二次創作小説(紙ほか)

烏ヶ森編13話「日向恋」 ( No.181 )
日時: 2015/06/16 03:24
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: xurEHj3I)

「恋……やっぱり恋だ……!」
 一騎は感極まったように二人の少女のうちの片方——非常に華奢で、儚げで、昏さを感じさせる少女を見て、声を漏らす。
 こんな状況で、自分の思いが場違いなことは分かっている。だがそれでも、安心せずにはいられなかった。
 ——恋は、やっぱりこの世界にいたんだ。
 その思いが、一騎の中で満たされていく。
 しかし、対する彼女の眼は、酷く冷たい。この世のすべてを否定するかのような、昏い眼のままだ。
 そんな眼で、彼女はこちらを見据えている。
 そしてやがて、くるりと踵を返した。
「……キュプリス」
「いいのかい? 彼、君の知り合いじゃないのか?」
「……いいから」
「はいはい、了解したよ」
 と、次の瞬間。
 彼女の姿は、完全に消えていた。
「っ! 恋! 待て!」
 一騎は再び焦ったような、必死の形相で手を伸ばすが、時は既に遅し。遅すぎた。
 その手は虚空以外のなにものも掴むことはなく、ただただ、空振りするだけだ。
「恋……やっぱり、あいつはこの世界にいたんだ……よかった……」
 一騎は空振った勢いのまま、地面に膝をつくが、どことなくほっとしたような表情を見せ、安堵の溜息を漏らす。
 彼女がこの世界にいたこと。それは、たったそれだけのことでも、一騎にとっては大きなこと。これで一歩、前進できた。
「……えーっと、これは一体、どういうことなのかしら……?」
 と、そこで。
 今まで唖然としていた三人のうち、長身の少女が、やっとのことで声を上げる。
 それでも明らかに戸惑った様子を見せており、一騎は今現在、感極まったような表情で使い物にならない。それを一瞬で悟った氷麗は、少女たちの方を向く。
「……あなた方が、リュンさんが導いてきたという、人間の方々ですね」
 氷麗はいきなり核心を突く。実際に写真などを見たわけではないが、雰囲気からクリーチャーでないことは伝わるし、リュンが先に他の人間をこの世界に連れてきたことは知っている。だから、率直に言えた。
 そして相手も、少し警戒心を緩めたように、口を開く。
「そうだけど……リュンのことを知ってるのね。しかもその物言い……あなたたちもクリーチャーかしら?」
「その通りです。正確には、私は、ですけども」
 一騎はクリーチャーではないので、その点だけははっきりさせておく。
 それでも相手は、かなり驚いているようだった。もしかしたら、リュンから自分たちのことは聞いていないのかもしれないと、ふと考える。
 相手はなにか聞きたそうにしているが、質問内容をまとめる時間も欲しいだろう。こちらとしても、とりあえず落ち着ける場所に移動したい。
「こんなところで立ち話をするのもなんですし、とりあえずピースタウンにでも行きましょう。私たちの仲間にも連絡して、そこで落ち合うことにします」
「えぇ……分かったわ」
 少女
「一騎先輩。ミシェル先輩と空護先輩を呼び戻します」
「……恋……」
「先輩、聞いてますか?」
 少し声を大きめにして、氷麗は一気に呼びかける。
 すると、一騎はハッとなったように、氷麗に向く。
「え……あ、うん。なにかな」
「……お二方を呼び戻して、ピースタウンに向かいます。いいですか?」
「う、うん……分かったよ」
 少し焦り気味に答える一騎。
 先ほどの少女の発見は、一騎にとっては非常に大きなものであったことは分かる。だが、それにしても気が散りすぎているのではないだろうか。
 その様子に、氷麗は少々の不安を、抱かずにはいられなかった。



 ところは変わり、ピースタウン。例の、ウルカの工房。
 そこには、一騎たち二人に加え、呼び戻したミシェルと空護。そして、先ほどの少年少女四人の、計八人が集まった。
 なお、ウルカは今は席を外している。
「……大体、そっちのことは理解できたわ。リュンが私たち以外にも声をかけていたのね……私たちの他にもそんな人間がいたなんて、少し驚いたけど、ちょっと考えればその可能性もあったと気付けたことね。それでも、私たちになにか一言伝えておいてもいいでしょうに」
 そう、長身の少女——卯月沙弓という少女は、ぼやくように言った。
 彼女はこの四人の中のリーダー格のようだった。部長と呼ばれており、この四人はなにかの部活動という集団で動いているようだ。その点では、こちらと同じである。
 氷麗は先に、自分たちの身分と、目的を伝えた。先に一騎らがリュンに導かれ、後に氷麗がナビゲートするようになったこと。そして、一騎が実の妹のように大切にしている少女——日向恋を探していることを。
 彼女のことを、沙弓たちはラヴァーと呼んでいた。リュンもそんなことを言っていたが、それが日向恋の、この世界での名のようだ。
 だがそんなことは一騎には関係ない。恋は恋だ、と言ってばかりである。
 ラヴァーについては、沙弓や、長身の少年——霧島浬、そして袴姿の少女——霞柚などからも話を聞き、彼女がこの世界でなにをしているのかは、概ね理解できた。
 それはつまり、支配だ。
 制圧と言い換えてもいいかもしれない。
 各文明、各種族、各集団がそれぞれバラバラになった今のこの世界だが、そのバラバラになった世界を統一でもするかのように、各地のクリーチャーの集団、または個人を、力を持って抑圧しているようだった。
 そして、今現在、制圧された場所は実質的な光文明の領地になっており、植民地のような状態になっているらしい。
 そんな、ラヴァーについて聞き終えた後、沙弓は一度、確認を求めた。
 こちらの目的、そして、ラヴァーと日向恋という、少女について。
 これは、一騎の口から言われることとなった。
「俺は、恋を探して、ここまで来ました。そして遂に、見つけたんです」
「……それって、やっぱり、あの子なのよね……」
「はい。さっきの、小さな女の子——あれが、恋です」
 一騎は、はっきりと、断言した。
 小柄で、華奢で、儚げで、昏い眼の少女。
 彼女は、一騎の中では紛うことなく、日向恋だった。
 そこでふと、一騎は一人の少女に目が向いた。
 ここに来てから、名乗りを上げた時以外は一言も発言していない、黒髪の少女。先ほど、ラヴァー——日向恋と、神話空間で戦っていた少女だ。
 非常に快活で、活発そうな少女なのだが、なぜだか今は大人しい。見た目によらず内気なのかもしれないが、そうは見えない。どこか思案しているようにも、呆然としているようにも、思い悩んでいるようにも見える。
(……確かに、空城さん——空城暁さん、だっけ)
 一騎は少女の名を思い出す。
 だがすぐにハッとなった。今は彼女について、語っているところだった。
 そして次の言葉を紡ぐ。
「俺は、恋を連れ戻すのが目的です。やっとあいつを見つけた……次こそは、必ずあいつと話がしたい」
 力強く、言い放つ一騎。これだけは譲れないと言わんばかりの力強さだ。
 とはいえ沙弓たちも、何度も彼女と接触しており、因縁は非常に強いらしい。この世界では接触どころか、ほぼ見ただけの一騎たちとは違う。実際の対戦を、幾度となく経験している。
 ゆえに向こうとしても、簡単には譲れないことだろうと思ったが、
「それについては、私たちも協力するわ。あのラヴァーという女の子については、私たちよりも、あなたたちの方が上手く対応できると思うし、あなたたちがそれを望むなら、譲らないわけには行かないしね」
 存外あっさりと、沙弓は今回の案件を一騎に託した。少々拍子抜けだが、彼女に対する理解の違い、情報の違いを考慮すると、一騎たちに任せた方がいいと判断したのだろう。それについては、浬や柚も同意見のようだった。
 ただし、暁はなにか言いたそうな顔をしていた。だが、言葉が出て来なかったのか、すぐに身を引くような素振りを見せる。
「ありがとう……でも、あいつは、恋はまた姿を消してしまった。また、一から探さないと——」
「それには及ばないよ」
 と、一騎の言葉を遮り、工房の入り口から聞きなれた声が聞こえてきた。
 そして、そこにいたのは、
「リュンさん……! お久しぶりです」
「リュン、今までどこに行ってた?」
「そ、そうですよ……今日はなにも連絡なしで、いなかったなんて……」
「ごめんごめん。ちょっと手間のかかる作業もあったものだから、つい連絡を忘れちゃってたよ。でも、タイミングとしてはちょうどよかったみたいだね」
 どこか勿体ぶるように言うリュン。
「どういうことよ」
「僕だって、現状を早く打開したいと思ってるってことだよ。君らが合流して、戦力も大きく向上した。彼女を落とすなら、これが好機だ」
「だからなにが言いたいんだよ、お前は。はっきり言え」
「流石に要領を得ませんねー」
 リュンの歯に衣を着せたような物言いに立腹したように、ミシェルは声を荒げ、空護も同意を示す。
「悪かったよ。つまり、僕は彼女にこちらから接触する機会を作ってきたんだよ」
 リュンのその一言で、一同はざわめく。
「どうやってそんなことを……?」
「ちょっと手間はかかるけど、そう難しいことじゃないですよ、氷麗さん。あの子の目的と行動原理を考えれば、誘導して接触の機会を作るくらいはできますよ」
 彼女の目的は、この世界に新しい秩序を作ること。
 光文明を軸とし、他文明を少々強引な方法ででも統率し、支配する。そうやってすべての地域を支配すれば、全体の統制となる。そこから、秩序を作るつもりなのだろう。
「ある種の絶対王政を作るつもりなのか……?」
「その可能性も否定できないね。そして、こういうやり方をやってるわけだけど、彼女は軍略の才には欠けているようだね。正直、手際が悪すぎる。まだこの世界の一割も制圧できてはいない」
 彼女がこの世界に現れてからどの程度の時間が経っているのかは分からないが、リュンがそう言うなら、そうなのだろう。
 そして聞くところによると、彼女の制圧というものは、それほど協力ではないようだ。
「制圧した場所の、原住民への拘束が甘すぎるね。一度制圧しても、他の場所を制圧しているうちに反乱を起こされて、領地を取り戻されているケースが少なくない。そういった場所は、また決まって制圧し直して、二度目は拘束力を強めているけれど、二度手間だ」
 学習能力が低いのか、はたまた他の目的があるのかは分からないが、そんな調子で彼女の制圧の効率は非常に悪いらしい。
(そういえば、恋は戦略ゲームとかは苦手だったな……)
 昔の記憶で、彼女も今よりずっと子供だったが、ふとそんなことを思い出す一騎。
 しかし、今はそれは関係ない。すぐに振り払い、リュンの話に集中する。
「それで、どうやって彼女と接触するのかしら?」
「簡単だよ、どこかで反乱を起こせばいいんだ。そうしたら、彼女はいずれやってくる」
 要するに、彼女に制圧された地の原住民に手を貸して反乱を起こし、誘い出そうというのだ。
「実は、もうその準備は整ってるんだ。もうすぐにでも反乱は起こるし、目立つ場所だから、彼女も見て見ぬ振りはできないはずだよ」
「……急だな」
「でも、早いに越したことはないわ。私たちも準備して、あの子に立ち向かわないと——」
「待って」
 今後の方針が決まり、全体の空気も前向きになってきたその時。
 一騎が、立ち上がった。それに一同は注目する。
 ずっと考えていた。彼女と接触して、自分はどう彼女と向き合えばいいのか。その答えは、まだ出て来ない。
 だが、彼女と向き合うために、自分がどうしたいかは、思い立った。
 それを、一騎は一言。鋭い刃の一閃のように、皆に告げる。

「俺に、俺一人に……やらせて欲しい」

 一騎は、そう言った。
 それを見て、隣に座っていたミシェルは、咎めるような視線を向ける。
「おい、一騎……!」
「これは俺の問題です。俺と、恋の……俺がもっとしっかりしていれば、もっとちゃんと、あいつのことを見ていれば、こうはならなかった」
 ミシェルの眼による制止も聞かず、一騎は吐き出すように、悔いるように、続けるのだった。
「だから、俺のけじめをつける意味でも、ここは俺にやらせて欲しいんです。俺が、恋をなんとかしなくちゃいけない……だから、俺にやらせて欲しい!」
 身を乗り出し、懇願する一騎。その必死で一途な彼の、懺悔にも似た嘆願を、誰が拒絶できようか。
 沈黙が空間を支配し、ややあって。
「……分かったわ。それじゃあ、あの子については、そちらに任せます。私たちはサポートに回るわ。でも、なにかあったら、必ず連絡をください」
「僕も、まだ残ってる準備を急ぐよ。すべての準備が整ったら、すぐ氷麗さんに連絡する」
「……ありがとう」
 こうして、これからの活動は決定した。
 こちらは一騎を軸として、彼女と接触。沙弓たちはそのサポート。
 一見するとただの一騎の我儘だが——実際その通りなのだが——ラヴァーこと日向恋の情報についてはこちらが、主に一騎が最もよく知るところだ。
 だからこそ、彼女を止めるのならば一騎が適役というのは、分からない話ではない。納得はできるだろう。ゆえに向こうも承諾したのだと思う。
 今までほとんど進展がなかった一騎たちだったが、ここに来て一気に重要な役目を引き受けることとなった。
 だがそんなことに気負いなどはしない。そもそも、一騎から買って出たことだ。気負いなど、あるはずがない。
 あるのはただ、彼女に向けた思いのみ。ただひたすらに、前へ前へと向かう、兵のような滾る志だけだ。

(恋……待ってろよ……!)

 一騎は、決心したように、心中で呟く。
 ただ一人、彼女に向けて——