二次創作小説(紙ほか)

46話「柚vs橙」 ( No.177 )
日時: 2015/06/10 22:39
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: rGbn2kVL)

 柚と橙のデュエル。
 そのフィールドになったのは、客間だという何畳あるのか分からないくらい広々とした、畳敷きの部屋だった。先ほどまでいた客間とは違うらしいが、なにが違うのか、暁たちにはさっぱりわからない。
 そこで、紋付羽織袴の橙は、威風堂々とした姿勢であぐらをかいている。
 対する柚は、小さな身体は小さいまま、静かに、控えめに、正座で兄と相対する。
 そして両者とも、その手にはしっかりとデッキが握られていた。
「……よろしくおねがいします」
「あぁ」
 柚は丁寧に、一挙一動が流れるような動作で、お辞儀をする。
「……なんか、いつもと雰囲気、違うね……」
「えぇ……」
「……随分と厳かなデュエマだな」
 いつもは「ゆずー、デュエマしよー! 私先攻ねー!」みたいなノリでやっていただけに、このような空気はどうにも慣れない。
 もっとも柚も、こんな状況でデュエマをすることなど、生まれて初めてだろうが。
「先攻はくれてやる」
「は、はいっ。ありがとうございます……」
 シールドを展開し、手札を伏せたままにして、橙は柚に先攻を譲る。
 デュエル・マスターズは、基本的には先攻有利のゲーム。ターン初めのドロー不可という制限こそあれど、相手より一足先に行動できることに違いはない。
 それが分かっていない橙ではないだろう。ということは、それなりの自信があると見受けられる。
「じゃあ、わたしの先攻で……マナを一枚チャージして……ターン、終了です」
「……ターン終了だ」
「では、わたしのターン……《フェアリー・ライフ》を唱えます。マナを一枚追加です」
「《霞み妖精ジャスミン》を召喚。即破壊し、マナを増やす。ターン終了」
 どちらも自然文明がメインカラー。まずはマナを溜め、着実に準備を進めていく。
(だけど、柚ちゃんが自然単色のデッキなのに対して、お兄さんの方は見たところ水、火、自然のチューターカラー……継続力も速攻性も、単色の柚ちゃんより高いでしょうね……)
 各文明にはそれぞれ特色があり、得意な分野もあれば苦手な分野もある。単色デッキは色事故を起こさず、その得意分野を伸ばすことに特化しているが、その分、ほかの方面が脆いため、対応力に欠ける。
 一方、複数の文明を混ぜたデッキは、序盤に使いたいカードを使うための色が出せず、走り出しが遅れる可能性があるが、各文明の長所を取り込んでいるため、単色デッキと比べてできることが多く、対応力が高い。
 この対戦の焦点は、柚が単色の強みをどこまで引き出せるか、というところにかかっているだろうと沙弓は分析する。
「わたしのターンです。《龍鳥の面 ピーア》を召喚!」
 コマンド・ドラゴンの召喚コストを下げつつ、その登場に呼応してマナを増やす《ピーア》。
 柚はこのクリーチャーをエンジンにして、次々とドラゴンを展開するつもりなのだ。
「……俺のターン。再び《ジャスミン》を召喚。破壊し、マナを追加。さらに」
 橙は残った3マナを支払い、
「《地掘類蛇蠍目 ディグルピオン》を召喚」



地掘類蛇蝎目 ディグルピオン 自然文明 (3)
クリーチャー:ジュラシック・コマンド・ドラゴン 6000
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、バトルゾーンに自分の他のドラゴンがあれば、自分の山札の上から1枚目をマナゾーンに置く。自分のドラゴンが他に1体もなければ、このクリーチャーをマナゾーンに置く。
W・ブレイカー



 たった3マナでパワー6000のWブレイカー。しかも登場時にマナを増やす能力もあり、《青銅の鎧》も驚愕する破格のスペックを持つ古代龍、《ディグルピオン》。
 しかしそんな彼も、万能ではない。穴は存在する。
「《ディグルピオン》の能力で、《ディグルピオン》をマナへ」
「え……召喚したのに、マナへ行っちゃうんですか……?」
「ドラゴンがいないからね」
 《ディグルピオン》は非常に高いスペックを持つが、しかし登場時、他のドラゴンがいなければマナに還ってしまう。
 高打点のクリーチャーを残されなくてホッとする柚だが、橙のマナは一気に2マナも増えている。
「えっと、じゃあ、わたしのターンです。《養卵類 エッグザウラー》を召喚です。《ピーア》の能力でマナを増やして、《霞み妖精ジャスミン》も召喚。さらにマナを増やします」
 対する柚は、手札を潤す《エッグザウラー》をスタンバイさせ、マナも増やし、大量展開の準備を整える。
 だが、ここで橙も動く。
「呪文《ストリーミング・チューター》」
 初めて、橙は自然以外のカードを使用する。
 《ストリーミング・チューター》。橙の使用する水、火、自然の組み合わせがチューターカラーと呼ばれる由縁のカード。
 ひとたび唱えると、山札の上から五枚をめくり、その中の火と自然のカードをすべて手に入れる呪文。運が絡むとはいえ、5マナで最大五枚のカードを手に入れられるため、場合によっては膨大なアドバンテージを得ることができる。
 橙は静かに山札から五枚を取る。
 そして、
「……大当たりだ」
 そう言って、橙はめくった五枚を公開した。
 めくられたのは《爆砕面 ジョニーウォーカー》《フェアリー・ギフト》《無双竜鬼ミツルギブースト》《爆速 ココッチ》《節食類怪集目 アラクネザウラ》の五枚。すべて火、自然のカードだ。
「これらのカードをすべて手札に加え、余ったマナで《爆砕面 ジョニーウォーカー》を召喚。すぐさま破壊し、マナを追加。ターン終了だ」
「たくさん手札を補充されてしまいましたけど、まだ大丈夫です……わたしのターン」
 確かに橙は大きなアドバンテージを得たが、場数自体は増えていない。
 それに、大きくアドバンテージを取るのであれば、こちらも負けていなかった。
「《増強類 エバン=ナム=ダエッド》を召喚! そしてこの《エバン=ナム=ダエッド》を進化!」
 丁寧ながらも力強い手つきで、《エバン=ナム=ダエッド》の上に、さらなるカードが重ねられた。
「四倍速の番長さんですっ! 《四牙類 クアトロドン》!」



四牙類 クアトロドン 自然文明 (7)
進化クリーチャー:ジュラシック・コマンド・ドラゴン 9000
進化—自分の自然のドラゴン1体の上に置く。
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、またはこのクリーチャーが攻撃する時、自分の山札の上から2枚をマナゾーンに置いてもよい。
W・ブレイカー



 《エバン=ナム=ダエッド》が進化したのは、先の時代で大番長と呼ばれたクリーチャーの祖先たる種。恐ろしい姿へ龍化したクリーチャーであった。
 四つの牙を持ち、通常のクリーチャーの四倍の速度でマナを生成することから、彼には四牙類という分類が与えられ、名を《クアトロドン》と命名された。
「《クアトロドン》の能力で、マナを二枚増やします! さらに《ピーア》の能力で一枚、《クアトロドン》はパワー5000以上なので、《エッグザウラー》の能力で手札を一枚増やしますっ」
「…………」
「さらに、ここは攻めますよっ! 《クアトロドン》で攻撃! その時、さらにマナを二枚追加! Wブレイクです!」
 《クアトロドン》の能力によって、柚は大量のマナを生み出しつつ、橙を攻める。
 橙は柚の攻撃を、黙って受け止めた。
「さらに、《エッグザウラー》でもシールドをブレイクですっ!」
「……S・トリガーだ」
 さらに攻める柚。《エッグザウラー》の攻撃で、橙のシールドは残り二枚となるが、そこで橙は、割られたシールドのカードを、場に晒す。
「《ドンドン吸い込むナウ》……《ジョニーウォーカー》を手札に加え、《クアトロドン》を手札へ」
「あぅ……でも、シールドの枚数なら、わたしが勝ってます。まだ、だいじょうぶ……ターン終了です」
 トリガーを踏んだとはいえ、《クアトロドン》は手札にある。マナは十分にあるので、即座に進化し、一気に決めることも不可能ではない。
 と思ったが、橙も甘くはなかった。
「……《無双竜鬼ミツルギブースト》《爆砕面 ジョニーウォーカー》を召喚。それぞれマナと墓地へ送り、《エッグザウラー》と《ピーア》破壊だ」
「あ……!」
「さらに《爆速 ココッチ》を召喚。ターン終了」
 柚のクリーチャーが、あっという間にすべて除去されてしまった。
 これでは、《クアトロドン》を呼び出してから、即座に決めることができない。
「で、でも、わたしが有利なことに変わりはありませんっ。《エバン=ナム=ダエッド》を召喚して、そのまま《クアトロドン》に進化! シールドをWブレイクですっ!」
 これ以上の加速は必要ないと思ったのか、柚はマナを増やさずに、単なる打点として《クアトロドン》で殴りにかかる。
 これで橙のシールドはゼロ。場のクリーチャーもいないため、一見すると柚が優勢に見える。
 しかし橙も、今まで一方的にやられてばかりというわけではない。これは彼の準備だ。
 彼の切り札を——仁義すらも飲み込むほどに強大な、古代龍を解き放つための。
「呪文《フェアリー・ギフト》。次に召喚するクリーチャーのコストを3軽減する。《ココッチ》の能力も合わせ、2マナで《節食類怪集目 アラクネザウラ》を召喚」
 スッと、静かにカードを出し、橙は柚へと目を向ける。
「柚」
「は、はいっ」
 そして、呼びかけた。
「お前はこの家で、多くのことを教えられたはずだ。俺もこの家に来てから、お前と同じことを学んだ。そして、お前以上のことを学び、お前以上の修羅場を潜ってきた。そして一つ、分かったことがある」
 それはどこか回想めいていて、霞家という枠すらも飛び出しているかのようにも感じる語り口だった。
「本当の危機が迫り、修羅の道が開かれ、神話の中の戦争の如き凄惨な遊戯に嵌った時は、仁義も大義も必要ない。最後に必要となるのは——力だ」
 そう言って、橙の手に力がこもる。
 今からそれを証明する、とでも言わんばかりに、ゆっくりと、それでいて漲るような覇気を迸らせて、カードを操る。
「そしてこいつが、俺の見つけた、力の完成系の一つ——」
 橙は——己の力と称するものを、叩きつけた。

「——来い! 《仁義類鬼流目 ブラキオヤイバ》!」