二次創作小説(紙ほか)
- 53話/烏ヶ森編 20話 「ユースティティア」 ( No.198 )
- 日時: 2015/07/12 17:27
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)
燃え盛る炎。
本来、自分が忌避するはずの大火。
しかし今この時に見たその火は、あの時のような不安、恐怖、絶望を感じさせなかった。
むしろ、輝いている。
道を照らして、指し示す標のように。
燦々と煌めく、太陽のように。
光り輝いている。
それはただの火ではなく。
熱いほどに、あたたかい火だった。
少女は今、その太陽に触れた。
そして、
少女の何かが、変わった——
「……最初に君と対戦した時はね、普通に楽しかったよ」
まだなにも分かっていなかった頃、最初に対戦したあの時のことを、暁は回想する。
ラヴァーという少女も、日向恋という少女も、なにも分からなかったあの時。その時の暁の心は、純粋に彼女との対戦を楽しんでいた。
「でも、その対戦で負けて、すごく悔しくて、次こそは絶対勝つぞ! ってずっと思ってた。君に勝つことが私の目的になってたはずなんだけど……一騎さんと話して、自分と向き合って、気づいたよ」
自分の本当の気持ちに、と。
暁は、彼女に語りかける。
「私は君と仲間に——ううん、それは私らしい言葉じゃないな。だから、えーっと……そう。友達になれるんじゃないかって、思ってたんだよ」
あれだけ対抗意識を燃やして、噛みつくように勝つことばかりを考えていた者の台詞とは思えない言葉が、暁の口から出て来る。
だがそれは彼女の本心。一直線になりすぎて、彼女のことだけを見ていたせいで、気づけなかった本当の気持ちだ。
「だって、君とのデュエルはこんなに楽しいんだもん。次にどんなカードを引けるのかわくわくして、次にどんなカードを使われるのかはらはらして、次にどんな手を使えば逆転できるのかどきどきして……こんな熱い気持ちにしてくれる君だもん、友達になれないはずがないよ」
暁は、スッと手を差し伸べる。
「私は空城暁。君の名前は?」
「……恋」
少女は、言葉を紡ぐ。
自分の本当の名前を、かつて呼ばれていた、その名を。
彼女自身の口で、名乗る。
「日向……恋……」
その名を聞き、暁は笑顔を見せる。
「これからよろしくね、恋っ!」
太陽のような、満面の笑みを。
慈愛を失った少女は、その太陽に、手を伸ばす。
「……あきら——」
——ドンッ
鈍い音が響いた。
「……え?」
焦げたような臭いが鼻を刺す。
彼女の、恋の髪が、宙を舞う。
その後ろで、黒煙が立ち上る。
そして、その小さな身体が、ぐらりと揺れる。。
暁の手を取ることはなく、彼女を押し出す運動エネルギーの勢いのままに、彼女は暁の胸に倒れ込む。
彼女は——動かなかった。
「——恋!」
焦燥感の募った叫びとともに、瞬く間に一騎がが駆け寄ってきた。その後に、他の者たちも続く。
「恋! 恋! しっかりしろ! 恋!」
「……つきにぃ……」
一騎は彼女を揺さぶる。彼女の意識をとどめておくかのように。
恋は虚ろな目で一騎を見つめ返す。
その奥には確かな光が宿っていた。昏いあの光ではない、彼女の光が。
しかしその光はとても小さく、微かで、今にも消えてしまいそうだ。
「……あいつらが……来たんだ……」
「あいつら……?」
恋はとても、とても小さな動きで、指差す。
そこには、二つの人影があった。
「——よくやった、チャリオット」
「お褒めに与り光栄の至りでございます——ユースティティア様」
二つの人影は、こちらに近づいて行く。それにつれ、少しずつその姿が明らかとなる。
赤い総髪を流した、中性的な顔立ち。ベージュ色で、軍服のような意匠。両腕は機械のようなもので覆われており、右腕から、黒煙を吹いていた。
白い、真っ白なローブのような衣服に身を包んでいる。その眼は、人を裁く者の眼。彼は絶対的な眼で、恋を射抜くように見下ろす。
「役立たずのラヴァー。失敗と失態を繰り返すのみならず、我らすらも裏切るか——裏切り者を野放しにすることは、我が正義に反する。故に、我が正義に則って、貴様を裁いた」
「……ユース……ティティア……」
恋は力ない瞳で見つめ、かすれた声で、その者を——ユースティティアを呼ぶ。
だが、その声は、ユースティティアには届かない。
「裏切り者に呼ばれる名は持ち合わせていない。貴様は今この時点で我らの敵。我ら敵は、我が正義によって裁かれる定め——その結果が、今だ」
一切合切、恋の言葉を切り捨てたユースティティア。
彼女から言葉はなかった。もう、言葉を紡げなくなってしまったのか。
だがそんなユースティティアに、立ち向かう者がいた。
スクッと、彼は立ち上がる。
剣崎一騎が、ユースティティアへと迫る。
「お前が……!」
「……なんだ、人間。今は貴様に用はない」
「お前が! 恋を!」
突如。
一騎のデッキから、一本の剣が飛び出した。
その剣は一直線に、ユースティティアへと飛んでいく——
「……ふん、所詮は人間の児戯か」
——が、その剣は、ユースティティアが——“握り潰した”。
刀身を掴み、粉々に砕いた。
刃に触れた手には、傷一つ残っていない。
「本来ならば勝利を約束する聖剣でも、貴様らのような惰弱な人間が使えばこの程度の鈍にしかならない……こんな人間がクリーチャーたちを使役するなど、真に信じ難い事実だ」
掌から零れ落ちる剣の破片を見つつ、ユースティティアは嘆くように言う。
そして、糾弾するような、非難するような、侮蔑するような眼を、向ける。
しかしその眼に怯む一騎ではない。逆に、猛々しい眼光で、睨み返す。
「……ほぅ、我とやり合う気か」
ユースティティアはそこで、珍しそうな表情を見せた。
「ラヴァーとは違うな……惰弱であれど、我に立ち向かう“蛮勇”を持つか。身の程を弁えないと言えばそれまでだが、その勇猛さは悪くないぞ、人間」
ほんの少しだけ微笑みを——称賛するようで、それでいて嘲笑するような微笑みを見せ、ユースティティアは一騎を見据える。
一人の戦士を見る目で、彼を見据える。
「いいだろう。一度、貴様に我が正義を刻み込もうぞ。たった一人で我に立ち向かったことを後悔するがいい」
「一騎さんだけじゃないよ」
スッと。
一騎の横に、暁が進み出た。
「怒ってるのは一騎さんだけじゃないんだ……私も戦う」
「暁さん……」
暁の手には既にデッキが握られている。そして、彼女の眼も、非常に険しい。
だがしかし、ユースティティアは微塵も動じない。どころか、値踏みするように、暁を見つめている。
「……貴様の意志、そしてラヴァーを下した力は、“それなりに”認めるところだが、しかし我は、我に斬りかかったこの男を裁くと決めた。娘、貴様を相手にする暇はない」
そして、横目で隣に侍るように立つ青年を流し見た。
「チャリオット」
「何で御座いましょうか、ユースティティア様」
「娘の“処理”は貴様に任せる」
「御意」
チャリオットと呼ばれた青年も、前に進み出る。
「さぁ……始めるか。惰弱な人間どもよ」
そして——神話空間が、開いた。