二次創作小説(紙ほか)
- 53話/烏ヶ森編 20話 「ユースティティア」 ( No.201 )
- 日時: 2015/07/18 20:55
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)
「ん……」
「あ、あきらちゃん……っ!」
目を開けば、真上には煤けた天井が見える。
首を捻ると、柚が今にも泣き出しそうな、それでいてホッとしたような表情で、こちらを覗き込んでいた。
「よかったです、あきらちゃん。目をさまして……」
「……ここは?」
「ウルカさんの工房です。ぶちょーさんや、かいりくん。それと、烏ヶ森の人たちが、運んでくれたんですよ」
暁は上体を起こす。少々体の節々が痛む気がするが、大した傷はない。
と、そこで、ハッと思い出す。
「っ! そうだ、あいつら……いや、恋は? 恋は、どうしたの!?」
暁は柚の肩をつかんでは揺さぶり、迫るように問いつめる。
だが柚は暁の激しい問い詰めに、戸惑ってしまう。
「お、おちついてください、あきらちゃん……いたいです……」
「あ、ごめん……」
暁は我に返り、申し訳なさそうに柚から手を離した。
「……ひゅうがさんは……その……リュンさんや、つららさんが処置したみたいで、無事、みたいです……」
「そ、そっか……」
それを聞いて、暁は胸をなで下ろす。
聞くところによると、倒れた恋、暁、一騎の中で、最後に目を覚ましたのが暁らしい。
そして、恋はみんなに話したいことがあると、一箇所の部屋に全員を呼び集めており、今は暁待ちだったようだ。
「えっと……じゃあ、いきましょう、暁ちゃん。立てますか?」
「うん、大丈夫。よゆーよゆー」
と言いつつも少しふらついていたが、それでも気丈に振る舞う暁。多少の痛みや疲労でダウンするような彼女ではない。
柚に連れられ、工房内の一部屋に入る暁。そこには既に、浬や沙弓、リュン、そして一騎を筆頭にした烏ヶ森の面々が揃っていた。しかし氷麗だけがいない。
そして部屋の一番奥には、体を起こした状態でベッドに座した少女ーー恋がいた。
無感動な瞳はもう昏い光を灯さず、確かな明かりを持っていた。
しかし襟元から覗く包帯が彼女の痛みを示し、長い髪は失われ、肩の辺りで焦げ付いた髪の焼け跡が揺らめいている。
暁の来訪に、真っ先に反応したのは、恋と、一騎だった。
一騎が暁に声をかける。
「暁さん……もう、大丈夫?」
「平気ですよ、このくらい。一騎さんこそ大丈夫なんですか?」
「俺も平気だよ。一番最初に目が覚めたくらいだし、この中では最年長なんだ。弱音なんて吐けないよ」
そういって、一騎は今度は恋に向き直る。
「……恋、暁さんが来た。これで全員揃ったよ」
「うん……」
「じゃあ、話してもらおうか、日向恋さん」
リュンが、彼女に問い詰めるように語りかける。
「あの二体のクリーチャーについて、君との関係を」
「……わかってる……」
そして、恋は語り始めた。
「……あの二人は、チャリオットとユースティティア——腕がサイボーグみたいなのがチャリオットで、白髪の方がユースティティア——私がこの世界に来て、迷ってるときに出会ったクリーチャー……あの二人の中では、ユースティティアの方が偉くて、チャリオットはユースティティアの部下……みたいな感じ」
「確かに、あいつもユースナントカ様って言ってたよ」
雰囲気からしても、ユースティティアの方が地位が上なのは明らかだ。だが、問題はそこではない。
「恋、迷ってた時に出会ったって……?」
「……この世界に来て、なにもわからず、迷っていた私を導いたのがあの二人……私は、協力者という形で、あの二人の下についた……」
「成程。まあ、いきなりこんな世界に連れて来られたら、混乱もするわよね。それで、協力者、っていうのは、どういうこと?」
「ボクがいるからだね」
そこで、キュプリスが声を上げた。
恋はキュプリスを一瞥すると、そのまま続ける。
「……ユースティティアたちは、統治を失ったこの世界を支配することが目的……でも、過去の体制が完全に崩れた今、一から統治を始めるのは、難しい……」
「そこで、語り手の、その所有者の協力を煽ったのか。仮にもかつての十二神話の配下だし、なにかと役には立つだろうしね。彼らとしても、恋さんとの接触は非常に大きな意味を持っていたということか」
リュンは一つずつ納得したように相槌を打つ。
「それで、恋さんはこの世界で活動するために、あの二人に協力していた、と」
「そう……」
二人と出会った当時の恋としては、二人の目的には微塵の興味もなかっただろう。
ただ、人間でない存在に縋っていた。人間を忌み嫌っていたあの頃は、ただただ機械的に、確固たる己の意志を持たずに、二人に従属していた。
それが、ラヴァーとなることが、あの時の日向恋が求めたことだから。
「……そう、だったのか……恋……」
「……ごめん、つきにぃ……」
「いや、いいんだ。俺はお前のことを、分かったつもりになって、なにも分かってなかった。お前がどれだけ辛かったのかも、どれだけ苦しかったのかも、その痛みをちゃんと考えられなかった。俺の方こそ、悪かった……ごめん」
恋と一騎。二人とも俯き、頭を垂れる。
恋は自分の今までの行いを顧みて、自責の念が少なからずあるだろう。そしてそれは、恋とちゃんと向き合えていなかった一騎も同じこと。
互いに申し訳なさが先立ち、思い沈黙が訪れる。
そんな気まずい空気の中、それを払拭するように、沙弓が声を上げた。
「……ともかく、日向さんはあの二人と協力関係にあったわけだけど、それは当時の彼女が望んだことというのは、変わらないわ」
二人は目的のために恋の力を借り、恋は自分の衝動のままに二人に従った。ギブ&テイク、とは言い難いが、向こうからすれば利用関係、恋からすれば協力関係、というような形だったのだろう。
あの二人の目的も、統治を失ったこの世界に新たな秩序を生み出そうとしているとすれば、それは完全に悪だと断じて、否定することはできない。
だが、しかし、
「そんなこと関係ないよ」
暁は立ち上がり、そして言った。
「あいつらは、恋を——私の友達を傷つけた。許せるわけがない」
「それは俺も同じだ」
一騎も、暁の言葉に乗じて、立ち上がる。
「妹分に手を出されて、黙っていられるわけがない。やられたらやり返すなんて、そんなことはしたくないけど……」
一騎は恋を見遣る。今にも崩れてしまいそうなほど、儚く、華奢な身体。その服の下には、痛々しい傷跡がある。
色の薄い、しかしながら美しかった髪も、今はほとんどが焼け落ちて、焦げ後だけが残っている。
そんな彼女の姿を見ると、一騎はなにもせずにはいられなかった。
「……あの二人にはなにか言わないと、俺の気が済まない」
今にも工房を飛び出しそうなほどに猛々しい気迫を発している暁と一騎。
もうこうなってしまえば、止めても無駄だろう。どころか、二人を煽るように、リュンが言葉を繋ぐ。
「……そう言うと思って、あの二人の場所は押さえてあるよ」
一同の視線が、リュンに集まる。
「恋さんを処置した後、氷麗さんに二人の追跡をお願いしたんだ。そして、いましがた連絡があった。二人の根城はつかんだそうだよ」
「……早いな、もう分かったのか」
「あの人は有能だから」
どこか自慢げに言うリュン。この場に氷麗がいないのは、そういう理由だったようだ。
「僕としても、あの二人に好き勝手されるのは具合がよくない。僕が目指すのは、かつての十二神話が残した語り手たちによる秩序だ。勝手に新しい秩序とか言って、世界を乱すのはやめてもらいたいんだよね」
この世界に二つ秩序はいらない、と言うリュン。
彼の意志も固く、そしてユースティティアたちに対しては否定的なようだ。
この世界に秩序と安定をもたらす。目的は同じだが、手段は違う。その違いが、両者を分けていた。
リュンの協力もあり、全体の士気も向上を見せていた。
だが、そこに、柚の声がおずおずと入る。
「でも、その、あのお二人って……あきらちゃんたちを、たおしたんですよね……だいじょうぶでしょうか……」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 今度は負けないって!」
「そうね、確かに暁たちだけじゃ心配ね」
「部長!?」
楽観的に強気なアピールをするも、沙弓に一蹴されてしまう。
「日向さんの時は、あなたの強い要望があったし、ただ勝てばいいって問題でもなかっらから、私たちもそうした方がいいって思ったけど、今回は違うわ」
「ブチギレていたとはいえ、まがいなりにも一騎を倒した奴だからな。一筋縄じゃいかないのは、確実だ」
「ミシェルまで……」
どれだけ暁たちが気丈に振舞おうが、二人がユースティティアとチャリオットに負けた事実は揺るがない。
しかも、相手の根城が分かったということは、そこに殴り込むということは、アウェーで戦うということだ。
アウェーでの戦いはホームでの戦いの三倍の戦力が必要、というのは誰の言葉だったか。しかしそれほどに、敵陣への強襲にはリスクが付きまとう。
そんなリスキーなことを、暁と一騎だけに任せられようか。
「だから、今回は私たちもついて行くことにするわ。人手は多いに越したことはないでしょうし。ねぇ、リュン?」
「そうだね……氷麗さんからの情報から推察するに、今回は人数がいたほうがいいかもしれないね」
リュンも沙弓の意見に賛同し、周囲を見渡してもそのような空気になってしまっている。
「あなたたちは、自分たちの手でケリをつけたいって思ってるかもしれないけど、これ以上無茶はさせられないわ。相手も人間じゃないし……だから今回は部員一同で出る。部長命令よ、分かった?」
「うぅ、部長がそう言うなら……分かりました……」
「なら、あたしは副部長命令だ。拒否権はない」
「部長は俺なんだけどなぁ……」
最初は渋っていた暁や一騎だったが、しかしやがてはそれを受け入れた。
なんだかんだ言って、二人とも、仲間がいれば心強い。だからそれを拒むことはできない。
「……私も……」
そして、その流れに乗じて、恋も身を乗り出すが、
「それはダメだ。お前は寝てるんだ、恋」
「そうだね。僕も処置の手伝いをしたけど、君の傷は結構酷い。まだ安静にしておいた方がいいよ」
すぐさま、ベッドに寝かされてしまった。
それも仕方ないことだろう。見るも耐えないほどに、恋の傷は惨憺たるものだ。
それに、怪我人を戦場に駆り出すわけにも行かない。それについては恋以外の全員、考えは同じだ。
「今、氷麗さんを呼び戻したから、見てもらうようにしておくよ」
「お願いします、リュンさん」
「…………」
恋は不服そうな目をしていたが、しかしなにも言わなかった。
口をつぐんで、小さな拳を、握りしめている。
「……それじゃあ、善は急げかな。連中が行動を起こす前に、こちらから動こうか」
そうして、恋を残して一同は向かう。
ユースティティアの待つ、居城へ。