二次創作小説(紙ほか)

49話/烏ヶ森編16話 「焼けた過去」 ( No.187 )
日時: 2015/06/28 12:48
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

 日向恋という少女の話をしよう。
 彼女は自らをラヴァーと名乗るまで、ごくごく平凡な少女であったかというと、お世辞にもそうとは言えない。
 むしろ、変わっていた。
 どう変わっていたかというと、周りの人間からは、俗に“電波”“厨ニ病”などと蔑まれていた。
 具体的に言うならば、彼女には、聞こえないはずの声が聞こえていたのだ。それも、彼女にだけ。
 さらに具体的に、なんの声が聞こえていたかと言えば、その答えは一つ。
 クリーチャーだ。
 彼女もまた、幼い頃よりデュエル・マスターズというカードゲームにはよく触れていた。非常によく面倒を見てくれる、兄のような存在の彼の影響を受けて、彼女はデュエル・マスターズというものがとても好きであった。
 それが、当時から不器用で、人付き合いも苦手であった彼女のコミュニケーションツールでもあり、心の拠り所でもあった。
 そう、依存していたのだ。
 それゆえに、依存しすぎていた故に、彼女は絶望を見ることになった。
 クリーチャーの声が聞こえる。これが彼女の依存がいきすぎた結果なのか、単なる彼女の妄想なのか、それともなにか大いなる意志による天からの授かりものなのか、それは分からない。
 しかし、考えてもみたまえ。一般の目には、たかだかイラストや文字が印刷されただけの薄い紙から、声が聞こえるだなんて言っても、妄言としか聞こえないだろう。
 実際、多くの者は彼女の妄想だと信じて疑わなかった。彼女の最大の理解者の一人であった、兄のような少年さえも、心の奥底ではそう思っていた。
 しかし、神話の存在が統治し、去った世界を見たことのある諸君らであれば、クリーチャーの声が聞こえるということがあり得ないと、一蹴するすることはできないだろう。当時の彼女は、まだ神話世界に足を踏み入れていないことなど、不可解な点は残るのだが。
 それはそれとして、そんなクリーチャーの声が聞こえる少女だが、それは現実問題、彼女だけであった。他の者には聞こえず、またクリーチャーの声が聞こえるなどと言う少女は、当然ながら気味悪がられた。疎まれ、見放されていった。
 そして、孤立していった。
 彼女の非社交性もそれに拍車をかけたのだろう。掛け値なしで本当に人付き合いのできない彼女は、通っていた小学校でたびたび問題が起こり、今まで計四回も転校している。
 一回目は、彼女の言い分——クリーチャーの声が聞こえるという奇怪な言い分——を、担任だった教師までもが気味悪がり、それを良しとしなかった彼女の親によって転校。
 二回目もほぼ同じだ。担任教師どころか、校長まで彼女を敵視にも近い疑惑の目を向けていたため、その学校を離れることにした。
 そして、三回目。
 この三回目の転校で、彼女は今の土地にいて——烏ヶ森学園に籍を置いている。
 彼女がラヴァーという名前を得たのも、恐らくはこれ以降だ。
 そしてその三回目は、彼女がそれまでにいた土地を離れたいがために、そこであった凄惨な出来事を忘れたいがために、思い出したくないがために、自分の世界の外に放り出したいがために、転校した。
 それはどういう意味か。
 つまり、三回目の転校をする前、二回目の転校によって訪れた、辺境にある学校で、その事件は起こったのだ。
 そこは今いる土地からは、かなり離れている。少なくとも同じ都道府県ではない。
 そこには海があった。海の近くにある学校だった。生徒数が少なく、かなり過疎化が進んだ、閉鎖的な田舎の学校。
 彼女の親からすれば、今までの都会暮らしから気分を一転させようという意図があったのかもしれない。今までは不気味だなんだと蔑まれた彼女の妄言も、科学の最先端から何歩も引いている田舎の過疎地域ならば、受け入れられるのではないかと。
 しかしそれはただの願望でしかない。閉鎖的であるその空間において、他の地方からやってきたオカルトがどれほど受け入れられるのか、それを彼女の親は考慮していなかった。
 そもそも閉鎖的であるということは、ある意味では縄張り意識が強いということだ。過疎化の進んだ地域であればなおさらその傾向は強い。
 さらに言うと、思慮分別のある大人ならばともかく、子供からすれば他の地域からやってきた者は“よそ者”と認識されてもおかしくはない。
 加えてその“よそ者”がわけも分からない妄言を吐いているともなれば、今までと同じような扱いを受けるのも当然とも言える。
 だがここでの悲劇は、今までと同じ扱いという枠には収まらない。
 閉鎖的である田舎の地域。その性質が生んだのは、今までと同じ扱い——それ以上の過激さだった。

 孤立する、罵られる、石を投げられる……そんなことは毎日のようにあったし、最初からそうだった。その程度のことは、彼女にとってはなんてこともなかった。
 カードといること、クリーチャーと共にあること、それが彼女の最上の喜びであった。彼女とクリーチャーの繋がりさえあれば、現実での出来事など些事でしかない。
 そう、カードは、クリーチャーは、彼女の拠り所だったのだ。それゆえに、彼女はその拠り所に依存していた。
 だから、あの事件が起こって以来、彼女はすべてを閉ざしてしまった。
 それは、一騎がまだ小学四年生——彼女は小学三年生の頃だった。
 彼女は上級生の集団に呼び出された。上級生の集団と言っても、そこには同級生や下級生の姿もおり、特に彼女を強く敵視する一集団だ。
 本来なら呼び出しなんて無視するはずだった。しかし家に閉じこもりがちな彼女は非力で、小学生とはいえ年上の男子に力で敵うはずもなく、無理やり外へと連れ出されたのだ。
 彼らはなにかを言っていた。なんと言っていたのか、そんなことは覚えていないし、どうでもよかった。
 適当に聞き流していると、突然、羽交い絞めにされた。抵抗なんてできるはずもなかった。身体は微塵も動かせず、彼らは彼女の衣服をまさぐる。
 彼らには下劣な心などはなかった。妖怪に性欲を抱く者などいないように、日向恋という異物のような少女は、彼らにとっては敵視の対象であってまともな人間としては見ていない。
 だから彼らが手に入れたのは、箱。
 デッキケースだ。
 彼女の仲間である、同胞である、親友であるカード——クリーチャーたちは、瞬く間に略奪された。
 そして、赤い揺らめきが起こる。
 カードの端が、黒く染まり、失われていく。
 灰が零れ落ちる、風に舞い、消えていく。
 彼女のカードに火が灯り、焼けていく。
 一枚、また一枚——じれったくなったのか、最後にはデッキの中身を乱雑にぶちまけて、ゴミを燃やすかのように、炎上する。
 彼女の仲間は、同胞は、親友は——



 ——すべて、焼け死んだ。



 一騎が駆けつけた時には、もう遅かった。
 すべてのカードは灰になり、跡形など残ろうはずもない。
 彼女は泣いていなかった。しかしその瞳には、なにもなかった。
 この事件は後に大きな騒ぎとなり、その時はリュウと呼ばれたりナガレと名乗ったりする少年の手によってひとまずは収まった。
 だが、彼女のことを気味悪がっていたのは少年たちだけではない。
 学校はただの悪ふざけが少し行き過ぎただけとして、一切関与せず。閉鎖的な地域であったこともあり、報道すらされない。
 しかし仮に学校が謝罪しようがなにをしようが、彼女にとっては関係なかった。
 すべてを失った彼女には、もう、何も残ってなどはいないのだから。
 そんな事件もあり、その後すぐに二人は転校した。
 それ以降、彼女は外界とのすべての接触を断ち切り、すべてを閉鎖してしまった。
 四回目の転校は、単なる親の仕事の都合というものだった。だがもはや、彼女にはそんなことは関係ない。
 剣崎一騎という少年が彼女の傍を離れようとせず、四回目の転校先にも着いてきたが、それも関係ないことだ。
 なにせ彼女にとって、彼女の世界は、すべて崩壊していたのだから。
 彼女の世界は、悪意の火によって、存在しなくなってしまったのだから——