二次創作小説(紙ほか)
- 47話「世界の差異」 ( No.179 )
- 日時: 2015/06/11 04:07
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: rGbn2kVL)
「か、勝ちました……!」
対戦は終わった。
柚の《ザウルピオ》が、橙に最後の一撃を叩き込んだことで、柚に勝利によって、この対戦は終結したのだ。
「やったね、ゆず!」
「あきらちゃん……はいっ!」
柚も暁も、その顔には晴れ晴れとした満面の笑みが浮かんでいた。沙弓や浬も、ホッと安心したように息をついている。
一方、橙はその結果に驚いたように目を見開き、呆けていた。
が、すぐに気を取り直したように、目を瞑る。なにかを思案するように——なにか、感慨に浸るように。
そして、スッと立ち上がると、廊下の方へと歩いていく。
「あ……おにいさんっ」
「…………」
「あの、その……わたし……」
なにもなく出ていく兄に、柚はなにかを言おうとしていた。しかし、なにを言うべきか、なにが言いたいのか、はっきりしない。自分の中でも、答えが出ない。
柚がそのように口ごもっていると、やがて橙の方から、口を開く。
「俺は負けた。ゆえに、俺にはもう、お前を拘束する権限がなくなった」
橙は、背を向けたまま、どこか独白めいた口振りで言った。
「そもそも、霞家の正当な血統でない俺が、本来頭首になるべきだったお前に指図するなど、おこがましく、土台からして道理に外れたことだったのやもしれんな」
その言葉は、どこか懺悔でもするような、後悔が滲んでいるような、それでいてそれを生み出す根元がなくなり、気が晴れたかのような。
努めて淡々としているが、彼の言葉は、そんな様々な感情が入り交じったように聞こえる言葉だった。
「なんにせよ、お前の勝ちだ、柚。勝利はお前の手で掴み取ったもの。後は、お前の好きなようにすればいい。俺はもう、お前に指図できる立場にはないのだからな」
「おにいさん……」
橙は背を向けたまま、柚へと振り返ろうとはせず、襖を開け、廊下に一歩踏み出す。
そして、
「……ありがとうございました」
後ろから、声が聞こえる。
彼はその声に答えることはなく、後ろを向いたまま、静かに襖を閉めた。
「よかったね、ゆず! これで堂々とデュエマできるね!」
「はい……あきらちゃんや、ぶちょーさんやかいりくんの、おかげです。本当にありがとうございました」
「俺たちはほとんどなにもしていないがな」
「そうそう、一番頑張ったのは柚ちゃんよ。橙さんも言ってたように、柚ちゃん自身が掴み取った勝利なんだから」
日が傾きかけた頃、暁たちは霞家を出た。
今は誰もいない——家の者が気を遣って席を外しているようだ——門扉の前で、部活仲間を見送るために、柚もここまで来ている。
「それにしても、なんでダイさんは柚にデュエマさせないようにしてたんだろう?」
ふと暁はそんなことを言う。
それに関しては橙も色々と理由をつけていたが、彼の説明はいまいち説得力に欠けた。結局、彼が柚を束縛していた真の意味は、理解できぬままだ。
沙弓はそのこともずっと考えていたが、やはり答えは出ない。そう思っていると、柚が口を開く。
「……わたし、実は……もしかしたら、おにいさんは、わたしのことが嫌いなんじゃないかって、思ってました……」
「……それって、柚ちゃんのお兄さんが、本当のお兄さんじゃないことと関係あるのかしらね」
「はい……」
「え!? ダイさんって、ゆずのお兄ちゃんじゃなかったの!?」
「そう言ってただろうが……正当な血統じゃないと」
橙は霞家の正当な血統ではない、本来ならば柚が霞家の頭首になるべきだった。そして、柚が霞家の一人娘であるということ。
これらのことから、橙が柚の実兄でないことは想像がつく。
「霞家は、代々男の人しか頭首になれないきまりなんです。今の頭首はわたしのおとうさんで、息子が生まれたら、その子を頭首にするつもりだったらしいんですが……」
「生まれたのは、柚ちゃんだけだったのね」
「はい……ですから、分家——えっと、わたしの親戚の人から、特に血縁の深い——えとえと、一番仲の良かった親戚から——」
「いや、いちいち言い直さなくても分かるぞ」
「あ、そうですよね、ごめんなさい……わたしの家、ふつうじゃないので、どこまで伝わるのかよくわからなくて……」
少ししょげる柚。だが、今回の一件で、柚が妙に臆病な理由が分かっった。
きっと彼女は、自分の家が普通でないことを、早い段階から理解していたのだ。それで、世間一般との差を感じて、普通の人々に対して萎縮してしまう。
自分は彼らとは違うのだと、どこかで思ってしまっているのだろう。
それでも、ここ一番で何事もやり遂げる芯の強さは、家柄によるものかもしれないが。
「えっと、とにかく、おとうさんの跡継ぎが、霞家の本家からは選べなかったので、一番血筋の濃い分家から、後継者にふさわしい男の人を一人、ひきぬいたんです」
「それが霞の義兄、霞橙ってわけか」
「おにいさん、なんてちょっと他人行儀な呼び方も、元々相手は分家で、血が繋がっていないから?」
「は、はい、そうです。昔の呼び方がぬけなくて……おにいさんが霞家に来て、今の名前になる前の名前も知っていますが、わたしは昔から、おにいさん、って呼んでました」
昔の名前。やはりこういう家系だと、名一つ取っても重要なものなのだろう。
霞橙という名前も、恐らくは霞家頭首となるべくしてつけられた名。それが彼にとってどうであるかは、ここで語ることではないだろうが。
「うーん、私にはよく分かんなかったけどさ、だからなんなの? ダイさんがゆずを嫌う理由になるの?」
「元々は分家ってことは、本家に対して思うところもあるだろう……本家も本家で、分家から引き抜かれた人間に、なにか憎まれ口を、陰で叩いているとも限らない」
「は、はい……わたしは、家のお仕事のこととか、家の人たちがあんまり教えてくれないのでほとんど知らないんですけど……もしかしたら、本家に移っておにいさんが本家の人から嫌なことをされたから、わたしの代わりであるおにいさんは、わたしが嫌いになったんじゃないかって、思ったんです……」
「んー……そんなことはないと思うけどねぇ……」
沙弓は思い返すように言う。
橙の言動は淡々としており、表情からもなにを考えているのか読みづらいところはあったが、しかし彼の態度は、とても柚を嫌っているかのようではなかった。
そもそもあそこまで不遜な態度を取っているのだ。陰口の一つや二つ叩かれる程度、屁とも思っていないだろう。その覚悟ができていないようにも見えない。
「……まあ、難しいことはよく分かんないけどさ、よかったじゃん」
「は、はい。おにいさんも許してくれましたし……ちょっと強引だったとも思いますが……」
「そこはあまり気にしちゃいけないわ。相手から持ちかけてきた提案だしね」
ふと、浬は空を見遣る。
もう夕暮れ。日も大分傾いてきた。
「……じゃあ、俺たちはそろそろ行くぞ」
「あ、はい。今日は、本当にありがとうございましたっ」
「だからほとんど柚ちゃんの手柄なんだけど……まあ、いいわ。どういたしましてと、言っておくわね」
「またねー、ゆず! 明日、学校で!」
「はいっ」
そういって、遊技部と柚は、別れたのであった。
(……それにしても、霞橙さん)
柚と別れた後、沙弓はふと思う。
(デュエル・マスターズをただのカードゲームじゃないと本気で思っている風だったけど……クリーチャー世界と関係しているのかしら。あちらの世界に足を踏み入れたことのある人間なのかしら……?)
一度カマをかけて、見事に引っかけることはできたが、相手も素人ではない。かかりは中途半端だった。
確かに橙はデュエル・マスターズというカードゲームが、ただのカードゲーム以上の意味を持つことを知っているようではあったが、それが本当にクリーチャー世界のそれと通じているのかと言えば、必ずしもそうとは言い切れない。
単純に沙弓の軽口に気分を害したとか、実はカード絡みのトラブルを本気で懸念しているとか、はたまた別のなにかを知っているのか、理由は色々と思いつくが、多くの理由が思いつくだけに、断定はできない。
自分たちの状況は、なにも知らないものには絶対に他言無用だ。それこそ、柚が勝ち取った権利を、取り下げにされてしまう可能性さえあるようなことだ。
そういうこともあり、あの場ではなにも言えなかった。橙がクリーチャー世界について知っている確証がなかったがゆえに。
(今度、一応リュンにも聞いておこうかしら……)
以前、自分たちも知らない人間たちをこの世界に導いていたので、またなにも伝えずそうした可能性はある。
そんなことを考えていると、不意に彼女の携帯が鳴った。ほぼ反射で画面を開くと、
「……来たわね」
「? 部長? どしたの?」
「なにかあったんですか?」
暁と浬が覗き込むように沙弓に視線を向ける。沙弓は、言うより見せる方が早いと判断し、その画面を二人に見えるように見せつける。
そして、二人も、一瞬で理解した。
それを察すると、沙弓口を開く。
「……勝負の明日よ」
携帯の画面には、このように表示されていた。
『準備完了。明日に作戦開始。詳細は追って連絡』