二次創作小説(紙ほか)

烏ヶ森編14話「一騎vsラヴァー」 ( No.182 )
日時: 2015/06/17 08:42
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

「……一騎、大丈夫か?」
「え……? なにが?」
 いつもよりも緊張感漂う部室。張りつめた空気感の中では、誰も言葉を発することができなかった。
 それもそのはず、今日は大事な日。例の作戦を決行する日なのだ。
 昨日、氷麗を通してリュンから連絡があった。『準備完了。明日に作戦開始』という連絡が。
 なので今日は、ラヴァー——一騎の言う、日向恋という少女と接触するための、大事な作戦の日。
 思えば、一騎がリュンを連れて来て、クリーチャー世界を訪れるようになったのも、すべてはこの日のためだったのかもしれない。
 勿論、それはただの結果論だ。一騎はこうなることを想定してリュンを連れてきたわけではないし、リュンもこんなことは予想外だったに違いない。結果として、こうなっただけだ。
 だがそんなものはどうでもいい。今日こそが一騎の求めていた日。彼が求める少女に、あの世界において、触れる日なのだ。
 だから部長たる一騎は、いつも以上に真剣な面持ちで、気迫めいたものを発している。
 ゆえに部員も、今まで見たこともないような部長の様子に戸惑い、言葉を失っていたが、しばらくしてその静寂を、ミシェルが打ち破った。
「なにがって……お前、少し肩に力入りすぎだ。かなりガッチガチだぞ」
「そ、そうかな? 普通のつもりなんだけど……」
「明らかに普通ではないですねー」
「今日の剣崎先輩は、少し気迫が強すぎるというか……」
「ぶっちゃけ、怖いっす」
 八にまでそんなことを言われてしまう一騎。どうやら、一騎以外の部員にとっては、今の一騎の状態は共通して異常を感じているらしかった。
 確かに一騎自身も、今日という日のために、入念に準備をし、心構えもしてきたつもりだ。色々と悩みもした。だが、それはある種当然のことであり、この大事な日に、完全な自然体でいられるはずもない。そこまで、一騎はマイペースな人間ではないのだ。
 勿論それは部員にも分かっている。それを差し引いても、一騎の様子は変だと言っている。
 だが一騎は、それでも平常を装う。
「……俺は大丈夫だよ」
「本当かよ……?」
 疑ったような眼差しで一騎を眺めるミシェル。
 もっとなにか言いいげであったが、しかし彼女の言葉は、氷麗によって妨げられた。
「……時間です」
 氷麗は、静かに言った。
 今回転送するのは、一騎だけだ。いや、正確には他にも二人——今回はミシェルと美琴を——転送するのだが、座標をずらす。
 日向恋という少女と対面するのは一騎一人。他の二人は、そこから少し離れた位置で待機。
 ——加えて、先日出会った東鷲宮の者たちも、また別のところで待機させる。
 今回の作戦は、基本的に一騎が単独で遂行する。
 他の者は、念のためのリカバリだ。恐らくはただいるだけになるのだろうが。
「じゃあ、まずは一騎先輩を送ります」
「うん。お願いするよ、氷麗さん」
 氷麗は転送の準備を事前に済ませており、今すぐに一騎を転送可能だ。
 一騎は一度、氷麗に背を向けると、部員たちへと向き直る。
「じゃあ……行ってくる」
 そして。
 そんな言葉を残して、消え去った。



 そこは、自然文明の集落の一つだった。
 さして大きな集落ではないが、分裂して、数多くの集団に散り散りに分かれている自然文明の中では、比較的大きな集落だ。
 そして、その集落は今まさに、一揆を起こしていた。
 それとも革命——反乱とでも言うべきか。
 一度は光文明に制圧され、支配下に置かれたものの、“ある者”の手引きによって、支配された自然文明の民たちは、支配からの解放を掲げ、光文明に反抗する。
 あちらこちらで怒号が轟き、赤い戦火がちらつく。
 黒煙が噴き出し、焦げた土の匂いが漂ってくる。
 そんな集落の一角。
 主な戦場にはなっていない、だがしかし、それなりに開けた場所。
 そこで、二人の“人間”が向かい合っていた。
 片や、普通の少年だ。顔つきも、体格も、おかしなところはなに一つない。
 強いて言うならば、その目に灯る炎が、奇妙なまでに燃え上がっていた。
 様々な感情を飲み込み、内包し、燃焼する、熱き炎。
 少年はその炎を抱きながら、目の前の“彼女”を見つめる。
「……恋」
 少年は彼女を呼ぶ。しかし反応はない。
 呼ばれた少女もまた、少年と向かい合っていた。
 小柄すぎるほどに小柄で華奢な矮躯。
 可憐で、儚げで、守ってあげたくなるような、小さな少女。
 この世のすべてを否定するかのような、昏い瞳さえなければ、そう思っていたことだろう。
 光はなく、光さえ届かない、閉ざされた漆黒の瞳。
 彼女はその眼差しで、“彼”と相対する。
「……恋」
 少年は——剣崎一騎は、再び彼女の名を呼ぶ。
「恋、俺だ。分かるよな? 一騎だ」
「…………」
「……帰ろう、恋」
 一騎は手を差し伸べる。
 しかし、彼女は答えない。
 その手をジッと見つめるだけで、握り返すこともしなければ、前に踏み出すこともなく、微動だにしない。
 それどころか、
「……帰って」
 彼女は、小さく、呟くように——彼を突き放す。
「あなたに……用はない……」
「お前に用がなくても、俺にはあるんだ」
 だが一騎は食い下がる。
「俺はお前を連れ戻す。絶対にだ」
 それは力強い宣告だった。
 彼の意志がすべて込められた、一言。
 それは彼女の小さな言葉では決して覆らず、強固なものとして現れる。
 しかしやがて、一騎は表情を少しだけ、和らげる。
 だがそれは柔和なそれではなく、どこか陰りを感じさせるような、同情のような悲愴を滲ませた顔だった。
「……恋、もしかして、お前……」
 一騎は一瞬、躊躇う。
 このことを口にしていいのか、悩む。
 これは彼女にとっては、封じておくべき過去。いわば、触れるべきではない禁忌の記憶だ。
 それは、自分もよく知っている。
 だが、だからこそ、一騎は思い切る。
 あの時のことが関係しているのなら、なおさらこんなところで足踏みしている場合ではない。前に進まなくてはならない。
 彼女のためにも、彼女を救うためにも。
「……やっぱり、あの時のことが——」
「関係ない……」
 しかし、一騎の言葉は、瞬く間に掻き消されてしまう。
 だがそのお陰で、はっきりした。
(恋はまだ、あの時のことをひきずっている……やっぱりか)
 そのことが今の彼女に直結しているのか、そこまでは分からない。
 それでも、それだけでも分かれば。
 一騎は、スッとポケットに手を入れる。
「……恋」
「…………」
「デュエマを、しよう」
 それは唐突な一言だった。
 一騎は、デッキケースを握り締め、彼女に突き出す。
「俺が勝ったら、一緒に家に戻ろう」
「…………」
 彼女は答えなかった。
 しかし彼女のその手にも、一騎同様にデッキケースが収まっている。
 それはもう、戦う意志の表れだった。
「……恋」
 彼は、最後に小さく、彼女の名を呼ぶ。
 それを皮切りにするかのように、彼と彼女を、神話空間が包み込んだ——