二次創作小説(紙ほか)
- 50話/烏ヶ森編17話 「決意」 ( No.188 )
- 日時: 2015/06/28 14:12
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)
「……そんなことが……」
なにも知らない者からすれば、それは行きすぎた子供の悪戯のようなものに見えるのだろう。暁も、中学生になる前だったら、そう思ったかもしれない。
だが、日向恋は、確かにクリーチャーの声を聞いていた。
つまり、彼女とカードの中のクリーチャーは、彼女らにしか介さない、友人どうしだったに違いない。
彼女は、友人たるカードを、目の前で燃やされた。
轟々と燃える炎に焼かれる友の姿を、目の当たりにしたのだ。
その痛みは、想像に難くない。暁も、今の自分のデッキが同じ目に遭ったら——そう思うと、心が痛いどころではない。
なにもかもが、閉ざされたような錯覚に陥りそうになる。
そしてその錯覚は、日向恋が、ラヴァーという名であることで、現実となっている。
「あの時、俺はなにもできなかった……だから恋も……!」
一騎の後悔は止まらない。なにもかも、すべてを吐き出してもなお、彼の心の奥底からは、懺悔のような思いが、言葉が、溢れ出る。
むしろ、溢れ出る彼の感情は、氾濫するかのように、増大しているようですらあった。
「……頼むっ!」
「っ……!」
ガシッと。
一騎の手が、暁の小さな肩を強く掴んだ。
気遣いもなにもない、必死さだけが募った力で、強く、強く。
だが、とても悲しい眼で、一騎は告げる。
救済を求めるように、自分より小さな少女に。
恥も外聞もなく、滴る滴が地面を濡らすことも厭わず。
たった一人の少女を思うだけの感情で。
彼は、ただひたすらに、希う——
「——恋を、助けてくれ——!」
「——うん、了解。ありがとう、氷麗さん」
そう言い終えてから、リュンはもうすっかり手に馴染んだ携帯の通話を切る。受話器の向こうの彼女は自分から切れないので、こちらから切るしかないのだが。
「一度は取り逃がしたけど、今度はそうは行かないよ、慈愛の恋人さん」
彼女に一騎敗れ、作戦は失敗した。だが、たった一度の失敗で諦めるリュンではない。
一騎自身や暁たちは今回の失敗を大分引きずっているようだが、リュンは失敗は仕方のないことだと割り切っていた。そもそも現在無敗のラヴァーに勝利することが作戦成功の必須事項なのだから、場合によっては失敗の可能性も十分考えていた。
だからリュンはすぐさま動き、次の手を打つ。氷麗やウルカの協力も得て、かなり早い段階で彼女の尻尾をつかむことができた。
準備が完了するのはもうすぐだ。後は彼女に気付かれないよう動き、彼女たちにこのことを伝えるだけ。
リュンとしても、世界の調和云々もそうだが、《慈愛の語り手》を従える彼女のことは放っておけないのだ。
その時、ふとリュンは思い至る。
「神話の語り手たち……僕は十二神話そのものじゃないから、彼らがどのような意図を持って彼らを“あんな姿”で封印したのかは分からない」
だけど、とリュンは続ける。
「神話の意志は継がなくてはならない。そのためには、語り手の存在は絶対に欠かせないんだ」
語り手たちの力を解放する存在を導くことが、自分の役目。すべての語り手が集結し、力を合わせなくては、この世界に新たな秩序、調和、平和は訪れない。
現状、《慈愛の語り手》だけがその枠から外れている。
「だから、僕は語り手が本来あるべき姿に戻さなくてはならないんだ」
それが自分のなすべき使命であると言うように、リュンは拳を握りしめ、そして、言葉を紡ぐ。
己の命を思い返すかのように。
「オリュンポスの名にかけて——」
「——おまえらー、席に着けー、授業始めるぞー」
個人の事情などとは関係なしに、日々の時間は流れている。
今日もまた、いつものように東鷲宮中学では、授業が行われるのだった。
教室に科目担当の教師が入ってくる。点呼は取らず、ざっと教室を見回して、出欠を確認する。
その中で、ふとその教師はいつもとは違う点を察知し、声を上げる。
「あれ? やけに今日は静かだな。空城はどこいった?」
教師が教室内を見回す。
いつもは騒がしく落ち着きのない素振りを見せるはずの生徒の姿がない。
代わりに、おずおずと小さな手が上がった。
「あ、あの、先生……」
「ん? どうした霞。空城がどうしたのか知ってるのか?」
「はい……あきらちゃ——えっと、空城さんは、体調が悪いからって、保健室にいきました……」
「あいつが? はぁん、珍しいこともあるもんだなぁ……まあ、なら後でノートでも見せてやってくれ。んじゃ、授業を始める。今日は一昨日の続きで、ページは——」
教師としてはあるまじき、かなり粗雑な対応だったが、柚は内心ホッとしていた。下手に詮索されては困るのだ。
柚とて彼女がどこに行ったのかなどは知らない。ただ、柚に分かるのは、今の彼女は一人にしておくべきだということだけだ。
いや、それも少し違う。
彼女がそうありたいと願うことは、自分はするだけだ。
それでも柚は心配そうな表情で、窓の外を見遣る。
「……あきらちゃん……」
太陽山脈サンライズ・マウンテン。
その頂上には、二つの影が見える。
一つは人間の少女。セミショートの黒髪を小さくなびかせて、頂からどこかを見つめている。
もう一つは、小さなクリーチャー。二等身程度の小さな体躯に、黒い翼を持つ。
「……暁、ガッコーとかいうのはいいのか?」
「うん……」
クリーチャー——コルルは、自身の今の主である少女、空城暁に問うた。だが、暁からはぼんやりとした返事が返ってくるだけ。
しかし、やがて暁の方から口を開く。
「……ねぇ、コルル」
「なんだ?」
「私……もう負けないよ」
それは、決意の言葉だった。
自分のあり方を見つめ直し、彼女との戦いをやり直すための、大きな決意。
「一騎さんと話をして、あの人の声を聞いて——分かったの。負けたくないんじゃない、負けられないんだって」
負けたくない、負けられない。似ているようで、結末は同じのようで、その実体はまるで違う。
本人の意志の現れ方はまったく別物だ。
「今までの私は、あの子にずっと負けてたから、負けたくないって思ってた。対抗心を燃やしてたんだよ」
でも、次は違う。
「次にあの子と戦う時は、私だけの戦いじゃないんだ。リュンや遊戯部のみんな、烏ヶ森の人、そして——一騎さん。私は、自分だけで、自分の意志だけで戦ってるわけじゃないんだって、気づいたの」
だから負けられない、と暁は独白のように言う。
いや、やはりそれは決心だった。
自分の意志を、皆の意志を貫き通すための、宣言だ。
「……それに、私自身も、もっとあの子のことが知りたくなった」
少しばかり声の調子を変えて、暁は言う。
「これはまだ、私にもよく分かんないんだけど……とにかく、私はもう一度、あの子と戦いたい。そして、一騎さんの代わりに、あの人の言葉を伝えるんだ」
そして、自分の中に蟠る、このもやもやとした気分も、はっきりさせる。
それが、彼女との、ラヴァーとの——日向恋のなにかと、繋がるはずだから。
「……ん? なんだろ」
その時、暁はふと背中に違和感を感じた。
リュックサックを下ろして、中身を開ける。勉強道具や教科書はすべて学校に置いてきた。なので今その中にあるのは、いつかドラゴ大王が託した、黒翼に抱かれた太陽のような物体だけ。
暁は、それにそっと手を触れる。
「……ちょっとあったかい。どうしたんだろ?」
「オレにもわかんねぇ。でも、これからは強い力を感じるぞ。それに、なんか、懐かしいような……」
「うーん、よく分かんないな……今までは何の反応もなかったのに、なんで急に?」
そんなことを思っていると、ほんのりと帯びた熱が、だんだんを引いていくのを感じた。やがて太陽からは、熱を感じなくなる。
「……冷たくなっちゃった。なんだったんだろ」
「さあな」
しばらく考えていたが、暁の頭では思考がうまく進まない。暁自身、自分の頭の悪さは自覚しているつもりなので、自分には分からない、と早々に結論を出して、考えることをやめた。
代わりに、暁はコルルへと向き直る。
「……ねぇ、コルル」
「なんだ、暁」
「私と一緒に戦ってくれる?」
「ああ、勿論だ!」
即答だった。
そんなことは当たり前だといわんばかりに、力強く、彼は応える。
そんな彼の応えに安心したかのように、暁の表情も少し綻んだ。
「……ありがとう、コルル。よろしくね」
「おう!」
こうして、ラヴァーと、日向恋と戦う決意を新たに固めた暁。
暁が彼女と再び合間見える日は、そう遠くない、近い未来だ。
その時に、彼女たちの物語に、一つの終結が訪れる。
そして、黒翼の太陽は、暁の中で、目覚めの時を待っていた——