやっている。これは明らかに不自然で不審だ。
 やはり、橙にはなにかあるのだろうと沙弓は考えるが、確たる証拠がない。
 クリーチャー世界と関わっているなら、リュンか氷麗が一枚噛んでいるはずだが、ラヴァーのような例もある。今はまだ、根拠のある証拠がない。
 そのため沙弓はなにも言わなかった。
「これは単なる兄妹喧嘩のようなもの、霞家のしきたりで縛るつもりはない。が、霞家として問題を扱うならば、これは決闘だ。それになぞらえて言えば、敗者は勝者に従属する者となる」
 要するに、敗者は勝者の言い分を飲まなければならない、ということだろう。自分の主張を通したいなら——遊戯部に戻りたいというのであれば、勝負に勝て、という単純明快な話だ。
 だが、しかし、
「あ……でも、わたし、デッキがないです……」
 そういえば橙に連行された日、橙とぶつかってカードを散らばしてしまい、そのまま放置して連れて行かれてしまったのだ。
 なので現在、柚のデッキはない。即席でなにかは作れるだろうが、そんな即席デッキで、実力未知数の橙に勝てるとも思えない。自ら決闘のようなものをけしかけたのだ、未知数とはいえ、それなりの強者であることは間違いないはずである。
 そうでなくても、相手は自分の兄だ。それを相手に、適当なデッキを使うというのは失礼である。柚はそう考えていた。
 だからどうしようと困ってしまったのだが、その心配もすぐになくなる。
「ゆず、だいじょーぶだよ! はい!」
「あ、あきらちゃん……これは」
 暁から手渡されたのは、一つのデッキケース。柚がいつも使用しているもので、しっかりと重みを感じる。
「柚ちゃんのデッキよ。まあ、道端に散らばしておくわけにもいかないし、ちゃんと拾い集めたわ」
「枚数も数えた、過不足はないはずだぞ」
「ぶちょーさん、かいりくん……ありがとうございますっ」
 柚はぺこりと、暁や沙弓、浬たちに一礼する。
 そして、デッキケースを携え、振り返って橙へと相対した。
 そんな彼女の眼には、彼女らしからず、それでいて彼女らしい、火が灯っている。
「……やりましょう、おにいさん」